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15-11 エクストリームだしのもと

 部屋の入り口から見ると、ちょうどボイラー機械の影になる場所。

 数人の子ども達が手枷と足枷で鉄パイプに繋がれていた。


 粗末な服を着た少年少女。歳はせいぜい6つくらいから、アルテミシアと同じくらいの子まで居る。

 ドタバタと戦いの音が聞こえたせいか、一様に脅えた表情で謎の侵入者の方を見ていた。

 床に置かれたカラッポの皿。水桶。トイレの代わりと思しき壺。


 そして、もうひとつ。真鍮満載のスチームパンク風タンクがそこには置かれていた。外側には蛍光グリーンのインクのようなものでびっしりと魔方陣らしき紋様が書き付けてある。ボイラー上部の鍋状タンクに勝るとも劣らない大きさだが、こちらは作り付けではなく、後から置かれたものだ。

 そのタンクは天井から鎖が吊され、()()を漬け込んである。


 壁際のパイプに繋がれた手枷と足枷。

 そのうちひとつは虚しく床に転がっていて、誰も囚われていなかった。


「そんな……」


 息をのむ、と言うよりもアルテミシアは絶句した。

 信じたくないほどに邪悪で俗悪だった。

 明らかな監禁。しかもおそらく、被害者のうちひとりは、既に。

 あの薬湯の材料は、つまり。


「おチビちゃん達、助けに来たわよ」

「助け……」

「助けに?」

「やった、助かったんだ!」


 レベッカが声を掛けると、子ども達の顔が明るくなる。

 繋がれたまま抱き合ったり、安堵のあまり泣き出す子まで居た。


「だいたい想像は付いてるけど、あなた達、どこからここに連れて来られたの?」

「……孤児院です。私たち、みんな、『菜の花孤児院』の……」


 最年長の少女が代表して答えた。


「ここへ来たのはいつ?」

「3週間前です。あの女がいきなり来て……先生が殺されて……」

「やっぱり……大騒ぎのまっただ中じゃない」


 レベッカは舌打ちした。


「つまり火事場泥棒よ。ログス(クソガキ)が大暴れしてるのを良いことに、騒ぎに紛れて材料を調達しやがったんだわ」


 悪魔(もしくはパワハラクソ上司)が大暴れしていた間、当然ながらこの街で全ての社会的機能は停止していた。

 ひとり、ふたりの死人が出ても。数人の子どもがごっそり姿を消しても。領兵団に感づかれはしないし、なんなら騒ぎが解決した今も何が起こったかバレていない。魔物に殺されたとか、こっそり街を逃げたとか、いくらでも考えようがあるからだ。


