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15-3 天下無双のボンチャンリ

 アルテミシアの前には、いわゆる貴金属類が並べられていた。

 宝石をはめ込んだ指輪。金細工のネックレス。鳥を象ったブローチ。その他諸々。

 陳列用クッションの上に並べられたアクセサリー達は、眩く輝いている。


「どう、アルテミシア。これを見た感想は?」

「…………金目の物」

「要・教育!!」


 アルテミシアのもふもふ頭に、レベッカのチョップが打ち込まれた。


 3人は偶然目に付いたアクセサリーショップを訪れていた。

 白一色の壁に控えめな魔力灯が映える店内に、クッション付きの陳列棚が並ぶ。窓には鉄格子。そしてさっきの貸衣装屋よりも多い、3人の警備員。何故か全員がグラディエーターのような半裸マッチョだ。

 店の奥ではひげもじゃのドワーフが片眼に拡大鏡をはめ、黙々と細工をしている。おそらく警備員の人選は店主の趣味。ドワーフは肉体の鍛錬を尊び、筋肉ダルマこそ最も美しい人体の姿だと信じて疑わない超脳筋思想らしい。店の奥に飾られている、ボディビルの出場者みたいな女傑の彫像は……もしかして輪廻の女神像のつもりなんだろうか。


 店主も細工師と言うより鍛冶職人みたいなマッスルボディだが、その太い指が機械のように精密に動き、繊細なアクセサリーを作り上げていく。


「小娘ども、買わないもんにはベタベタ触るんじゃないぞ」


 細工の手を止めず、顔も上げずに店主が言った。


「はぁーい」


 アルテミシアは陳列された金目の物を観察する。

 どれもこれも高そうだ、という感想がまず出てしまう辺りが、元・安月給社畜の悲哀である。


「アクセサリーを見る時は、ちゃんと、それを身につけた自分をイメージしなさい。

 光り物は女の子にとって永遠のロマン、そして最強の飛び道具なんだから。

 ……とにかく、何かひとつ良いと思ったのを買ってみなさい」

「アイ・マム」


 アルテミシアはなるべく値段の事を頭から消すように努力して、目の前のアクセサリーに集中した。

 買えと言われはしたが、おそらく買う事自体が目的ではない。それだけ真剣にアクセサリーを見ろという意味だろう。


 思えば、男として生きていた時分にはアクセサリーひとつ身につけた事が無かった。しかし、女性としてファンタジーの世界に転生した以上、謎の金細工ティアラとか、指輪で留める謎の手袋とか、なんかそういうのをちゃんと装備できるようにならなければダメという気がする。


「でも、こういうアクセサリーって子どもが身につけたら、なんかやらしくなんないかな」

「服との組み合わせ次第ね。後は装着者の態度」

「態度?」

「アクセサリーを見せびらかしたがってるように見られたら、その途端アクセサリーに食われるのよ。

 どんな高級品を身につけても、こんなの当然だって澄まし顔してなきゃならないの。

 こういうのって、ふとした瞬間、本音が態度に出ちゃうからね」

「なるほどなぁ」


 レベッカの話ももっともだが、見せびらかすとか言う以前に、うっかり汚したり壊したりしたら……という事ばかり気になってしまいそうだった。


 その傍ら、アリアンナは真剣にアクセサリーを吟味している。


「何か欲しいのあった?」

「私用じゃなくて、お母さんに贈ろうと思って。

 私がちゃんとやっていけるか心配してると思うから、最初の仕事クエスト終わったよって報告のつもりで」

「……詳細は伏せてプレゼントだけ渡すのがよさそう」

「もちろんそうする」


 アルテミシアとアリアンナは笑い合った。

 ちょっと鳥さんを狩りに出かけたはずが、森の中でくまさん(ガチ)に出会い、亜竜レッサードラゴンまで出てきて、ついでに心がけの悪い冒険者に触られ……もとい攫われかけたという特盛りコースだった。

 ありのまま報告したら逆に心配されてしまいそうだ。


「ブローチが良いかな。これとか、これとか……私でも買えそう」

「アリアに渡した分のお金は全部使っちゃっていいからね」


 ちなみに、今のところ共有の生活資金を管理しているのはレベッカだ。

 バーサーカーベアの素材を売った儲けは、当面の生活資金として必要な分を別の財布に入れて、グレッグにお裾分けを渡した後、残りは個人が自由に使えるお小遣いとして3人に分配されていた。


