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9-6 相手がマゾなら負けていた

 定時帰宅する職員の群れと共に、職員通用口から吐き出されていくアルテミシア。

 しかしその日は、ちょっと様子が違った。

 前方で何者かが、人の流れをモーセしていた。


「お疲れ、アルテミシア」

「お姉ちゃん、どうしたの?」


 校門で待つ幼なじみのように、普段着のレベッカが待っていた。

 特にこれと言って何の変哲も無い町娘スタイルだが、背が高く体格がいいレベッカはそこに居るだけで目立つ。髪が伸び、赤色の部分が更に増えてきて、さすがにちょっとみっともないと思ったのか、つば広の帽子で頭を隠していた。

 まあ、いくら普通の格好をしていようと、腰から剣を提げている辺り、この人は油断が無い。


 アルテミシアが英雄レベッカの妹であるという話は、この1ヶ月で工房中に知れ渡っていて、休憩時間どころか仕事中までレベッカの話を聞かれたりしている。

 そんな状況だから、彼女が誰であるか気がついた職員も少なくないようで、勝手に遠慮した職員が避けて通り、モーセっているのだった。


「用事があってギルドの支部へ行った帰り。

 丁度いい時間だったから、一緒に帰ろうかと思って」

「そっか」


 好奇の視線から逃れるように、ふたりは歩き出した。

 古人曰く、人の噂も七十五日。それが真実ならあと半月チョイのはずなのだけど、噂の勢いが衰える気はしない。


 黄昏時のゲインズバーグシティは、真白い漆喰と黒塗りの木で組み上げられた街並みが朱色に染まり、徐々に弱まる陽光が空気に乗って漂っているような、ノスタルジックな世界となる。


「仕事はどんな調子?」

「良くも悪くも無い、かなー。なんか大きな成果があれば、独立を許されたりするらしいから、道が無いか探してる感じ」

「そう。ま、大丈夫よ、きっとなんとかなるわ」


 特に根拠の無い励まし……に聞こえる言葉だけれど、きっとレベッカは本気でそう思っている。

 何故なら、アルテミシアはそういう子だと、彼女は信じているから。


「ありがと。頑張るよ、お姉ちゃん」


 お礼を言って、隣を見ると、レベッカが足を止めていた。


「妹レーダーに反応が……?」

「え? わたしはここに居るけど」


 右目の義眼を押さえて辺りを見回すレベッカ。

 彼女が右目に入れている義眼は、生体魔力を動力とする魔導機械であるらしく、様々な機能を持っている。そのうちひとつに『妹レーダー』があるとは言っていたが……


 ――そーだった。このレーダー、別にわたし専用ってわけじゃないんだ。


「……そのレーダー、オフにできるならとっとと止めた方がよくない? 絶対壊れてるもん」

「壊れてなんかないわよ、これのお陰でアルテミシアに会えたんだから。

 それに、近くにアルテミシアが居ればだいたい分かるんだから、とっても便利よ。

 たまに他の人も引っかかっちゃうけど……」

「だから壊れて……」


 言いかけたところで、アルテミシアは奇妙な事に気がついた。


 辺りが、静かすぎる。

 まだ、人の往来が絶えるような時間ではないのに、人っ子ひとり見当たらない。周囲の建物もまるで世界を隔絶するかのように窓を閉め切っている。

 ゲインズバーグシティの中では、そこまで広くもない通りなのに、馬車も人も通らずに居ると、妙に道が太く思えた。


「これは一体……」

「≪人払いキープアウト≫かしら……?」

「って、何?」

「一定の範囲から人を遠ざける魔法よ。魔法が掛かった範囲に近寄ろうとすると、なんとなく近寄りがたくなって立ち往生したり、急に思いついて別の道を通っちゃったりするの」

「じゃ、なんで私たちは無事なの」

「考えられる理由その①。

 戦い慣れている私たちの肝っ玉には、弱っちい心理操作なんか通用しなかった」

「わたしみたいな非戦闘員に何言いますか」

「考えられる理由、その②は……」


 誰も居ないと思っていた通りに、三つの人影が立っていた。


 一目見て、尋常な存在ではないと分かる。

 第一印象は『忍者』。

 切れ味鋭く動けそうな、体のラインが丸見えの黒い革鎧を装備した、長身の男が三人。

 肌を露出している部分には、満遍なくゲートルか何かのような布を巻いていて、そうやって顔も隠していた。

 しかし、それでも特徴的な尖った耳は誤魔化せない。


 ――エルフ……忍者エルフ?


