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9-10 リヴァイアさんがやってくる

 アルテミシアがお風呂から出て来ると、ソファに座ったアリアンナがマナを膝枕していた。


「……寝ちゃった?」

「うん」


 ちょっと声を低めてふたりは会話する。

 ずっと命を狙われて、ひとりで逃げ延びてきた反動なのか、マナは誰にでもべったりくっついて甘えたがった。自分よりデカい体のマナに甘えられる事にアリアンナは最初、戸惑っていたが、すぐに順応したようだ。

 マナは安心しきった様子の間抜け面で、泥のように眠っている。


「フィル……ごめん、なんて言ったっけ、あの人」

「フィルロームさん」

「そうそう。フィルロームさんが言ってたけど……こういう事、よくあるんだってね」


 マナの髪を撫で付けながら、痛ましげにアリアンナは言った。


 フィルロームは、自分の手札・・や森の情勢、今後の方針について意見交換した後、今日のところはアパートに侵入者を探知する結界を施して帰って行った。

 部族についての話をする際に、フィルロームは、『巫女』と呼ばれる立場についての話もしていったのだった。


『あたしらの部族の巫女は【月涙の巫女】って言われてね、周辺の部族から協力を受けて、ちょっとしたバケモンを封じる役目を負ってるんだ。

 その儀式にあたしらは死霊術ってのを使うんだけどね……まぁ、名前を聞けば分かるだろ。ろくでもない魔法さ。死霊術に失敗したり、失敗しなくても使いすぎると、精神アタマをやられっちまう事がある。廃人になったり、突然人を殺し始めたり……この子みたいになったりね。

 そうなる巫女は、多くはないが少なくもない。そして、そういう未熟な巫女は部族の恥だって、殺されちまうのよ』


「……200歳以上、なんだよね? 魔法に失敗して、子どもみたいになっちゃって……

 それだけでもかわいそうなのに、命を狙われるなんて……」


 溜息をつくアリアンナ。

 実際は、マナは魔法に失敗しておかしくなったわけではなく、転生者の意識が覚醒しただけなのだが、いかにもそれっぽい変化だったのがまずかったようだ。

 それで殺されそうになってしまった……


「ねぇ、アルテミシア。本当にマナちゃんを助けられるのかな?」

「……正直に言うなら、わたしも不安。100%じゃないなら、わたしは不安だから。

 でも、勝算はある。できる事はある。だったらわたしはやってみたいの」

「そっか。上手く行くといい……ううん、きっと上手く行くよ」

「交渉で片付けるつもりだけど、その過程で危ない目に遭うかも知れないから、その時は気をつけて」

「分かってる」


 巻き込んでしまった立場のアリアンナを気遣ってはみたが、一番危ないのは、戦えない自分だとアルテミシアは分かっている。

 今日の襲撃では、レベッカの分しかポーションが無かったことで後れを取った。今は風呂場にすらポーションを持ち込んで用心している。


 ――フィルロームさんが部族に連絡を入れてくれてるはず、だけど……

   その返事が戻って来るまでに、また刺客が襲ってくるかも知れない。

   たぶん、それまでが一番危ないはず……


「んうぅ……」

「あっ、起きちゃった? ごめんね」


 ふたりの会話に反応したのか、むずがるような声を出してマナが身じろぎする。

 ぼんやりと目を開けた彼女は、小さく呟いて、また眠りに落ちた。


「ママ……」


 沈黙が流れた。

 それなりに時間が経ってから、アリアンナは抽象画みたいな顔でアルテミシアに聞いてくる。


「……私、そんな歳に見える?」

「胸の辺りは」


 アリアンナの投げたクッションが、アルテミシアの頭に命中した。


 * * *


 調査団からの聞き取りを控え、ついでにエルフ忍者にも警戒しながらだが、アルテミシアはちゃんと工房に出勤した。

 別にこれはジャパニーズ社畜の習性というわけではなく、もしかしたらエルフ忍者に監視されているかも知れないと思っての事だ。急に普段と違う行動を取ると、目を付けられるかもと考え、敢えて脳天気な行動を取っている。

 もちろん、ポーションを持ち歩くのだけは忘れない。あと、素手よりマシかと服に忍ばせた、アリアンナに借りた投げナイフ。


 ――……そう言えば、武器屋に頼んだわたしの装備、今日できる予定だったっけ?

