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5-4 概 念 変 革

「フィルロォォォォォォムゥゥゥゥゥゥ!」

「≪炎熱波ヒートウェーブ≫!」


 叫びながら襲いかかってくる、冒険者風の男(×3)。

 剣を振りかぶり駆け抜けてくる彼(彼ら?)を、フィルロームは熱線によって灰燼に帰した。


「やだね、お互い若かったもんさ。今のあたしらなら、喧嘩別れなんかしなかったろうね」


 あれからまた、大通りを進むことしばし。

 襲ってくる敵の種類こそ変化しているものの、突然複数で現れてはフィルロームに魔法で蹴散らされるという結果は同じ。


 ちなみに、出て来た敵は全て、フィルロームの知るものであるらしかった。あの車の暴走以来、アルテミシアの記憶から出て来た敵は居ない。

 うまく、目を逸らすことができているようだ。


 敵が出て来てもフィルロームが薙ぎ払ってくれるので、正体不明の世界に閉じ込められているにもかかわらず、そこまで絶望感は無い。

 しかし、脱出の手掛かりらしきものも特に掴めてはいなかった。


「これって……進んでるんでしょうか。さっきから景色が変わってないんですけど」

「いや、進んでるさ」


 フィルロームに聞くと、彼女はいやに自信ありげだ。


「出てくる敵がね……つい最近のやつから、昔の記憶に、少しずつ戻っているのさ。どこで終わりか知らないが、この調子で進んでいけば、悪くても赤ん坊の頃の記憶に行き着いたところで終わるんじゃないかね」

「なるほど……」


 脱出の手掛かりがあるかはともかく、少なくとも、そこまで行ってみれば状況が進展しそうだ。


 そう言えば、なるべく見ないようにしているショーウィンドウの中身も、少しずつ通野拓人の幼い頃の記憶に近づいている。

 ちらっと横目で一瞬見ると、そこには小学校の教室が見えた。

 筆箱を奪われて、いじめっ子を追いかけ回している拓人少年の姿があった。


 ――大人になって思い返すと『なんでこんな事があんなに嫌だったんだろう』ってレベルのいじめも……結構あるんだよね。

   でも、そう思うのは、長く生きて経験を積んだ大人のスケールで考えた結果であって、小さな子どもである当人にとっては……あ、ダメだこれ考えるのやめとこう。また敵が出ちゃう。


 慌ててショーウィンドウの景色から意識を引き剥がすアルテミシア。

 幸いにも、ガラスは割れなかった。


 そこで、アルテミシアはふと気がついたことがある。

 フィルロームの記憶はショーウィンドウを割るまでもなく、形のある悪意となって襲いかかってきている。

 それは、もしかしたら彼女にとって、あれが目を逸らせない記憶だから、なのではないだろうか。


 アルテミシアにとって、ショーウィンドウに飾られている悪趣味劇場は確かに重大事ばかりだったが……既に(少なくとも一時的には)克服した『傷』である。

 どこか遠くに置いてきた問題でしかなくて、それ故に、壁の向こうに。薄皮一枚隔てた向こうに隔離されているのだろう。


 ――だったら、フィルロームさんに襲いかかってくるコレは……

   平気な顔して蹴散らしてるけど、フィルロームさんにとって今でも克服できてない『傷』じゃないの?


