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3-2 マコーレカルキニズム

「頭を壊しただけで魔力反応無くなったし……たぶん、ゴーレム作りの技術でオモチャをいじっただけじゃないかしら」


 頭部をバラバラにされた人形は、もう動くことも喋ることもなかった。

 レベッカが砕けた破片の裏側を見せてくる。そこには何かの魔方陣らしきものが描かれていた。


「じゃ、呪いの人形とかじゃないんですね。よかった……もう本当に怖くって」


 悲鳴と同時に条件反射でナイフをぶん投げる方がよっぽど怖いと思うのだが、それは言わないでおくアルテミシア。


「オモチャ……つまり、魔法の力で泥棒を驚かせるくらいの事しかしてない、わけですか?」

「こいつとは別で、本番の呪いが用意されてる可能性もあるけど……」


 鍋で武装しているベリルは、少しホッとしたようだったが、レベッカの声音はまだ緊張感に満ちている。


「でも、少なくともリビングから魔力の反応は無いです」


 そう言ったアルテミシアは、レベッカから放射線計測器ガイガーカウンターみたいな魔導機械を持たされていた。二本の電極(?)の間でジジジジと火花が飛び、アナログな針がフラフラ動く。

 その名も、そのまんま感あふれる『魔力計』というアイテムだ。狭い範囲限定で魔力を感知する効果があり、割と安物。

 盗聴器を探知するみたいに、狭い部屋の中で魔法のアイテムを探すに適した代物だった。


 慎重にリビングへ踏み込んだ四人だったが、何も無さそうだと察すると、窓に飛びついて鎧戸を開ける。

 暗かった室内に日中の光が入ってきて、不気味さは一気に消し飛んだ。


「おお……」


 思わず嘆息する。

 以前ここに住んでいたという魔術師さんは、リビングを綺麗に使う主義だったらしい。

 ソファやテーブルなど、部屋のオマケで貸してもらえる家具の他に、数冊の本(と砕け散った悪趣味人形)しか置かれていないリビングは、モデルルームのようだった。


 友人を十人くらい呼んでホームパーティーができそうな広さだ。

 部屋なんて生きられるだけの広さがあればいいというストイック思考だったアルテミシアだが、黒く塗られた木材と、真っ白い漆喰で作られた空間は、どこか優しい雰囲気があり、悔しいけれど(魅力を)感じてしまう。

 築年数も浅いとの事で、人が住んだ期間が短いために、壁に汚れや傷はほぼ見当たらない。


 リビングと繋がっている対面キッチンは、オール電化ならぬオール魔導式で、魔導コンロどころか、こちらでは一般的でない冷蔵庫まで完備している。

 なんだか妙に地球のニオイがする間取りだが、五年前くらいに王都で流行り始めた形式だそうで、実際、転生者が関わっているのではないだろうか。

 魔導機械は燃料費がバカ高く、それは当然入居者の負担になるのだが、このアパートが最初から高収入の冒険者需要を当て込んで作られたからこそ導入できたものだろう。


 帰るべき部屋があるから、人は無限の世界へ踏み出すことが出来る……


 ……なんて、マンションポエム(マンション販売のチラシに掲載されている詩的な煽り文句の俗称。マンションさえ買えば人生の幸福は全て手に入るかのような思考を大衆に植え付ける悪しき思想教育文書であり、やがて歴史の審判を受けるだろう)じみた言葉がアルテミシアの頭に浮かんだ。


「素敵なお部屋ですね」

「ふふ……ありがとうございます……」


 部屋を褒められて喜んでいるらしいのに、それでも愁いを帯びたように見えるベリルだった。

 もともとそういう雰囲気の人なのだと思えば正確な気分が分かる。


「ひっろーい! 私、街で借りられるお部屋って、もっと狭いと思ってた」

「普通の所はそうよ。ここはかなり奮発した、グレード高いところだから」


 アリアンナも感嘆する。

 狭い城壁の中に人がひしめいているこのゲインズバーグシティにおいて、これだけの空間はまぁ贅沢品ではあった。もちろん家賃もそれなりなのだが、バーサーカーベアを討ち取ったおかげで懐は温かかったし、先々を考えてもレベッカ曰く『私の稼ぎなら十分にいける範囲』との事だ。


