2-7 ※特別な補正を受けています。真似しないでください。
木々に阻まれて見えにくいが、イーグルワイバーンは進行方向の森に、何度も急降下攻撃を仕掛けている。そのたびに枝葉が弾け、時には樹の倒れるような音さえ響いた。
そして、その度に情けない悲鳴が上がる。
「うわああ! ぎゃひいい!」
藪を突っ切って進んだ先、ついにイーグルワイバーンの標的を視認した。
「ユーゴさんっ!」
「グレッグ!?」
グレッグが声を掛けると、大きな木を盾にして空を見ていた男が、驚いた顔をする。
ユーゴと呼ばれた男は、グレッグから聞いた話によると野伏だ。
野伏、というのは、シーフ系の技能を持つ冒険者の中でも、野外や自然の地形を探索する能力が高い者が、しばしば自称するらしい。動きやすさに重きを置いた軽装の鎧とナイフを身に着けた、三十手前くらいの短身矮躯の男だった。
そんなグレッグを狙って、またしてもイーグルワイバーンが舞い降りる。
「当たって!」
降下してくるイーグルワイバーンめがけ、アリアンナが矢を射た。
狙いは完全に正確、かと思われたが、ショートボウから放たれた小さな矢は、急降下が巻き起こす気流によって、風に舞う木の葉のように吹き散らされた。
アリアンナの射撃は常に完全な狙いを見せるが、何をどうやっても当たりようがない射撃や、隙間の無い防御は躱せないのだ。
「危ない!」
目を開けていられないほどの風が吹き抜ける。
ユーゴはギリギリで身を躱していたが、代わりに、地面が大きく抉られていた。
蹴爪の後がくっきりと、線として地面に刻まれていた。
攻撃を外したイーグルワイバーンが、再び高度を上げて一声鳴く。
そのまま翼を広げて、輪を描くように旋回した。
「次が来るわよ!」
「……アルテミシア、これ貸して!」
「え、あ!?」
あっ、と思ったときには、アリアンナは噴霧器をポーション鞄から掴み出し、ユーゴに駆け寄っていた。
蹴爪の痕を飛び越えて、まずユーゴに一吹き。
そして、既に降下しつつあるイーグルワイバーンに向かって噴霧器を構えた。
「えぇーいっ!」
煙幕でも張るように、アリアンナはありったけ中身を噴射した。
鋭く降下してくるイーグルワイバーンが、歯ぎしりでもするような鳴き声を上げた。
蹴爪が、逸れた。
降下中にムリヤリ軌道を変えてふたりを避けたイーグルワイバーンは、バランスを崩して近場の樹に突っ込む。
巨体がもんどりうつようにして樹を乗り越えて転がり、やがて、大きく羽ばたいて体勢を立て直す。
そのまま、捨て台詞のように一言鳴いて、ふらふらと飛び去っていった。
「た、た、た、助かった……」
へたり込んだユーゴの隣で、アリアンナも安堵の溜息をついていた。
「アリア、大丈夫!?」
「ちょっと、お馬鹿! 死ぬ気!?」
アルテミシアとレベッカは、すぐさまアリアンナに走り寄り。
ふたりがかりで飛びつかれて、アリアンナはちょっと気まずそうな顔をした。
「だ、だってニオイが苦手なら、私には近づかないはずだと思って……」
「そうじゃなかったらどうするの! 確かにワイバーンが自分から避けてたけど、本当にギリギリだったわよ!」
「と、飛び出す前に耐久強化ポーションも飲みましたし……」
渡しておいたポーションを飲んでくれたようだが、仮にポーション込みでも直撃したらどうなっていた事か。
見ず知らずの他人であっても、助けられると思えば飛び出していく。それでこそ彼女なのかも知れない。かつ、アリアンナとしては自分なりの勝算をもって起こした行動だったと言いたいようだが、見ている側の寿命が縮む。
「あの、私は大丈夫だからこっちの人を……」
アリアンナが示した先では、へたり込んだユーゴをグレッグが助け起こしていた。
「ユーゴさん、無事ですか?」
「すまん、助かった。助けを呼んできてくれたのか」
そこでユーゴは初めて、グレッグと共にやってきた『助け』が何者か分かったようで、ぽかんと口を開けた驚愕の表情になった。
「あんた、確か、『悪魔災害』の……」
「たぶんそれよ。そういう事になってるわ」
「そうなんですよ! ゲインズバーグを救った女冒険者、レベッカさん! あと、その妹で薬師のアルテミシア……さんと、お弟子の? アリアンナさんです。俺がベアに追われていたところを助けてくれたんです」
「助け……倒したってのか、あれを!?」
「はい! アリアンナさんが弓で目をぶち抜いて、アルテミシアさんが薬で麻痺させ……後はレベッカさんが斧で一撃! すっごい格好良かったです!」
ミーハーなグレッグが勝手に紹介してくれている間、レベッカはユーゴの顔を見て何か考えている様子だった。
「……訛りに聞き覚えがあるわね。もしかして、貴方もアルテグラド出身?」
「なんてこった、同郷か!? こんな所で会えるとは。俺ぁパジスの出だ」
「やっぱり北の方か……ごめんね、私は南の出身だから同じアルテグラドでも全然別だわ。その北方訛りに聞き覚えがあっただけ」
アルテミシアはユーゴの言葉に、関西出身の人が慣れない標準語を喋っているような発音のずれを感じていたのだが、実際に訛っていたらしい。
二つ隣の大陸から来た同士、こんな場所で会うとは奇妙な偶然だ。
ユーゴの方は、自分を助けてくれた相手がゲインズバーグの英雄で、しかも同郷(あまり近くないようだが)と来て、ちょっと大げさなくらい感激している様子だった。
「いやぁ、ゲインズバーグの英雄に助けてもらえるとは! ありがたい!」
「……お礼を言うなら私じゃなくって、この子でしょ?」
「あ、お、おう、そうだな……」
眉をひそめられて、ユーゴはやっとアリアンナの方を見る。
「ありがとうな、おかげで助かったよ」
「どういたしまして……」
ユーゴの言葉は、二枚重ねになってるやつをわざわざはがして分割したティッシュのように軽かった。
レベッカの手前、とりあえず頭を下げておいたという様子で、あんまり感謝しているようにも見えなかった。彼はあくまでレベッカに助けられたと思っているようだ。他二名は彼女の付属物とでも思っているのだろうか。
ユーゴの背後で、軽蔑したようにレベッカが鼻を鳴らしたけれど、彼は気がついていないようだった。
「それで、貴方はひとり? ベアから逃げた後って、どうなったのかしら」
「いや、それがよ、崖を登って逃げたら、グレッグの方を追いかけて行ったから――」
レベッカが聞き取りを始めると、ユーゴはもうこちらへ見向きもしない。
所在なげなアリアンナに、アルテミシアは声を掛けた。
「アリア。その、心臓止まるかと思ったけど、すごかったと思う」
「ん……ありがと、アルテミシア」
「でも次は、もうちょっと気をつけて。……死んだら、もう人助けもできないんだから」
「うん……」
なんとなくやりきれない消化不良の雰囲気だが、それでもアリアンナは人を助けた。
これは誇るべき事なのだと……アルテミシアは、お世辞でも励ましでもなしに、思ったのだった。
冒険者ギルドでも『クラス』の登録があるんですが、技能と本人の自己申告によっておおまかに振り分けているだけで、区分けの種類も少なく、≪能力算定≫で見えるクラスと一致するとも限りません。
これは≪能力算定≫の魔法でクラスを見ることができた時代の名残で、クラス区分という制度が作られただけだからです。