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6 針・糸・布と、クロマニヨン

 ゲインズバーグシティは、当然ながら領兵団の本拠地でもある。

 兵舎や練兵場があるのも当然だが、領兵魔術師が詰める、魔法の研究・訓練施設も練兵場に併設されていた。

 街の中に作られていない理由は、まあ、推して知るべし。


 研究所には、魔法の実験をするための実験室も備えられている。

 実験室は頑丈な作りをした、ほとんど何も置いていない部屋だった。聞けば、実験内容に応じて、使用する機材を運び込むらしい。

 機材どころか机や椅子すら置きっ放しにしないのは、実験室の中に置きっぱなしにしたものは、遠からず壊れるか消滅するからである。理由は推して知るべし。


 なんとなく焦げ臭い匂いが染みついていて、石の床や天井に煤けた跡が付いている。そんな実験室に、アルテミシアたち三人と、領兵魔術師がひとり。彼は児島との決戦で共に戦ったうちひとりだ。

 アルテミシアはアリアンナから借りた、丈が余っていて胸回りがブカブカのワンピースを、体に巻き付けるようにして着ていた。


「信じがたいですね……」


 領兵魔術師は、机の上に載せた衣装一式を検分しながら、頭痛をこらえるような表情をしていた。

 アルテミシアがこちらの世界に来た時着ていたコスチュームだ。


 謎の自己修復機能を備えた服一式。破れようと汚れようと、数時間もすれば再生してしまうプラナリア的スーツ。

 いい加減、これが何なのか調べてもらう事にしたはいいものの、ちゃんとした魔術師に見せても、わけが分からないということが分かっただけだった。


 修復機能は意外なほどに強力だった。

 傷ついてから数時間かけて直るものだと思っていたが、もし半分以上消失するとか、八つ裂きにされるとか、服のアイデンティティーを失うほどに傷つくと即座に修復する。


「無限に服を破って包帯が作れるわね」


 とは、レベッカの弁。

 そんなのんきな感想の傍らで、魔術師は頭を抱えていた。


「おかしいんですよ。この服、それ自体はマジックアイテムではないんです。全く何の変哲も無い服なんですよ」

「じゃあ、どうしてこんな風に修復されるんですか?」

「……すごく荒っぽい説明をするなら、『破壊される度に何者かが魔法で修復している』とでも言いましょうか。ですが、誰がなんのためにこんな事をしているのか全く分かりません。精霊が憑いているわけでもなさそうですし……」


 使えればオッケーという思想のレベッカ(アルテミシアもこの考えに近い)に対して、根が学者肌らしい魔術師さんは悶絶していた。


 しかも、理屈は全く分からないまま、新たに明らかになった機能がある。


「これ、別の布を継ぎ足したらどうなるんでしょう」


 というアリアンナの一言で、適当に持ってきた端切れを試しにブラウスへ縫い付けてみたところ、端切れは手品のように消失してしまった。


「あれっ……?」


 針と糸を持ったまま固まるアリアンナ。

 妙に思ったアルテミシアがブラウスをぱたぱた振ってみたところ……

 ブラウスは、消えたはずの端切れに変化していた。


「え!?」

「あれ、消えた!?」


 ブラウスどころか、ブーツもジャケットも一式丸ごと消滅してしまい、アルテミシアの手に残ったのは一枚の端切れだけ。

 驚いていると、今度は端切れが、またブラウスに化けた。

 そしてブラウスと一緒に消滅していたブーツや襟巻きやジャケットやらが、アルテミシアの手に収まりきらずドサドサ地面に落ちていく。


 四人揃って、狐につままれた表情。それはもう、ほっぺの肉がちぎれそうな勢いで。

 タネも仕掛けもございません。いや、あるなら教えて欲しい。


 その後、あれこれ試行錯誤した結果、この服には『コスチュームチェンジ機能』(アルテミシア命名)が付いていることが判明した。

 針と糸で縫い付ける、という動作をキーとして他の服を吸収し、アルテミシアの意志・・・・・・・・・によって切り替えることができる。

 『アルテミシアの意志』というのがミソで、他の者では謎服の機能を引き出すことができないのだった。この服は、明確にアルテミシアに向けて作られたものであるらしかった。


 しかも、一度取り込んでしまった服は元の姿と同様、修復の対象になる。

 言ってみればこの服、まさにRPGの主人公のように同じ格好をし続ける事ができるうえ、オプションをいじってボタンひとつで外見を変えるように『コスチュームチェンジ』まで可能な、正体不明のアイテムだったのである。


