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9-11 凄惨職・改

 まだ明るいうちに、アルテミシアは工房から早退して、アパートに戻ってきていた。


「おかえりなさーい!」


 扉を開けるなりマナが飛びついてきた。

 体格差を考えていないので、アルテミシアは吹っ飛びそうになる。


「この大型犬め」

「あら、アルテミシア。早いわね、おサボリ?」


 大斧の刃を研ぎながらレベッカが聞いてきた。

 レベッカとアリアンナはミスリルの帷子を着たまま、武器の手入れをしていた。

 今日はふたりとも仕事へ出ず、マナを守る態勢だ。


「じゃなくて、調査団の聞き取りだよ。呼び出されたの。これから領城へ行ってくる」

「早いわね、私より先にアルテミシアに話聞くなんて」


 なんでだろうね、という感じで曖昧に笑ったアルテミシア。

 おそらく、ウィゼンハプトが工作を行う上での都合だろう。


「そうだアルテミシア、これ」


 リビングのテーブルの上に置いてあった白木っぽい箱を、アリアンナが持ってくる。

 プレゼントを手渡す時特有の、相手の反応を楽しみにするウキウキ笑顔。

 なんだろうと思ってアルテミシアが箱を開けると、そこには緩衝材に包まれた、一対の籠手のようなものが収まっていた。


 手の甲からヒジ近くまでを覆う形状のそれは、肉厚でありながら無骨さを感じさせず、真鍮色にメッキされた表面には、植物のツタのようなデザインの繊細な彫刻が施されている。

 腕部のアームカバーで装着する仕組みで、あえて手首から先は拘束しない構造になっていた。

 服装次第ではアクセサリーと言い張ることもできる、かも知れない。


「これ……わたしの武器?」

「フィルロームさんが来てる間に取ってきておいたわ。狙うとしたらマナこっちだと思うけど、念のため持って行きなさい」


 完成予定日を覚えていてくれたらしい。


 持ち上げてみると、外見からは想像もできないほど軽い。さすがの純ミスリル。

 レベッカの無骨な防具を見慣れていたので、まるで定規みたいに細い籠手だと思ったけれど、アルテミシアの細い腕にはちょうどいい。腕の太さに合わせてアームカバーさえ交換すれば、成長しても使えそうだった。


