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9-9 惨☆状!

 部屋の隅に姿を現したのは……だぶついたローブに、枯れ木のような指。しわくちゃの顔で豪快にニカッと笑う、エルフの老女だった。


「フィルロームさん!? なんでここに!」

「ようアルテミシア。懐かしい匂いがするもんで出て来てみたら、何やら面倒な事になってるようだね」

「え? 誰? 知り合い?」


 チャーミングにうろたえつつも、ナイフの準備は忘れないアリアンナ。レベッカの教育はしっかりと実を結んでいる模様。

 ちなみにレベッカはとっくに剣を抜き、レグリスすら壁に掛かった武器に手を伸ばしていた。


「……こちら、フィルロームさん。説得力ゼロなのを承知で言いますが、曲者じゃありません。古本屋です」


 とりあえずフィルロームを紹介するアルテミシア。


「なんでこんな登場を……」

「うははは! 先日の一件のせいで、久方ぶりに冒険の虫がうずいてね。

 昔、こういうことをよくやったのさ。この登場はいかにも大物魔術師ってぇ感じじゃないかい?」

「ええ。衛兵呼ばれて問答無用で殺されても文句言えない程度には怪しかったです」


 魔法で姿を消してここまで忍び込んだらしい。

 アルテミシアは、なんとなくフィルロームという人物を理解しつつあった。

 隠者のような姿は、極限スレスレのロー・テンションだからこそ見せたものであって、おそらくこういうわけの分からない無軌道さが彼女にとっての普通……


「失礼、あなたは……」

「あたしゃフィルローム。あんたの街で古本屋をやってる老いぼれエルフだ。まあ、家出娘さ。森を出たのは、300年は前だけどね。

 ……あんたらが言う、“湖畔にて瞑想する蔓草”の部族ってのは、何を隠そう、あたしの故郷だ」


 彼女の言葉には、アルテミシアもびっくりする。まさかこんな所に関係者が居たとは、だ。


 フィルロームの口調は、全然全く、故郷を懐かしむものではなかった。

 強いて言うなら、世間の人々が駅のホームでベタついてるガムについて語る時の口調に似ていた。


「300年前じゃあるまいし……未だに出来損ないの巫女を殺すなんて、頭の悪いことをしてるなんてね。あーあ、出てきて正解だったってもんだ」

「エルフの中でも普通じゃないんですか?」

「普通だった・・・、と言うべきだね。だけど、部族の価値観の絶対性なんて、ここ最近は人間との交流が増えて、かなり薄れてるはずだ。少なくとも、そう簡単に血を流しはしない、と思ってたんだが」


 そこまで語って、フィルロームは、机の上にあったサンドイッチを勝手に食べた。

 分厚く切った肉が挟んであるそれを、軽く噛みちぎってニヤリと笑う。


「なぁアルテミシア。あんたが、もしその巫女を助けたいってぇなら、手が無いこともないんだ」

「それは、一体!?」

「んん……そうだねぇ」


 フィルロームは、ちらりとレグリスの方を見て、少しだけ躊躇う様子を見せた。

 レグリスの前では言いにくい話なのかも知れない。


「森を出て来る時に、あたしが持ち逃げしたお宝があってね。それをあたしが返すと言えば、少なくとも交渉の席に引っ張り出すくらいはできるだろう。

 あんたが、頭の固い里の連中を、できるだけ愉快なやり方でやり込めてくれるんなら、あたしは、使い残しの鬼札ジョーカーをあんたに託してもいい。

 あたしゃ、もう死ぬだけのババアさ。今更怖いものなんて無いし、あれこれ抱えててもしょうがないからね。里の連中の鼻を明かしてやれるなら、輪廻の土産にゃ十分さ」


 この一件に関して完全なる愉快犯である事を、堂々と表明するフィルローム。

 アルテミシアにとって彼女の申し出は、地獄に仏、渡りに船、その他諸々だいたい全部。考えるまでもなかった。


「その話が本当なら、否やもありません。受けましょう」

「言うと思ったよ。あんたは大した女だ、アルテミシア」


 フィルロームは機嫌良くカラカラと笑った。

 が、これで三方良しとはいかない。

 見事にスルーされていたレグリスがようやく割って入る。


「……勝手に話を進められては困るのだが、老よ」

「領主さん、勝手に問題が解決しちまうなら、あんたにも悪い話じゃないと思うがね」

「これは領をまたぐ問題であるし、種族間の問題でもある。私の一存で自由にはできない」

「領主様」


 堂々巡りになりそうな話を、アルテミシアは思い切って断ち切る事にした。


「領主様の立場で、それしか言う事ができないのは分かっています。

 ですので……見なかったことにしてくれません?」

「……なに?」

「つまり、エルフの里へナシ付けに行くのは、人違いで襲われたことにブチ切れたわたしの一存であり……ゲインズバーグ領は、その問題を関知しなかったために、責任を負う立場に無い、という方向で処理するんです」


