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9-8 見た目は大人 以下察せ

「転生前ネーム、滝口まなちゃん、3歳。

 2ヶ月前、“湖畔にて瞑想する蔓草”の部族の巫女、サフィルアーナに憑依転生……

 体は200歳ってマジか。でもこれエルフとしてはまだ若い方なんだね……」


 マナと向かい合って座ったアルテミシアは、彼女から聞き取った話を、部屋に置いてあった筆記具でメモしていた。念のため、こちらの世界の人に見られてもいいよう、敢えて日本語で。


 部族の信仰を司るシャーマンのひとりだったサフィルアーナ。

 しかし、転生者としての精神が覚醒したことで、『頭がおかしくなった』と思われ、殺されそうになり逃げてきたというのが、彼女の話から把握できた大まかな事情だった。


 ――それだけで殺そうとするとか、荒っぽいな……

   宗教関係もあるみたいだから、その辺が原因なのかな。


 そして、この話を聞いている中でひとつ、アルテミシアが気付いた事がある。


 彼女は、確かに200歳を超えるエルフの巫女サフィルアーナとしての記憶を持っている。しかし、彼女は『滝口まな』なのだ。


 マナ曰く、この体はサフィルアーナから『かりてる』もので、自分がここまで逃げて来られたのはサフィルアーナが『どうやってにげるか、おしえてくれた』かららしい。

 彼女の自我は、サフィルアーナと混じっていない。サフィルアーナを、自分の中にある自分ではない存在と捉え、サフィルアーナの知識や記憶を使う事は、彼女からのアドバイスと認識しているらしかった。

 『転生屋』が何かミスをしでかした可能性もあるが、何か別の理由があるような気もする。


 さて、そんな彼女が転生に至った事情だが、もちろん、少女を通り越して掛け値無しの幼女だったマナでは、最低料金の10万円を用意できるはずもない。自分自身で転生を選んだのではなく、親によってこの世界へ送り込まれたのだ。


「パパとママはね、あとからくるってゆってたの」

「そう……」


 ベッタベタの悲しくて優しい嘘だ、とアルテミシアは思った。


 そうして転生した彼女が持っているチートスキルはと言えば……


「【生存能力 ジャイアント・コックローチ級】

 【高速再生 スライム級】

 魔力を食べて生きられる【雲气の聖餐】

 【博識】【超速思考】に……

 【人格補正 智者】? 人格補正ってあれかー、性格いじるチートスキル。怖くて手を出せなかったな」


 3歳児の断片的な記憶と、アルテミシアが見た転生カタログの記述を照らし合わせる、目隠し状態で神経衰弱をするような作業の果てにチートスキルリストが完成した。


 彼女の能力は、ひたすら知識と生存に特化しているという印象だ。チートスキルのお陰か、覚醒までの200年の経験ゆえか、リアルな3歳児より聡い印象も受ける。

 200歳のエルフを転生先に選んだことも含め、『3歳の子どもがどうやれば、見知らぬ世界でひとりで生きていけるか』と考えて転生プランを練った、両親の想いが垣間見える。


 ――ひとりで・・・・生きていけるように、って構成なんだよね……


 アルテミシアは、なんとなく事情を察した。

 マナの両親が、どうしてマナをこちらへ寄越したのか分からない。

 だけど、あまり愉快でない事情があるのは、ほぼ確実だろう。


 そうしてひとりぼっちでこの世界に送り込まれ、かと思えば殺されそうになった。

 そんな彼女の境遇には、さすがに同情するアルテミシア。


「ねえ、おねーちゃん。まな、どうすればいいのかな?

 こわいひとたちがおいかけてくるの。おうちにかえりたいよ……」


 当の本人は、あんまり絶望的な調子でもなくて、純粋にどうすればいいか疑問に思っているような様子だった。

 状況が飲み込めていないのかも知れない。と言うかおそらくそうだろう。

 帰る手段が無いであろう事も、仮に地球へ帰れたとしても、幸せな生活に戻れるとは限らない事も。


「どうすればいいか、分からないけど……あの怖い人達を追い払うために、なんとか頑張ってみる。それくらいは、できると思う」


 ――刺客は三人居たけれど、死んだのはひとり。

   残りはどうする気だろう。マナを狙ってくるのか……

   あと、わたし達を襲ったのは人違いみたいだったけど、これ以上関わってくる気があるのか……

   考えても、あんまり予想できないな。あっちの意向が分からないんだよね。


 レグリスは、今回の件に関して外交ルート(?)を通じて、エルフの部族側に説明を求めるつもりらしい。反応次第で、また分かる事もあるだろう。

 そのために、部族の名前を聞き出せただけでも上出来だった。


「マナちゃん、今のお話、領主様に教えてもいいかな」

「りょうしゅさま?」

「このお城に住んでる……えっと、偉い人」

「それは、しってるもん!」


 マナ、ふくれっ面でちょっと怒る。

 領主様くらい、200歳のサフィルアーナが知っている言葉だろう。


「ごめんごめん。ちょっとお話ししてくるから、良い子で待っててね」

「わかった!」


 意味も無く、びしっと手を上げて承諾するマナ。

 ただでさえ背が高く、エルフらしく手足も長いので、こんなポーズをされるとそそり立つ壁のようだった。


「……ところで、その格好は……?」


 去り際、アルテミシアは、部屋に入ってからずっと気になっていた事を聞いてみる。

 何故かマナはさっきのスカートではなく、タオルらしきものを腰に巻いた格好だった。


 指摘されたマナは、顔を赤くして口ごもる。


「このへや……おトイレないんだもん……」


 どうすれば良いか分からず手をこまねいているうちに限界に達したらしい。

 3歳児らしかった。


 * * *


「あっ、アルテミシア!」

「アリア? どしたの?」


 作戦会議室に戻ってくると、食事中のレグリスおよびレベッカと一緒に、何故かそこには武装したアリアンナの姿があった。

 無礼講のお城パーティーですらガチガチになっていたアリアンナは、領主様と同じテーブルに着くという状況に、水揚げされる冷凍マグロみたいに凍てついていた。やっとアルテミシアが来てほっとしたという様子。


