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2-6 はなさくもりのみち、したいにであった

「あの、散り散りに逃げた仲間を探したいんですけれど、手伝ってくれませんか?」


 神か仏に祈るようなグレッグのお願い。賛成2、棄権1で、アルテミシア達は聞き届けることになった。


「バーサーカーベアさえ居なくなれば、新米ひとりで十分だと思うんだけどね」


 そう言いつつ、どちらでもいいからと棄権に回ったレベッカも付いて来てくれる。


「ひとまず、罠を仕掛けたところまで案内します。あそこから、別々の方向へ逃げたんで」


 グレッグを先頭に、四人は山を登り始めた。


 ベアが暴れ回ったせいで静まりかえっていた鳥の歌声が、徐々に戻りつつある山の中。

 ゲインズバーグシティから近いこの山は、大きな山脈のつま先みたいな場所で、低くなだらかで恵みも豊か。普段なら冒険者以外も山菜や薬草を摘みに、時には気晴らしに来るような場所だ。

 人が出入りすることで踏み固められた程度の道はあるし、あんなものと戦った直後でなければピクニック気分だっただろう。

 もっとも、今はベア以外の危険な魔物・・・・・・・・・・も出現しているとかで、注意報が出されているのだが……


「アルテミシア、麻痺毒パラライズポーションってまだ残ってるっけ?」

「ベアに全部使っちゃった。……アレ・・の駆除は諦めた方がいいかな」

「ま、しょうがないか。このパーティーで戦うのは、もとから厳しいもんね」


 ポーション鞄を覗き込んで、レベッカは肩をすくめた。


 ちなみにグレッグに飲ませたものを含め、今日持ってきているポーションは、コルム村を救ったお礼にサイードから貰った薬草の残りを、アリアンナが村から持ってきてくれたものが材料だ。

 工房にも人が戻っているらしいし、街の混乱が収まった以上、勝手に材料を使うわけにはいかない。


「あの、傷は大丈夫ですか?」

「あ、ああ! もう全然大丈夫だよ! ほら!」


 アリアンナに心配されて、若干テンパった様子で応じるグレッグ。

 微妙に目を逸らしているのは、あの暴力的な胸部が正視に耐えないからだろう。一流の剣客は殺気だけで人を気絶させたとかいう話もあるが、アリアンナはそこに居るだけでウブな男どもの理性を破壊しかねない。


 赤くなっていたグレッグは、アルテミシアからの視線に気付いて背筋を伸ばした。

 最初から、自分が女性にモテるはずないと諦めきっている(つまり、かつての通野拓人のような)男でない限り、優しくされた男というのは割と簡単に『脈あり』と勘違いしてしまうものだ。そういう機微に疎いであろうアリアンナを保護しなければと、頑固親父のようなことを考えるアルテミシア。


 しばし、穏やかな森の中を進んでいく一行。


「もう少しで着きますよ」


 グレッグがちょうどそう言って振り返ったとき、レベッカは道から外れた藪の方を向いて、足を止めていた。


「お姉ちゃん?」

「血のニオイがする、ような……」

「えっ!?」


 言うが早いかレベッカは、持ってきた山刀でザクザクと草木を切り拓き、藪の中へ入っていった。


 * * *


 血のニオイは、すぐにアルテミシアでも分かるほどの強さになった。

 藪を抜けた先の少し開けた場所に横たわる者があって、流れ出た血が地面を赤く染め上げていた。


「うっ……」


 アリアンナは口元を押さえて目を逸らす。

 父の死に様を思い出させるような光景は、彼女には辛いだろう。

 ちなみにグレッグは目を逸らすまでもなく、死体を目にした瞬間、噴水のように吐いていた。


「うえぇ……そんな……こんな事に……」


 倒れているのは、いかにも魔術師っぽい服装をした若い女性だ。武器は持っていない。

 背中を露出した群青色のローブを着ているのだが、その背中をざっくりとやられて、うつぶせに倒れている。

 肉が抉られたその傷痕に、アルテミシアは違和感を覚えた。


「熊の爪……じゃないよね」

「よくできました。これは蹴爪よ」

「……な、なんで平気で見てられんだ、あんたら……」


 実況見分中のふたりに、吐き終わっても吐き気が止まらない様子のグレッグが、地面に手を突いたまま青い顔で言う。


「平気じゃないけど、死体の状況から迅速に死因を推定できなくちゃ、こっちが死にかねないわ」

「わたしも平気じゃないですよ。……もっとひどい死体を見たことがあるんで、ちょっと慣れてるだけです」

「なんでそんなもん見たことあるんだ……」

「ひみつ」


 少なくとも、そういう形で慣れたくはなかったのだが。


「それよりも……蹴爪で死んでるってのが問題よね。間違いなくアレだわ」

「イーグルワイバーン、か……」

「わ、わいばーん?」


 グレッグが、ぎょっとした顔になった。


「ギルドから注意報出てたでしょ。聞いてないの?」

「き、聞きましたけど……」

「じゃあ予想してなさいよ」


 イーグルワイバーン。

 名前の通り、猛禽だか翼竜だか分からない見た目をした亜竜の一種。肉食で、基本的には獣を好むが飢えれば人も食う。

 特定の縄張りを持たず、山地を中心に放浪の生活を送る。そして、行く先々で暫定の縄張りを定めて、その中で狩りをする。この時、何故か縄張り意識が猛烈に高まり、縄張り内で見かけた、ある程度大きな生物には、見境無く攻撃を仕掛けるという習性がある。