   お姉ちゃん、取りに行ってくれないかな。頼んでおけばよかった。


 実はアルテミシア、ちょっと前に武器屋へ行って、自分用の武器をオーダーメイドで頼んでいる。

 まあ、生兵法は怪我の元と言うし、使ったことの無い武器でいきなり戦えるかという問題もあるが……


「ねぇ、アルテミシアちゃん。ちょっといい?」

「きゃっ!」


 考え事をしながら、ポーションをぐりぐり混ぜていると、声を掛ける者がある。

 急に話しかけられて驚いたアルテミシアは、ポーションを詰める瓶をうっかり落としてしまった。


 ゴン! と鈍い音がして、なんだなんだと注目が集まる。


「あ、やばっ……欠けちゃった。怒られるぅ」

「ごめん、びっくりさせちゃった?」


 声を掛けた人は、カドが欠けた瓶を拾ってうろたえるアルテミシアに、柔らかく謝る。

 調合室の同僚で、30ちょっとの歳の人間女性。実年齢より若々しい外見と裏腹にオバハンくさい所のある彼女は、クリスティーナという名前だった。女性の少ない職場なので、同性(?)のよしみでなにかとアルテミシアを可愛がってくれている。


 そんな彼女が口元に手の甲を当て、いかにも内緒話しますよっという体で、声を低めて話しかけてきた。

 調合室は割と緩い雰囲気で、雑談(ツバが入らないように口元は布で覆っている)なんぞも日常茶飯事なので、周りの声に紛れた内緒話は十分に成立する。


「クリスティーナさん、どうかしました?」

「……アルテミシアちゃん、なんかやったの?」

「え……?」

「お昼に外へ出た時、変な人にアルテミシアちゃんのこと聞かれたのよ」


 あんちくしょうの魔の手が迫っている。

 予想していたとは言え、ぎゅっと心臓が縮む。


「どんな人ですか? ……エルフとかじゃありませんでした?」

「そう言えばエルフっぽい体型だったかしらねえ。言葉の発音もちょっと片言っぽかったし。帽子を深く被ってて、顔を隠してるみたいな……若い男」

「……何を聞かれました?」

「怪しいと思って、すぐに逃げて来ちゃったから、分かんないわ」

「そうですか……」

「なんだか知らないけど、気をつけなさいよ」


 仮にこれが忍者エルフなら、搦め手から攻めてきたと言うか、意外と慎重なように思える。

 昨日はいきなり人違いで襲ってくると言うお粗末さだったのに。


 ――それとも、仲間が減って慎重になってるだけかな?

   貴重な魔術師を失ったわけだから、もうあんな手は使えないわけだし……


「おい、喋ってる暇があるなら手を動かせ」


 冷たい声が降って来て、顔を寄せ合ってひそひそ話していたアルテミシア達は弾かれたようにブレイクした。

 開発班長で、現在は臨時の調合班長も兼ねているダニエルだ。

 神経質そうな細面が渋く歪められていた。


 別室でレシピ研究をしていたのに、いつの間にやら背後に来ていた。

 ただでさえ目を付けられているのに、嫌なタイミングだ。


「まだ遊びたい年頃だもんなあ。仕事をするのは早かったんじゃないか?」


 手が止まっていたことを叱るなら分かるが、こんな嫌みを上乗せしてくれたので、ダニエルには心の中で鼻から生ウナギを食わせるの刑。

 でも、正面切って反抗はしない。

 調合室の中でアルテミシアが目指すのは、しおらしく純粋で天真爛漫な、外見そのままのお子様キャラ。『英雄の妹』という鳴り物入りで飛び込んできて、チート級の(本当にチートなのだが)活躍をしている自分が、どうすれば反感を持たれにくいかと自分なりに考えた結果である。