「落ち着いたらこれの訓練もしなくっちゃね……」


 籠手を装着したアルテミシアは、それを光に透かすように、輝きを楽しんでみた。

 腕に宿る、くすんだ金色の輝きは、忘れかけていた少年の魂が再燃する。こういう装備ははっきり言って滾る。


 ――ま、使う機会は無い方が良いんだけど……


 ふと我に返ると、マナが心配そうな顔をしていた。


「……おねーちゃん、たたかうの? だいじょうぶ?」

「戦わないよ」


 なにしろ、こちとら非戦闘員。

 か弱い子羊、哀れな鴨葱、食物連鎖の下の方。

 生兵法は怪我の元とも言うわけで、勇んで武器を振り回していたらあっという間に死ぬだろう。


「できれば逃げる。わたしは弱いから。でも武器があれば、逃げられる可能性がちょっとは高くなる」

「……また『ただいま』してねっ!」


 上手く言葉が出て来ない様子だったけれど、無事で帰ってくれと言っているらしい。


 ――人のことは言えないけど……自分の命が狙われてる時に他人を心配するかぁ。


 いじらしい。

 これで体が三歳児なら服の裾を掴むところかも知れないが、向こうの方が大きいものだからアルテミシアの肩を掴んでしまっている。


「しゃがんで」

「え?」


 わけも分からずしゃがんだマナの緑頭を、アルテミシアはわしゃわしゃ掻き乱した。


「うきゃー!」


 くすぐったがって転げ回るマナ。


「あ、マナずるーい! 私も!」

「私も! 念入りにね!」

「なんなのあんたら」


 せんべいをねだる奈良公園の鹿みたいに、頭を下げて突き出したふたりが、アルテミシアに躙り寄っていた。


 * * *


はじめまして・・・・・・、アルテミシアさん。私は中央神殿調査局の道士、ウィゼンハプトと申します」


 これまで遠話室で幾度となくアルテミシアと会話しているウィゼンハプトは、領城の一室にて、何食わぬ顔をして初対面の挨拶をした。


 名前でなんとなく察しては居たが、ウィゼンハプトはエルフだった。

 爽やかな笑顔、甘いマスク、そして……何故かおかっぱ風のボブヘアー。

 ポニテの方が似合うよなあ、とかアルテミシアは考えていた。

 ちなみに、革や植物繊維を使ったボディラインが出るエルフらしい服ではなく、白地に金糸で縫い取りをしたガウンを着ていた。


 ウィゼンハプトと共に、部屋にはもうひとり人間が居た。

 人工的な濃緑色のベストと、半ズボンから覗く白ストッキングの足が特徴的な貴族スタイルをした、まあだいたい三十路くらいの男。あまり体格には恵まれていないので様になっていないが、偉そうに腕を組んでふんぞり返っている。腰の剣は鞘も柄も金色に輝いてて、威力は知らないが値段は高そう。


「レンダール王国軍、統合情報部。セルジオ・フォン・ブラックだ」

「よろしくお願いします」


 彼が国側の担当者、というわけだ。


 ちなみにアルテミシアの格好は、いつものアレではなく、工房通いに使っている普通の服。

 新しく手に入れた武器はアームカバー部分に針を通して(重さでアウトかと思ったがミスリルが軽くて助かった)、『変成服マルチクロス』に組み込んだので、実質携帯しているようなものだ。


「まずは、神殿側の予備調査で判明した部分の確認を取らせて頂きたいと思います。

 ログス・マク=レグリス・フォン・ヴァイスブルグ氏に取り憑いたとされる、悪性精神体に関してですが、調査の結果、こちらの邪教崇拝教団において……」


 挨拶が終わるなり、広々としたテーブルに資料を広げてウィゼンハプトが切り出す。

 今回の事件について悪魔教団の関与が()()()()という話であり、見つかった証拠を元に当事者であるアルテミシアに確認を取っていく、という体裁だ。


 もちろん、その中身はこれまで入念に擦り合わせをしてある。

 アルテミシアは『あらやだ、初めて見ましたけれど何もかもその通りですわヲホホホホ』という演技をするだけだ。


「……以上、お間違いありませんか」

「はい、わたしが見たログス様の力と符合しています」

「私の方からも質問がある」


 締めくくりの質問にアルテミシアが頷くと、その声にかぶせるようにしてセルジオが割り込んできた。


「お前は、コルムの森で倒れている以前の記憶が無いと言うが、事実か?

 それ以前にはどこに居た? どうやってここへ来た?」

「……それは、『悪魔災害』について調査するうえで必要な情報、ですか?」


 分からないのだから分からないと言ってしまえばいいのだが、ハナっから嘘と決めつけているような口調だったので、アルテミシアもちょっと反発する。

 しかしセルジオは、鼻で笑った。


「必要かそうでないか、判断するのは私だ。その歳ではまだ世の中を知らんのだろうが、出自が分からないと言うことは、人ではないと言うことだ。

 お前を人として尊重する義務は無い。答え渋るなら拷問室に連れ込んでやってもいいのだぞ」


 ――うっわ、ヤな感じ。フォンなんたらって名乗ってたし、お貴族様だよね、この人。


 中世的な価値観の上ではこういう態度の方が常識なのかも知れないが、『貴族にあらずば人にあらず、従順で善良な平民だけは存在価値を認めてやろう』みたいな考えの貴族は少なくないようだった。