「そう言うレベッカさんは?」

「私は、()()()()は見るだけでいいわ。

 ……おっちゃん、実用的なやつある?」

「実用的?」

「状態異常耐性があるやつとか」

「やっぱりあるのね、そういうの……」


 ファンタジー……と言うよりもRPGのお約束。

 状態異常を防いだり属性攻撃を防いだり、何かとお役立ちのアクセサリー。

 もし収入を二倍にするアクセサリーとかあったら絶対に欲しいアルテミシアだったが、たぶんそういうのは無い。


「ちょいと待て。……おい、グラグベグ! 来い!」


 細工を続けていたドワーフの職人が、店の奥の方へ怒鳴りつける。

 すると、同じようなひげもじゃドワーフがのしのしと出てきた。やや筋肉ダルマ的な店主に比べると、少々横幅が無い締まった体つきだ。

 この上品なアクセサリーショップには似つかわしくない、着古したうえにあちこち焼け焦げた作業着を身に纏っていた。


「なんじゃい、ワシは仕事中……

 ん? んん? ……ほう、こいつぁたまげた。お前さんレベッカか!」

「多分、そのレベッカだと思うわ」


 グラグベグと呼ばれたドワーフは、興味深げに目を見開く。


「だとするとワシのアクセサリーを買いに来たのか」


 そして、じろじろと無遠慮にレベッカを観察した。


「ふん、まあまあの筋肉だな」

「光栄ね」

「……分かるの?」

「分かるらしい……」


 アルテミシアとアリアンナは顔を見合わせる。

 レベッカは、ありふれたワンピースを着ている町娘ルック。

 割れた腹筋も、鋼のような上腕二頭筋も露出していないのだが……筋肉を信奉するドワーフの目には丸わかり、らしい。


「わざわざワシの作品が欲しくてこの店に来たってわけか」

「いいえ、実は偶然」

「ほう。ならお前さんは運が良い」


 グラグベグがドンと胸を叩き、店主も意味ありげにニヤリと笑う。


「『グドガロとグラグベグ』ちゅうたら、この国じゃちったあ名前が知られたもんよ」

「ワシはもともと武器職人だ。だが、時々こうして実用的なアクセサリーも作っておる。そんなワシの作品に、役にも立たん飾りを付けるのが兄貴の仕事だ」

「なんじゃとう、グラグベグ!

 美意識の欠片も無い、貴様の鉄の塊を、俺が見られるようにしてやっとるんじゃないか!」

「ワシの作品の機能美が分からんか!!」


 そして突然兄弟喧嘩が始まった。

 やれ『無駄にビラビラして気色が悪い』だの、やれ『あんなウンコみたいな形のもんをアクセサリーと呼べるか』だの、ふたりのドワーフは胴間声を張り上げ、つばを飛ばして怒鳴り合う。


「なるほど、そういう兄弟なのね……」

「この人たち、きっと子どもの頃からずっとこの調子なんだと思う」


 窓ガラスが震えるほどの大声だが、半裸マッチョの警備員たちは眉ひとつ動かさない(うち一名は眉まで剃り上げたスキンヘッドだったが)。

 職業意識がどうこうではなく、たぶんあまりに日常茶飯事過ぎて慣れてしまっているのだ。


「いいからアクセサリーを見せてちょうだい」

「おうよ、ちと待ちな。今日中には店に並べるとこだったんだ」


 レベッカが仲裁すると喧嘩はあっさり収まった。

 グラグベグは店の奥から木箱を持ってきて、店内にあるテーブルの上に置いた。

 団子みたいに布に包まれたものが、木箱の中にたくさん詰まっている。それをグラグベグがほどいていくと、中から様々なアクセサリーが出てきた。


「在庫はほとんど『悪魔様』に持って行かれちまってたんだが、やっと返ってきたとこだ」

「いろいろ置いてるじゃない。防御率レートは?」

「どれも60台だ。複合のやつは30から40だな」


 金細工もあれば銀細工もあり、虹の光沢を持つ不思議な金属によるものも、木製の土台に宝石をはめたものもある。

 ブローチもあればピアスもあり、全く統一性・法則性が見えないのに、レベッカはそれぞれのアクセサリーがどのような効果を持つのか分かっているようだ。もしかしたら義眼で鑑定しているのかもしれない。