 長く生きればそれだけ沢山、辛いこともあったはず。

 それを立て続けに形として見せつけられているのだ。


 ――大丈夫なのかな……


 いかに戦闘力が高くても、精神的に敗北してしまえば力を発揮できない。

 仮にそれが大丈夫だとしても、彼女をここで戦わせるのは、残酷な行為だったりするのかも知れない。

 ……戦いに横槍を入れるのも、それはそれでタイミングを読む必要がありそうだけれど。


 とにかくフィルロームが大丈夫か様子に気を配っておこう、とお役所的な棚上げ思考をアルテミシアが発揮した、その時だった。


 視界の片隅で一瞬、強く輝きを放つものがあった。


 ――な、何? 今の……


 ショーウィンドウ越しに教室の中から、一瞬鋭い光が発されて、鏡に映り込んだ太陽を見てしまったように、アルテミシアの目に刺さった。


「アルテミシア? 何やってんだい」


 そっと光の方を見てみようかと思ったが、フィルロームに呼ばれてアルテミシアは先を急ぐ。

 どのみち、この状況で敵を増やすリスクは冒したくなかった。


 * * *


 そして気がつけば、そこは草の上だった。


「わっ。な、なんか急に……草原? 森?」


 本当に『気がつけば』としか言いようがなく、さっきまで石畳の上を歩いていたはずなのに、気がつけば足の下には柔らかな草が広がっていて、辺りは緑の匂いが充満していた。


 そこはもはや、ゲインズバーグシティの大通りっぽい場所ではなく、深い森の中だった。

 大人が数人でようやく囲めるような大樹が生い茂り、遥か高い場所に枝葉の天井を作り、幻想的な白青の霧が立ちこめる森の中。

 自然の空間であるはずなのに、何故か『神殿』という形容が頭に浮かんだ。


 濃厚な生命の息吹に包まれつつも、命の気配が感じられないという矛盾した空間。

 いや、そんな中にひとつだけ人影があった。


 若いエルフの男だった。

 エルフは年老いるまで容姿が変わらないが、そういう意味ではなく『若いな』とアルテミシアは直感した。

 理由を具体的に述べるのは難しいが……彼の険しい表情から、長く生きたにふさわしい落ち着きや貫禄といったものが見受けられないからだろうか。


 獣の革から作ったらしい、ボディラインが見える服。

 木を削り出して作った魔法の杖と、ロングボウを携えた彼は、ほとんど睨むようにフィルロームを見ていた。


「ここが行き止まりだね」


 断言するフィルロームは、いやに自信ありげだった。


「じゃあ、こいつがラスボス……?」

「ラスボスってのが何かは知らないが、おそらくコイツが、この空間の核だ。この世界で感じる全ての魔力は……こいつに結びつけられてる」


 心臓のようなものだろうか。

 アルテミシアには全く分からない感覚だったが、フィルロームが言うのならそうなのかも知れない。


「それにね……最後の敵が居るとしたら、こいつ以外あり得ない」

「え、それって――」

「森を出るというのか、フィルローム」


 アルテミシアの存在を認識していないかのように、エルフの男が口を開いた。

 切羽詰まった様子だった。


 おおよその事情は察しが付く。

 最近は(と言ってもここ三桁年間の話だが)、人間の生活圏が広がったこともあって、まだしも交流が増えたそうだが、元々エルフは部族毎に、森の中で閉鎖的な生活をする種族だと聞いた。

 しかしフィルロームは、人里に住まうエルフだ。

 もし彼女が森で生まれたのなら、人生のどこかに、森を出たターニングポイントがあるわけで。


 それが、どれだけの痛みを伴う決断だったのか。

 このトラウマ掘削空間の中核を担うボスともなれば……


「あたしは森を出る……いや、あたしは森を出たんだ」


 冒険者として武装した、自分の体を見下ろしながら、フィルロームは呟いた。

 男の顔がいっそう険しくなる。


「愚かな……」

「そうだね、あたしは大馬鹿者だった。華やかな暮らしを夢見て、人間どもの街で足掻いて、溺れて、あぁ……長かったねぇ。そんな長い時間を掛けて、ようやっと手に入れたのが陰気くさい古本屋ひとつ。