 ついでに軍情報部所属。お国のための情報収集ならだいたい何やっても許される場所……だと思う。たぶん。

 そう言うわけで、このセルジオなる男、自分はベリー偉いのだから従うのは当然、という考えを隠そうともしていない。

 もっとも、偉そうにしているだけで話が聞けるなら苦労も無いわけで、調査官として適切かどうかには疑問符が付いた。


 ――国は、わたしを重要だと思ってないって事かなあ。

   だから、こういう能力が怪しい奴に聞き取りをさせて……喜ぶべきか悲しむべきか。

   こいつの心証だけで国から怪しまれたりしないといいんだけどー。どー。


「ブラック様。先程のお言葉は女神教団の者として看過できません。

 死と再生の理の前に、人の子は全て平等。尊重しなくていいのは邪教徒だけです」


 見かねたウィゼンハプトがセルジオを制した。


「それこそ邪教徒かも知れんではないか」

「中央神殿の調査結果によれば、そうではありません」

「本当に分からないんです、自分のことが。なんでしたら、代わりに調べてほしいくらいです」


 本当に私も困っているんですという態度を取ってはいるけれど、実はもう、『代わりに調べて』はやってあった。


 アルテミシアはウィゼンハプトに、自分が正常な転生をしていないこと、この体がどこの誰か分からない事もあらかじめ伝えてある。

 教団の情報網を通じてこの体がどこから来たか調べられないかとお願いしたのだが、結果は空振りだった。周辺の都市、村落などを含めても、アルテミシアらしき失踪者などはおらず、これだけ目立つ身なりなのに、どこかで見たという情報も無かった。


 その後も、険のある態度で根掘り葉掘り聞かれたが、疑いがことごとく的を外しているとしか言いようがない。


「本当にお前が『悪魔』を倒したのか?」

「一緒に戦った人や領主様が証言してくれると思います」

「だとしたら、何故それを隠そうとした」

「戦ったのはただの正当防衛ですので。名声とかよりも静かに暮らしたいだけなんです」


 セルジオは、アルテミシアを徹底して怪しんでいる様子だった。

 それはまだいいとしても、自分にとって納得できる答え(実は自分も邪教徒で、それを隠すために記憶喪失のフリをしてましたー、とか。疑われないよう悪魔を倒したと嘘つきましたー、とか)がアルテミシアから出るまで疑うのを止める気は無いご様子。21世紀初頭の日本でなら警察官として立派にやって行けただろう。


「……もういいのではありませんか? こちらが事前に調べた以上の情報は、出ていませんが」


 たしなめるウィゼンハプトも、『転生者アルテミシアの立場を守るため』と言うより、そろそろ純粋にウンザリしている様子だった。


「うるさい! 国の行動に貴様らが口を挟むのは越権的な内政干渉だぞ!

 私は義務として  が  」

「なっ!?」


 イライラと歩き回っていたセルジオが、突然変な声を上げて、糸を切られた人形のように崩れ落ちた。


「え……? 急に、倒れて……」


 絨毯の上に倒れ込むセルジオ。

 その隣、奇妙なヘコミがあるのを、アルテミシアは見逃さなかった。


 ――絨毯が、足の形にヘコんでる!?


 ふと気がつけば、部屋の扉が半開きになっている。


 見えない足が絨毯を踏んで、ウィゼンハプトにも迫っていた。


「伏せてっ!」


 アルテミシアの声が飛んで、反射的にウィゼンハプトは身を沈める。

 空を切った何かが、近くの壁に当たり、重い音が響いた。


 ――襲撃! ……あのエルフ!?


 ポケットから抜き出したポーションを素早く服用したアルテミシアは、すぐさま『変成服マルチクロス』を起動する。


「『静穏の善萌草ポーション・ドランカー』!」


 ざわり、と蠢く布地の感触があり、『変成服マルチクロス』が姿を変えた。

 ブラウスジャケット襟巻き、ふわふわスカートに編み上げブーツ。

 そんな、いつもの浮かれた格好に加え、昨日までは無かったもの。

 ミスリルの籠手が、アルテミシアの両腕に顕現した。

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