表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/203

4-3 命短し恋せよがぎめら

 ――これでもう、二度と会わないと思ってたんだけどなあ。


 頬をひくつかせつつ、アルテミシアは心中溜息をつく。


 一期一会でサヨウナラだと思っていた小生意気なガキ殿に、アルテミシアは会場内の通路で再び出会ってしまった。

 しかも数段厄介なオマケ付きで。


 モジモジおろおろと身のやり場に困るような雰囲気ながらアルテミシアの方を見続けているジム。

 そのジムの前に立つのは……


「よぉう……俺んとこのもんに舐めた真似してくれたみてぇじゃんか」


 不良少年という概念に手足を付け服を着せたような不良少年。もしくは不良オス。

 歳は14か15か、おそらくそれくらい。逆立ててガチガチに固めた箒のような頭。指輪かメリケンサックかよく分からない鉄のアクセサリーをジャラつかせ、片手でナイフを弄んでいる。

 そして大阪のおばちゃんリチュアル溢れる、かぶいた雰囲気の毛皮柄ジャケット。襟をおっ立てているのは、おそらくエリマキトカゲと同じで身体を大きく見せて威嚇するためのものだろう。


 ――居るんだなあ、不良少年……


 人間なんてものは世界が違ってもやることは大して変わらないのかも知れない。


 ジムがこの不良と連れだって歩いてる所を見て、よもや、とは思ったが、不良君はまっすぐアルテミシアの方に因縁を付けに来た。


「舐めた真似とは? わたしはそちらのジムさんの対戦相手になって、こっぴどく勝利した以外に特に何もしていませんが」

「あ゛ぁ!?」


 不良が手近なドアに拳を叩き付けた。


「ひっ!」


 思ったより大きな音がしてアルテミシアは思わず小さな悲鳴を上げ、身を縮めた。

 チャチな木造の扉には穴が空く。やはりこの拳のアクセサリー、何かの武器らしい。

 その穴に拳を突っ込んだ姿勢のまま、不良はニヤニヤと笑いながら見下ろすように覗き込んでくる。


 ――……っあー、不覚。うっかり反応しちゃった。冷静になりゃこんなイキリお子様怖くないけどさ……今の身体だと見上げるようなデカさなんだもん。


 ビビってしまったのがちょっと恥ずかしいアルテミシア。あのコルム村やゲインズバーグ城での戦いに比べたら、こんな不良、蜂や蚊と大差ないのだが。

 目の前でかい奴+大きな音という状況で本能的驚異を感じるのは当然だった。ゴリラだって戦闘前に石を投げたり枝葉を揺すったりして、とにかく大きな音を立て相手を威嚇する。

