2-4 ガラス技術は発展しました
街の中心部にほど近い場所に、ゲインズバーグシティの冒険者ギルドの事務所がある。
領内の冒険者の活動を全て統括しているだけあって、なかなか立派で大きな建物だった。
ギリシャ風だか地中海風だかよく分からない、オーガでも通れそうな玄関をレベッカがくぐると、ロビー全体がどよめき、たむろしていた人々の視線が集中する。
「うわー。街の中もすごかったけど、輪を掛けての反応」
「そりゃここは、冒険者のたまり場なんだもの」
緑の髪に、背負った大斧。……あと、修復済みの偽乳アーマー。
今し方入って来たのが何者なのか、知らない者は居ないだろう。たとえ、『悪魔災害』の後でこちらへ来た冒険者でも、噂くらいは聞いているはず。
そんな、一種異様な雰囲気の中。ブレザー系の制服みたいな格好をした、事務職員の女性が恭しくお辞儀をして出迎える。
「……レベッカ様に相違ございませんか?」
「少なくとも私の名前はレベッカよ」
「我らギルド職員一同、心より貴女のお越しをお待ちしておりました。さ、こちらへ」
そして職員はエスコートする体勢になる。完全にVIP待遇だった。
「見る目無いわね……お待ちするべきは、私なんかじゃないでしょうに」
小さな声で呟いてレベッカが意地悪な視線を寄越すので、アルテミシアは慌てて首を振った。
なんでもレベッカは、この街の支部長からお呼びが掛かっていたらしい。
特に指名依頼とかがあるわけではなく、余所者の冒険者が大戦果を上げてしまったので、媚の一つも売って、あわよくばこの街のギルドに冒険者としての籍を移してもらいたいのだろう、というのがレベッカの見立てだった。
「ってわけで、アリアの用事の前に、とっとと済ませて来るわ。そこら辺見学しながら待ってなさいな。先に説明受けててもいいわよ」
ひらひらと手を振って上階へと消えていくレベッカ。
後には、どうにも浮いた雰囲気の女子ふたりが残された。
いや、浮いているとは言い切れないかも知れない。
アルテミシアのファンタジックなジャケットや編み上げブーツは、そこはかとなく冒険者ファッションっぽい雰囲気を醸し出している。……らしい。
そして、もうひとりのアリアンナの方も、装備に着られているような様子ではあるものの、冒険者スタイルだ。
矢を射る際に、弦から胸を守る目的もある、鉄の胸当て。
ぴっかぴかの矢筒と、それに収まった矢束。矢筒を取り付けることができる腰当て。
指にまったく掛からず動きを妨げない、どちらかと言うと盾に近い籠手。
そして背中には、射程も威力もいまひとつだが、女性の力でも扱いやすい短弓。
アリアンナは今日、ここに、冒険者になるために来たのだ。
小麦色の双眸に、半ばヤケクソっぽくもある決意の光が揺れていた。
* * *
アリアンナはその才能が発覚した後、一旦村へ帰ってマリアと話し合った。
その結果として彼女が出した結論は『どうせなら、冒険者として人を助ける仕事がしたい』だったらしい。実際、それも冒険者という仕事のあり方の一つだ。
彼女の才能は、まぁ世界中探せば同じ力の持ち主がどこかに居るかも分からないが、基本的にはほぼ唯一無二と言っていい力だろう。
唯一無二の力があるなら、唯一無二の人助けができる……それは、悲しいくらいに優しく、彼女らしい考えだった。
レベッカの言葉を聞いて、領兵よりマシだと思ったのもあるかも知れないが……
戻って来た彼女は開口一番レベッカに、『私を立派な冒険者にしてください!』と言った。
レベッカはそれを受け容れて、『出世払い』の一言でこうしてアリアンナの装備を調え、今日という日があるのだった。
* * *
冒険者ギルドの事務所は、なんとなく、お役所か銀行のロビーを思わせる場所だった。
広い待合室があって、カウンターが並んでいて、その奥で事務職員が動き回っているという構図のせいだろう。
