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1-4 外よりのもの

 転生から1日目。タクトアルテミシアが目を覚ましていられたのは3時間ほどだった。

 体力を消耗しきっていたようで、粥を貰っては眠るばかりで1日が過ぎていった。

 

 * * *

 

 転生から2日目。まだ身体は回復しきっていなかったが、そろそろタクトアルテミシアはじっとしていられない気分になってきた。

 

「す、すいません……何か手伝える仕事はありませんか……」

「寝てなさいよ!!」


 長いすを支えにしてよろめきつつ起き上がったタクトアルテミシアは、即座にマリアからリターンを食らった。

 

「だってこれじゃお世話になりっぱなしで……」

「そういうの気にしなくていいから!」


 早速倒れそうになったタクトアルテミシアを、アリアンナがその暴力的な胸部で受け止め、軽々と抱えて長いすに戻してしまった。

 

「どうせ、こんな状態じゃなにもできないでしょ」

「ごめんなさい……」

「子どもは無責任なくらいでちょうどいいの!

 ……って、お父さんの受け売りなんだけどね」


 てへぺろっ、という擬音が見えそうな顔でアリアンナはお茶目に微笑む。

 

 アリアンナでも簡単に担げる身体。長いすで思いっきり足を伸ばしてもはみ出さないコンパクトさ。

 ……今のタクトは、子どもなのだ。

 

「ほら、暖かくしてて!」

「むぎゅう」

 

 アリアンナがドサドサかぶせてきた毛布は、どれもこれも年季が入っていたが暖かかった。

 山から顔を出して天井のシミを数えながら、タクトアルテミシアは自分の現状について考える。

 

 子どもであるという事が、プラスか、マイナスか……

 どうもこの場合、マイナスの方が大きいのではないかという気がする。

 

 ――現在の地球の先進国でなら……行き倒れてる子どもを助けなかったら、道徳的に問題視されるとかSNSで炎上するとか、なんかいろいろあるだろうけどさ。

   ここ、そんな甘い世界じゃないでしょ?

   

 アリアンナ達一家の善意を疑っているわけではない。

 ただ、世話になりっぱなしなのも申し訳ないし、自分のような穀潰しを抱えていられるほど豊かには見えない。

 そして何より、タクトの性分として、一方的に施されるという状況に慣れていない。

 だがこの貧弱な身体では、たとえ快癒したとしてもどうやって恩を返せるだろうか。それこそ子どものお手伝い程度の事しかできないだろう。


「チートスキル……チートスキルかなあ」


 転生失敗の補償というか、差分のポイントを埋めるために貰ったチートスキル。

 あれが使えれば、多少なりと働けるかも知れない。

 

 チートスキルを使う算段をしつつ、タクトアルテミシアはじりじりと天井を睨んでいた。

 

 寝込んでいる間、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれたアリアンナと話をしているうち、タクトアルテミシアは周辺の事情が分かってきた。


 まずこの村は、レンダール王国ゲインズバーグ領に含まれる、人口100人にも満たない小さな村、コルム村と言うらしい。タクトアルテミシアが行き倒れていた『コルムの森』を背負う、林業と農業を営んでいる村だ。


 ゲインズバーグ領。つまり、タクトが憑依するはずだった転生先人物・ログスの、父親が治めている土地だ。

 これは偶然ではないだろうとタクトアルテミシアは思っていた。ちょっと『転生屋』の狙いがズレてこっちの体に来てしまったのかも知れない。例えば、手ブレ補正機能がOFFになってたとかの理由で。


 領主親子について話を聞いてみると、一家の誰もが「あんないい領主様は他に居ない」と口を揃えて言うもので、タクトアルテミシアは転生の失敗が余計に悔しくなってしまって、それ以上領主については聞かなかった。

 それだけ立派な領主の息子に転生していれば、人生イージーモードだったはずなのに……夢想したはずの第二の人生は、手が届く寸前でどこかへ飛んで行ってしまったのだ。

 

 * * *


 ちょっとした騒動が起こったのは、その日の夕方だった。

 

「なんか表が騒がしいような……」

 

 何だろうかと思った次の瞬間にはもう扉が開いて、喧噪が流れ込んできた。

 

「だから何ともないって!」

「やかましい! この目で見るまでワシゃ納得せんぞ!」


 静止するグスタフを押しのけるように上がり込んできたのは、アライグマの干物のような老人。

 そして数人の村人が、野次馬的に戸口から屋内を覗き込んできた。

 

「どこじゃああ! 森で倒れてたとか言う奴は!」

 

 やかんと鍋が共振して鳴り始めそうなほどの銅鑼声だった。

 鍋をかき回していたアリアンナが立ちすくみ、長いすの背もたれから顔を出したタクトアルテミシアも縮み上がる。

 

「ヤコブ爺さん! 断じてあの子はそんなんじゃありません!」

「仲間が入り込む手引きをしようとしてる、盗賊かも知れんぞ!

