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2-1 チートな奴らがやってきた

 グレッグは冒険者である。

 ……まぁ実績は皆無だが、資格は持っているのだから、冒険者と名乗っていいはずだ。少なくとも本人はそう思っていた。


 彼は冒険者として一山当てる事を夢見て、16の誕生日を機に、退屈な田舎でしかない故郷を後にした。

 とは言え、あまり遠くへ行くような覚悟も無く、生まれ育ったゲインズバーグ領の領都・ゲインズバーグシティに『上京』しただけだった。


 街へやってきた彼は、それまでに仕事で貯めた、なけなしの金で装備を買おうとしたものの、中古のショートソードを1本買ったら鎧が買えなくなってしまった。

 どうしようかと悩んでいたときに、何やら領主様の息子が悪魔に憑かれたとかで、街がとんでもない事になった。

 ここは歌語りに聞いた勇者のように、悪魔を倒して名を上げよう……と思わないでもなかったが、剣1本でどうにかできるわけもなく、安宿の隅っこで息を潜めていた。


 そうしているうち、捕まっていた領主様が助け出されたとかいう話を聞いた。

 そして、領主様が城を見張らせるため冒険者を集めていると聞いて、一も二も無くそれに応じた。

 まだ冒険者の資格さえ持っていなかったが、買ったばかりの剣を見せ、自分を冒険者であると偽って売り込み、城を見張る仕事をした。領主様に恩を売れば、きっと良いことがあるに違いないと思ったし、何より金が欲しかったから。


 結局、『悪魔災害』においてグレッグが果たした役割は、数時間、城を見ていただけだった。

 だがグレッグは見張りの礼金でオンボロの鎧を買うことができたし、これを仕事の実績として盾に取り、冒険者の資格を取ることもできたのもラッキーだった。

 冒険者の資格を取るには、既に仕事をしている実績を示すか、実力試験で合格すればいいのだが、まともに剣を習ったことがないグレッグは、その実力試験というやつを突破する自信が無かったのだ。

 剣など振っているうちに使い方が分かるだろうし、何なら簡単な仕事で金を貯めてから勉強し直す手もある。とにかく冒険者になってさえしまえばなんとかなるという考えだった。


 冒険者が減ってしまっているとかで、依頼の報酬、魔物から剥ぎ取った素材の買い取り額、共に割り増しになっている。これはチャンスだった。ひとつ仕事に成功すれば、まともな装備に買い換えて、冒険者の仕事を軌道に乗せられるかも知れない。

 少しでも強い冒険者とパーティーを組んで良い仕事にありつこうと、実績が全て開示されてしまう(つまり仕事をした実績が無い新米だとバレてしまう)ギルドでの仲間募集は使わず、街にある冒険者の酒場で仲間を探した。

 そしてグレッグは今、頼もしい仲間達と共に……


 山の中でバーサーカーベアから、命からがら逃げ回っていた。


 * * *


「ハァッ……ハァッ……ク、クソ……!」


 太い木に背中を付けて、グレッグは必死で息をした。

 春は命が芽吹く季節。緑豊かな山の中は見通しが利かず、全速力で逃げようにも生い茂る草や藪に足を取られてしまう。


 バーサーカーベアは巨体を誇る、凶暴な熊型の魔物だ。でかいなら動きも鈍いだろうと思っていたのに、藪をかき分け、枝葉をはね飛ばし、暴走する馬のように突っ込んで来る。逃げてもすぐに追いかけてくる。

 一度は追いつかれそうになり、奴の爪が脇腹をかすった。ちゃちな革鎧は、暖めたバターのように切り裂かれ、傷口から血が滲んでいる。

 動けなくなるほどの傷ではないが、心臓が打ち鳴らされる度に重く痛む。早く逃げて止血しなければ危ない、気がする。


 三人居た仲間は散り散りだ。戦士のジャック、野伏レンジャーのユーゴ、魔術師のキャロル。会ったばかりだけれど、みんな気の良い奴だ。この四人で本格的にパーティーを組んでも良いかと思っていた。

 せめて生きていてくれ、と思わずに居られなかった。


 ガサリ、と背後で音がして、グレッグはそちらを見る前に走り出した。


「クソ、クソ、クソ、ちきしょぉおーっ! なんでこんな事にぃっ! 簡単に倒せるはずじゃなかったのかよ!」


 泣きわめいても、誰も答えてはくれなかった。

 緩やかな下り坂を転げ落ちるようにグレッグは駆け下りていく。が、下りの道でスピードが増して、足が付いていかなくなった。

 つま先を地面に引っかけて、グレッグは派手にすっ転んだ。


「う、うわ……うわわわわわ、うわぁ……」


 どうにか体をひっくり返したときには、バーサーカーベアの巨体が間近に迫っていた。


 漆黒の毛に覆われた顔の中で、小さな目がぎらついている。

 鋭い牙を剥きだして、ナイフのような爪を立て、悠々と距離を詰めてくる。

 ショートソードを突きつけてはみたものの、怖がる様子はこれっぽっちも無い。


 ――俺、死ぬのか……?

   俺が冒険者になりたいって言ったときに止めた、親父やお袋の言う事聞いてたら、こうはならなかったのか?

