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2-2 市が立つにはガチョウが足りない

 それは、山の中でバーサーカーベアに追い回されたグレッグが、死を覚悟するより数日前のこと。


 ゲインズバーグシティの広場で、噴水の縁に腰掛けて、アルテミシアとアリアンナは川魚の塩焼きを囓り、レベッカはふたりを(主にアルテミシアを)観察していた。


「へぇー、アリア、メイドさんになるの?」


 アルテミシアがそう言うと、アリアンナは頷いた。

 お城で働くことにしたと、彼女は言ったのだ。今日はこれから面接があるらしい。


「お母さんと私だけじゃ、今までみたいに働くのも難しいし……今なら私でもお城勤めができそうだもん」


 ――強い人だな……


 アルテミシアは素直にそう思う。

 アリアンナは父の葬儀を済ませたばかりで、悲しみも癒えてはいないだろうに、自分が生きていく道を着実に考えている。


 ゲインズバーグ城は、児島によって使用人が虐殺されてしまった。

 そのため、穴を埋めるための人員を絶賛募集中なのだ。


「お城でメイドさんかぁ。礼儀作法も仕込んでもらえるわよね」

「……メイドとして働き始めるには、ちょっと遅いかなって気もするけれど、今なら大丈夫かなって」

「でも、急がないと枠が埋まっちゃうわ。なにしろ、みんなお城へ勤め替えしたがってるもの。街中で嘆きが聞こえるわよ。使用人が出て行きたがってるって」


 レベッカが言う通りで、なにも全て未経験の新人で穴を埋めるわけではない。と言うかそれではまともに機能するわけがない。経験豊富なベテランが来てくれるなら頼もしいだろう。

 そして、お城勤めとなれば、憧れの職場。今勤めている場所を出てお城で働きたいという使用人はいくらでも居るのだ。


 ところがアリアンナは、アルテミシアが思っていたよりもしたたかだった。


「そこは大丈夫です、レベッカさん。村長さんが話を付けてくれるって」

「あら」

「へーっ、コネ就職?」

「領兵団も立て直さなくちゃいけないから、採用を増やすだけじゃなく、指導ができる人を集め始めてるんだって。村長さんは、『悪魔災害』の戦いの功績もあって、その役目に選ばれたの」

「サイードさんが領兵団のコーチになるのか。なるほど、それなら行けそう」

「みんな動き始めてんのね。私も、いつまでも遊んでられないか」


 あの事件以来、実にぐうたらに過ごしていたレベッカが伸びをしながら言う。


 本気なら、正直助かったとアルテミシアは思った。

 なにしろレベッカと来たら、日がな一日、レグリスが用意してくれたスイートルームでゴロゴロしているか、アルテミシアに付いて回っているかのどっちかだった。

 レベッカが仕事を始めるなら、少なくとも、一日中頭をモフり倒される生活からは逃れることができる。


「レベッカさんの仕事……って、冒険者のお仕事ですよね」

「うん。久々に、普通の冒険者として仕事をするわ。何しろ、この街じゃ冒険者が大虐殺されたからね。ギルドは人手不足でてんてこ舞いだって。報酬も、良い感じに高騰してるのよ。他所から冒険者が乗り込んでくる前に、美味しい依頼はかっさらっておかなくちゃ」


 捕らぬ狸の皮算用だが、彼女に目を付けられた以上、もはや狸は死んでいる。


「……ところで、アルテミシアはこれからどうするの?」

「わたし?」


 アリアンナがアルテミシアに水を向ける。

 アルテミシアは、まさにその事をここ数日、街をぶらつきながら考えていた。

 『悪魔災害』の間は生き残るのに必死で、ゆっくり考える余裕も無かった。人々の暮らしや、立ち直っていく街の様子を見て、自分はどうしていくべきか考えたのだ。


「んー、領主様とコネがあるのは何かと便利だし……この街に住み着こうとは思ってるの。店……やっぱりお店かなぁ。自分のお店を持って仕事をしたいけれど、それにはどうすればいいんだろ。お姉ちゃん、そういうの知ってる?」

「国や地方によって、そういうのは全然違うからね。店と土地を買うお金があればいいってわけでもないわ」

「そもそも、そのお金も無いんだよね? ふたりが『ある時払いでいい』って言っちゃったから」


 ある時払い。

 つまり、『悪魔災害』遺族へ見舞金を払い終わり、復興による出費も一段落し、財政的な苦境を脱してからでいいと、ふたりはレグリスに言ったのだった。


「だって、すぐに他所へ行く予定があるなら先に貰わないと困るけど、アルテミシアはこの街に住むって言ってたし、だったら私も付いて行くんだもの。今貰わなくても構わないわ」

