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7-1 みんなみんな生きているけど友達とは限らない

 冒険者にも職業犯罪者にもなれない、半端な乱暴者というのは、いつの世にも存在する。

 そういう連中は、用心棒や傭兵が不足している時は、雇い主も質を無視して頭数を揃えなければならないので仕事にありついており、まあ大人しいものだ。しかし仕事にあぶれれば、盗賊ギルドマフィアの手先として違法な商売をしたり、善良な市民相手に詐欺や恐喝を働いて糊口をしのぐようになる。


 “銀のアギト”という名前の一団は、まさしくそういったゴロツキの集まりだった。

 若い男ばかり十人ほどのグループで、一応は傭兵団を名乗っているのだが、普段は盗賊ギルドの有力者を後援ケツモチにして、ゲインズバーグシティで恐喝や押し売りをして飯を食い、街の治安の悪化に勤めている。

 まともに剣術を使えるのは、頭目であるニルスという男くらいなのだが、とにかく武器を持った男の数が揃っていればいい状況というのは珍しくないもので、傭兵団としてもゴロツキとしても十分なのだった。


 そのうち盗賊ギルドに使い捨てられて、組織間の抗争で川に浮かぶか。

 でなきゃ尻尾を掴まれて領兵団に捕まるか。

 先の展望が明るいとは言いがたいのだが、そんな『いつか』の話より、まずは目の前の金、明日食う飯の心配をしなければならない。


 それでもまあ、どうにかこうにかやってきた“銀のアギト”にとって、間違いなくその日は最大の厄日だった。


 * * *


 冒険者としてやっていく実力も覚悟も無い半端者だからと言って、冒険者相手にビクビクしてばかりとは限らない。

 強い冒険者は本当に化け物じみた強さだが、そうでない相手なら数の利で押し切れる。

 冒険者は入る金も出て行く金も多く、資金繰りがカツカツの冒険者でさえ、その時々で財布に入っている金は少なくなかったりする。オイシイ獲物だった。


「オウオウねーちゃん、なんて事ぉしてくれやがんだ!」


 ぶつかった拍子に落として割た、高級酒の瓶を掲げてニルスが吠える。周りを部下たちに囲ませるのも忘れていない。

 その日、“銀のアギト”が目を付けたのは、ピカピカの防具を身につけた、いかにも新米っぽい女冒険者。金髪三つ編みに小麦色の瞳、そして暴力的な胸部を持つ少女……アリアンナだった。


 人通りの少ない裏通りをひとりで歩いていた彼女を白昼堂々狙い(夜間はむしろ警戒されるので、やりにくい仕事もあるのだ)、擦れ違いざまにわざとぶつかり、持っていた高級酒の酒瓶(中身は水で薄めた安酒)を割って弁償代を請求する。

 早い話が当たり屋行為だった。


 ニルスがアリアンナに狙いを付けた理由は、単純明快。

 熟練冒険者らしい貫禄は無く、装備もほぼ新品。新米冒険者であることは確実なのに、そこそこ上等な装備を身につけていたからだ。

 背負ったショートボウはリムの両端に魔力充填用の宝珠がはめ込まれている。おそらく、威力か命中精度を高めているマジックアイテムだ。

 鎧は胸甲と腰当てと盾のような籠手という軽装。それ自体は見るべき所の無い安物の鉄製鎧だが、そのアンダーに銀糸を編み上げたような帷子を着ている。色合いから察するに、コストダウンのため合金にしたわけでもない、純ミスリルだ。


 ミスリルはマジックアイテムの材料にもよく使われる金属だが、この帷子は単純に、軽さと頑強さを両立させた素材としてミスリルを選んだだけだろう。革鎧より軽く、鉄の板金鎧プレートメイルより防御力が高い。

 ついでに値段も高い。性能の割にお値頃で、中流以上の冒険者なら当然のように使うミスリル装備だが、半端者の傭兵崩れには高嶺の花だ。

(ショートボウとミスリルのアンダーは、ほぼ新品どころか完全に新品で、ついさっき買ったばかりなのだが、ニルスはそれを知るよしも無い)