   だって俺は冒険者として、成功して、成功……


 バーサーカーベアが鼻をひくつかせながら顔を近づけてくる。獣臭い吐息がかかった。

 もうグレッグを脅威とはみなしておらず、どう食えば美味いか考えているかのようだった。


「ひいっ!」


 奥歯がガチガチ鳴っていた。


 そこで何やら場違いな声が、背後の方から聞こえてきた。若い女性の声が、ふたつ。


「よく狙って。ううん、よく狙わなくてもいいんだっけ。早く撃たないと、あの人食われるわよ」

「で、でも……あんなの、どこに当てればいいんですか?」

「目ならダメージも通るし視界を封じられるわ! あの時みたいに、さ、早く!」

「わっ、分かりました!」


 それから、ばいーん、と間抜けな音がして、飛んできた矢がバーサーカーベアの右目に突き刺さった。


「ゴオオオオオオオオオ!」


 ベアが悲鳴を上げる。半狂乱で腕を振り回すそいつに向かって、『ばいーん』がもうひとつ。

 ゆるやかに飛んだ小さな矢は、激しく動き回るベアの頭部を的確に捉え、その左目を打ち抜いた。


 ――すげぇ……! 俺、止まってる的でも当たる気しねぇぞ!?


 完全に視界を奪われたベアは、苦痛の悲鳴を上げながら、めちゃくちゃに腕を振り回す。

 命中した大木が悲鳴を上げてへし折れ、倒れて地響きを立てた。


「そこの人、下がってください!」


 また、他所から別の声が聞こえた。

 言われるまでもなく、グレッグはしゃがみ込んだままで後ずさった。


 グレッグを庇うように、小さな影が進み出る。

 ふわりとした緑の髪が印象的な少女だった。家で飼っていた猫を思い出すフワフワ頭は、見ているだけでモフりたくなる。


 ――この子、どこかで……?

   ああ、そうだ。なんかお城の宴会に居た子だ。

   緑の髪は目立つし……なんでこんなとこに子どもが、って気になったんだっけ。

   すごい美味そうに料理を食いまくってたな……


 荒れ狂うベアの前に、小さな少女。

 彼女は鎧を着けているわけでも、それどころかベアに通用しそうな武器を持っているわけでもなかった。


 ――何をする気だ? 俺ですらかなわないのに!


 その疑問はすぐに解けることになる。

 少女は何かをベアに向かって放り投げた。

 鶏の卵みたいなボールが割れて、そこから煙が立ちのぼる。

 二つ、三つと命中するたび、ベアの動きが目に見えて鈍っていった。


 ――麻痺毒パラライズポーションを、薬玉で投げているのか!?

   あんな惜しげも無く……!


 グレッグは驚愕した。

 ポーションは高い。一番安くて一般的なポーション……治癒ヒーリングポーションですら、駆け出しの冒険者には買いにくい値段だ。買おうと思えば十分買えるが、宿代のことを考えると躊躇ってしまう。

 まして、戦闘の補助にポーションを使うなんて。

 おのれブルジョワジー。立ち上がれ労働者。なんかそういう思想がどこかにあると聞いた覚えがある。


「お姉ちゃん、これでいける!?」

「十分よ、任せて!」


 少女の言葉に応じて、何者かが駆け抜けていった。

 ジャンパースカートのような鎧を身に着け、大斧を手にした女戦士。

 ティアラのような兜を被り、その隙間から鮮やかな緑色の髪を垂らしている。


 ――そんな、ああ、女神様ありがとう!

   あの人はゲインズバーグを救った英雄じゃないか!


 命が助かったらしいとようやく気づき、グレッグは心の中で女神に感謝する。

 どうやら自分は、次の輪廻にはまだ早いと女神に突っ返されたようだ。


 瞬きするほどの間だった。

 大斧が、銀光一閃、振り抜かれる。


 バーサーカーベアの頭部が、蹴鞠のように宙を舞った。

 断末魔の悲鳴すら許されず絶命したベアは、ドウ、と巨体を横たえる。


 グレッグの荒い呼吸だけが流れる中で、薬玉を投げた少女がおおげさに溜息をついた。


「はぁ……いきなりこんな大物と出会うなんて、とんだ初仕事じゃん……」

「初仕事ぉ!?」


 思わずグレッグは素っ頓狂な声を上げた。

 さすがこのゲインズバーグを救った英雄のパーティー、鮮やかな戦いぶりだと感心した。この少女とて、見た目はこんなでも、さぞや経験を積んでいるのだろうと思ったら……よりによって自分と同じ、初仕事とは。


「あ、いえ、仕事って言うのは言葉のアヤって言うか……わたし、冒険者じゃないですし! ただのサポート! 薬持って付いて来ただけ!」


 薬玉の少女が、変なところを慌てて訂正する。

 あわあわと手を振る様は、ベアを前に一歩も退かなかった姿と裏腹に、年相応の可愛らしさがあった。


 そんな彼女は、あっ、と何かに気がついた顔になる。


「脇腹……怪我してますね」

「え? あ、はい」


 命が助かると分かった途端、急に痛みが増してきたような気がした。

 そんなに深い傷ではないと思ってたのに、触ってみると、手がべちょりと濡れた。

 真っ赤な手のひらを見て、ちょっと気が遠くなる。


「あの、治癒ヒーリングポーションあります。飲んでください!」

「いいのか!? ありがとう! ベアを倒してくれただけでも、助かったのに……」


 提げている大きな鞄から、少女は翡翠色の小瓶を取り出す。

 それを、感極まっているグレッグに手渡しながら、彼女は夜空のような深藍色の目を細め、太陽のような笑顔を浮かべた。


「適正価格でお譲りします。持ち合わせが無ければ、ツケておきましょう」


 世の中、そこまで甘くはなかった。

先に言っておきますが、彼は新レギュラーではありません(笑)

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