地球の日本にあった銀行との違いを挙げるなら、ロビーにたむろしているのはスーツを着たビジネスマンではなく、鎧兜やローブを着込んで、武器を背負った冒険者達だと言う事だ。
噂話に花が咲き、猥雑な活気が溢れていて、昼間っからこんな場所で酒をラッパ飲みしている男まで居る。酒場で飲めばいいのに。
やはり人間が一番多いが、街の中ではあまり見かけなかった、人間以外の種族もちらほら確認できる。背が低くてひげもじゃの筋肉ダルマは多分ドワーフ。立派な毛並みを持つ犬頭の人は、ライカンスロープ……だと魔物だったはずだから、コボルドだろう。隅っこの椅子には、瞑想してるのか寝てるのか分からない、緑髪痩身とんがり耳の、エルフのお姉さんが座っていた。
壁には依頼書……らしきものがずらりと張り出されていていて、その上に赤い文字で何かが書き足されているものもある。多分、『受諾中』とか『終了済み』とか書き込んであるのだろう。
時の人であるレベッカと一緒に来たと言うことで、周囲からの視線が、ふたりに刺さる刺さる。
なんとなく周囲から目を逸らすように、壁の張り紙を見ていると、アナログなカメラのシャッターを切るような音が背後から聞こえた。
「はい、ど~~~もぉ。チェック致しましたぁ」
ビン底眼鏡に、黒髪をW三つ編みにした、いろんな意味でコテコテの外見をした若い女性の事務員が、銀色のプレッツェルにパラボラアンテナを取り付けたような、何か妙な機械を構えて立っていた。
「え……?」
「な、なんですか?」
「えーっとね、そっちの弓のお嬢~~~さん。冒険者になりに来たんですよねぇ? あー、驚かなくっていいです。この仕事に慣れると、分かるんですよ。なんとなく雰囲気で」
彼女はそう言って、にへらあ、と不気味に笑った。愛想笑いをしているつもりらしいが、それは営業スマイルと言うよりも、緑の泡を立てて煮立っている鍋でも掻き回してるスマイルだった。
「あ、申~~~し遅れました。ワタクシ、レダと申しますぅ。こちらのギルドで仕事しております。有能です。ぴっちぴちの20歳。彼氏もしくは彼女、募集中」
「あ、はぁ。どうも、アルテミシアです……」
「アリアンナです……」
――変な人だ。
一瞬の目配せ。アルテミシアとアリアンナは、目と目で通じ合った。
みんなアルテミシア達を遠巻きに観察しているだけでなかなか近寄ってこないのに、自称優秀なるレダさんは平然と、静電気が通じそうな距離に立っている。これは度胸があるのか、それとも単に空気や雰囲気を読めないのか。
「あの、その機械……何ですか?」
アリアンナに機械を指差されたレダは、フクロウのように首から先だけぐぐっとかしげた。
「おや、ご存じない。まあそうですよねぇ。でへへへ。
……この魔導機械、レベルチェッカーって言いましてね。戦いの経験の量を『レベル』って数字にできるアイテムなんですよ。イコール強さじゃないんですが、依頼を割り振る目安になるんで、冒険者はみんなレベルを登録してます。
は~~~るか昔にはぁ、≪能力算定≫って魔法があって、レベル以外の能力も調べられたらしいんですけどねぇ」
「そ、そうですか……」
「ふむ、やっぱりレベル1。汚れを知らぬ乙女ってわけで……おや? おやおや~~~ぁ?」
レダは、ぐぎぎと人間の限界まで首をかしげる。
ダブル三つ編みが重力の向きを視覚化していた。
「え~~~っと、あの。そっちのあなた。冒険者さんですか?」
「わたし? ち、違いますよ。ただの薬師です」
「それは、おっかし~~~ですねぇ。レベルが13もあるんですけど、何ですかコレ」
首の角度を元に戻したレダは、ビン底眼鏡をクイッと持ち上げて、キラリと光らせた。
話に耳をそばだてていた、周囲の冒険者達がどよめく。
「レベル13……? って……」
「すごいの?」
13、13、13と言えば、トランプでは一番大きい数字。金曜日だったら不吉。どうでもいいけど素数。
「例えばホラ、あそこにいかにもイケイケの雰囲気のお兄~~~さん居るでしょ。あの人、レベル10」