 金主パトロンがついていて、実力に見合わないほどの金を持っている冒険者と思ったのである。

 主武装が背負った弓らしいというのも、いい。戦士や格闘家と違い、近くで囲んでしまえば何もできないからだ。

 

 因縁を付けられただけで怯えてうろたえているアリアンナを見て、ニルスは自分の見込みが正しかったことを確信した。……こいつはカモだ、と。

 ある程度経験を積んだ冒険者は場慣れしていて、人間相手でもこういう態度を見せない。


「あぁーあ! お前のせいで割れちまったよお! どうしてくれんだろうなぁえぇーっ!? これいくらすると思ってんだよぉ!」

「えっと……千グランくらい……ですか?」

「はぁ!? 何考えてんだ、その十倍でも足りねえよ!?」


 ニルスに怒鳴りつけられて、アリアンナはびくりと体を震わせる。ちなみに本来の瓶の中身は十万グランを超える超高級酒だが、当たり屋行為のために詰め直した中身の原価は百グラン前後である。


「どーすりゃいいんだろうなーあ? 大損だぜ、コンチクショー!」

「え、えっと、ご、ごめんなさい、私……」

「ほうほう、済まないと思うのか。じゃーあ弁償してくれると助かるなあ?」


 強引にアリアンナの肩を抱くニルス。

 さすがにアリアンナはぎょっとして離れようとするが、振りほどく力は無い。

 嫌そうな表情は、なかなかにそそるものがあったが、それよりも今は仕事だ。不快感を抱かせるのも、相手の冷静さを失わせる立派な戦術だった。


「ネエちゃん、なんなら、そのご立派な体で払ってくれてもいいんだぜぇ?」


 ニルスに肩を抱かれて動けないアリアンナに、部下のひとりが手を伸ばす。

 これも作戦のひとつ。最悪の事態を想像させることで、『金を出して助かるならそれでいいか』という気分になるものだ。

 まあ、あんまり生意気な態度の女だったら、金の代わりに『オタノシミ』……という事もあった。この女はちょっと若すぎる気もするが、子どもと言うような歳でもない。

 顔も悪くないし、体……特に胸などは極上品だ。金よりオタノシミでもいいかと考えるニルス。


「ひっ……」


 小さく悲鳴を上げたアリアンナの胸に、部下の手が触れた瞬間だった。


「きゃあああああっ!」


 アリアンナの悲鳴と同時。

 その手のど真ん中を下から上へ、ナイフがぶち抜いていた。


「え……?」


 ニルスも、手の平を串刺しにされた部下本人も、その他の部下たちも、全員が呆然としていた。

 スカート状の腰当てに隠されていたナイフをアリアンナが投げたのだと、ニルスが気付いたときには、次のナイフがニルスの顔めがけて、回転しながら接近していた。


「ぎゃあ!」


 肩を掴んでいる相手の顔めがけて、下からナイフを投げ上げるという超人的な技巧。アリアンナが投じたナイフはニルスの片眼を下から上へ引っ掻いた。

 思わずニルスは顔を押さえて悶絶する。

 それはつまり、アリアンナが完全に自由になると言うことであって。


「嫌ぁっ! やめて! 来ないで!」

「げっ!」

「ぐあっ!」

「痛え!」


 アリアンナの悲鳴がひとつ上がるたびにナイフが飛んで、異常な命中精度によってひとりひとり無力化されていく。

 腹、腕、頬とナイフが刺さり、男たちがうめき声を上げてはうずくまる。


「誰か助けて――――っ!」

「だ、誰か……助け…………」


 アリアンナが叫びながら逃げ去った後には、血を流して倒れている十人の男たちが残されていた。


 * * *


 どうにか持ち直した“銀のアギト”の面々は、裏通りにある給水広場で傷の治療をしていた。魔法による治療が迅速だったので、幸いにして死人は出ていない。


 この給水広場というのは、病的な潔癖症かつ魔導機械愛好家だった先代領主の施策により、下水道と共に街中に作られたもの。くみ上げた川の水を魔導機械で浄化して吐き出している給水設備がある場所だった。

