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2-8 優勢になると全部ゲロするのは三流

 結局、ユーゴも含めた五人で最後のひとり、戦士のジャックを探すことになった。

 グレッグとユーゴが、おおまかにジャックが逃げたと言う方向へ、時々呼びかけながら進んでいく。


「ゲインズバーグを救った戦いの話、聞かせてくださいよぉ」

「その辺でみんなが口さがなく噂してるでしょ」

「どうしてアルテグラドからこっちまで?」

「なんだっていいじゃない」


 だが、森を歩く間、ユーゴがひたすらレベッカに話しかけ続けるのには辟易した。

 特に何が言いたいという様子でもなく、おべっかを使う調子で、何くれとなく内容の無い話を並べ立てて喋りまくる。おかげでレベッカとアルテミシアの間には、いつもユーゴが居るような状態だった。


 ――これは、そういう事かな?


 レベッカには明らかに迷惑がられているのだが、それを全く気にしていない様子だ。


「あれ、そう言えばユーゴさん。荷物どうしたんですか?」


 グレッグに聞かれて、ユーゴは一瞬、ぎょっとした様子だった。が、すぐに取り繕った。


「ああ……崖を登って逃げるときに落としちまったんだ。しかもその後、何が気に入ったのか、バーサーカーベアが引きずっていきやがった」

「じゃあ、ジャックを見つけたらそれも探しに行きましょう」

「そうだな……」


 なんとなく上の空な応えをユーゴが返した。


「およ?」


 草でも土でもツチノコでもなさそうな何かを、アルテミシアのつま先が蹴飛ばした。

 拾い上げてみると、それは小さな巾着状の袋だ。かすかに立ちのぼる香気が、鼻をくすぐる。


「なんだこ……」


 なんだこれと思う間もなく、ユーゴがそれをひったくる。


「こ、こいつは、俺の荷物だ! おっかしいな、なんでこれだけ落ちてんだ?」


 何かを誤魔化すように辺りを見回すユーゴ。

 つられて辺りを見てみると、噂をすればなんとやら。

 干からびた芋虫みたいな背負い袋が、一行の行く先に落ちていた。ベアに引きずられたせいか、辺りに中身が散らばっている。


 途端にユーゴが血相を変えた。


「お、おお、あれだ! 集めるから、ちっと待ってろ!」


 言うなりユーゴは全速力で飛び出していく。

 辺りに散らばっている中身を、ユーゴは慌てて拾い集めている。


 そんなユーゴの背後に、アルテミシアは、備え・・だけはしてから立った。


「あの、ユーゴさん……」

「なんだ?」

「さっきの小袋、何ですか?」

「なんだっていいだろうがよ……俺みたいなのが、あんな小物持ってちゃおかしいか?」

「柑橘類のニオイがしました」


 一瞬、ユーゴの手が止まったような気がした。


「気のせいだろ……」

「あれって匂い袋じゃないんですか? もし、イーグルワイバーンの襲撃を躱す方法を知っていたとしたら、どうして教えてあげなかったんですか」

「き、気のせいだって言ってんだろ。っつーか邪魔すんなよ! 大事な物が見つからねえんだ……」


 アルテミシアを振り払うように、背負い袋を抱えたまま、逃げるように辺りを探し回るユーゴ。

 そんなユーゴが見落とした物を、アルテミシアの背後でグレッグが拾い上げていた。


「あれ? これって、キャロルさんの杖じゃ……」


 宝珠が嵌め込まれた、片手で振るえる大きさの短杖。

 ぐねぐねうねったデザインの杖は、いかにも魔法とか使えそうな雰囲気だった。


 空気を読まないグレッグの行動は、ある意味で最高の、ある意味で最悪のタイミングだった。


 背負い袋を放り出したユーゴは、素早くナイフを抜き放つと、アルテミシアを抱え込んで、顔にナイフを突きつけた。


「アルテミシア!」

「え、ユーゴさん、なんで……」

「てめえら、下手に動くなよ。こいつの可愛い顔に穴が増えるぜ」


 戸惑うグレッグ、青ざめるアリアンナ、そして、殺気としか言いようがない強烈な怒気を静かに放つレベッカ。

 アルテミシアは、やっぱりか、と思っていた。はじめから、何かあればアルテミシアを人質に取る気だったに違いない。レベッカとアルテミシアの間に入るようにしていたのは、そういう事だ。


