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15-13 美神礼賛

 野次馬たちが『美女神の泉』を包囲していた。

 戦いの痕跡も生々しく、飛び散った血がやっと乾き始めた正面入り口。応援に駆けつけた領兵たちに引っ立てられて、かつての主が姿を現す。


 ふたりの領兵に両脇から引きずられるようにして出てきたのは、焼け焦げたドレスを着ている、腰が曲がったヨボヨボの老婆だ。

 そこに、美の城を築き上げたカリスマの面影は無い。


 ジュリエッタの姿を見ると、群衆は爆発した。


「悪魔の手先め!」

「忌々しい邪術士が!」

「死ね!」

「死ね!」

「首をはねろ!」


 轟々と、地鳴りのような罵倒がジュリエッタに投げかけられた。

 騒ぎが漏れ伝わって集まった彼らは、ジュリエッタが悪魔に通じ、禁術を使っていた事を既に聞いている。

 『悪魔災害』の傷も癒えぬ今、これは人々の感情を致命的に逆撫でする話題だった。全くの濡れ衣だが、『悪魔災害』に関わっていたのではないかと言う人まで居る。


 土砂降りの雨のようなブーイングの中、足を引きずって歩くジュリエッタが、ふと、顔を上げる。皺の奥に埋もれかけた目が炯々と輝いた。


「蒙昧なる者らよ、知るがいい! 美を求めることの意味を! 己の欲望を!

 この私に罪があると言うなら、それは皆の罪だ! 目を背けるな!」


 喉を震わせ、しわがれた声をジュリエッタは張り上げた。何かの予言や託宣のように。

 その叫びはすぐに群衆の怒号に塗りつぶされた。


「黙れ! 死ね!」

「このくたばり損ないが!」


 石やその辺に落ちていたゴミやいろんなものが、領兵にぶち当たるのも構わずジュリエッタに放り投げられる。

 だが決して、怒りに震える人ばかりではなかった。


 ジュリエッタの姿を見て、信じられないという様子で呆然とする者。

 あるいは途方に暮れる者。

 そして……ぎらついた目でジュリエッタの背中を見送る者。


 群衆の間には、確かに、不穏な欲望の種が芽吹いていた。


 * * *


 殺人。傷害。誘拐。監禁。禁術の行使。ゴーレムの不法所持と使用。そして公務中の領兵の殺傷。公衆浴場営業法違反という罪状も一応あるのだが他が豪華すぎて霞んでいる。

 事実関係を争う状況でもなく、近日中にはジュリエッタの死刑が執行され、焼死した4人の弟子の後を追う運命となるとのことだ。ホテルの部屋で新聞を読むレベッカがアルテミシアに教えてくれた。