 が、そのくせ1ヶ月ほどで縄張りに興味を失い、またどこかへ行ってしまう。

 そのいろいろ中途半端な外見や生態から、自然に生まれた種ではなく、兵器として開発され野生化した合成獣キメラではないかという説もあるらしい。


 追伸・なぜか柑橘類のニオイが、もんのすごい苦手。

 ……以上、レベッカから聞いた話である。


 ともあれ、そういう奴がこの山に巣くってしまったという情報がギルドからもたらされた。対策無しでこの山を歩くのは、とんでもなく危険なはずなのだが……


「もしかしてあなた達、無対策?」

「対策って言っても、どうすりゃいいんですか。会わないように祈る、とかですか?」


 グレッグの言葉を聞いて、三人は顔を見合わせる。

 祈ってどうにかなるものではない。アルテミシアとアリアンナはレベッカから情報を聞いたに過ぎないのだが、イーグルワイバーンの縄張りに足を踏み入れるという事は、奴に必ず捕捉されるという事を意味する。

 で、ありながら対策は容易く、ちょっとした工夫で安全を確保することができるのだ。


 アルテミシアは無言で、鞄から噴霧器を取り出した。

 小型の消火器みたいな外見のこれは、ポーションを霧状にして噴射できるアイテムである。香水用霧吹きみたいな、もっと小さなものもあるのだが、今は大きめの噴霧器を持ってきている。そして、この噴霧器に入っているのはポーションではない。


「失礼しまーす」


 それを躊躇無くグレッグにぶっかけた。


「うわっ、なんだこの甘酸っぱいニオイ……」

「柑橘酒です」


 アルテミシア達も、山に入る前にこれを体に振りかけている。

 ちなみに本当は果汁の方がいいらしいのだが、生の柑橘類やジュース(一応売ってた)は酒よりも高かった。


「ええ!? なんでそんなものを?」

「必要だからよ、知らないの?」

「これがあれば、イーグルワイバーンは襲ってこないんです」

「え? ……え?」


 グレッグは、何を言っているのか分からない、という顔で、倒れている仲間とアルテミシア達を見比べていた。

 そう、もしレベッカの情報が本当なら、彼の仲間は……たったこれっぽっちの対策をしていなかったために死んでしまったのだ。もし本人が対策を知っているか、パーティーの中で誰かが知っていて、そして教えてくれたら死なずに済んだ。


 『無知は罪』という言い回しもあるけれど、アルテミシアはその言葉が好きではない。

 何を知ることができるか、何を学べるかなんて、運命の巡り合わせでしかない。自分だってイーグルワイバーンの対策を知っているのは、レベッカに教えてもらったからに過ぎないのだ。

 ただ、時にはこうして、わずかな知識の差が命運を分ける。

 無知は罪ではないが、『無知は事故』というのがアルテミシアの認識だった。


「呆れた。イーグルワイバーンのこと、全然知らないのね。ギルドから聞いてないの?」

「そんな話、聞いてないです……」

「えぇ? だってギルドから注意喚起――」


 言いかけて、レベッカは何かに気付いたようだった。


「そう言えば、私も対策法聞いてないわ。私がベテランだって知ってるから、基本の話は省いたんだと思ってたけど」

「ねぇ、お姉ちゃん。もしかして、グレッグさんだけじゃなく、みんな知らないんじゃない? ひょっとしたら、ギルドの人も」

「……あり得るわ。管内であまり見かけない魔物は、ギルドの支部が詳しくないって事もあるもの」

「戻ったら聞いてみよ。そんな理由でこれ以上犠牲が出たら……」


 アルテミシアはこの状況で、むしろ己の不明を恥じた。

 ここは高度に情報化された21世紀の日本ではないのだ。物理的な距離は、そのまま情報の伝わりにくさでもある。

 冒険者ギルドは冒険者の元締めで、多くの情報を集積して提供する機関でもあり、つまりレベッカが知っていることならギルドだって知っているだろうと思ったのだが、そうとも限らないようだ。


 推測が正しければ、ゲインズバーグシティのギルドはイーグルワイバーンへの対策だけでなく、無対策の場合の危険さも知らない。

 今も注意喚起だけ・・やって、この山へ冒険者を送り出しているかも知れないのだ。


 ふと、視界が暗くなる。


「ん?」


 曇ったのかと思いきや、その影はもっと濃いものだった。


 見上げた空に、太陽を遮る、黒々とした影が浮かぶ。ばさりと、羽ばたきの音が遠く聞こえた。


「あれが、イーグルワイバーン……」


 当然ながらアルテミシアも初めて見る。巨大な猛禽類の、翼とクチバシをプテラノドンに換えたような、アンバランスな外見の生き物だ。合成獣キメラ説が立つのも分かる。

 高空を悠々と飛んでいるそいつは、確かにこちらへ視線を寄越していた。

 四人が居る場所の上を、輪を描くように飛んでいた。

 発見された以上、意味が無いとは分かっているが、なんとなくアルテミシアは息を殺す。


 しかし、幾度か上空を旋回した後、イーグルワイバーンは諦めたように飛び去った。


「本当に、効いた……」


 ほっとしたようにグレッグが呟いたその時、飛び去りかけたと思ったイーグルワイバーンが、上空で鋭く鳴いた。


 そして、明後日の方角へ急降下していった。


「うわあああああああ!」


 野太い悲鳴が、そう離れていない場所から聞こえた。

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