 こんな事を言ってしまっては身も蓋も無いが、人間とエルフの揉め事など個人レベルではどこででも起きている。それが大問題に発展するのは、組織立った何かがある……あるいは、国などが絡んでくる場合だ。

 もしレグリスが、アルテミシアの行動を知っていて止めなかったなら、アルテミシアの行動はゲインズバーグ領の意を受けたものと誤解されかねない。レグリスが懸念するのは、そういった展開のはずで、だとしたらアルテミシア達だけで動けばいいという事になる。


 レグリスは、アゴの骨を撫でながら、しばらく黙りこくっていた。


「参ったな。そう言われては止められん。

 だが、そうなると私からは何一つ動く事ができない。外交ルートを通じた問い合わせも、後ろ盾としての安全の保証も、な」

「覚悟の上です。……そこまで危ない橋は渡るつもりないですし」


 フィルロームに相談して、その結果次第という事になるが、自分がまともに戦えない事は重々承知。

 ドンパチやらかす事態は避けて、穏便に決着を図るつもりだった。


「ならば……後はひとりの人として言わせて欲しい。『健闘を祈る』」

「はいっ! ……えと、そう言うわけなんだけど」


 と、勝手に今後の行動方針を決めてしまったアルテミシアは、済まなく思いながらアリアンナとレベッカを仰ぎ見る。


「その巫女さんが、そんなかわいそうな人なら、力になってあげたいです」

「アルテミシアの行く場所が私の居場所よ」

「身内に恵まれてるなあ、わたし……」


 感謝の言葉も無かった。


「って言うか、お姉ちゃんの基準はわたしなのね。マナも『おねーちゃん』言ってたし、庇護対象かと思ったんだけど」

「だって、あの子は明らかに私より年上でしょ?」


 不思議そうな顔のレベッカ。

 そうなのだ、それは確かにそうなのだが、じゃあ自分は何なのだという疑問符が頭の中に浮かびまくり、耳から『?』の濁流が流れ出しそうなアルテミシア。


「分からないなら……その方が良いのかしら……」


 ぽつりと、レベッカが呟いたような気がした。

 何気ない吐息のような一言だったのに、どういう意味かと聞き返す事がはばかられるような重さがあった。もしかしたらこの言葉の意味を聞いてしまった瞬間、自分はレベッカの『妹』で居られなくなるのではないか……そんな、根拠の無い予感が、アルテミシアに質問を踏みとどまらせた。

 ……レベッカとのよく分からない義姉妹関係を、アルテミシアは心地よく思っていたのだ。


「……決まりだね。アルテミシア、ここじゃ都合が悪そうだ。続きは他所で話すとしようか」


 空気を読まないか、読んだ上でぶち壊したのか分からないが、フィルロームの一言でアルテミシアは暗い予感から解放された。


「ですね。では、領主様。マナちゃんはわたしの方で預かるという事で」

「そうなるか。分かった。なるべく穏便な成功を祈っている」

「そんな、人を爆弾か何かみたいに……」


 レグリスは笑って、何も言わなかった。


 そしてアルテミシアが席を立ちかけた時。

 作戦会議室の扉が荒々しくノックされた。


「領主様、緊急の連絡です!」

「……入れ。何事だ?」


 扉を開けて、従僕がひとり飛び込んでくる。

 作戦会議室内の奇妙な顔ぶれに、一瞬疑問の表情を浮かべたが、彼はすぐに跪いた。


「それが……調査団が間もなく街に到着するとの事で、先触れの使者が参りまして」

「何だと!? 到着は明日の昼ではなかったか」

「そのはずですが……」


 調査団が予定より早く来てしまったらしい。

 そんな事になれば、調査団を受け入れるべき領城は、手はずが大幅に狂うわけで、おそらく使用人ズが青ざめている頃。

 当然、主であるレグリスも準備をしなければならない。


「最優先で出迎えの準備を完遂せよ」

「既に取りかかっております」

「……済まない、話の続きはまた今度だな。もうこれ以上、話すことがあるかは分からんが」

「はい……では、おいとまさせて頂きます」


 雪崩にでも押し流されるように、作戦会議室での会食はお開きになった。

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