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2-5 あるひ、もりのなか、くまさんのしたいがひとつ

「あっはっはっはっは!」


 顛末を聞いたレベッカは、腹を抱えて笑っていた。


「笑わないで、く~~~ださいよぉ」

「アルテミシア、話し方感染うつってる感染うつってる」


 宿まで逃げ帰ったアルテミシアの所に、ふたりが戻ってきたのは二時間後くらいだった。


「もうやだ、あそこ行きたくない。弱いのにレベルだけ高いとか最悪。しかも衆人環視だったから、みんなにバレちゃうし」

「まぁねー。レベル13とか、機械の故障じゃないなら、私もびっくりよ。でも冒険者なんてみんな自分勝手で自由なものだし、レベルが高いからって変な仕事押しつけられたりはしないわよ。第一、指名依頼とか、まず名前が売れてなきゃ来ないもの」

「だといいけどぉ……」

「でもフリーだと分かったら絶対スカウトが飛んでくるレベルね」

「わー!? やっぱそういうのあるんだ! 嫌ああああああ!」


 アルテミシアは頭から毛布を被って、ベッドの上で団子になる。

 そこをレベッカに毛布ごと抱きしめられた。


「うるさければ資格だけ取って放置しとけばいいのよ。自由度だけは高いのが、冒険者の魅力なんだから。……聞いてみたら、領兵団員でさえ資格の保持者は少なくないそうよ?」

「そうなの? いいのかな、公務員なのに……」

「そういうのダメな国もあるわよね。でもこの国では法律で禁止されてないみたい。非番の日に小遣い稼ぎ兼修行と称して、ギルドからの依頼で魔物狩りしてる兵も居るんだって。ギルド関係の施設を使いやすくなるから資格だけ取って、仕事はしてない人も居るみたい」


 だったら仮に、勧誘に屈して冒険者になったりしても大丈夫……かもしれないと思いたいのだが、やっぱりなんか怖い。

 『実質的に何も変わらないから大丈夫』というのは詐欺の常套句だ。古今東西の権力者も、国民を虐げる制度を作るときにだいたいそういう事を言ってきた。

 