レダに指差されたのは、青と白銀の鎧を身に着け、ソードブレイカーみたいなデザインの大剣を背負った爽やかな筋肉お兄さんだった。RPGの主人公と言うより、序盤の頼れる助っ人系兄貴キャラな印象の人間だ。
児島と戦う前の冒険者面接では見かけなかった顔だが、遠出中だったのかも知れない。
「悪かったな、レダっち! どーせ俺ぁレベル10ですよー!」
「悪くないですよー。冒険者歴二年でそんなもんなら、まぁ~~~まぁ仕事熱心な方ですってぇ。レベルって、だんだん上がりにくくなりますしねぇ」
そしてレダは、レベルチェッカーなる機械を裏返して、アルテミシアに突きつける。
二桁の数字を表示できるパタパタ表示が銀色プレッツェルに取り付けられていた。表示されている数字は、確かに13。
「……で、レベル13って何ですかコレ。そこそこ実力ある中堅さんのレベルですよ? ちゃんと適切なパーティー組めれば、そろそろレッサードラゴンの一匹くらい殺してておかしくない頃ですしぃ、死線のふたつやみっつ、くぐってるんじゃ~~~ないですかぁ」
確かにドラゴンよりヤバそうな相手を殺したし、死線もくぐってはいるのだが。
「やだなぁ、こ、壊れてるんじゃないですか? あはははは。あ、もしかしてなんか別なものカウントしてるとか!」
「いえいえ~~~。これ、ワタクシがメンテしておりましてぇ、さらっぴんの新品同然状態ですよぉ。
レベル以外のものなんて、年齢もスリーサイズも何ひとつ分~~~かりませんしぃ」
ふと気がつけば、辺りは静まりかえっている。
みんな、レダとアルテミシアの話を聞き逃すまいと耳を傾けているのだ。
――うわああああ、こんなとこで地雷踏むとは思わなかったああああああ!
アルテミシアは頭を抱えてのたうち回りたかった。
転生してきたときにレベルがいくつだったかは分からないが、レベッカが言うとおりならこの体にろくな戦闘経験は無いはず。元からレベル13だったわけではないだろう、たぶん。
だとすると、レベルが上がる心当たりは……死ぬほどある。魔物を薙ぎ倒したし、麻痺させてとどめを刺したりしたし、透明化しての暗殺も決めた。下水道でのインプは捕まえただけだし、オーガは鎖を切っただけだが、あれも経験値入ったりしてるのだろうか。
だが、何が一番まずかったかと考えれば、絶対に児島だ。
チート山盛りのあんちくしょうと正面からやり合って、しかもトドメまで刺した。
どんな基準で経験値が算定されてるか分からないけれど、仕事熱心な冒険者の二年分を優に超える経験値とか、アレ以外にあり得ない。
どこかのラスボスみたいに経験値ゼロならよかったのだが。あるいは、レベルに応じて能力値が上がるゲーム的な世界だったら、良い感じに強くなれたはずなのだが。
ガチで弱いのに、客観的な基準では歴戦の勇者に見えてしまう……
これはマズイ。
なかなかにマズイ。
「子どもの頃から戦い詰めの人ならぁ、若くしてレベル20台とかいう人も居るんですけどねぇ。お嬢~~~さんの歳でレベル13ってのも奇跡的ですよぉ。どうしてこんなレベルになったのか、よろしければワタクシに――」
「て……」
「て?」
「天狗の仕業でぇぇぇぇぇす!!」
アルテミシアは開けっ放しの玄関から、全速力で逃走していた。
以前にも書いてますが、レベルはあくまで『それまでの経験の総量』
一線を退いて衰えてもレベルは下がらないですし
レベルが上がれば能力も上がるってわけじゃないので
レベルの高さ=強さではありません。
が、まぁ現役の連中相手なら、だいたい強さの目安くらいにはなります。
と言うかレベルくらいしか客観的に計れないので、目安に使われてます。
★『ポーションドランカー マテリアル集』にマテリアルを追加。
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・[2-4]≪能力算定≫ (パーティー名未定) 1321年.芳草の月.14日
(アルテミシア・レベッカ・アリアンナ)