 でなくば魔物が化けておるかも知れん!」

「そんなんじゃありませんよ!」

「だったらそれを確かめさせろと言うとるんじゃああああ!!」

 

 さすがにどういう状況なのかは理解できた。

 小さく閉じたコミュニティは、大抵の場合、閉鎖的で排他的なのだ。

 他所から入り込んでくる者を無条件に警戒してもおかしくない。

 

「あの子は死にかけてたんですよ!」

「やかましい! その程度の演技は……ぬん?」

 

 グスタフと怒鳴り合うのに必死だった老人は、ようやくタクトアルテミシアの姿に気が付いたようだった。

 

 遅かれ早かれこういう展開になる事は予想していたが、心臓が縮むような心地だった。

 老人の言う事にも一理ある、とタクトは考える。タクトアルテミシアの命を守ってやる義理など無いし、コミュニティの平穏を守るためなら不審な余所者など追い出すべきだ。

 だから、タクトアルテミシアは今ここで慈悲を請わなければならない。

 

「お、お前か! お前だな!」

「……アリア、アルテミシアを寝室へ連れて行きなさい」

「待ってください、グスタフさん」

 

 プルプル震える杖で指されたタクトアルテミシアは、身体を支えつつゆっくり立ち上がり、闖入者達の前に姿を見せた。

 

 野次馬たちは狼でも見たようにどよめいた。

 最初に入って来た老人……そう言えばヤコブと呼ばれていた……も、目を剥いて一歩後ずさる。

 なんだか化け物にでもなった気分で、タクトアルテミシアは閉口する。

 

「俺……じゃない、私が、それです。あの、森で行き倒れていて、グスタフさんに助けてもらったんです」

「おおおお前か! な、なんでこんな所に来たんだ! 返答次第じゃ、た、ただじゃおかんぞ!」


 ちなみにタクトアルテミシアが採用した一人称は『私』だった。

 これなら女性の一人称として無難だろう。……言語は自動翻訳されているだけで日本語ではないらしいので、ひょっとしたら一人称なんて何でも同じなのかも知れないが。


 ――『一人称・私』は敬語の基本。社畜には馴染み深い! これなら俺も喋っていて違和感が無い。と言うか別に男が使っても構わないやつだ! だからこれは、敢えて女性的な口調に寄せてるわけじゃない! セーフ!


 何がセーフなのか自分でもよく分からないが、タクトは自分に必死で言い訳をして譲れない一線を守ったつもりだった。

 タクトアルテミシアの内なる葛藤も知らず、ヤコブは杖を振り回して詰問する。

 実際に対面して恐ろしくなったのか、明らかにさっきより腰が引けているが、それでも退く気配は無い。

 

「……分かりません。何も覚えていないんです」

「ほ、ほれ見ろ! やっぱり怪しいじゃないか!」


 自分が何故ここにいるのか、何も説明しようがない、というのがアルテミシアの弱みだった。

 ヤコブは勝ち誇る。と言うより、なぜか逆に自分が追い詰められているかのように必死だ。

 

 ――落ち着け、自分。

 

 いい機会だ。自分の立場をここで示せばいい。

 無害さのアピール。そして、一方的に甘えて不利益をもたらすだけの疫病神ではないのだと、少なくともそのつもりは無いと示すのだ。

 タクトアルテミシアはちょっとだけ息を吸った。

 

「身体がちゃんと動くようになったら……歩けるようになったら、すぐにでも出て行きます。

 それと、私に何ができるかは分かりませんが、お世話になったご恩は、グスタフさん達にもお返ししますし、村の皆さんにご心配とご迷惑をおかけした分も、何かしたいと思います。

 ですから……お願いします」


 そして、深々と頭を下げた。

 頭を下げる文化があるかは分からないが、とにかく気持ちだけでも伝われと。

 

 しかしここで、思わぬハプニングがひとつ。


「あっ……」


 急に頭の高さが変わったからだろうか。

 視界が薄暗くなって、景色がグルグル回った。もう立っている限界だ。

 倒れそうになってアリアンナに支えられた、ような気がする。

 

「もういいでしょう、ヤコブ爺さん」

「いや、だが……」

「いい加減にしとけよ、爺さん!」


 なおもヤコブが食い下がろうとしたところで、思いがけぬ所から声が上がる。

 ヤコブを追って来た野次馬たちだった。


「みっともないぞ!」

「その辺にしとけ!」

「う、うぬ、ぬぬぬ……」


 野次馬どもが口々に援護射撃をする。てっきり彼らもヤコブと同じ意見なのかと思いきや、本当に様子を見に来ただけだったらしい。

 結局ヤコブはうやむやのまま引き下がり、めまいを起こしたタクトアルテミシアはまた寝かされた。

 

 * * *


 タクトアルテミシアは横たわり、ぼんやりと天井を見上げていた。水を絞った手ぬぐいが額に乗せられている。


「……私は許されたんでしょうか、あれで」


 不安げにタクトアルテミシアが言うと、アリアンナとグスタフは顔を見合わせた。

 

「許されたって言うか……」

「ちょっと可哀想だったな」


 ふたりとも、丸呑みしたまんじゅうが喉につっかえたかのように言葉を詰まらせた。


「そ、そうですよね、ごめんなさい。お世話になってる立場なのに、あんな図々しいこと……」

「そうじゃないってば」

「無自覚か……」

「ふぇ?」


 半ば呆れたようなグスタフの溜息。

 タクトアルテミシアは意味がよく分からなかったが、ひとまず自分タクトを非難するニュアンスではなかったのでそれ以上気にしない事にした。


「済まんな、理解しろとは言わんが……あの人も色々あったから」

「いえ、いいんです。大丈夫です」


 今日、怒鳴り込んできたのはあの老人ひとりだったが、次がいつ来るか分からないし、そうでなくても同じ意見の者は他にも居るだろう。

 

 ――やっぱり、何かしないとダメだ。

 

 結局、いつものやり方。

 無心で奉仕しなければ、自分の居場所など作れない。

 幸い、今のタクトアルテミシアにはチートスキルがある……らしい。

 タクトアルテミシアは、とにかくチートスキルを使ってみる事に決めた。

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