 まぁ、人々の認識としては『勝手に水を出してくれるちょっと便利な井戸』くらいだったが。


「目玉が完全に潰れたわけじゃねぇんで、時間さえかけりゃ≪治癒促進リジェネ≫で治せるはずだぜ」


 “銀のアギト”には、魔法の心得がある奴がひとり居た。使えるのは最も初歩の回復魔法≪治癒促進リジェネ≫だけ(しかも杖すら持ってない)なのだが、切った貼ったが日常茶飯事のゴロツキ傭兵団にとっては非常に頼もしいものだった。


「時間さえかけりゃ、って……どんだけだよ」

「さあ。一ヶ月とか? 傷が塞がんのと違って、機能回復は時間がかかるんで」

「クソ、長ぇな……」


 切り裂かれた目に洗い晒しの布を巻くニルス。

 様々な意味で憤懣やるかたなかった。あんな小娘にしてやられたのも腹が立ったし、危険な獲物を見極められなかった自分にも腹が立った。

 怪我をするだけして、何も手に入らなかったという状況にも、やり場の無い怒りを覚えていた。


「でもよう、兄貴。そういう傷があると凄みがあっていいんじゃねえすか? なんなら治さないで残しても……痛え!」

「アホかお前は、頭に犬のクソでも詰まってんのか! 片眼でまともに戦えるかってんだよ!」

「ちょ、兄貴! 殴らないでくだせぇよ! 治したばっかなのに!」


 そんなわけで、迂闊なことを言った部下をぶん殴って八つ当たりする。


「兄貴ぃ、服の血が落ちねぇ……」


 水をくんで、血が付いた服を洗っていた部下が泣き言を言う。


「……気にすんなと言いたいが、その格好じゃ目立ちすぎだな」

「オレ、服なんてあと一枚しか持ってねぇよ」

「いってえ……こりゃ魔法付きでもしばらく治んねーな」


 金があればなあ、としみじみ思う。

 治癒ヒーリングポーションが買えれば怪我なんて一瞬で治るし、腕の良い魔術師なら魔法で同じ事ができる。いや、そもそも金があればこんな危険な仕事で糊口をしのぐ必要も無いのだ。


「金、なんとか金を……」


 誰にともなくつぶやいたとき、給水広場の前を横切る小さな人影があった。

 まだ『女』とは呼びがたい少女だった。ふわふわした、撫で心地の良さそうな緑髪が特徴的。鮮やかな青のジャケットと白い襟巻き、膝上までの編み上げブーツという、それはそれで可愛いのかも知れないが奇抜としか言いようのない格好をしていた。肩には大きな鞄を掛けている。

 つまりアルテミシアだ。


「兄貴、何……」

「しっ。あれを見ろ」


 アルテミシアは通りざま、ニルスたちの方をちらりと見たが、それっきり目を合わせようとしなかった。

 柄の悪い男ばかり十人という集団を警戒して、足を速める。


 そんな姿を目で追って、ニルスはニヤリと笑った。


「あの格好は十中八九、冒険者だ。……で、冒険者ならまず間違いなく魔術師だな。鎧を着てるわけでもねぇし、あの歳で冒険者になるのは、魔法の才能をもてあましたガキが多い」

「つ、杖を狙うんスか?」

「おうよ。……魔術師だからってビビんなよ。囲んじまえばいい。呪文を唱えだしたらすぐに口を塞ぐんだ」

「でも兄貴、杖が見当たらねえんスけど」

「ちっちぇえのなら鞄に入るだろ。もし指輪とか、杖より高い触媒を持ってたら儲けモンだ。……回り込むぞ、野郎ども」


 くたばっていた野郎どもはニルスの号令一下、慌ただしく動き始めた。

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