「……申し訳ありません。ノルマは確実に達成します」

「当たり前だ! その程度もできない奴は調合室から叩き出すぞ!」


 偉そうに(実際偉いのだが)吐き捨てたダニエルは、棚からいくつか試薬を取り出すと、大股に歩いて部屋を出て行った。

 ダニエルの剣幕に当てられて、周囲の会話もちょっと静かになる。


「あーゆーとこあるのよ、あの人。班長になるだけあって、優秀は優秀なんだけどねぇ……」


 フォローのつもりなのか、溜息交じりにクリスティーナがまた話しかけてくる。

 ダニエル、部下からあまり好かれていないらしい。


「ここだけの話、開発班の班長だけど、あいつ、まだ自前のレシピ作ったこと無いのよ」

「……本当ですか?」


 班長と言うからにはそんなもんバンバン出している、と思ったのだが、そういうものでもないらしかった。


「新しいレシピ作るのって、それだけ大変なのよ。だって、これまで沢山の人が試行錯誤して、改良されたレシピが既にあるわけだもの。そこからさらに新しい改良を探すのは、並大抵じゃ……あっ、ごめん、アルテミシアちゃん知ってるわよね」

「いえ……知りません、ごめんなさい」


 チートスキル頼りの未経験なので、業界の話など全く分からないアルテミシア。

 人というのは概して教えたがりなので、知らない話には素直に感心していると、快く語ってくれる。相手が可愛らしい子どもなら尚更だった。


「所長としても、開発班は『結果が出たらラッキー』くらいの考えなのよ。開発専門なのは班長ひとりで、調合班が回り持ちでやってるのもそういうこと。だから開発班長は鳴かず飛ばずでも、調合知識が豊富で、一発当ててくれる可能性が高ければそれでいいの。

 本人ダニエルは焦ってるみたいだけどね。自分が作ったレシピをギルドに売るくらいしなきゃ、次期所長にはなれないもの」

「なるほど……」


 クリスティーナの話に納得していると、彼女は更に声を低め、更に顔を寄せてきた。


「……ねぇ、分かってる? アルテミシアちゃん、意識されてるのよ」

「あ」


 本気でアルテミシアはそこに考えが及んでいなかった。上司は現場の仕事ではなく、主にマネジメントに回るというのが今まで当たり前だったので、同じフィールドで競っているという意識が無かった。


「それで報告のたび不機嫌になったり、変な嫌みを……」

「……昨日、レシピ開発担当だったわよね。何個新発見した?」

「現行より材料消費少ないのが三つ……どれも安定しなかったんで没りましたけど」


 それはアルテミシアにとって、自分にしか再現できない失敗レシピ、なのだけれど、少なくとも今より少ない材料で、ちゃんと効果があるポーションを作るまではできている。普通の人は『不安定なレシピ』にすら辿り着けないのだ。


「開発班長だけじゃないから、気をつけなさい」


 かなり真面目な調子でそれだけ言って、クリスティーナは離れていった。


 周りが会話に耳をそばだてていた、ような気がした。

 (少なくとも外見は)子どもでありながら圧倒的な才能を見せつけているアルテミシア。周囲からの注目を集めるのは、パンをくわえて走ってきた女子高生が曲がり角で誰かにぶつかるくらい当然のことだ。

 その注目が敵意にならない保障は無い。みんな、『嫉妬はダサい』とか『子ども相手に嫉妬するのは大人げない』とか『まあ可愛いからいいや』みたいに考えているから、悪い方に行かないだけで。


「規格外…………」


 クソ上司には慣れてるが、同僚に嫌われるのはやっぱり避けたい。

 人間関係には気をつけようと、アルテミシアは思うのだった。

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