 クソ上司との因縁があったもので、こういうやり方をする人への評価は限りなく低い。


「てっめえよぉ……舐めた口きいてんじゃねぇよ。ガキが」


 自分も十分ガキだろうに、とは思ったが言わないでおいた。今のアルテミシアが言うには不自然な言葉だ。


「……ご用件は何ですか。単刀直入に言ってください」

「たんと……ああ!? なんつったコラぁ!」


 どう翻訳されたか分からないが『単刀直入』は彼の辞書に無かったようだ。


「ですから、わたしにどうして欲しいのかって」

「棄権しろ」


 今度はすぐに答えが返った。


「お前がジムに勝ったのはズルをしたからだ。それを認めて棄権しろ」

「わたしズルなんてしてませ――」

「っせんだよゴラぁ!!」


 今度は扉を蹴飛ばす不良。

 さすがに2度目は衝撃も薄れるが、不快感ではあった。


「いいかぁ? 礼儀ってもんを教えてやるよ。人には序列ってもんがあんだぁ。

 俺はエルニム・フォン・マリシュカ……貴族なんだ」


 どうだ参ったか、とばかりの顔をする不良あらためエルニム。

 目の前の不良と『貴族』という単語は全く結びつかないが……考えてみれば、放蕩者の次男三男坊なんてこんなものかも知れない。家の威光があるだけ余計に手に負えない。


「俺に舐めた口きいてっとなぁ……この街に住めなくなんぜ。言うこと聞くのが賢いよなあ」


 不良はサディスティックに笑う。

 美貌のマジックがこの不良には効いていない。あるいは嗜虐心をそそる方向で作用しているのかも知れない。


 なんでまた試合に勝っただけで恨まれなきゃならないのか訳が分からないが、それを重大な攻撃と思っているらしい。子分思い、と言っていいのか何なのか。

 こちとら領で一番偉い人にコネがある訳なので、貴族の称号を目に入らぬかと出されても全く怖くないのだが、いきない殴りかかってくるかも知れないというのは気に掛かる。


 アルテミシアはポケットに片手を突っ込んだままじりじりと後退した。

 この距離は、いきなり相手が襲いかかってきてもポーションの服用が間に合う距離だ。

 もし力任せの手に出てくるなら相手が貴族だろうが王族だろうが知ったことか。正当過剰防衛で脱出する。

 悲鳴のひとつも上げれば、どこに居ても絶対に聞きつけてレベッカが飛んでくるだろうが、それは最後の手段だ。相手は死んだ方がマシな目に遭うことになってしまう。


「も、もしそれがイヤなら、代わりに……」


 ジムが何か言おうとした時だった。


「はっ。貴族か。父上から名目分封を受けただけの、最下級貴族の子がよくほえるものだ」


 ヒロイン(?)のピンチに勇者・騎士・白馬の王子様、またはそれに類する戦闘力や社会的地位を持つ存在が通りかかることはこの世の摂理であった。


 背後から聞こえてきた声は、ジムに負けず劣らずの偉ぶりようのガキんちょボイスだったのだけど、もうちょっと落ち着いてハイソで洗練された印象だった。

 その姿を見たエルニムはあからさまに慌てていた。


「げっ……! ル、ルウィス様……!?」

「お前がふとどきなふるまいをすれば、それはお前の父のフメイヨになると知れ」


 タイルズクラブの子ども達より一回り小さいが、父譲りの威厳の片鱗を持ち合わせているゲインズバーグの公子。

 フリルブラウス装備のルウィスが、お供の領兵をひとり従えて、こちらへ歩いてきていた。


 着飾った子どもというのは、どうしても『お人形のよう』という形容から逃れがたい。ルウィスの兄であったログスさえ、転生カタログの挿絵ではそんな印象だったのだから、ほんの8歳(ただし来月誕生日らしい)のルウィスは、ますますそんな印象だ。

 乱れなく整えられた褐色の髪も、日を浴びた果実のように輝く金色の目も、引き締まった口元も、ルウィスというひとつの芸術作品を構成するパーツであるかのように調和している。


 アルテミシアがルウィスを見るのは『悪魔災害』の戦い以来だが、軟禁と病気でやつれきっていたあの時は外見的魅力が50%OFFくらいになっていたのだと思い知らされた。悪い趣味の大人に見つかったら誘拐ハイエース待ったなしのレベル。


「けっ! あんな親父、どうなろうが知ったもんか!」


 捨て台詞ひとつ残して、ドカドカと大股で去って行くエルニム。

 ルウィスに恐れをなしたのか、背後の領兵の存在を気にしたのか分からないが、まずいと思えば即座に退く判断力……もしくは野生の勘は見事だ。


「そのオヤジのおかげで貴族ヅラできているんだろうに。頭のわるいやつだ。だいたい父が生きているのに『フォン』を名乗るなんて……」


 大げさな溜息をつくルウィス。


「ど、どうしてここに」

「ぼくも選手なんだ」

「と言うかさっきの方、お知り合いですか?」

「ぼくは知らんが、たぶん去年もこの大会に出ていたんじゃないか。そこでぼくの顔を見たんだろう。

 去年はぼくが優勝したからな」

「……ええっ!? 優勝!?」


 さらっとルウィスが言ったその言葉に、アルテミシアは飛び上がるほど驚いた。


 これは15歳以下の部だ。大人でもそうだが子どもの場合は特に、経験・発達による能力の差が年齢によって大きい。アルテミシアのような例外を除けば、年上絶対的優位は揺るぎない流れのはず。

 去年優勝したというならルウィスは7歳だったはずだ。並み居る年上のプレイヤーを薙ぎ払い優勝するというのは信じがたい偉業である。


「そうやっておどろかれると、なんだかシンセンだな」

「だってすごいじゃないですか」


 なぜだかちょっと戸惑っているルウィス。


「って言うか、参加者なんですか? さっきのあれも」

「ユウフクな商人や、多少なり生活によゆうのある貴族なら、子どもに手習いのひとつくらいさせておくのがミエの張り方というものだ。たまたまタイルズを選んだのだろう。それで、習っているのに大会に出ないというのもおかしいだろう。先生に言われたか、父からでも言われたか……」


