1-6 はじめての ちょうごう
システムが分かりやすくなるかと描写してみましたが、細かい数字の部分は読み飛ばしても大丈夫です。
床に座り込んだタクトの前には、すり鉢とすりこぎ、そして薬草の束が並んでいる。
すり鉢は今の身体からするとちょっとオーバーサイズで扱いにくいが、この際贅沢は言えない。
「調合なあ……本当にできるのか?」
「え、えっと……なんだか薬の作り方だったら分かる気がして、やってみたら思い出すかなー、なんて……」
用意してくれたグスタフは半信半疑だが、タクト自身もできるかどうか分からないのだからどうにも答えようが無い。
興味津々のアリアンナが長いすの上に寝そべってこちらを見ていた。
ポーション作りのチートスキル【神医の調合術】。
このスキルがどの程度有用なのかで第二の人生が決まる。
とにかく試すだけ試してみなければならない。
薬草は、見た事の無い植物が三種類。異常に肉厚な緑色の葉っぱと、複雑怪奇な形をしたゼンマイのような茎、そして絵の具で塗ったように真っ赤な草だった。どれもこれも地球には無い植物で、しかも薬草と言われるからには、魔力を蓄えてるとかなんかそれっぽい理由で、魔法の薬の材料になるのだろう。
――さて、調合中に効果が分かるって話だけど……
長すぎる袖を無理やりまくり上げようとしたがかえって邪魔だったので、タクトは無茶を承知で、袖から手が出ないまますりこぎを掴んだ。
試しに葉っぱをすり鉢に入れて、ちょっと棒で潰してみる。
――発現効果:なし
『Lv1治癒 3/100』『Lv1整腸 1/100』『Lv1解毒 6/100』
不思議な思考が頭に浮かんだ。
何者かがテレパシーで話しかけてきているようだった。
潰されて汁がにじんでいた葉っぱを、次は、ひっかくように磨り潰してみる。
――発現効果:なし
『Lv1治癒 5/100』『Lv1整腸 2/100』『Lv1解毒 10/100』
さっきとは数字が変わった。
今度は茎を一緒に入れて、混ぜてみることにする。
繊維質な茎をどうにか潰して、緑の葉っぱから出た汁とあえていく。
――発現効果:なし
『Lv1治癒 62/100』『Lv1整腸 4/100』『Lv1解毒 2/100』『Lv1麻痺毒 7/100』
『Lv1膂力強化 3/100』『Lv1魔力補給 10/100』
――なるほど、なんとなく分かった。
薬草を混ぜて、ちゃんとポーションとしての効果を出すには、「この要素がこの量を超えたら効果が出る」という、ある種の閾値があるらしい。
それを数値化して伝えてくれるのが【神医の調合術】だった。
――それにしても、結果が思考に浮かんでくるのはちょっとうるさいな。頭の中で考えてる事と混じりそうだ。
そうタクトが思った瞬間、さっきまで頭の中に浮かんでいたものが、すり鉢の回りに文字として表示された。まるでゲーム画面の外縁部にパラメータが表示されるように。
宙に浮かぶ文字に触ろうとしてみたが、それは見えているだけで実在するわけではないらしい。拡張現実ディスプレイのようなものだった。
試しに、文字よ消えろと念じてみた。すると表示は消去される。他に通知の形態は無いのだろうかと考えたら、今度は耳に幻聴が届いた。
『現在の発現効果は無し。抽出中の成分は、『Lv1治癒 62/100』『Lv1整腸 4/100』……』
――そう言う事か。
ポーションの調合結果を知る、という結果さえ同じであれば、視覚・聴覚・テレパシー、その他諸々、どのような形態であっても望み通り可能らしい。
少しだけ考えて、タクトは、視界に拡張現実的な表示をする方法を選んだ。
タクトは少しずつ薬草を足しながら試行錯誤して、調合というものの性質を見極めていった。
単純な足し算や引き算で計算できるわけではないようで、数値の変動はメチャクチャだ。しかし、「どの草を混ぜるとどの数字がどちらへ動くか」は基本的に決まっていて、様子見をしながら少しずつ草を足していけば、消したい効果を消して、発現させたい効果だけを残せる。
重要なのは、ただ薬草を足し続けても、数値の上昇はどこかで頭打ちになる事だ。しかし複数の薬草を特定の比率で混ぜることで、あり得ないほどの上昇を見せる事もあった。その「特定の比率」というやつが厄介で、少し比率が狂うだけで数値の上昇が止まる。確かにこれは、カンニングしながらでないとまともな結果を出せないだろう。
比率を調整しながら三種類の薬草を混ぜていくと、『Lv1治癒』の効果が発現した。これが、初等の治癒ポーションという事になるのだろう。
発現効果:Lv1治癒
