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9-2 金を出さなきゃ背教者

「書類……ちょっと減りました?」


 ゲインズバーグ城の領主執務室に呼び出されたアルテミシアは、机の上に積まれた書類が以前目にした時の半分ほどに減っているのを見て取った。


「一番混乱していたのは最初だったからな。忙しいのは変わらないが、一日に三時間は眠れるようになった」

「それ、まだ十分ヤバイじゃないですか」


 涼しい顔で言うレグリスは、確かに一時期より顔色がマシになっていた。

 ……机の上に並んだ小瓶は、この場合、見ないフリをするのが社畜の流儀だろうか。


 そんなレグリス、アルテミシアと一緒に来たレベッカに目を留めて、愉快そうに微笑む。


「一月ぶりくらいに見るが……その頭はわざとかね?」

「そーよ」


 魔法によって緑に染めたレベッカの髪だが、後から伸びてきた分は元の通りの赤毛だ。

 今のレベッカは、髪の根元だけが赤いという個性的ファッションだった。

 金髪に染めた後から黒髪が伸びてくると頭のてっぺんだけが黒くなる。これをカラメルソースに例えて『プリン頭』なんて言ったりするけれど、だとしたら今のレベッカは何だろう。山火事頭か。


 この頭で出歩いていれば、『英雄、実は赤毛だった』という噂が広がって、髪の色が元に戻る頃には『緑髪の英雄』は『赤髪の英雄』として語られるようになるだろう。そうすればもう、髪の色だけでアルテミシアが勘違いされたりはしないはず。

 そこまで考えて行動してくれているのだから、レベッカには頭が上がらない。


「それより、手早く話を済ませましょ。お忙しい模様ですし」

「そうだな……では、本題に入るか」


 レベッカに促されて、レグリスは執務机の上に丸めた羊皮紙を置いた。


「こいつは女神教団の中央神殿からの連絡だ。

 先日の事件について、ようやく調査団が派遣されることになったらしい」


 レベッカとふたり、このタイミングで呼び出されたのだから想像はできていたけれど、なんとなくアルテミシアは息を呑む。


 女神教団というのは、この世界の創造主であるとされている『輪廻の女神』と、その協力神を崇める宗教だ。

 宗教を大きな括りで考えるなら、女神教団は『この世界で唯一の宗教』と言っても過言ではない。魔法によって神の存在を確かめられるからか、世界観の異なる複数の宗教が覇権を争っているという状況ではないのだ。


 この世界の宗教を、大きく分類するなら三種類。

 輪廻の女神と、その協力神を崇拝する『正道』。

 精霊や祖霊、神以外の力ある存在を崇める『異端』(物騒な響きだが、そこまで邪険に思われてはいない)。

 神に徒なす霊的存在である悪魔や、存在が確認されていない神、異界の神を崇める『邪教』(こっちは完全に抹殺対象)。


 そして、『正道』信仰の中に、教義の解釈や重視すべき神についていくつもの意見があり、それぞれに宗派を形成しているという状況だった。


 ここで単純に『中央教会』と言った場合、宗派や国に関係なく女神教団全ての頂点に立つ総本山のことだ。名実共に教団の顔であり、名目上は神の代行者であり、宗派間対立の調停者。

 立派な顔の裏側で、大組織にありがちな腐敗もそれなりに抱えていて、政治的なアコギさも持つ。


 中央協会が信仰の守護者である事は一応、確かであり、悪魔のなんのと騒ぎになれば調査に来るのは目に見えていた。


「そして、これに合わせて国の調査団もゲインズバーグ入りすることが決まっている」

「一度にまとめて、ですか?」


 レグリスが、面倒事の予感を上乗せしてくる。

 当然ながらレンダール王国も、この一件について座視してはいられないわけで。


「わざと合わせているんだ。国と教団は、お互いに譲れない部分と協力できる部分があるわけだ。その擦り合わせと牽制のため、調査団を派遣するタイミング自体、国と教団で示し合わせたものだ。

 私からの報告も含めて、事前に手に入れた情報を元に結果を予想し、お互いに不幸なことにならないよう事前調整をし……ようやく動き出すわけさ」


 面倒な話だと思ったが、えてして政治とはそういうものなのだろう。


 どこの何が調査に来るとしても、アルテミシアにとって重要なのは平穏無事な生活を死守することだ。

 そのための要件は、大きく分けてふたつ。


 ①:世間から注目されるような事態になってはいけない。

 ②:国や教団に、良くも悪くも目を付けられてはいけない。


 ヘタを打てば、この件で周囲から注目されてはせっかく功績を伏せた意味が無くなってしまう。


「調査の人たちは、わたしがやった事を秘密にしてくれるでしょうか」

「そもそも此度の調査は、ことさら世間一般に公表するような性格のものではないな。

 国や教団の側で事態を正確に把握しつつ、世間にどんな物語を流すか考えるというのが肝だ。

 その意味では、最初から秘密主義的な性格があるのだよ」


 ニヒルに笑うレグリスは、この調査によって腹を探られる側だ。

 魔物の策略によって(転生者ではないガチの)悪魔に取り憑かれた人というのは、過去にも存在するようなのだけれど、それより多いのは悪魔を崇拝する者が儀式によって悪魔降ろしをする事例だ。