 とりあえず、しばらくはギルドに近づかないようにしようとアルテミシアは誓った。


「……それで、アリアンナの試験は大丈夫だったの?」


 毛布とレベッカを振りほどき、まだ見慣れない冒険者スタイルのアリアンナに、アルテミシアは聞く。


「うん! すぐ終わったよ!」

「だって試験って、武器の扱いしか見ないもの。的の真ん中に五連続で当てて、『この子、あと百回やっても同じ事できるわよ』って言ったら終わったわ」

「それだけ?」


 ちなみにアリアンナの腕前は、事前に確認済みだ。

 当たる可能性が1%でもある状態なら確実に当ててくると、言っていいだろう。

 それを見せつけられれば、そりゃあもちろん驚くだろうが……だからと言って、五本の矢だけで資格を取らせていいのだろうか。


「冒険者として最下級の仕事は、本当にそれだけで十分だもの。後は実力に合わせてランクアップしていくだけだし」


 レベッカが言うには、冒険者の試験なんて武器が使えるかどうかくらいしか見ないらしい。

 剣や槍が得意なら、現役の冒険者を試験官として、手加減した相手にどの程度戦えるかを見るそうだが、それだって型がマトモなら受かるとか。

 魔術師なんて、攻撃か回復の魔法がひとつ使えれば合格らしい。


「私が資格を取った向こうアルテグラドじゃ多少の知識テストもあったんだけど、こっちは代わりに座学の講義をやるみたいね」

「よく出会う要注意魔物とか、ダンジョン探索の心得とか教わったー」

「あー、それだけ聞きたかったかも」


 試験が早く終わったという割りに、帰ってくるのが遅かったのはそういうわけだったようだ。

 アルテミシアとしては、冒険者になる気はゼロだし二度と魔物となんて戦いたくないが、魔物への注意事項くらいは身を守るために知っておきたい。


「ギルドで一般向けに講座やってるってよ? 冒険者じゃなくても参加できるんだって」

「……じゃなくて、またあそこへ行く気になれないの」

「じゃあレベッカさんに聞けばいいと思う」

「うふふふ……アルテミシアのためなら、いくらでも個人授業しちゃうわよ」


 個人授業。嗚呼、なんと怪しく背徳的な響きであらうか。椿の花が、ぼとりと落ちそう。


「あと、私も勧誘受けたんで資格取っといたわ」

「え……無資格だったんですか?」


 驚いた様子のアリアンナだったが、レベッカは首を振る。


「じゃなくて、私、冒険者としての本籍はアルテグラド……二つ隣の大陸だったから、そもそもこっちとは組織が違うのよ。組織同士の交流があるから、一応、向こうの資格で仕事もできるんだけど……重複してこっちで資格を取ることもできるの。だからこの街の支部に籍を置いて、こっちの資格を取ったわけ」


 街から街への旅ガラスという冒険者も多いが、特定の街を拠点にする冒険者も多い。そうなれば冒険者は、拠点の街の支部に冒険者としての籍を置く。

 そして冒険者ギルドの支部は、自分の支部に籍を置いた冒険者が活躍するほどギルド内での評価が高まるそうで、あの手この手で冒険者をスカウトし、さらに繋ぎ止めるための優待も行っているとの事だ。


 この場合、ギルドの支部がレベッカに声を掛けるのは当たり前だろう。

 しかし、これまで冒険者の資格の取り直しすらしていなかったレベッカが、この街に収まった理由はと言えば……


 ――無いよね、わたし以外に。


「ん、どしたの?」


 視線に気付いたレベッカが、アルテミシアの方に向き直る。

 ほどいた緑の髪がふわりと宙に舞い、アルテミシアは、彼女の背後に咲き乱れるモウセンゴケを幻視した。


「……愛されてるんだなあ、って。わたし」

「何よ急にぃ。かわいいじゃないの、このぉ!」

「あだだだ、抱きしめるなら鎧脱いでからにして」


 レベッカの愛情表現は基本的に物理属性である。

 偽乳アーマーの膨らみに押しつけられ、アルテミシアは変顔にされた。


 * * *


 そして翌日、アルテミシアはレベッカによって、アリアンナの初仕事に連れ出された。

 古人曰く、可愛い子には旅をさせよ。

 レベッカは、いくらアルテミシアを可愛いと思っていても、こういう所で手加減はしないらしい。


 確かに、ポーション作りを仕事にするなら、フィールドでの薬草摘みに慣れておいた方が良いという彼女の言い分はもっともである。

 行き先も、アルテミシアが拠点に選んだゲインズバーグシティから近い山の中だから、今後来る機会もあるかも知れない。

 危険な魔物も出るには出るが、対策しておけば避けていけるレベルだと言うし、山に深入りはせず無害な鳥系の魔物相手に、アリアンナの弓の練習をして、ついでに戦利品で小遣いを稼ごうというだけの話だ。

 気楽に付いてくればいいという彼女の言葉に、アルテミシアも遂には承諾した。


 が……結果はあのバーサーカーベアとの遭遇である。

 一般人や低レベルの冒険者がうろつく地域で発見されれば、まず注意報が飛ぶレベルの危険な魔物。レベッカ曰く『ものすごく運が悪ければこういう事もある』。


 バーサーカーベアから救い出したグレッグという名の冒険者は、見るからに新米と言った雰囲気だ。安っぽい雰囲気の擦り切れた革鎧を着て、中古くさいショートソードを携えた彼は、冒険者としての貫禄が全く見受けられない。

 黒髪短髪であることも手伝って、日本中に生息している普通の男子高校生の、ファンタジー適応型亜種といった趣だ。


 アルテミシアでも一目で分かったのだ。歴戦の冒険者であるレベッカが、グレッグの実力を見抜けないはずない。

 彼らのパーティーがバーサーカーベアを目当てにここへ来たと聞いて、レベッカは頭を抱えていた。


「信じられない……貴方たち、自殺志願者? 水恐怖症で入水できず、高所恐怖症で飛び降りできず、むすんだ縄恐怖症で首つりできず、薬ビン恐怖症で服毒できず、仕方ないから熊に殺されに来た自殺志願者倶楽部なの!?」