 ――なるほど、部活やってたら大会には出るよね。普通。


 不良くさいのに(おそらく誰かに言いつけられて)一応大会に出ている辺り、更正の余地はあるような気もする。

 まあ、賞金が出るなんて言われたら『もしかしたら』と参加する気になるのかも知れないけれど。


「それで、さっきのは何なんだ」

「ああ、それですか。実は……」


 試合前の出来事からの経緯を説明すると、ルウィスは何かものすごく悩んでいるような顔になった。


「ああ、そうか、まったく……」

「な、何かあったんですか?」

「なんでもない、後で言う。その前にだな……」

「ひえっ!」

「あ、忘れてた」


 そろりそろりと足音を殺して立ち去ろうとしていたジムが、ルウィスに睨まれてすくみ上がる。

 不愉快な仲間を呼んでくれちゃった、ある意味諸悪の根源だ。


 ヘビに睨まれた蛙のように萎縮しているジムに、ルウィスは一歩一歩近寄っていく。

 おそらくルウィスよりジムの方が年上なのだろうが、それを感じさせない迫力だ。


「……お前はちょっとカッコわるすぎるぞ。なんだ? ちょっと女の子が思い通りにならなかったからって、親分に泣きついておどしてもらうのか?」

「ち、ちが……」

「ちがうと言うなら何がちがうか言ってみろ。こういうマネは感心しないぞ。婦女子おんなのこにやさしくするべきなのは、ぼくたちのような貴族だけじゃない」

「い、いや、あの、オレ……」

「これ以上、アルテミシアに余計な真似をすると言うなら……次期領主命令だ。お前はもうアルテミシアに近付くな」

「ルウィス様。たとえ現領主の立場であらせられるレグリス様でも、法令外の命令を領民に対して下す権利はございませんが」


 付き従っていた領兵が、律儀にツッコミを入れる。

 護衛のようだったが半分はお目付役なのかも知れない。


「うるさいぞハンス! ぼくがそうだと言ったらそうなんだ!」


 ルウィスがそう言うと、ハンスと呼ばれた領兵は、慇懃に礼をしただけでそれ以上何も言わなかった。

 確かに命令する権利は無いだろうが、ここでルウィスが命じれば、それに逆らうのは難しいだろう。いろんな意味で。

 この状況から助けてくれるのは願ったり叶ったりなので、アルテミシアも重箱の隅をつつくのはやめておく。


「そうだな、ならアルテミシアに決めて貰おう」

「え、わたし?」

「お前はこの先、こいつに近よられたり話しかけられたいと思うか?」

「全然全くこれっぽっちも。二度と近寄らないで欲しいですし、どこかわたしの居ない世界で幸せになって欲しいですね」

「……だ、そうだが?」


 ジムの顔がムンクの叫び化した。もしかしたら彼は人生で初めて絶望の味を知ったのかも知れない。


 ――え、待って。なんで? なんでここで?


 『舐めた真似』への仕返しのため、あんなのまで引っ張り出してきたジムが今更アルテミシアに拒絶されて絶望する意味が分からない。

 だがジムはもはやルウィスどころかアルテミシアすら目に入らない様子で、しおれた背中を晒してフラフラとどこかへ行ってしまった。


「おいボンクラ」


 ジムの姿が見えなくなると、ルウィスがアルテミシアの肩を引っぱたいた。

 ちょうどお礼を言おうと思っていたところなのだが、出鼻をくじかれてしまった。


「な、なんですか? 急にボンクラって……」

「気がついていないみたいだから言っておくが、あいつ、お前にホレていたぞ」

「そうですか………………ええっ!?」


 口から心臓が飛び出すかと思った。

 腎臓くらいなら飛び出してもおかしくなかった。


「え、な、そんな、だって……最初から敵意全開でしたよ?」

「あれは、気をひきたくて、ついでにはずかしいのをごまかそうとしてて、ああいう事をしてるんだ。カケ? とかいうのも、たぶん、勝ったら、その……で、デートしろとでも言うつもりだったんじゃないか?」