 レベッカはご丁寧にも忠実にユーゴの言葉に従い、指一本動かさず、口だけで喋った。


「そういう事だったのね」

「あんまり驚いてねぇな……予想してたのか? さすが英雄様だよ」

「正直、まだ全部分かってないけどね。この杖は落ちてたの? それとも、死体から……」

「奪った」

「バーサーカーベアは……現れたこと自体が想定外だったのかしら?」

「ああ、そうだよ! あん畜生めが出て来て全部おかしくなった!」

「あの、どういう……」


 未だに事態が飲み込めていない様子のグレッグ。

 鈍いと言うより、事態の急展開に付いて行けていないようだ。


「つまり、グレッグさんは騙されてたんですよ。ベアを捕まえる手段があるってのは大嘘で……イーグルワイバーンに襲われない手段を知ってるこの人は、山に連れ込んだ仲間をワイバーンに殺させて、装備を奪い取るルートするつもりだったんです」

「だあってろガキ! 立場分かってんのか!」


 苛立ったユーゴがアルテミシアを揺すって抱えなおした。


 アリアンナが小さく息を呑む。

 それは、アルテミシアの身を案じてだろうか。それとも、自分がユーゴの命を助けたことでアルテミシアが危機に陥っているという皮肉な状況を理解したからだろうか。


 自分の力で人を助けるため、アリアンナは冒険者になった。

 よりによって最初に助けたのがこんな子悪党とは。

 やるせなさもあるが、それ以上に許せないとアルテミシアは思っていた。


「ああそうだ、この山にイーグルワイバーンが住み着いたと聞いて、バーサーカーベアの捕まえ方をエサに、アホどもを釣り寄せた。後は、空の兄弟が始末してくれるってぇ寸法よ。なにしろこの辺の連中は、あれの対処を知らねぇ」

「そうやって何人殺したのよ」

「こいつらで十人目だ……」

「いくら高い物だからって、杖一本のためにこれだけ殺すのね」

「ああ、シケてやがんぜ。あのイーグルワイバーンは、そろそろ他所へ行っちまう。でなきゃ、もっと獲物を選んださ。最初のパーティーは最高だったぜ。マジックアイテムを三つも拾った・・・


 拾った。

 罪悪感どころか、罪そのものの重さも感じさせない、軽い言葉だった。

 あくまで、自分が手を下したわけではなく魔物の下に誘導しただけという状況は、人を殺しているという実感すら薄れさせるのだろうか。


「てめぇら、いつから気がついてた?」

「それが、いつから怪しんでたかって意味なら、最初からね。グレッグを助けた時から」

「あ?」


 これにはユーゴが意外そうな声を上げた。


「だって私たち、イーグルワイバーンが出るって情報はギルドで聞いたけど、バーサーカーベアの話なんて聞かなかったもの」

「あなたが『バーサーカーベアの捕まえ方を知ってる』って話で人を集めたと聞いた時から、何かおかしい、裏がありそうだと思っていました。

 イーグルワイバーンもですが、バーサーカーベアも危険です。ちゃんとした冒険者なら、注意報が出るような魔物の出現情報を掴んでいれば、こっそり捕まえに行こうなんて言わないで、まずギルドに知らせたはず。

 ……そうしないと言う事は、最初から全部嘘だったか――」

「少なくとも、それをギルドに知らせない時点でまともな冒険者じゃないわね」


 ユーゴに抱え込まれているアルテミシアには、ユーゴの表情が見えない。

 しかし、ごくりと唾を飲む音がかすかに聞こえた。レベッカとアルテミシアの洞察は、ユーゴの想定を越えたのだ。

 少しだけ間を置いて、ユーゴは何食わぬ様子で話を続けた。


「本当にバーサーカーベアなんぞ出てくるとは思わなかった。俺だって驚いたさ」

「そう。それで、これからどうする気?」

「おい、グレッグ。その杖、こっちへ寄越しな。近づくんじゃねぇぞ。俺の足下へ投げるんだ。あぁ、そうそう。その鞄も寄越しな。バーサーカーベアが入ってんだろ。しけた獲物だと思ってたが、思わぬ臨時収入だ」