 他ならぬ息子が悪魔に取り憑かれたと噂されているのだから、レグリスは悪魔崇拝の疑いを掛けられることになる。……それでも、問答無用で処刑台送りにならないだけ、中央神殿はどこかの星の人類よりは冷静だった。


 国の視点から見れば、仮にレグリスが本当に悪魔崇拝者だったとしてもあっさり処刑台に送るわけにはいかない。このゲインズバーグ領は魔族領と接する(魔族が領土を持っているなんて事を公式に認めるわけにはいかないので、政治的に正しい表現としては、いかなる国にも属さない『中立地帯』と呼ばれているのだが)、対魔族領防備の要。

 ただでさえ『悪魔災害』で混乱しているところ、突然領主を処刑してトドメを刺してしまえば、まず間違いなく魔族の軍勢がなだれ込んでくる。

 そこで、もし本当にレグリスが悪魔崇拝者クロだったとしても、表向きは穏便な形で領主を挿げ替えられるよう、中央神殿と示し合わせている……という所だろう。


 なるほど確かに、秘密主義的な性格と言うべき状況だ。


「じゃあ、わたしは正直に話しても大丈夫……でしょうか」

「仮に、公にした方が都合が良いと考えたら、容赦無く触れ回るでしょうけどね」

「うぐっ」


 やれやれ口調でレベッカが指摘する。

 レベッカが言う通りで、国家やら巨大宗教の総本山みたいな組織がひとたび『表沙汰にしよう』と判断すれば、静かに暮らしたいなんて言うアルテミシアの願いは、荒野のタンブルウィードみたいに遙か彼方へ転がって行くだろう。


 ――それはもう、成り行きに任せるしか無いか……


 自分みたいなよくわからないのを英雄に祭り上げる必要がある状況ではないだろう、と、アルテミシアは思ったし、思いたかった。


 もうひとつ問題なのは、『目を付けられずに済むか』。良い意味でも、悪い意味でもだ。

 良い意味で、というのはまぁ言うまでもない。国や教団から評価されるのは本当なら光栄なのだろうけれど、分不相応な期待を持たれたところで、厄介事が飛び込んでくる気しかしない。


 それ以上に困るのが、例えばレグリス共々悪魔崇拝者の疑いを掛けられるとか、悪い意味で目を付けられた場合だ。

 やましいところが無ければ堂々としていればいい……というのはある意味で正しいが、前世で、秋葉原を歩いていただけで職務質問された経験が2回ほどあるアルテミシアは、その点悲観的だった。

 疑いというのは、掛かる時には掛かるものだし、その結果として悲惨な結末もあり得るというのは、数々の冤罪事件を持ち出すまでもなく明らかだろう。


 ましてこの場合アルテミシアには、隠し事がある。


 こちらの世界では、地球からの転生者について一般に認識されていない。

 かなりスケールダウンしていると言っても、アルテミシアは『児島と同じようにチートスキルを持ち』、さらに『あの事件で関わった』のだ。

 同類項と見なされる危険は……どうなのだろうか。


 ――これは……調査が来る前にどうやって取り繕うか考え……

   いや、いっそ全部喋っちゃう方がいいかも? 頭がおかしいと思われるかも知れないけれど、嘘つきだと思われるよりはマシかも知れない……


 さてどうしようかとアルテミシアが悩んでいると、レグリスは、何かを思い出した様子で手を叩く。


「そうだ……これを君に渡さなければならないのだった」


 そう言ってレグリスは、真っ白な卒業証書入れみたいな筒を執務机の上に置いた。


「……これは?」

「中央神殿の方から、アルテミシア君に、との事だ。理由は分からないが君だけが読むようにと。一応、文を宛てた人物以外には字が見えないよう、魔法を掛けているらしいが」

「アルテミシア、読める?」

「もう大丈夫だよ」


 ここ数日、集中的に勉強して、読み書きはマスターしたつもりだ。

 まだ実戦経験に乏しいので、間違いもあるかも知れないが、おおむね問題は無いはずだ。


「でも、わたしにって……何だろ?」


 筒を開けると、中から出て来たのは丸めたケント紙(卒業証書や賞状に用いられる、鼻持ちならない意識の高さを誇る紙)ではなく、羊皮紙だった。

 焼き印で書いたかのような文体の文字は、まず種々の儀礼と迂遠な形容詞に彩られたハイソな挨拶から始まり、急転直下、本題に着地する。


『単刀直入に申しまして、貴女は外来転生者でしょうか?』


 アルテミシアは、ごくりと唾を飲んだ。

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