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9-13 お面で止まれば世話は無い

 面倒なことになった、というのがアルテミシアの正直な感想だった。


 アルテミシアが麻痺させた見えない襲撃者は、やはり弓エルフで、捕縛された彼は、およそアルテミシアが予想していたとおりのことをゲロした。

 自分が“湖畔にて瞑想する蔓草”の部族出身であること。部族の恥である出来損ないの巫女、マナ(彼らにしてみればサフィルアーナ)を殺す追っ手として派遣されたこと。

 そして、マナを匿っているアルテミシア達に目を付け、最も与しやすそうなアルテミシアを人質に取らんとして動いたこと。


「弱いやつ人質に取るのはセオリーだもんねー……」

「ノータリンよね。一番面倒なとこ狙ってんじゃない」

「うんうん。人質に取ったら絶対に後から爆発する展開だと思う」

「だからなんで人のことそう爆弾みたいに」


 そんなふたりの論評はさておいて。


 面倒なことになったとアルテミシアが思うのは、彼らが『アルテミシアを捕まえるために』平然と領城へ入り込んできたこと。そして、『アルテミシアを捕まえるのに邪魔だから』中央神殿の調査官や軍所属の貴族を害したことだった。


 領城へ忍び込むなんて宣戦布告もいいとこだし、ウィゼンハプトはともかく、貴族を害したのはかなりまずい。……が、彼らにそういう意識はあんまり無かったらしい。


「あんの腐れ耳長どもめ……! 軍を動かしてすぐにでも森に火を掛けてやる!」

「滅多なことを申されますな、ブラック殿。我が国の軍はブラック家の私物ではございませぬ故」


 執務室にお偉いさんどもが集まっていた。

 幸いにも(もしくは不幸にも)気絶させられていただけだったセルジオは、目が覚めて状況を把握するなり烈火の如く怒り始めた。

 それを、国側の調査団長である老人が諫めているのだった。

 ちなみに、この調査団長も軍所属で、セルジオと同じ情報部で、しかも貴族で、地位も爵位もセルジオより上という辺り、調査団内でのセルジオの立場が偲ばれる。セルジオは情報部を代表する立場ですらないのだ。


「失礼、ブラック卿。この場合、まずはエルフ達が領城へ侵入したという点と合わせて国から正式に抗議を行うべきでしょう。その後、外交的解決を図るべきかと」


 ぬけぬけと言うレグリスは、今さっき初めてマナの存在を知りましたと言わんばかりの語り口。

 アルテミシアは、マナを狙うエルフについてやマナの事情、そして昨日襲われたことは調査団の面々に説明したが、レグリスへ説明済みである事は言わなかったし、レグリスも話を合わせたのだ。


 穏便、と言うか筋の通った意見を言うレグリスだが、これにセルジオが噛みつく。


「それではエルフどもが増長するぞ!」

「そのために罰として森を焼くのですか? そのような真似をすれば、無関係の部族も含め、国内や外縁部のエルフが一斉蜂起しかねませんぞ。森は彼らにとって、人間には想像も付かないほどの重大な関心です故」


 レグリスがこう言うのは、魔族領への防衛を担う立場であるためだろう。

 周辺地域のエルフから協力を受けることもままあるそうで、何より、これ以上敵を抱えては戦いが余計に難しくなる。


 その辺りの深謀遠慮が、このセルジオという男には通じない模様。


「この場合、非があるのは向こうだろう! 庇い立てするか!」

「そのような話をしているわけでは」

「ゲインズバーグ候、そもそも貴様は悪魔崇拝の疑いを掛けられている立場である事、忘れてはおるまいな? 貴族同士対等だと思っているなら、おこがまし……」

「ブラック殿、その辺りで」


 侃々諤々の議論が続く。


 ちなみにこの場にはアルテミシア達も当事者として同席しているが、お偉いさん同士の話なので発言権は無く部屋の隅に追いやられている。アリアンナは固唾を呑んで成り行きを見守っており、マナはセルジオの声が怖いようで、アルテミシアの袖をぎゅっと掴んでいる。レベッカは平然と茶を飲んでいた。

 あと、さっきマナに呼ばれて出てきた幽霊は確かにカルロスだったと思うのだが、気が付けばどこかに消えていた。面倒そうな気配を察して姿を隠したのだとしたら、なかなかの逃げ足だ。


 終わることなく続きそうだった会議は、昨日マナを取り調べていた役人さんが部屋に入ってきたことで中断される。


「失礼致します。……尋問を行う上で、刺客と交戦した皆様からのお話しを伺い、状況の確認を行いたいのですが」

「分かった、連れて行ってくれ」


 正直、不毛な会話を延々聞かされるのにも疲れていたので、ほっとしたアルテミシアだった。


 * * *


 尋問室は地下牢の近くにあった。

 六方向全部、重厚な石という威圧感を受ける空間。鉄臭いようなニオイが漂っていて、鉄製のよく分からない刺々しい器具がたくさん壁に飾ってある。


 ――尋問室って言うか、これ拷問室じゃないの……?