 グレッグは戸惑い、救いを求めるようにレベッカの方を見た。

 レベッカが頷くのを見て、グレッグはその杖をユーゴの足下に軽く放る。レベッカもそれに続いて、鞄を放り出した。


「よし、それでいい。後は、そうだな。お前らはしばらくここに居るんだ。俺が安全なところへ逃げるまで、ガキには付き合ってもらうぜ」

「アルテミシアをどうするの」

「んん……こんな上玉、売り飛ばせばいい金になるだろうが、生憎と、そういうツテは無いもんでな。まぁ、そのうち野に放してやるよ。だはははは!」


 下品に笑うユーゴ。

 解放するとは言っているが、本気かどうかは分からない。例えば逃走手段と引き替えに、マフィア的な組織やらその辺の悪党に売り渡されるかも知れないわけで。


「ご、ごめんね……ごめんね、アルテミシア。私のせいで……私のせいで……」


 立ち尽くしたまま、アリアンナが泣いていた。さめざめとした弱々しい涙ではなく、火であぶられているような悔し泣きだった。

 原因だけを問うなら、たしかにこの状況は彼女がユーゴを助けたせい。

 あの場でユーゴが殺されていたら、完全に自業自得だし、むしろ世の中のプラスになっていたかも知れない。


 ――だけど、ユーゴが悪党かなんて、助けてみるまで分からなかった。

   ううん、仮に相手が悪党だったとしても、悪事には正当な裁きが下るべきで、見殺しにされて結果オーライなんて事は、できれば無い方がいいんだ。『助けなければよかった』なんて、アリアには、言わせたくない。


「アリア、こいつを撃って」

「え?」

「はぁ?」

「えぇ!?」


 アルテミシアの言葉に、グレッグとユーゴとアリアンナが、異口同音に驚きの声を上げた。

 さすがにレベッカも虚を突かれた様子だ。


「もしここで、アリアがわたしを助け出せば全部チャラだよ。そしたら『助けなければよかった』なんて事にはならない。

 そうだ、折角助けたのにここで殺すのもなんだから……腕を狙おう。

 わたしを抱えている腕を狙って、矢を撃てばいい。

 じっくり時間を掛けて狙いを付ける必要は無いんだから、こいつのナイフより、アリアの弓の方が早い」

「お、おいガキ! 何言ってんだ!」

「大丈夫だから、アリア。さ、弓を」


 まるで自分がナイフを突きつけられているかのように脅えながらも、アリアンナの手が矢立に伸びる。

 それを見て、ユーゴは過剰なくらい反応した。

 ナイフをさっきよりもアルテミシアの顔に近づけ、盾にするように自分の前に出す。


「おいやめろ! 刺すぞ! それによ、当たるぞ!」

「そ、そんな……アルテミシア……」

「狙う自信が無い? それとも、ナイフを追い越す自信が無い? 大丈夫、どっちも大丈夫だから。わたしは大丈夫だから、弓を撃って」

「やめろ……やめろよ!」


 アリアンナが、震える手で弓に矢をつがえた所で、ユーゴのナイフが遂に動いた。


 ――こらえ性が無いなあ。時間切れか。ま、アリアに撃たせるのも、ちょっと酷だよね。


 ガチン、と金属音がした。

 柔らかなアルテミシアの頬は、まるでレンガのような硬度をもって、ナイフの切っ先を弾き返していた。


「んな……!?」

「ばぁーか」


 あらかじめ飲んでいた耐久強化ストーンスキンポーションの効果でナイフを防いだアルテミシアは、同じく膂力強化ストレングスポーションの効果でユーゴの腕を容易く振り払い、力任せに背負い投げをうった。

この話を投稿する時点で200ブクマ越えてました。皆様ありがとうございます。

(100の時は書き忘れ……)


これからも頑張っていきますのでよろしくお願いします。

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