「あの、バスルームってどっちですか?」

「こちらになります」


 一応、異常が無いか調査するため魔力計を構えているが、気分は半分、内覧だ。


 ベリルに案内されて向かった先は、一面タイル張りの部屋。

 部屋のど真ん中に足付きのバスタブが鎮座ましましており、その頭の所には、水道管と連結した魔導給湯器が置いてあった。


「快適なお風呂……!」

「こ、こ、これがあれば、いつでも暖かいお風呂に入れるの……!? それって人間がダメにならない!? そんな便利でいいの!?」


 感激するアルテミシアの隣で、アリアンナも信じられないという顔をして震えていた。


 物件探しのうえでアルテミシアが唯一主張した条件は、魔導給湯器とバスタブ付きのシャワールームが部屋ごとに存在すること。賃料が結構上がるのでためらいはしたが、元日本人の習性として、快適な入浴環境だけは譲れなかった。


 ……ちなみに、怪しい魔力反応は無し。魔力計はジジジジうるさいだけで、特に妙な動きは示さなかった。


「この部屋も大丈夫そうですね。やっぱり気になるのは、残り二部屋でしょうか」

「そちらもお願いします」

「変な呪いとか、無いといいんだけど……」


 そう言ってバスルームを後にして、奥へと進んでいった一行は、早々に足止めを食うことになる。


 * * *


『やあやあハローこんにちは! 冒険者ギルドからのお知らせでございます! 本日未明、パン焼きかまどのブーツさん27光年歳が首の骨を折って素敵なネコの前を五分の遅れで通過中です』


 あまりにも衝撃的な光景に、四人揃って立ち尽くした。

 端的に状況を描写するなら、狭い廊下のど真ん中に植木鉢が置いてあり、そこから2mほどの高さになる巨大なハエトリソウみたいな植物が生えていて、そいつが支離滅裂なマシンガントークをかましていた。

 豊かで渋いバリトンのボイスで。


「呪い……?」

「呪いって、ずいぶん賑やかなんですね……」


 ある意味、呪いとしか表現したくない光景だった。


「待ってこれ、どこかで聞いた覚えある。なんだっけこの植物……ああ、思い出した!」


 うんざりした顔でパチンと手を打つレベッカ。


「ヤマビコキバグサっていう、すっごいそのまんまな名前の魔物。聞いた音をそのまま返す能力があって、本来はそれで獲物の鳴き声をまねて、誘き寄せて捕食するの。だけど人が生活してる部屋で飼うと、こういう事になる……」