 椅子に縛られたエルフは、とりあえずまだ拷問的な責め苦には遭っていないようで、焦燥や苛立ち、様々な感情が垣間見える表情で床を睨んでいた。その両脇には、兜で顔を隠した尋問官らしき男(何故か半裸マッチョ)がふたり。記録係っぽい若い役人や、魔術師らしき姿の人も居る。


 刺激が強いと判断し、アリアンナとマナは部屋の外で待機していた。


「なるほど、状況は概ね一致していますね」


 アルテミシアが襲撃時の状況を説明すると、責任者らしい役人さんが頷く傍らで、若い役人が調書を書き付けていた。


「……何か、新しく分かったことはありますか?」

「いえ、それはこれから聞くところです」


 なにしろこんな部屋だし、状況が状況なので、荒っぽいことになりそうな予感。

 魔術師が居るのは、おそらく治癒魔法係だろう。治癒魔法など有益な魔法に抵抗するのは難しく、かなりの修行を要する。殺さずに痛めつけるとか、自害を防止するとか、そういう目的で治癒魔法が使われることもあるのだと、レベッカは言っていた。


「では、尋問を開始しますので、皆様はこれで」

「分かりました」


 追い出すような調子の役人さん。

 長居する気も無いのでアルテミシアは出て行こうとするが、その際、ふと、尋問室内に置いてある荷物に目を留める。


 粗末で無機質な机の上に、ごちゃごちゃした道具類が置かれていた。

 その中のひとつに、視線を引き寄せられたのだ。


「……これは?」

「奴が持っていたポーションの容器です。おそらく迷彩ステルスポーションが入っていたものと思われます」


 テーブルの上に転がっている、空の瓶。

 それ自体は、確かに何の変哲も無い。


 だがそれは、見覚えのある欠け方をした瓶だった。


「すいません、わたしからひとつだけ、この人に質問させてもらえますか」


 * * *


 終業時間を過ぎた工房は、途端に人の気配が薄くなる。材料類や資料を盗まれないよう、領兵(警備員ではなく領兵なのである)が見回るだけでそれ以外は静かなものだ。


 第二調合室でレシピの開発に当たっていたダニエルは、ふと、資料の本の文字が読みにくいことに気がついて、魔力灯の照明を付けるため席を立った。

 第二調合室は、いつも調合班が仕事をしている部屋よりも狭く、いつの間にかほとんどダニエル個人の領域と化していた。

 エルネストのように変な私物を持ち込む趣味は無い。工房の資料類はどうせ資料室に返さなければならないので、個人的に持ち込んだ資料がいくらか棚に詰め込んである他は、レシピ開発のメモが壁に貼ってある程度だ。

 もちろんメモには、開発中のレシピの核心的な部分は書いていない。ライバルである同僚達に見られても構わない範囲だけだった。


 壁のスイッチで部屋の明かりを付けた時だ。

 廊下を歩く足音が、部屋に向かって近づいてくる。

 警備の領兵だろうかと思ったが、それにしては足音が軽いし、装備の鳴る音も聞こえない。

 やがて、その足音は、第二調合室の前で止まった。


「誰だ?」


 中に入ってこない何者かに声を掛けると、ノックも無しに扉が開く。


「……お前か」


 ダニエルが顔も見たくない相手、ナンバーワン。

 緑のフワフワ頭をした少女、アルテミシアがそこに立っていた。

 いつも工房で見る服装ではなく、カラフルでよく分からない冒険者のような出で立ち。

 ダニエルにとってアルテミシアは、見るだけで不快になる相手だが、それよりも何故ここに居て、何をしているのかという疑問が先に立った。


「ノーマンさん、ひとつ質問します」

「仕事中だ。明日、別の誰かに聞け」


 用件も聞かずに追い返そうとしたが、アルテミシアは退かない。

 いつもと雰囲気が違う、と、ダニエルは思った。

 ダニエルにとってアルテミシアは、無邪気ゆえにちょっと無神経で、そのくせ素直で従順なところもあって、もし怒鳴りつけたら泣かれてこっちが悪者にされてしまいそうな、そんなお子様だったのだが。


「残念ながらここはアメリカではないので、あなたに黙秘の権利はありません。……あなたは、誰に迷彩ステルスポーションを渡しました?」


 ダニエルの心臓が、どくん、と跳ねた。

※「お前には黙秘権がある」のミランダ警告はアメリカの刑事ドラマなんかで有名ですが、近代の刑事司法では、一応、大抵の国で証言を拒否する黙秘権が認められていて、別にアメリカ限定というわけではありません(目的は自白の強要による冤罪の防止などなど)

 ……まあ現実には、(表沙汰になるとヤバイものも含めた)あの手この手で吐かされるわけですが。おいカメラ止めろ

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