「じゃあ、食堂で出なかった野菜と果物のゴミは、この子たちが食べたご飯だったって事ですか?」

「に、逃げようと……したんです」


 アリアンナの疑問に、聞かれたレベッカではなく囚われの少女が答えた。

 彼女は隣にいる小さな男の子を指し示す。


「レンが……あ、その、この子が……いつものご飯じゃないから食べられないって、わざとワガママを言って……そ、それで私が、夜中に料理をさせてもらったんです。

 この部屋から出れば隙を見て逃げられるかなって……そしたら助けを呼べるから……で、でも見張りが居て、結局逃げられなくて……」

「いい機転よ。詰めが甘かったけど、あなたのSOSはちゃんと私たちに届いたわ」


 そう言いながらもレベッカは手際よく、万能鍵で手枷と足枷を外していく。


 この衝撃的な光景を見ても、レベッカは全く平然としている。それは場慣れとか冒険慣れという言葉で説明できるのだろうか? アルテミシアは疑問に思った。

 違う。おそらく違う。


「お姉ちゃん。わたし達がわざわざ裏から突入した理由って……」

「まずはこの子らを助けなきゃ、人質にされちゃうなり始末されちゃうなりするでしょ?」


 なんでもない事のように、あっけらかんとレベッカは言った。


 トントン拍子で進んだ話……すぐに調査依頼を出した冒険者ギルド。すぐに強制捜査を決めた領兵団。

 人が立ち入らずに済む全自動ボイラー室。異常に強固なセキュリティ。

 食堂で提供されていない食事を取った何者か……


「まさか、みんなこれを予想してたの? ギルドも、領側も、お姉ちゃんも……」

「確信はしてなかったけどね……こういうの、よくあるんだもの」


 レベッカの口調は、さすがに苦い。


 もし、こんなのが『よくある』ことなのだと知っていたら、アルテミシアもかなり早い段階でレベッカと同じ疑いを抱いていただろう。

 だがレベッカはアルテミシアにもアリアンナにも何も言わなかった。こんなものの話は、聞かせずに済むならそうしたかったとでも言うように。


「国王の愛妾とか、お貴族様とか……

 『いつまでも不自然に若々しい女』。『取り入る怪しい魔術師』。珍しくもない話よ。()()を大衆化して、商売にしたわけね」

「その通り」


 カツーン、と鋭いヒールの音がボイラー室に響いた。


「っ……! 出たわね、インチキ女」


 正面入り口の方で領兵に捕まっていたはずのジュリエッタが、ボイラー室の入り口に立っていた。


 相変わらずの魚鱗の陣で取り巻き4人を連れている。レベッカに倒されたはずのAとBも何食わぬ顔で復帰していた。


「領兵が居たと思うけど?」

「無粋なお客様には穏便にお引き取り頂きました」


 ジュリエッタは艶然と笑う。

 帰ったわけはないだろう。何にせよ今ここに彼女が居ると言うことは、領兵たちはただでは済んでいないはず。


「困りますわね、お客様。こちらは関係者以外立ち入り禁止となっております」

「そりゃ悪かったわね。あんまり厳重に隠してあるから、つい見物に入っちゃったわ。

 ……知らなきゃ教えてあげるけど、こんなバカみたいな湯沸かし器使ってたら近いうちに火事になるわよ」

「燃料供給が復活すれば、()()()()()使()()()()止めますわ。本来これが必要なのは『若返りの薬湯』のみ。火精サラマンドラ一匹で充分ですから、そうそう問題は起こりませんのよ?

 これはあくまで、燃料供給が限られている中で営業を行い客を呼ぶための一時的な措置ですわ」

「何が狙いよ」

「……お金、ですわ」


 きっぱりとしたジュリエッタの言葉に、続いて珍妙な沈黙が発生した。


「はあ?」

「美しさはお金に換えられないもの……

 ですが美の探求にはお金が必要なのです。うなるほどのお金が、ね」


 ある意味では非常に俗であり、ある意味では非常に切実な言葉だった。


 営業を開始したばかりの『美女神の泉』は、アリアンナが知っていたことから考えても話題にはなっていたようだ。だが、それだけでは足りない。他の浴場よりも料金が高いここへ、まず一度は足を運んで貰わなければならない。

 もし他の公衆浴場がまともに営業できない中、自分たちがフル稼働すれば客をかっさらえるという、本当にただそれだけの理由だったのだ。


「その『美の探求』とやらの成果が、あれね」

「ええ。精霊の存在を溶かし込んで下地を作ったお湯に()()()()を浸け込む。

 材料の確保にも苦労しましたが、あの魔法を行使するための触媒は……フフ、人ひとりの人生が買えるほどのお値段なのですよ。

 折角ですので、私どもが使った後のお湯を薄めまして、皆様にもご提供させていただいております」


 おそらく最初は自分たちの若さを保つためだけに、この邪法を行使していたのだろうとアルテミシアは推測する。

 しかしこの術はあまりに金食い虫で、ジュリエッタは一計を案じた。あら便利、よく考えたら火精サラマンドラは湯沸かし器にできる。燃料代の節約とか、燃料が手に入らない時の代替手段になるわ。残り湯にもまだまだ力が残っている。これを出したら客を呼べるのではないかしら。薄めて出したらバレないはずよ。


「こんな美しさに意味なんかありません!」


 黙っていられなくなった様子でアリアンナが叫んだ。


「他人を踏みにじって、こんな風に食い物にして……! それで美しさを追求しても虚しいだけです!

 私、感動してました! 世界中から集めた化粧品も! 魔法みたいなエステも! 

 それじゃダメなんですか!? それだけじゃダメなんですか!?」

「お黙りなさい! 若く、資質にも恵まれた貴女には分かるはずがないのよ。何を犠牲にしても美しさを手に入れたいという、この渇望は!」


 憧れの人に資質を褒められたわけだが、アリアンナは全く嬉しそうではなかった。


 芝居がかったポーズで思いの丈をシャウトしたジュリエッタは、少なくとも真剣だった。真剣であり、純粋であり、それ故に狂気的であった。


「……やめときなさい、アリア。ああいう手合いに常識的な言葉なんて届かないわ」

「常識! ああ、常識や良識という頑なな枷によって、いつの世も人は、真の美しさを前にしながら諦めてしまう!

 ですが私はそのような勿体ない真似はできなかったのですよ。

 いかがです? 貴女がたも私の弟子になるというのなら、永遠の美しさを授けて差し上げますよ」


 悲劇のヒロインぶった口調で、自分に酔うようにジュリエッタが言った。

 だが、そんなジュリエッタをレベッカは冷たく蔑む視線で睨み付ける。


「うっさいわね、ド三流」

「……なに?」


 鉄面皮にヒビが入った、という印象だった。

 レベッカの一言で作り物めいた表情が剥げ、むき出しの怒りがほんの少し覗く。


火精サラマンドラ集めといて、やる事が湯沸かし器って時点であなたの底は見えたわ。精霊魔法使うなら精霊のご機嫌損ねるわけにいかないじゃない。つまりあんた、精霊捕まえるのが精一杯のヘッポコなんじゃないの?