 デートという単語ひとつで照れくさそうにする辺り、このガキんちょも純情だった。


 今、アルテミシアの体の年齢は(『転生屋』を信じるなら、だが)11歳。

 相手が幼女趣味の男でもなければ異性として意識されることはないだろうが……同年代の少年にとっては別に関係ない、というのは盲点だった。


 仮にルウィスの推測が正しかったとして……いっちょ前にドキドキできるわけでもなくて、自分がそういう感情を抱かれたことをどう受け止めていいか分からなかった。


 少女としての生に居直ったアルテミシアだったが、突然同年代の男の子に好意を寄せられるという出来事は、タイタニック号だったら氷山激突級の、東京タワーだったらゴジラ襲来級の衝撃だった。

 二重の意味でどうしていいか分からない。他人に恋い慕われるという経験は前世含めても(少なくとも自覚できる範囲では)無かったし、しかもそれが男の子……


「か、勘違いじゃないでしょうか……だって、会ったばっかりなんですよ?」

「カガミ見ろっ! 男子はタンジュンなんだ。お前の顔なら見るだけで好きになるっ」

「あ、そっか」


 納得するアルテミシア、そしてずっこけるルウィス。


「どんだけ自分のことカワイイと思ってんだ! これ、ケンソンするとこだろ!?」

「わたしの顔が可愛いってことは、周囲からの評価と自己評価が一致していますので、単なる事実としてそう認識しています。別にそれがいいとも悪いとも思ってません」

「お、お前は……」


 この辺りの意識は、元・男だからなのかな、と自己分析するアルテミシア。可愛い、という言葉の価値に実感が薄く、それだけに、他人事のように客観的に自分を評価できている気がする。


 何にせよ、惚れた腫れたの話は自分にはまだ早い。 

 今日の思い出は、物置の棚の上にでも放り投げて無かったことにして忘れてしまいたいというのが、アルテミシアの正直な感想だった。


「まったく……お前は、剣をかくして近づいてくる暗殺者には気がつくだろうが、ああいうヤツの気持ちには気がつかないタイプだな。のうみそまでキンニクの兵士と同じだ」


 盛大にため息をついて、肩をすくめるルウィス。芝居がかった仕草はわざとらしくて、無理に背伸びして大物ぶって見せているかのようだったが、言っていることは当を得ている。


 ――やっぱりこの子、あの領主様の息子だ。


 人の心を見抜くというのは、人の上に立つ者の資質のひとつだろう。

 年の割にしっかりしている……というレベルを遙かに超えている。いまだ年齢一桁のルウィスが、しっかりと眼力を発揮している辺り、血の影響を考えずにはいられない。自分が(前世で)ルウィスと同じ歳だった頃、どんなガキだっただろうかと思えばもはや比べるべくもなく。


「今日助けてやったのは、こないだのポーションの礼だと思え」

「別にあれは、病気を治したわけじゃなかったんですけど……どういたしまして。助けてくれてありがとうございました」

「ふん。気をつけろよ。お前はその顔だけでよけいなトラブルを引っぱってくるんだからな」


 心の平穏のためにも忠告には従おうと、アルテミシアは強く思った。


 * * *


「…………ん?」


 ルウィスと別れて、会場へ戻るべくしばらく歩いてからアルテミシアは気付く。


 今回、ルウィスは、アルテミシアに一目惚れしたらしい少年から、アルテミシアを引きはがした。

 そして、変な虫が寄りつかないようにと忠告・・をした。

 同年代というのは、ルウィスについても同じようなものだ。実年齢は3つ(実質ほぼ2つ)違い。これは子どもにとっては結構な差だが、ませて頭が回るルウィスの意識としてはせいぜい『ちょっと年上のお姉さん』だろう。


 考えてみればルウィスとは、牢に閉じ込められていたところへ颯爽と救いに現れ(レベッカやらサイードやらも一緒だったが)、そして体調を崩していた彼に薬を渡すという劇的な出会いだったのだ。

 偉そうな態度を取っていやがりましたが、そんな出会いが、彼の目にどれだけドラマチックに映ったかと考えれば。

 だいたい、『照れ隠しに邪険な態度を取ることもある』というルウィスの言葉。もしかしたら初対面時の彼にもあてはま…………


 まさかね……と、一瞬思い浮かんだ怖い考えから目を背けるように、アルテミシアは足を速めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