「帰りが遅いから心配して……途中で領兵さんに会って、お城へ来てるって教えてもらったの」

「むしろ、こんな時間にアリアひとりで出て来る方が危ないわよ。こないだなんか、真っ昼間からごろつきに絡まれてたのに」

「あー、やっぱ心配してたか。ごめんね、いろいろ事情があって」


 スマホでもPHSでもポケベルでも、いや固定電話でも、手軽に連絡できる手段があれば伝えられたのだけれど、そうもいかない。この程度の行き違いは日常茶飯事だった。


「事情はレベッカさんから聞いたよ。大変だったね……」

「大変って言うか、ワケが分かんないまま殺されかけたって言うか」

「それで、話は聞けたのか?」


 サンドイッチ片手に何かの書類に目を通していたレグリスが、食事と仕事を脇にどけて聞いてくる。

 もちろん、転生者言うんぬんを正直に説明したところで分からないので、これまた嘘ではないが全部は喋らないという言い回しになる。


「彼女は、“湖畔にて瞑想する蔓草”という部族の出身だそうです。

 部族の巫女でしたが、精神に変質を来した事で、殺されそうになったと」

「なるほどな、宗教的指導者である巫女がそうなったとあっては……『恥』と思って消しに掛かったわけか」


 苦々しげに言うレグリスだったが、すぐ、切り替えたように頭を振る。


「部族名が分かれば、こちらから対話のルートを繋げる。……対話とは言うが、この場合は抗議だな。街まで出て来て、人違いで人間を殺そうとしたのだから」

「マナの……あの子のことは?」


 レグリスが言ったのはあくまでアルテミシアやレベッカが被った被害についての話だ。

 アルテミシアは、レグリスの立場を理解しつつも聞かずには居られない。

 レグリスは難しい顔で、祈るように手を組んで、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「人道的見地からの非難は成り立つだろうが、宗教上の価値観や部族の掟に則った裁断なら、口を挟むのは難しい。人間には人間、エルフにはエルフの社会がある。我々だって、エルフには理解の及ばない理由で、人間の罪を問う場合があるのだろう」

「それは、そうですが……」

「とばっちりがあった分に関しては抗議できる。しかし、エルフの中で完結している話に、人間社会のおおやけが首を突っ込むわけには行かない」


 レグリスは確かに聡明で慈悲深い君主だ。

 しかし、彼が責任を負うべきは領民であって全人類ではないのだ。

 仮にマナに肩入れして、エルフの部族から(下手をすれば周辺のエルフ皆から)敵視されれば、領民の安全にも関わるかも知れない。それは個人の感情で領をないがしろにする事であり、むしろ背任だ。


 だからこそ、レグリスは、例えばマナの部族からマナを引き渡すよう求められたら、おそらく応じるしかない。


 ――そしたら、お城へ連れてきたわたしが殺したようなもんじゃん。

   いくらなんでも、それはちょっと……


 それに、そもそもマナは転生者だ。

 こちらの世界で生まれた純正エルフなら殺していい、というわけでもないのだが、特殊な事情を背負った彼女が、エルフの都合に合致しないという理由で殺されるのは、やっぱり不条理感が強い。


「……少なくとも、事情の説明は求めるつもりだ。場合によっては、彼女をこちらで保護する事になるかも知れない」


 弁明するように、あるいはアルテミシアを慰めるようにレグリスは言った。

 もし何か、マナが語った内容と別の新事実が浮上すれば、状況が変わるかも知れないわけだ。

 逆に言えば、そのままなら……という意味でもあるのだが。


「分かりました……」


 諦めるのではなく、だったらどうすればいいだろうかと考えるアルテミシア。

 立場上、レグリスに助力を求めるのは難しい。かと言って、このままマナを見殺しにする気にはなれなかった。


 卓上に置いてあったナプキンが、ひらりと飛んだ。


「……ん?」


 頬に風を感じたのは気のせいではなかったらしく、窓も扉も閉めた室内に、緩やかな風が回遊している。

 巻き上げられたナプキンが風の流れを可視化する。

 渦巻く風の中心、作戦会議室の隅に、ぼんやりと、人影が浮かび始めていた。


「イッヒヒヒヒヒヒヒ! 話は聞かせてもらったよ!」

★『ポーションドランカー マテリアル集』にマテリアルを追加。

(「次の話」リンクの下に、マテリアル集へのリンクがあります)


・[9-8]≪能力算定≫ 緑の逃亡者 1321年.翠雨の月.3日

(マナ)

・[9-8]転生屋 転生カタログ11 【高速再生】

・[9-8]転生屋 転生カタログ12 【雲气の聖餐】

・[9-8]転生屋 転生カタログ13 【博識】

・[9-8]転生屋 転生カタログ14 【高速思考】

・[9-8]転生屋 転生カタログ15 【人格補正】

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