「確率防御なんだ」

「って言うか、正確には『破損しない率』よ。ちゃんと作ったアクセサリーなら、一回は絶対に守ってくれるの。

 ヘタしたらそれで壊れちゃうけど」

「注文生産なら100のやつも作るぞ。ワシの腕なら、他の連中より1割は安く作れる」

「残念、今はそんなお金無いわ。これで十分よ。麻痺と石化貰うわ」

「毎度ぅ。

 ……分かってるだろうが、ふたつもみっつも着けるなよ。干渉する」

「分かってるって」


 レベッカは金貨を支払うと、布団子のいくつかを無造作に荷物へ入れた。


「そのうちワシの工房にも来るといい。こんな片手間の小遣い稼ぎじゃない、グラグベグ様の本領を見せてやろう」

「そうねぇ、私の大斧もガタが来てるし、鍛え直してもらおうかしら。

 臨時収入あったし、アリアの装備も良いのに買い換えなきゃ」

「……アリアってのは、どっちだ」


 グラグベグの容赦も遠慮も無い視線が、ふたりの少女の方へ向けられる。


「えっと……私です」

「弟子よ」

「んーむむむむ……」


 グラグベグは腕を組んで唸った。

 何を考えているかは、ものすごく分かりやすかった。『こんな軟弱そうな奴に装備売るのは気が進まんなあ』と、『この筋肉女の弟子なら将来は同じようになるのかも知れんなあ』がせめぎ合っている様子だ。


「ワシの仕事は高いぞ」

「は、はい。よろしくお願いします」


 最終的に、金で決着を付ける事にしたようだ。


 一仕事終えたグラグベグが作業場に引っ込んでいくと、三人娘は再び普通のアクセサリーを見始める。


「アルテミシアはどれか欲しいのある?」

「んー……どうだろう。どれが似合うかな」


 自分を飾ることの重要さは先程思い知ったが、どうすればいいのか、まだいまひとつ分からない。

 指輪も首飾りも、なんだかわざとらしくて浮いてしまう気がするし、サイズが大人向けのものも多い。下手なピアスを着けたらどこかの部族の耳輪飾りみたいにアンバランスになりそうだし、大きなネックレスなんて着けたら職員証状態になりそうだ。


 ――値段そこそこ、子どもでも着けられそう、わたしに似合う……


 検索条件を頭の中で設定し、アルテミシアは陳列棚を流し見ていく。


「……あ。これってかんざし?」


 そしてアルテミシアは、銀色のアクセサリーに目を留めた。


 二股に分かれたスティックの先端に、銀細工の花がチェーンで吊されたデザインの簪だ。


「へぇ、渋いのに目を留めたわね。でも、こういうのならあんまり嫌味に見えないかも」

「でしょ? お値段も割とリーズナブルだし。

 すいません、これくださーい」


 買うと決めたら即断即決。

 まだちょっと、ウィンドウショッピングを楽しむという境地には遠いアルテミシアだった。


 置かれていた卓上鏡の前で、さっそくアルテミシアは簪を挿してみる。

 右耳のちょっと後ろ辺りに差し込むと、簪はもふもふ頭に絡まってピタリと留まった。


「「おぉーっ」」


 アルテミシアとアリアンナ、ふたりの感嘆の声が揃った。

 キラリと鋭い銀の輝きが、小さくとも目を引く。それは、人の手によって付け足された異物でしかないはずなのに、まるで最初から身体の一部であったかのようにも思える。アルテミシアの身体は、銀の輝きと色彩を獲得したのだ。


 たったこれだけの装飾がアクセントとなって、身体全体の印象がくっきり鮮明になったかのように感じた。

 驚きと好奇心に見開かれた瞳は神秘と幻想を宿し、しなやかな指がついと髪を撫でるだけで世界が傾いたように錯覚する。


「すごい……」

「でしょ? 今の気持ち、覚えときなさい」


 語彙力がネアンデルタール退化するくらいの衝撃だ。

 飾り物ひとつで、これだけ印象は変わる。またひとつ新たな扉を開いた気分だった。


 そんなアルテミシアを陶然と見ていたアリアンナが、はたと手を打つ。


「……ねぇ、3人で買ってお揃いにしない?」

「「それいい!」」


 満場一致。

 レベッカとアリアンナも、すぐさま同じものを購入した。


「ま、これ着けて冒険には行けないけどね」

「壊したり無くしたりが、怖いですもんね。でも、街に居る間はできるだけ着けておきましょうよ」


 同じアクセサリーでも、人によって印象が変わる。

 簪を挿したレベッカは、大人びたクールな雰囲気が強まった。『お姉ちゃん』と言うよりも『お姉様』だ。鍛え上げられたモデル体型のレベッカには銀のアクセサリーが違和感無くマッチする。

 アリアンナは輝くような金髪の持ち主だ。そこに銀の光を加えることでお互いが引き立て合い輝きを増している。黄金の月と、その周りで光る星のようだった。夜空を思わせる詩的な輝きと、生来の純朴な雰囲気がミックスされ、アンバランスで危険な魅力を醸し出している。


 自分の頭で揺れる飾りを、アルテミシアは軽く触れてみた。

 たかがアクセサリー、されどアクセサリー。

 これもまた、必要不可欠なサブウェポンなのだ。


「さて、それじゃあ締めくくりに肉体の方も磨いちゃうとしましょう!」

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