「なんでこんなものが……」

「番犬の代わりじゃない? 確かこれ、魔法で黙らせたり眠らせたりできるのよ」


 だとしたら魔術師にとっては、悪くない同居人かも知れない。

 とはいえ、魔法が切れたらこのザマというわけだ。


『口から炎、鼻から吹雪、足が百本、目が十個。一生浅瀬に暮らしてプランクトンを食べる生き物です。ショッキングピンクさ! オウイェッ!』

「ナニソレちょっと見てみたい」

「だから、聞いたことがある言葉をデタラメにつなぎ合わせてるだけなんだってば」

『塩コショウ少々と蜘蛛三匹を加えて煮込みます! レッツ・グリル!』

網焼きグリル!? 何なの、この絶妙に気になる話ばっかりする素敵植物!」

「落ち着いて、アルテミシア」

「あの、それでこれは……どうすればいいんでしょうか」


 ベリルに聞かれて、レベッカはちょっと考える。


「変な能力は無いと思うし、普通に攻撃しちゃえばいいんだけど……ここで剣振るわけにはいかないわよね」

『この衝撃を体感せよ! 辛さ千倍白砂糖!』

「ゼロに何を掛けてもゼロという気がするのです」


 レベッカが言うとおりで、こいつが置いてあるのは大して広くない廊下のど真ん中だ。

 牙を鳴らして葉っぱをくねらせている、このファンキー植物をどうにかするにはちょっと狭い。うっかり剣が壁に当たるだけで傷つけてしまう。


「お姉ちゃん、ちょっと平和的に解決する手段を思いついたんだけど、ポーション飲んであれの動き止めてくれない?」

「了解」


 言うなりレベッカは、膂力強化ストレングスポーションと耐久強化ストーンスキンポーションをそれぞれ飲み干し、真っ正面からキバグサに向かっていった。


 当然のように、牙がいっぱいの口でかみつくキバグサ。

 わざと籠手に噛みつかせたレベッカは、そのまま首根っこを捕まえて動きを封じた。


「それでどうするの!?」

『乳……尻……太もも……! 乳……尻……太もも……! ………………乳?』

「うっさい! 女の価値が胸で決まるかーっ!」


 取っ組み合いをしているひとりと一株をかいくぐるように、アルテミシアは身を低くして、植木鉢に手を伸ばす。

 そして、ポイズンポーションの瓶を、栄養剤のように植木鉢の土に突き刺した。


「たっぷりお飲みー」


 部屋の主が帰らなくなって二週間ちょっと。世話をする者がおらず乾いていた土に、毒々しい紫色の液体がしみこんでいく。

 レベッカと取っ組み合っていたキバグサが、びくっと震えた。


『ブラボ――――ッ! ……ぐふっ』


 珍妙なる断末魔の叫びを上げると、茎が脱力して、ぐったりと体を横たえる素敵植物。

 早くも枯れ始めている葉っぱの先は丸まっていて、まるでサムズアップしているようだった。


「うん、平和的」

「どこが!?」


 アリアンナが、極めて些細な点にツッコミを入れた。


 * * *


 リビング以外の二部屋は、寝室と荷物置き場に使われていた。

 荷物置き場に罠などは何故か無し。戦利品や魔導書など、それなりに価値のある品も、無造作に積み重ねられていた。

 むしろ危険だったのは寝室の方で、魔力反応があったので警戒しつつ扉を開けたら、その途端、マジカルバレット(魔力を固めて飛ばす攻撃)の罠が部屋の奥から飛んできて、廊下の壁ではじけた。

 とはいえ、最初の一発こそびっくりしたが、これも分かってしまえばなんと言うことはない。

 部屋の奥に置かれていた、発生源の水晶体をアリアンナの投げナイフで傷つけたところ、あっさり沈黙した。


「荷物置き場より寝室を警戒するわけね……この部屋、まだ何かあるかしら」

「魔力計は特に反応しないですけど……」


 広めの寝室は、衣装ダンスと縦に長い鏡、そして枕ひとつのセミダブルベッドくらいだ。なんとなく殺風景な印象を受ける。

 部屋のあっちこっちに魔力計をかざしてみるものの特に反応は無い。


「ベッドの下に変な本とか隠してたりしないのかな?」


 魔力反応が無いことを確認してから、シーツの裾をめくるアルテミシア。

 すると、シーツのさらに奥に、のれんのようなものが掛けてあった。

 別に、シーツの下にもう一枚シーツがあって、それが垂れ下がっているという様子ではなく、ベッドの下を隠すように、びっしりと文字を書いたボロ布の幕が張ってあった。


「んん? なんだろ、これ……」


 魔力計を向けるが、反応無し。

 しかしこれは立派な罠だった。


 ボロ布に書き込まれた文字は、トミノヘルという一種のマイナー呪術だった。

 これは、一見すると何でもなさそうな文章に呪いの言葉を仕込むもので、読むだけでいつの間にか『自分自身を呪う呪文』を唱えてしまっているという罠だ。

 読んだ本人の魔力を使うので、この文字自体に魔力反応は無い。


 このトミノヘルには、急速に体力を消耗させて昏倒させる、割とヤバくてタチの悪い呪いが仕込んであった。文字を読んでしまった者はその場に倒れ、下手をすれば命の危険もある代物だった。