 異常なまでに速やかな死刑は、不安定な情勢だから手早く決着を付けることにしたのだろう、とはレベッカの弁。


 だがアルテミシアはなんとなく分かってしまった。

 ……その死刑は、見せしめにも、抑止力にもならない。

 『美しさ』というものが持つ魔法のような力をアルテミシアは、多少なり知った。人を狂わせるのも道理だ。

 美しくなりたいという欲求は、まだ実感としては分からないが、理解はできる。


 ジュリエッタは、老いた真の姿を大衆に晒した。その事で幻滅した者も居るだろう。

 だが逆に、あのような老婆が禁術の力によって若く美しい姿を取り戻したのだという何よりの証明でもある。我も、と思う者が出てこない方がおかしい。

 もしかしたら、彼女を見ていた人々の中からいつか第二第三のジュリエッタが生まれるのかも知れない。

 それを止めることはできない。だが、せめて……


「私は……ちゃんと歳がとれる人になりたいな。

 若さにしがみつくとか、そういうんじゃなくって……歳を取っても私は私なんだって、胸を張って言えるようになりたい。

 春や夏があるなら冬が来るのは当たり前。どんなに綺麗に咲いた花だって、散って枯れるのは当たり前だもの」


 『美女神の泉』で結局買っていたらしい、未開封の口紅を弄びながらアリアンナは言った。

 しおれた雰囲気のアリアンナを、レベッカは抱きしめる。


「さすが、分かってるじゃない。

 若さばかりが魅力ではないの。あなたなら最高に可愛くて魅力的なおばあちゃんになれるわ」

「お、おばあちゃんはさすがにちょっと気が早くないです?」


 アリアンナは心持ち疲れた様子で苦笑する。


「ちょっと気晴らしにお散歩行ってきます」


 ふらりとスイートルームを出て行く背中が、なんだかちょっと小さく見えた。


「ショックだったのかな、アリア……」

「一応、憧れの『城』だったわけだものね」


 アルテミシア達は揃って溜息をついた。


 アリアンナにとって街の暮らしは近くて遠い世界だった。誕生日プレゼントの手鏡一枚が『オシャレ』のよすがだったアリアンナ。

 冒険者としての才能を見いだされて上京し、憧れるだけだった煌びやかな世界を覗くことができた。

 しかし彼女の憧れの城は、虚飾の女王が支配する魔城だったのだ。


「これで出鼻くじかれたアリアが、『オシャレはもういいや』ってならなきゃいいんだけどねぇ」

「あの外道入浴剤魔法が無ければ、他はまっとうなサービスだったと思う……」

「そうよねえ? 商売として普通にやって行けたと思うわ。もったいない」


 もしジュリエッタがあとほんの少しでもまっとうな人物であったなら。

 よこしまな術に頼って美を求めるような腐れ外道でなく、後進たちを見守る穏やかな商売人であったなら。

 もっと違う未来があったはずだと思わずには居られない。

 邪悪がくじかれ、依頼達成の報酬も貰ってきたというのに、どことなく徒労感があった。


 ふかふかの絨毯に寝そべって天井を見上げるアルテミシア。

 このまま昼寝でもしてしまおうかと考えていると、振動と物音が頭に伝わってきた。


 ドタバタと慌ただしい足音が、最上階のスイートに向かって階段を駆け上ってくる。

 高級旅館の従業員に、こんな足音を立てて歩く者は居ない。

 果たして、扉を開けて飛び込んできたのは、今し方散歩に出たはずのアリアンナだった。


「見てこれ!」


 息を切らせて飛び込んできた彼女は、藪から棒に、何やら書かれた紙を突き出してくる。


「……なにこれ?」

「すぐそこでビラ配ってたの!

 街にある女性向け公衆浴場のひとつなんだけど、新サービスをいろいろ始めるって。話を聞いてみたら、なんでも『美女神の泉』で働いてた人たちを丸ごと拾って雇い上げたそうなの!」


 ポップな字体と色使いで書かれたそのビラには、エステを受ける女性と思しきイラストが描かれている。


 『美女神の泉』は潰れてしまった。しかし、ジュリエッタが掻き集めた人材は、あくまでこの街の住人。中にはジュリエッタから独自の美容技術を教育された従業員も居る。

 彼女らが『悪魔術士の下僕』という汚名を被ったまま路頭に迷うのは、いかにも惜しい……

 そう考えたのはアルテミシアだけではなかったわけだ。


「機材を入れ替えて近日新装開店だって。あぁー! 楽しみー! ねぇアルテミシア、そのうち行ってみようよ! レベッカさんも!」


 崩れ去った美の城の遺産を手に入れ、継ぐ者が現れた。

 思わぬ幸運にアリアンナは興奮を隠しきれない様子だ。小麦色の瞳が、穂波の色に輝いていた。

 出かけた時と真逆のテンションで帰ってきたアリアンナに気圧されるように唖然としていたレベッカだが、やがて、破顔する。


「そうね……行ってみましょうか!」


 いつか第二第三のジュリエッタが生まれるのかも知れない。

 それを止めることはできない。だが、せめて……

 自分が『美しさ』とかいうものを追求する時は心も健全でありたいとアルテミシアは思う。ジュリエッタの言う通りになどなってたまるものか、と。


 そして願わくば、美を追究する全ての人に祝福があらん事を。

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