 後悔なんぞ、山ほどしてるよ。あたしゃ結局、金も名誉もろくに掴めやしなかった。古本屋の片隅で、誰にも買われない本と一緒に朽ち果てるのを待ってるだけのババアさ」


 しみじみと語るフィルロームの言葉が降り積もり、辺りの重力が増したような気さえした。

 若い姿、若い声音で語られようと、それは紛れもなく、数百年を生きたフィルロームというエルフのものであり。


 この男の姿を借りて本の世界に現れたフィルロームの決断。

 『森を出たこと』が、彼女の精神の中核をなす後悔だったわけだ。


 しかしフィルロームは、一息に言葉を紡いで吐き出しきると、獣のように歯を剥いて、獰猛に、豪快に笑った。

 びょう、と音を立てて杖を振り、フィルロームは杖を構える。


「でもね、あたしが望んだもんじゃなくても、あたしが手に入れた人生には違いないんだ。あんたらみたいな過去の亡霊には渡せないよ、失せな!」


 猛々しく言い切ったフィルローム。

 ちょっとだけ、アルテミシアは驚いた。


「……大丈夫ですか?」


 どう聞けばいいか分からなかったので、何がとも、何をとも言わない質問になってしまった。


「大丈夫って、何……ああ、そうか」


 言わんとすることを理解したらしいフィルロームは、アルテミシアの背中をばーんと叩く。


「ふわあっ!?」

「ふん、年寄りを舐めんじゃないよ、若造。あたしらには『諦め』っつー最強の武器があるんだ。何がどれだけ辛かろうと、この歳になって乗り越えられない痛みなど無いさ!」


 失ったもの。手に入ったかも知れないもの。それを諦めて、ただ、自分に残されたものを尊ぶ。

 エルフ生の黄昏を迎えた彼女にとっては、それこそが賢明な選択なのかも知れない。


 心配するだけ余計なお世話だった、という事か。

 アルテミシアは苦笑する。まったく、攻撃的でポジティブな諦めもあったものである。


「どうあっても、か。ならば、手荒な真似をする事になるぞ。部族の裏切り者よ」

「やってみるがいいさ。……下がってな、アルテミシア。火に巻かれるよ」


 いよいよ戦闘態勢に入った男に、フィルロームも杖を構える。

 魔法合戦に割って入るのは、いくらなんでも危険過ぎる。念のためのポーションをポーチから確保して、アルテミシアは大人しく引き下がった。


 その時、男が腰に提げた小さな革袋の口から、鋭い光が差した。

 何だろうか、とは疑問に思ったが、それどころではなかった。


 * * *


 森そのものが命を持つかのように躍動し、うねり狂う。

 スパイクの罠のように木の根が付きだし、つる草が黒蛇鞭のように襲いかかる。それをフィルロームは、猫のように飛び跳ねて躱した。

 もちろん、こんなちゃちな物理攻撃は牽制でしかなく、合間を縫うようにして≪氷矢アイシクルアロー≫の攻撃が飛ぶ。


 槍が、鞭が、氷の矢が、フィルロームを完全に包囲して捕らえた、かと思った。


「≪炎鱗焼尽アル・サラマンドラ≫!」


 その全てが、フィルロームを取り巻く螺旋の炎に吹き散らされた。

 辺り一面炎の海と化し、千切れ飛んだツタは空中で炭化する。

 炎が男を取り巻いたが、そちらもまた、つるべ打ちにされる≪氷矢アイシクルアロー≫で相殺された。


 さっきの口ぶりからすると、エルフの男はフィルロームを止めようとしているだけのようだが、多分あれは過去にフィルロームが言われた言葉をなぞっているだけ。

 仮に過去の現実では『止めるための戦い』だったとしても、この本の世界では違うだろう。まず間違いなく殺しに来ている。

 

 炎を操るフィルロームに、草木を操るエルフの自然魔法+水と氷の魔法では、いまひとつ分が悪い。

 しかし敵もさるもので、防御に徹すれば防ぎきる。早い話が、戦いは決め手を欠いていた。


 そんな、お気軽に近所へ出かけていくような感覚で人外魔境へ踏み込んだ戦いを、大きめの岩の影から観戦するアルテミシア。

 一応、ただ見てるだけじゃなくて、手元にはポーションと薬玉を用意して、いつでも加勢ができるように身構えていた。


 敵の動きを見切ろうと、男を集中的に見ていたのだが、チカリ、チカリと腰の革袋から光が漏れている。

 もう見間違いでないのは明らかだ。激しい光を放つ何かを、彼は持っている。


「あの、フィルロームさん!」


 男の攻撃を躱して、ちょうど近くに着地したフィルロームを、アルテミシアは呼び止めた。


「なんだい!?」

「あの……あの人が持ってる、キラキラしたのって、なんでしょう」

「キラキラ? あたしにゃ何も見えないけどね? っと!」


 会話しながら無詠唱で杖から炎を吐き出し、飛んできたツタを焼き払うフィルローム。


 ――見えてない?