「で、結局仕組みは分からないんですね」

「力不足で申し訳ありません……」

「いえ、簡単には仕組みが分からないってことが分かっただけで、収穫です。気にしないでください」

「あぁっ、予算と時間があればじっくり調べてみたいのに!」


 魔術師の言葉は、自分のふがいなさを嘆いていると言うよりも、好奇心を生殺しにされた苦悶の叫びのようだった。


 * * *


 その翌朝の事だった。


「ナニコレ」


 アパートのリビングに置いてある姿見(左上がひび割れてるやつをレベッカが安く買ってきた)の前で、アルテミシアは呆然としていた。


 昨日の晩、試しに寝間着パジャマを合成して、コスチュームチェンジ機能を試してみた。

 結果、それは上手くいったはずだった。

 そして、一晩眠ったアルテミシアは、寝間着をいつもの服に切り替えようとした。

 ……いつもの服に切り替えようとしたのだ。


 飾り気の無い黒のワンピースに、腰で留めるような形状の、純白のフリフリエプロンドレス。ちなみにエプロンは何故か胸の部分が覆われておらず、もし然るべきバストの持ち主(アリアンナとか、アリアンナとか)が着れば強烈に胸を強調する、フレンチスタイルとの折衷デザイン。

 足には白いタイツ。そして、最大の特徴として、ふわふわ頭に乗っかった純白でヒラヒラのヘッドドレス。


 メイド服である。

 どうしようもなくメイド服である。

 しかも、まともなメイド服と言うよりは、極めてコスプレチックな。


「ナニコレ!? アレ!? ナンデ!? 故障!?」

「あっ、アルテミシア。おはよ…………」


 そこへレベッカが、あくびをしながら出て来た。


 眠たげだったレベッカの目が『めきょっ』と見開かれた。


「いやあああああああ!! かーわーいーすーぎーっ!!」


 レベッカが奇声を上げながら全力で跳びかかってきた。

 命の危険を覚えたアルテミシアは死んだふりをしようとしたが、熊にすら効かないものがレベッカに効くはずもなく、抱きしめられて頭をモフモフされてしまった。


「それ着てくれたのね! 似合ってるわー!」

「え、ちょ、この服、何か知ってるの!?」

「うん。ちょっとアルテミシアが寝てる隙に、いろいろ縫い付けてみたの」


 聞けばレベッカは、この服の機能を知って即座に、アルテミシアに着せるための服を探しに街へ出たらしい。そして大量の戦利品を持ち帰り、寝ているアルテミシアの服にこっそり食わせていたようだ。

 そう言えば昨日はずっと出かけていて、何故か夜中まで帰って来なかった。そんな事をしていたとは。


「で、でもこんな服どこから!? こんなの、高かったんじゃ……」


 大量生産された化学繊維の布地で、同じ服を量産し、チェーン店でバイトをブラック労働させて売りさばいている21世紀の地球ではないのだ。

 服は高い。昨日の今日で手に入れたと言う事は古着に違いないのだが、何十着も買えばさすがに馬鹿にならない出費のはずで……


「なんだかね、街に妙なお店があって……変わってるけど可愛い服が、すっごい安い値段でたくさん売られてたのよ! このメイド服の他にも、店長オススメの……体操服? とか、ナース服? とかいうのが……」

転生者にほんじん――――っ!!」


 アルテミシアは絶叫した。

 間違いなく、ほぼ20000%の確率で、この事態には転生者とチートスキルが関わっている。


「店に置いてあった服を買っただけじゃなく、店長さんが夜中まで掛かって、その場で三着も仕上げてくれたのよ。あれ、魔法かしら」

「な、なんという余計な商売を……」


 世界がヤバい。

 もしうっかり流行して、道行く人々(おそらく若い女性に限る)がチャイルドスモックを着て歩くようにでもなってしまったら、いろんな意味で目も当てられないし、地球を代表してこの世界ベルシェイルに謝罪したくなる。


「と、と、とりあえず、元の服に戻れればいいんだけど、えっと……」


 アルテミシアは、いつもの格好を思い浮かべて、コスチュームチェンジの意志を服に伝える。

 途端、鏡の中のアルテミシアの姿がスロットマシーンのような勢いで変化し始めた。

 色とりどり、形状も様々で、知能指数とマトモさの低い衣装が動体視力の限界の速度で移り変わる。その中には確かに、いつもの服もあった。


「わー、行きすぎるー! これ、操作が割とむずいんだけど!?」


 服の枚数がいきなり増えたせいで、操作の習熟が追いついていなかった。


「……こういう欠点があったのね」

「うるさい元凶!」


 めまぐるしく移ろいゆく服スロットを、アルテミシアは、なんとか、なんとか目押しで止めた。


 ふわりとスカートが広がった。

 デザイン自体は、先程のメイド服と大差の無い格好だった。

 ただし、黒かったワンピースは、晴れた日の青空のような水色に。そして頭には、ウサギの耳を思わせる大きなリボンが。


 あふれかえる少女力。

 This is very Alice.(文法誤り)