『Lv2治癒 161/200』『Lv1整腸 37/100』『Lv1解毒 57/100』『Lv1麻痺毒 81/100』
『Lv1膂力強化 27/100』『Lv1魔力補給 71/100』『Lv1風邪薬 8/100』
『Lv1抵抗力強化 55/100』
――数値上は危ないけど、この混合比率なら麻痺毒は頭打ちっぽいな。だが、別の比率で薬草を組み合わせれば100を超えるかも知れない……
そして厄介な事に、効果は併発する。つまり、「副作用として毒を受ける治癒のポーション」のように、命懸けのジョークグッズみたいな代物が完成する可能性もあるわけだ。
――混合比率はおそらくこのままで大丈夫。あとは磨り潰して液体にするだけだ。
現状では、薬と言うには粘っこすぎたし量も少ないので、やかんを拝借して中の水を足す。そうしたら水で薄まっただけ、全体的に数字が下がった。材料の薬草を磨り潰せば数値はまた回復するはずなので、『治癒』効果の数字が100を下回らないよう、水の量を加減して行けばいい。
材料をすり潰しきったところで、ぎりぎりまで水でかさ増しする。
最初は濃緑色だった液体だが、水や他の薬草と混ぜるうちに、いつしか透き通るような翡翠色となっていた。
「できた!」
タクトがそう言うと、アリアンナが弾むような拍手をした。
「……本当にできたのか?」
「はい、見てください!」
斧を研いでいたグスタフがすり鉢を覗き込んでくる。
中に溜まった翡翠色の液体を見て、グスタフは目を丸くしていた。
「これは……!
驚いたな、今時こんなやり方でポーションを作れる奴が居るのか。しかもこんな小さな子が……」
「…………え?」
タクトは何か不穏なものを感じる。
人が生きている限り病気にもなるし怪我もする。ポーションの中にはそれだけでなく、戦闘に役立ちそうなものや、その他色々とあったはず。だと言うのに、調合……つまり薬作りをする人が少ないと言うのだろうか。
「薬師って、少ないんですか?」
「ポーションはね、おっきな工房のおっきな樽で、何百杯分もまとめて作ってるの。だから、自分の手で薬草を混ぜる薬師さんは少ないの。二十年くらい前から、大量調合が一般的になって、ポーションが庶民でも買えるようになったんだって!」
アリアンナがちょっと得意げに説明する。
――あの野郎っ!
タクトは激怒した。
邪智暴虐なる『転生屋』の男を心の中で縛り上げて、三万匹の人食いゴキブリが蠢く風呂桶の中に突き落とした。
確かにあの男は嘘を言ってはいないし、タクトの希望に応えもした。確かに使い方次第では便利だし、マネタイズも容易な技術だ。
しかし、大量生産のポーションを相手に手作業でどうやって対抗しろと?
量産品に手作りで対抗するとして、ベターなのは高級路線だ。だが、高級なポーションには、それだけ高級な材料が必要なのではないだろうか?
そしてそんな材料は、命懸けでダンジョンの奥深くに潜るとか、目玉が飛び出るような金を払うとか、魔王より強い隠しボスが1/8の確率でドロップするとかでないと手に入らないのではないだろうか?
――いや……まだ人生無理ゲーと決まったわけじゃない!
そこら辺の事情を、街へ行けるようになったら探らないと……
「えと、グスタフさん。これはよかったら差し上げたいのですが」
「いいのか?」
「宿代代わりと言いますか……
材料だって貰ったやつですし」
「いや材料はどうせタダみたいなもんだからいいんだが……ちょっと待ってろ」
どたどたと出て行ったグスタフは、家の裏の方で何か金物がぶつかり合うような音を立てて、物が崩れる音と共に悲鳴をひとつ上げて帰ってきた。
その手には三角フラスコのようなガラス瓶がいくつもある。
「こいつに入れてくれ。だいぶ前に飲んだやつの空き瓶だ。なんかに使えるかと取っといた」
リユース品とは言え、正式なポーション容器というわけだ。
すり鉢の中身を流し込んで、ポーションの瓶を暖炉の火にかざすと、翡翠色の光がまぶしく目ににじむ。
「うん。ちゃんとポーションって感じ」
「すっごーい。本当に出来ちゃった」
ビンに収まったポーションは、まるで宝石のように美しく、タクトは少し気をよくした。
タクトの頭の中では輝かしき未来予想図(不吉な黒ローブで全身を覆って骨董店のような狭い店の奥に座り、『お前なら作れると思ってここへ来た』とか言って金貨でぎっしりの革袋を叩き付ける犯罪組織の使者に『あんたが来るのは分かってたよ……こいつがお望みかい?』とか言いながら暗黒微笑を浮かべ雑貨棚を動かして後ろの隠し倉庫からポーションを取り出す暗黒薬師)が形成され始めていた。