「……私たちだけ魔法の対象から外した、って所かしら」

「それって……」


 前口上も何も無く。

 三人のエルフは武器を構えた。

 杖、ショートボウ、そして、獣の骨を研いだようなナイフ。


「お姉ちゃん、これっ!」


 護身用に一本だけ持ち歩いている膂力強化ストレングスポーションを、アルテミシアは放ってパスした。

 ポーションを飲み干しながら、一歩下がるレベッカ。

 その足下を、先程まで足があった場所を、ショートボウの矢が貫いて、石畳を穿った。


 ナイフを持ったエルフが突っ込んで来る。

 レベッカは剣を抜き放つが、今のレベッカは鎧を身につけていない。

 下手をすれば一撃でお陀仏だ。


 鋭く突き出されるナイフを、剣で受け止めるレベッカ。

 濁った音がして、そして、エルフの男が吹っ飛んだ。


 ――……違う、あれは吹っ飛んだんじゃない。

   打ち合ってから後ろに飛ぶまで、ワンテンポのズレがあった。

   ポーション込みのパワーを受けきれないと思って、後ろに飛んで力を殺したんだ。


 宙で二回ほどとんぼ返りをしたナイフエルフは、全く体重が無いかのようにふわりと着地する。

 ナイフエルフが離れたとみるや、立て続けの矢がレベッカに襲いかかった。

 びょう、と空気を裂いて飛んだ矢。レベッカはそれを紙一重で躱す。

 未来を予知しているかのような避け方だが、視線と矢の向きから狙いを予想しているのだ。


 ――って言うか、こいつら、お姉ちゃん狙い? わたしは眼中に無し?


 ナイフエルフが斬りかかったのも、弓エルフが狙ったのもレベッカだ。

 もし皆殺しにする気なら、まずは弱そうなアルテミシアを狙いそうなものなのだが。


 と、思った時、アルテミシアの足の裏に何か当たるものがあった。


「ん……?」


 違う。

 モグラが通ったように、石畳を盛り上げて、何かが。


 突然アルテミシアの体は、何かに縛られ、吊り上げられた。


「きゃあっ!?」

「アルテミシア!」


 堅い木の根が石畳を割って突きだし、まるで蛇のように動いて、アルテミシアの体を巻き取っていた。

 全身に巻き付いて、アルテミシアを空中に磔にした木の根は、さっきまでうねって動いていたのが嘘のように堅く固まり、アルテミシアは身動きひとつままならない。


 本の中の世界でフィルロームに対してエルフが使っていたものとおそらく同じ。自然魔法だ。

 あっさり避けていたフィルロームと違って、アルテミシアは捕まってしまったが。


 ――しまった……動くのが遅いと思ったら魔法の準備をしてたんだ!

   呪文が聞こえなかったから、油断した……!


『お前は後だ』


 吊り上げられたアルテミシアの足下までやってきた杖持ちのエルフが、軽く見上げて睨んでくる。


『大罪人と行動を共にしていた貴様は、事によっては同等の罪に問われる。申し開きだけは聞いてやろう』

「大罪人……? お姉ちゃんが?」


 それは何気ない言葉だった。

 しかし、アルテミシアの言葉を聞いて、杖エルフの顔が押し潰されたように歪む。


『妹……だと? そんなものが居るなんて話は……いや!』


 杖エルフが杖を握りしめると、その途端、アルテミシアに巻き付いた根が蠢いた。


 アルテミシアの全身が軋んだ。

 骨、筋肉、関節……メチャクチャに加えられる力によって、全身が悲鳴を上げる。


「うっ……!? あ、あっ……!」


 ――しまった、言っちゃいけないやつだった!?


 アルテミシアですら分かるほどの濃厚な殺気。

 締め上げる根の力は更に増し、窒息……いや、違う。体を八つ裂きにする気だ。


 血相を変えたレベッカがこちらへ走り寄る。

 放たれた矢をひとつ躱し、二つ目がスカートを貫いて足をかすめ、突進を遅滞させる。


「な、なんっ……で、こんな……!」

『奴の血族とあらば、部族の掟に則り罰を下す!』


 威勢良く叫んだ杖エルフ。

 締め付けてくる根の力に、猶予は無いと判断し、アルテミシアは即座に動いた。


「『夜降ち令嬢リトル・サキュバス』!」


 『変成服マルチクロス』が、姿を変えた。


 なまめかしく艶やかな、レザーのローライズパンツ。同じく、素肌に直接まとうレザーのベスト。

 鋲付きレザーのヒール付きブーツに、銀色の鋭いトゲの飾りが付いた、革の腕輪と首輪。真白い柔肌が大きく露出した姿となるが幸いと言うかなんと言うか、木の根に絡みつかれて隠されていた。