 だいいちあんたが一流なら、頭の悪い王族にでも取り入って召し抱えてもらうのは簡単でしょ? 報酬はガッポガッポ、国家権力が付いてるんだから隠蔽だってやり放題よ。

 こんな街の中で大々的に禁術使うような、危険な割りに利益の薄い違法行為、する必要無いじゃない」

「なるほど。お抱えの楽士になれなかったから庶民向けにコンサート開いて稼いでるみたいなものか」

「綺麗に例えるならそんなもんね。もっとも、この女がやってんのは道端で帽子を裏返して演奏してるようなレベル。

 しかも楽器の材料が屍肉と人骨、バックコーラスが断末魔なんて、悪魔でも胃もたれしてゲロ吐くわよ」


 どうやら図星だったようで、ジュリエッタの表情が歪む。その顔はもはや美女神よりも般若に近かった。


 取り巻き達が驚いた顔をしていた。彼女たちにとって唯一絶対の主であろうジュリエッタを『三流』と言ってのけた小娘レベッカを見て。


「口を慎みなさい!」

「誰に向かって物を言っているの!」

「あんたらもいい加減になさい、チーム厚化粧。

 魚のフンみたいに三流の後を付いて回って、おこぼれ貰ってそれで若く見せたつもり? 私の()は誤魔化せないわよ?」


 鎌掛けだ、とアルテミシアは思った。レベッカの義眼は簡単な魔力知覚ができる程度。それ以上は分からないはず。

 だが、反応は劇的だった。取り巻き達が凍り付く。小さく悲鳴を上げて自分の体を抱きかかえる者もあった。


「そう……私たちをそうまでコケにするなら、代償は高く付くわよ」


 ゾンビが墓場を這い回る音みたいな凄みのある声でジュリエッタが言った。そして、カツーン! とひときわ高くヒールを鳴らす。


 グッドルッキングレディーズが完全に左右対称の動作でドレスを脱ぎ捨てた。

 その下から出てきたのは作り物めいた完全無欠の肉体と、お揃いの黒革ボンデージ衣装だ。

 肌に直接纏うコルセット状の胴衣、極限まで布地の面積を減らしたハイレグビキニパンツ、そして深く網状スリットが入ったピンヒールブーツ。

 ジュリエッタは脱いでいないがドレスの下は多分同じ格好だろう。

 そしてジュリエッタは装飾過多の杖を構える。取り巻き達はスパンキング用の鞭(に見えるが金属で補強され威力を強化してあるようだ)を手にしてジュリエッタを守るように前へ出た。


「……いい趣味してるなあ」

「何から何まで芝居がかってるわね。ナルシー全開って感じで付き合ってらんないわ」


 ここまで演出されては感嘆の声を漏らすしかないアルテミシア。

 レベッカは乗り物酔いの吐き気をこらえるような調子の声だった。


「私を拒むのであれば、死あるのみ。美しさの魔法を永遠のものとするためには、術式を見てしまった貴女がたを生かして返すわけにはまいりません」

「覚えきれないわよ、こんな暗号みたいなの」

「あら、そう? でも万一がありますのでねぇ」


 執拗なまでにびっしりと何かの記号らしき模様が書き付けられた樽を見てレベッカが鼻を鳴らす。専門家なら書いてあることの意味が分かるのかも知れないが、素人にはちんぷんかんぷんだ。

 術式を読み解くことは、すなわち魔法の解き方を知ることでもあるとされる。樽に書き付けられた魔法式はジュリエッタにとって死守すべき秘密だった。


 レベッカはアルテミシアやアリアンナと一緒に、救助対象者まで抱えて戦うのはちょっと避けたかった様子だ。頼みだった領兵の助けも、この調子では来るか怪しい。

 『美女神の泉』で行われていた悪事を暴いた時点で依頼は完了。二度と自分たちに手を出してこないなら、わざわざジュリエッタを懲らしめる意味は無いというのがレベッカの考えだろう。戦いを避けられるならその方が良かったようだが、どうやら退いてはくれないらしい。


 しかも、さらに悪いことにジュリエッタは乗り気だった。

 蕩けるような視線がアルテミシアを捉える。


「ああ……そちらのお嬢さんは生かしておいてもいいかも知れませんね? 殺すだなんて勿体ない。

 貴女は100年にひとりの逸材ですわ。贄に捧げれば上位悪魔でも契約に応じましょう。それとも、貴女の若さと美しさを頂いてしまいましょうか。四半世紀は私の美貌を保ってくれることでしょうね」

「ひいっ!?」


 アルテミシアは総毛立つ。

 砂糖を振りかけて生クリームを混ぜた納豆のように粘っこくて甘ったるい口調だった。

 ただ単に殺すと言われても怖いだけだが、これは……気持ちが悪い。


「さあ、私の糧とおなりなさい!」


 謳うようにジュリエッタがそう言ったのを合図に、取り巻き達が襲いかかってきた。

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