 ……が。

 魔力ゼロのアルテミシアは読んでも効果が無いうえ、そもそもアルテミシアは字が読めなかった。


「あ、破っちゃった!」


 トミノヘルの幕をめくろうとしたアルテミシアは、間違って破いてしまう。

 トミノヘルは、文章が繋がった状態で一連の呪文として読まなければ意味が無い。かくして、最大の罠はあっけなくご臨終と相成ったのであった。


「どしたの、アルテミシア」

「ここにボロ布の幕があったんだけど、めくろうとしたら破っちゃって」

「んー? 何かしら。字が書いてあるけど支離滅裂な文章だわ。しかもこれ、ただのボロ布じゃない」

「何か、宗教的な意味があるとか?」

「かも知れないわね。邪教のおまじないとかだったらなんだし、ギルドに報告しときましょうか」

「ねぇアルテミシア、レベッカさん。ベッドの下に何かあるみたいだけど……」


 破れた幕を観察している二人の隣で、ベッドの下を覗き込んだアリアンナが、何かを引っ張り出した。

 ずるずると重そうな音を立てて引っ張り出されてきたのは、ベッドの下に収まるサイズの鉄の金庫だ。ダイヤル式ではなく、鍵で開けるタイプになっている。


「もしかして、これを守るための仕掛け?」

「単に寝てるときの用心で罠を仕掛けてたのかも」

「金庫自体に罠は無さそうね……これで開くかな」


 レベッカが、ゲインズバーグ城の地下牢を開けた黄金ゲジゲジ……もとい、魔法の万能鍵を持ち出す。

 鍵穴に突っ込んで手首をひねると、ガチャリといい音がした。


「お、開いた。宝箱なら開いて嬉しいんだけど、この場合はギルドに渡さなくっちゃねー」

「中身は何でしょうか」


 蝶つがいが軋む音を立てて開いた金庫。

 その中からは……無数の布きれがあふれ出してきた。


 それは、大量のパンツだった。

 もっと正確に言うなら、大量の女性用下着だった。


「…………は?」


 金庫を開いた三人と、後ろで鍋のふたを構えていたベリルは、揃って首をかしげた。


「えーと、何でしょうか、これ」

「確かこの部屋には、男の人がひとりで住んでて……」

「待って。パンツの山の中に何か入ってる」


 色とりどりの布地の山から、レベッカが一枚の紙切れを発掘する。

 それを読んだレベッカの顔が、たとえるなら、あくび中に口の中にハエが飛び込んだかのような珍妙な表情になった。


「な、何が書いてあったんですか?」

「……89番 春雷の月18日 靴屋通り ジェーン 27歳 二児の母。

 88番 春雷の月14日 酒場『明星』 イライザ 19歳 独身。看板娘。

 87番 春雷の月1日 雷鳴通り ヒルダ 30歳 未亡人……」

「「「えっ」」」


 レベッカ以外の三人も、同じような顔になった。


 よく見れば金庫から出てきた下着には、数字を書いた小さなタグが縫い付けてある。

 かつてこの部屋に住んでいた魔術師さん、察するに下着泥棒の常習犯で、あろう事か戦利品のファイリングをしていたらしい。


「そりゃ、罠のひとつやふたつ、仕掛けるよね……」

「こいつ死んで正解だったんじゃないかしら。……で、どうすんの、アルテミシア。契約」

「部屋に罪は無いから」


 アルテミシアは投げやりに返事をした。


 * * *


 結局、アルテミシアたちはこの部屋を借りる事にした。

 報酬の代わりに、最初の一月の家賃をタダにして貰うことになったのだが……

 浮いたお金でレベッカが1ダースの清掃員を呼び、『アルテミシアに変態のニオイが付かないよう』念入りに部屋中磨かせたため、入居は予定より一日遅れることになった。

現代のようなパンツが生まれたのは割と最近の話で

中世にこういう下着があるのは変なんですが

そこは中世風ファンタジーですし、都合良く進歩していたという事で。


メタ話ですが、史実的な下着の良さもあると思いますので

地域差があるという設定です。


★『ポーションドランカー マテリアル集』にマテリアルを追加。

(「次の話」リンクの下に、マテリアル集へのリンクがあります)


・[3-2]冒険者ギルド 魔物情報3 ヤマビコキバグサ

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― 新着の感想 ―
[良い点] 珈琲店あるし文明レベルかなり高いなーとは思ってましたが、転生屋が現代日本人の行き先として選定してるだろうなと納得してます。先輩転生者たちも結構いるみたいですし。魔法や魔獣などあれば文明レベ…
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