 レベッカが買ってきたマトモじゃない服のひとつ。SM女王スタイルだ。もっとも、着ているのがアルテミシアでは、特殊な性癖向けのチャイルドポルノみたいな状態だったが。


 アルテミシアはこの『変成服マルチクロス』を操作するに当たって、どうすれば上手く変化を制御できるか試行錯誤した結果、コスチュームに名前を付けて口に出すのが最も高精度だと結論づけたのだった。


『な……? なんだ!?』


 杖エルフが呆気にとられた声を上げる。

 その間にアルテミシアは手をすぼめ、彼の間抜け面に向かって、スナップを利かせて手を振った。


 腕からすっぽ抜けた腕輪のトゲが、見事、彼の顔に突き刺さった。


『ぎゃあっ!?』


 不意打ちに驚き、集中を乱す杖エルフ。締め付ける根の力が緩んだ。

 本当にただぶつけただけなので、ちょっと血が出た程度の傷だが、それは致命的な隙だった。


 杖エルフの頭が、消し飛んだ。

 熱線によって頭の大半を消滅させられた杖エルフの体は、余波の熱によって燃え上がる。

 革の鎧も、巻いていた布も、そして体も。よく乾いた木材のように景気よく炎上していた。

 レベッカの義眼が放つ、熱線だった。


 締め上げていた根の力が急速に緩み、ほどけた木の根と絡まり合うようにしてアルテミシアは着地する。


「けほっ、けほっ……」

「アルテミシア、無事?」

「なんとか……ありがと、お姉ちゃん」


 片手に剣を持ち、残ったふたりのエルフを牽制しながらも、レベッカはアルテミシアを助け起こした。

 ビームを撃った反動で帽子が吹き飛び、山火事頭があらわになっていた。


 そんなレベッカを見て、エルフふたり、何故か呆然としていた。


『赤毛……?』

『それだけじゃない、あのみっともない耳を見ろ。どういう事だ、エルフではないぞ』

『どこで取り違えた?』


 声を低めるでもなく、相談するふたり。


 ――……まさか人違いってやつですかぁ~!?

   わたし殺されそうになったんですけど!? こいつら頭ン中に脳みその代わりに、ドジョウが潜り込んだ豆腐でも入ってんじゃないの!?


 ほっとするより腹を立てるアルテミシア。

 そんなアルテミシアの背後から、闇色の光としか言いようのない物がWエルフの方へ飛んだ。


「え……」


 今のは何だと考える間もなく。

 アルテミシア達とエルフ達を隔てるように、黒い炎が燃え上がった。

 それは、確かに炎のように燃えてこそいたが、全く熱を感じない。

 むしろ、冷気が漂ってくるような、怖気を誘うような雰囲気があるような。


『これは……!』

『退け! 立て直すぞ!』


 炎は、可燃物も無いのに石畳の上で燃え続け、それどころかふたりのエルフを追い込むように迫って行った。

 炎に追い立てられるようにふたりのエルフは姿を消し、そして戻ってこなかった。


「あれは、一体……」

「おねーちゃんたち、だいじょうぶ!?」


 どちらかというとクールな響きなのに、妙に幼い印象の声が聞こえた。

 カツリ、コツリと木靴で石畳を鳴らし、杖を持ったエルフの女が姿を現す。

 杖こそ持っているが、着ているのは魔術師の装備にありがちなローブや軽鎧ではなく、シャツとスカートという普通の服だった。


 彼女は身長と髪の長さが、ちょうどレベッカと同じくらいだった。もっとも、こっちは本物の緑髪だが。

 エルフらしいスレンダーの体だが、胸だけはレベッカよりちょっとありそう。

 白木の肌に整った顔立ち。切れ長の目は紫水晶のようで、すまして佇んでいれば、どこかメランコリックな雰囲気の、儚く冷たい美貌の佳人だ。

 だけど、底抜けに明るい無邪気な表情が、全てをぶち壊しにして、代わりに愛嬌を添えていた。


「まなをたすけてくれて、ありがと、おねーちゃん!」

まるっきり百鬼夜翔のアレですね>人払い

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