 正座状態のグレッグは、英雄様からのありがたいお説教でみるみるしおれていく。


「お姉ちゃん、言いすぎ……そこは一言で『バカ』って言ってあげた方がまだ救いがあるよ」

「アルテミシア、それフォローじゃなくて追い討ち!」

「か、勝てるはずだったんですよ。ユーゴさんが罠を用意してて……後はトドメ刺すだけって! 俺みたいな素人でも大丈夫だって!」

「罠ぁ? どうやったのよ?」

「落とし穴を掘って餌を置いておけば、捕獲できるって……」

「ふーん。聞いたこと無いけど、そういうやり方もあるのかしら」

「……でも失敗したんですよね?」

「うっ……だって穴を掘り終わる前に、こいつが……」


 グレッグはバーサーカーベアの死体を見て溜息をつく。

 先程の恐怖を思い出しているだけではなく、この戦果が自分のものだったらどんなによかったかと思っているのだろう。


 熊系の魔物は毛皮が高く売れる。しかも一撃で首を刎ねたから、他の部分は無傷だ。

 肉だって、いい値段で売れる。ワイルドな味がお好みなら記念に食べてみてはいかが、との事。

 だがメインの戦利品は、なんと言っても肝。超貴重なポーションの材料になるらしく、とんでもない値段で売れる。ギルドオフィスの買い取り表にも、ドラゴンの逆鱗やダイヤモンドタートルの甲羅と並んで載っている逸品だそうだ。

 ……以上、レベッカによる解説である。思わぬ大収穫だ。


 レベッカは東京の路線図みたいに複雑な模様が描かれた鞄を取り出し、地面に転がったままの死体を、足の方から鞄に飲み込ませていく。アルテミシアのポーション鞄と同じくらいの大きさしかない鞄なのに、みるみるうちにバーサーカーベアの巨躯が飲み込まれていった。


「わあ、それって空間圧縮がついた鞄ですよね」

「そう。ギルドからの貸与品よ」

「貸してくれるんですか!? いいなぁ……」


 グレッグは目を丸くしていた。こんなアイテム、駆け出しの冒険者には高嶺の花だ。


 エース級の冒険者に対しては、しばしば貴重なアイテムの貸し出しが行われるらしい。

 単純に、優秀な冒険者への優待策である以上に、もっと大きな戦果を上げて、多くの戦利品を持ち帰ってくれという応援の意味もあるわけだ。


「素材の剥ぎ取りと解体は冒険者の必修技能だから教えておきたいけど、ちょっとこれは教材には高級すぎね。傷つけて価値が下がったら勿体ないし、ギルドの解体サービスに持ち込んだ方が良いわ」

「はい……さすがにあれを練習台にする度胸はありません……」


 生首を拾ってきたアリアンナが、ちょっと引きつった表情で言った。

 狂乱の形相そのままに絶命している頭部は、じっと見ていると夢に出そうだ。


「これなら、売り上げを等分しても、装備のお代をレベッカさんに返せそうです」

「山ほどおつりが来るわよ。適当なショートボウに、マジックアイテムでもない普通の軽装鎧だもの。魔術師の杖みたいに馬鹿高い装備じゃないんだから、余裕余裕。いっそ装備のランク上げても良いかも知れないわね」


 喜ぶアリアンナを、グレッグはお預けを食らった犬のような顔で見ていた。


「あの、グレッグさん」

「なんだ? ……すか?」


 中途半端に言い直された。


「タメ口でいいですって。……グレッグさん達のパーティーは、バーサーカーベアを捕まえるために来たんですよね?」

「そうだ」

「……ゲインズバーグシティから?」

「あ、ああ。さっきも言ったろ」

「分かりました、ありがとうございます」


 何を聞かれたのか分からず首をかしげているグレッグから距離を取り、アルテミシアはレベッカにささやきかける。


「……お姉ちゃん、変じゃない?」

「変ね」


 レベッカも同意した。

 何かがおかしいのだ。何かが。

★『ポーションドランカー マテリアル集』にマテリアルを追加。

(「次の話」リンクの下に、マテリアル集へのリンクがあります)


・[2-5]≪能力算定≫ ニュービー 1321年.芳草の月.15日

(グレッグ)

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