「かーわーいー!」


 またもや抱きつこうとするレベッカを、手を突っ張って止めながら再び服ガチャを回すアルテミシア。


 ぴっちりと体幹を覆うそれは、どこから持って来たやら分からないが、特徴的な肌触りを持つ化学繊維。

 アーティスティックな印象すら与えて走る縫い目はデザインとしても機能しており、メリハリの付いた体型の持ち主(アリアンナとか、アリアンナとか)が着ればボディラインを浮かび上がらせる効果もあるだろう。

 そして胸に縫い付けられたゼッケン。おそらくこちらの世界の文字で『あるてみしあ』と書いてある。


 塩素の匂いさえ香るような、スク水、それも旧型だった。


「あああああ! あああああああああ!」


 もはやレベッカの理性と言語能力は崩壊していた。


「ステイ! お願いだからストップ! いちいち抱きつかれてたらいつまでも終わらないから!」


 さすがにこの格好は抵抗があるアルテミシア。

 前世の自分がスク水のイラストを見てハァハァしてた経験とか思い出すと、それを着ているという状況はなんかこうヘコむものがある。

 鏡の中の自分が危険物レベルで可愛いのも余計に虚しい。

 小さな体を包む野暮ったい紺色の水着は、露出した手足のあざといほどの白さとコントラストを形成し(精神力が限界を迎えたのでアルテミシアはここで目を逸らした)


「し、寝室で服を替えてくるから……覗かないでね」

「ああ、もう、残念」

「ちゃんと操作できるようになったら、そのうち見せてあげてもいいからっ!」


 本当はあんまりよくないが、そうでも言わなければレベッカは引き下がらないだろう。

 不承不承、諦めたらしいレベッカを尻目に、ふたりの寝室へ閉じこもるアルテミシア。扉に鍵を掛けられるので、念のためそれも閉めておく。


 ちなみに、ふたつある部屋はレベッカとアルテミシアで一部屋、アリアンナで一部屋となっていた。

 パーティーの力関係的に、レベッカが一部屋使うべきではないかと他二名は主張したが、『アルテミシアと一緒に寝たい』と言うレベッカに押し切られた形だ。


「さてと……」


 今度こそ落ち着いて服を操作するアルテミシア。

 ばさり、と布の落ちる音がして体に被さったのは、ピンクに水玉柄のナイトキャップ付きパジャマだ。さっきまで着ていたものとは別なので、これもレベッカが買ってきたもの。

 また失敗だ。


 他の服はあつらえられたようにピッタリだったのに、このパジャマだけ明らかにサイズが大きい。だぶついてるせいで片方の肩が剥き出しになり、袖口は萌え袖(指の先が出ている)を通り越した甘えんぼ袖(手が完全に隠れている)状態。

 絶対に、確実に、わざと大きめのサイズを買ってきたに違いない。


 ガリ……


 と、不気味な音がして、アルテミシアは飛び上がる。

 聞き間違いかと思ったが、間違いない。鍵を閉めた扉が、ガリ、ガリ、と引っかかれていた。


「お姉ちゃん……」

「衣擦れの音が……ごめんねアルテミシア。貴女が可愛いのが悪いのよ……!」


 そして、ガチャリと鍵の開く音がした。


 ――万能鍵使ったー!?


 扉が開いて鬼が出た。

 振り乱した髪、荒い呼吸、らんらんと輝く目。


「あ~る~て~み~し~あ~!」

「わーっ!? 服っ、早く服ーっ!」


 猛然と突進してくるレベッカ、ばさばさと切り替わる服。

 跳びかかってくるレベッカ。軋むベッドのスプリング。そして。


「おはよー、レベッカさん、アルテミシア。朝から賑やか……」


 寝室の入り口に姿を現したアリアンナが、凍り付いた。


 レベッカによってベッドの上に押さえつけられたアルテミシア。

 服ガチャの結果は、このタイミングである意味大爆死、ある意味SSR。下着の他は、昨日の調査で最初に縫い付けた端切れ一枚、お腹に掛けただけという姿だった。


 凍り付いていたアリアンナが急速に沸騰する。


「ご、ごめ、邪魔してゴメンネ!?」

「わーっ、待って、誤解だからーっ!」


 顔を真っ赤にして走り去るアリアンナに、アルテミシアは全力で叫んでいた。

ちなみに、後ほど描写するかも知れませんが、パーツ毎の入れ替えも可能で靴も含みます。

飲み込ませるコスチュームには重量制限がありますが、それをオーバーしない限り服に付属する金属部分などもコスチュームと見なされます。

針が通らない完全金属製のアイテムなんかは無理。


【予告】9話が次の長編になります

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