   いくら炎で戦ってるからって、あの強さの光を?


 何か、何かあの光が重要な鍵であるような気がした。

 アルテミシアに見えていて、フィルロームに見えていないもの……


「フィルロームさん……あいつの腰に付いてる革袋、どうにか切り落とすか奪うかできませんか? なんならわたしがやりますけど、迷彩ステルスポーション使っても気付かれちゃいますかね?」

「んー、気配を気取られたら終わりだけど、やりようはある。気配ってのは要するに、魔力の反応を探ってるだけだからね。辺りを魔法で埋め尽くせば読みにくくなる。あんたは魔力が無いから忍びやすいだろう」

「では、それをお願いします」

「……いいけど、でも、なんでそんな事を?」

「見落としちゃいけない何かが……あそこにある気がするんです」


 未だに首をかしげているフィルロームだったが、それでも頷いてくれた。

 男からの攻撃を消し飛ばすと、彼女も岩の裏に飛び込んでくる。


「消える前にこれを持って行きな……≪炎霊防護レジストファイア≫」


 フィルロームが呪文を唱えると、アルテミシアの周りを薄青い光が取り巻く。


「突っ切りな!」

「はい!」


 彼女の意図を察したアルテミシアは、力強く返事をする。

 迷彩ステルスポーションで姿を消すと、ほぼ同時。

 隆起した太い木の根によって、ふたりが隠れていた大岩が粉々に突き砕かれた。


 四方八方からフィルロームへ攻撃が迫る。

 そんな中で、フィルロームは炎の魔法を撒き散らしながら前進した。

 周辺は、もはや山火事の初期段階という趣だが、魔法の余波によってさらに火勢が強まる。そんな中を、アルテミシアは突っ切った。

 炎が肌をくすぐるが、熱さは全く感じない。防護の魔法が効いているのだ。


 なるべく炎を踏むように回り込んでいくと、すぐにエルフの男の背後に出る。

 彼が立つ場所の草には霜が降りていて、炎も不自然に避けて通っている。なんらかの魔法的手段によって防御しているらしい。


 彼は、迫り来るフィルロームの方しか見ていなかった。

 アルテミシアは敵として取るに足らないと判断し、まさか伏兵になるとは思っていない、のだろうか。

 いずれにせよ、油断しているなら好都合。


 炎の中から飛び出すアルテミシア。

 足音か、気配か、何かで気がついたらしい男が、振り向こうとした時には遅い。

 ポーチから取り出せた、ゲインズバーグ城の厨房でレッサーオーガを刺し殺したダガーを使い、アルテミシアは革袋を吊している革紐を掻き切った。


「あ……」


 小さな太陽のようにまばゆい輝きが、革袋の口から滑り落ち、アルテミシアは目を逸らす。

 あまりに輝きすぎていて、それが何なのかアルテミシアには見えなかったのだが、炎の向こうでフィルロームが目を見張っていた。

 地面に落ちた光源体は、数珠のような音を立てる。


 直後、アルテミシアの存在に気付いた男が、振りほどこうとしてきた。

 冷気を纏った杖で、アルテミシアを殴りつけようとする。

 しかし、その杖がアルテミシアに届く前に……男は消えてしまった。


 後に残されたのは、アルテミシアとフィルロームと、山火事状態の森だけ。

 だが、そんな景色も、夜明けの光のような白い奔流に飲み込まれていった。

前回投稿からこの投稿までの間に

チートスキルの解説やらステータスなどのマテリアルを

別作品に分離してます。下のリンクから行けます。


マテリアル追加時にはここの欄で通知しますので、

向こうは逐一チェックしなくても多分OK。

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