「それに、困ってるところから搾り取るよりも、余裕ができた頃にまとめて貰った方が、遠慮無く大金を請求できるし、心証も良いはずなので」

「……アルテミシア、結構黒い?」

「オ互イ幸セナラ、ソレガ一番ジャナイデスカ。アッハッハ」


 他人を不幸にしない範囲でなら、自分が割と打算的になれることをここ数日で知ったアルテミシアだった。


「お金の心配もあるけど、まずは制度を調べなくちゃ」

「お役所で聞いてみたら分かるかな……でも今、大忙しだろうから、話聞けるかなー」

「こんな時こそ、領主様のコネが役に立つんじゃない?」

「ううう、いきなり使いたくはなかったけど……あっ。サイードさんとか、その辺のこと知らないかな」

「知ってそう!」


 街のこともそうでないことも、いろいろと知っているサイードなら分かるかも知れない。

 そう思ってアルテミシアは言ったのだが、アリアンナがすごい勢いで食いついてきた。


「ねぇ、ちょうどいいから一緒に来てよ。お城へ面接へ行く前に、練兵場へ村長さんを迎えに行かなくちゃならないんだけど……私ひとりで行くの、なんだか怖くて……」


 どうやらそっちが本音だったようだ。

 三人(正確にはレベッカ以外)は食べかけの魚を一気呵成に撃滅し、レベッカの姿を見て集まり始めた野次馬を蹴散らし、練兵場へ向かって行った。


 * * *


 練兵場は城壁の外、街のすぐ東にあった。

 イメージをアルテミシアの知識でざっくり描写するなら、『体育館と運動場がすごく広い学校』というところか。広々とした運動場では、ちょうど甲冑を身に着けた男どもが剣を打ち合っている所で、あっちこっちから、剣道部の練習みたいな奇声がひっきりなしに上がっている。

 確かにこれは、女の子ひとりでは近づきにくい場所に違いない。


「訓練中みたいだけど、サイードさんはどこかで監督してるのかな」

「見当たらないわね。あっちの建物の方で聞いてみましょ」


 汗と筋肉の宴を迂回して、管理棟っぽい建物の方へ向かう三人。


「おや、そこ行くお嬢さん。もしや弓兵隊の入隊試験を受けに来たんですか?」


 そんな三人を呼び止める者があった。


 いかにもお手製っぽい看板を持った、若い領兵の男だ。着ている鎧は、運動場で筋肉フェスティバルしてる連中のものとは違い軽装で、左胸を覆う胸当てが特徴的。おそらく弓兵だ。

 手にした看板には……文字は何と書いてあるのか、字が読めないアルテミシアには分からなかったが、弓と的と矢印の絵が描いてあった。

 その矢印が指し示す先。建物の間を抜けた向こう側は、弓射場になっているらしい。


 領兵隊も、児島に殺された分の穴を埋めるため、早くも動き出している。

 どうやら今日は弓兵隊の入隊試験をやっているらしく、こいつは会場係員をやらされているようだ。

 雑用に使われる下っ端の悲哀か。もしくは訓練をサボれて喜んでいるのだろうか。

 もし休日出勤でやらされているとしたら同情を禁じ得ない。


「え、えぇっ!? あ、あの、私……」

「よく見なさい、この弓を引くには明らかに邪魔になりそうな、うらやまけしからん胸部! この子が弓術の試験なんて受けに来たように見える!?」

「レベッカさん!? ななな何を言ってるんですか!?」


 レベッカのあんまりな説明に、アリアンナはその巨大な胸部を押さえて真っ赤になった。


「で、ではそちらの邪魔にならなそうなお姉さんは……」

「あんた死にたいらしいわね。首を絞められて人として死ぬのと、玉を砕かれて男として死ぬの、どっちがいい?」

「ぎゃあ!? ごめんなさい!」


 そんな馬鹿話をしているところへ、ちょっと鎧が立派な弓兵のオッサンが、泡を食った様子ですっ飛んでくる。


「お、おい待てお前、そちらの方は……」


 オッサンが、看板持ちの若い弓兵に何事か耳打ちすると、若い弓兵は青い顔になってペコペコしながらすっ込んでいった。


 どうもこのオッサン、レベッカを知っているらしい。領兵団の者も、先日の宴会に呼ばれていたので、その中にこの人も居たのだろう。


「う、うちの者が大変失礼致しました、レベッカ様。よく言って聞かせますので」

「お説教一時間コースで許してあげるわ。ところで、最近、領兵団で剣術師範になったサイードっておじいちゃんは居るかしら?」

「ええと……おそらく会議中ですね。新任の師範の方々が集められているようですので。もうしばらくお待ちください」

「……だってさ」

「ここで待っててもいいですか?」

「どうぞどうぞ」


 建物の影になっているこの場所は、古い木箱やカラッポの樽が適当に転がしてある。

 なんか妙に綺麗な所を見ると、領兵達もこれをベンチ代わりに使っているのだろう。


 三人とも腰を下ろして居座る体勢になったが、そこで弓兵のオッサンは何かを思いついた様子だった。


「よろしければ、その間に弓射でもいかがですか? 弓が使えるのでしたら、是非とも腕前をお見せいただきたい。そうでなければ手ほどきができますよ。ちょうど今は暇な時間ですので」


 レベッカはこのゲインズバーグシティで、今や時の人だ。

 アルテミシアが街を歩けば、そこにレベッカが付いて周り、そのレベッカには周囲の視線が付いて回るので、嫌と言うほど分かっている。

 領兵である彼にとっては、アルテミシアはこのゲインズバーグを救った英雄でもあるのだから、その実力のほどを見てみたいと思うのも、無理なからぬ事だった。


「弓ね……師匠に習ったけど、しばらく使ってないわ。タダでいいなら、やらせてもらおうかしら」

「どうぞどうぞ。なんなら、そちらのおふたりも」


 ――弓道部の新歓体験会みたい……


 弓を撃って行かないかと誘われる機会なんて、普通に生きていればなかなか無いような気がした。


「やってみる?」

「やってみよっか」


 アルテミシアもアリアンナも、軽い気持ちで承諾した。

 理由は単に、物珍しさだ。


 結果的に、その安請け合いが、ひとりの少女の人生を大きく変えることになった。

今回の更新で投稿開始から一ヶ月です。

これからも頑張っていきますのでよろしくお願いします。

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