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1-37 舞台は壊れるためにある

「居た! アルテミシア!」


 レベッカが叫ぶような調子で、瓦礫を乗り越えて部屋に入ってくる。

 続くは領兵十六名。

 領兵魔術師のローブを見て取った児島は、即座に≪対抗魔法結界アンチマジックフィールド≫のバリアを張った。


「無事? どこも怪我してない?」


 ぺたぺたと体を触るレベッカの手が、触ったらダメな領域に届くまえに、アルテミシアは彼女を引き剥がした。


「だ、大丈夫です。それよりも、あれを……」


 アルテミシアが指し示す先で、児島が壮絶な怒りの表情を浮かべていた。

 そして、剣を抜く。さすがにカルロスから奪ったものではなく、もっとマシそうな逸品だった。


「どこまでも頭が悪いっ……! 損得勘定すらできない派遣クズが! そんなに死にたいならいいだろう、殺す、俺が殺す!」

「それでいいのかなー? 本当は手下を全部失った時に、逃げたかったんじゃないの? でも、わたしのことを勘違いしてたから、抱き込めないかと考え、リスクを取ってこの場に残った。今からでも、逃げるなら追わないよ」

「黙れっ! 俺をコケにしやがって! 死んでも殺す! ぶっ殺す!」


 吠え猛る児島。

 確かにコイツは臆病だが、それ以上に抑えが効かない。

 怒りが限度を超えてしまい、冷静に保身を計ることができなくなっているのだ。


「許さないぞ! お前ら全員、俺がぶち殺……」


 児島の口上を待ってやる義理は無かった。

 アルテミシアは、鞄に入れていた『薬玉』を一度に三つ掴み出し、鋭い横打ちの投げでばらまいた。バラバラに飛んでいったそれは、広間の中の三カ所に着弾し、砕けて白煙を巻き上げた。


 アルテミシアを含め、味方は突入前に抵抗強化レジストポーションを飲んでいる。この毒は効かない。


 ――後は児島に効くか、だけど……


「なんだこりゃ、また催涙ガスか!? こんなもんが効くかよ! 抵抗強化レジストポーションを――」


 やっぱり飲んでいたらしいが、勝ち誇っていた児島の笑みが凍り付く。


「しびれっ……!? なんだこれ、どうして……!」

「工房の在庫帳を調べたら、置いてあった抵抗強化レジストポーションはレベル1と2だったから。使うならそれだろうと思って、レベル3の麻痺毒パラライズ抵抗強化レジストを作ってきただけ」


 児島は、自分でアイテムを作れるわけじゃない。奪ってきたものを使っているだけだ。

 ご丁寧に窓まで塞いだ閉鎖空間で戦ってくれたのも幸いした。


 ――解毒するにも、抵抗力を上げるにも、魔法が必要になる。となればバリアは解かれて……


 その隙に弱体化デバフ魔法を叩き込めば勝てると思ったのだが、児島が鞄から何か妙な物を取り出した。


 ――薬玉、じゃない! あれは……爆弾!?


 黒々としたそいつは、爆弾らしさを極めきった、ザ・爆弾としか言いようのない外見のブツだった。


「魔力爆弾! 安全弁を抜くと衝撃で爆発するわ!」

「防御の強化バフを!」

「ひゃっはあ!」


 モヒカンぶりが堂に入っている掛け声と共に、児島は立て続けに爆弾をぶん投げた。


 轟音が城を揺るがし、爆風が吹き抜ける。

 顔を腕で庇いながらも、アルテミシアは周囲の状況を探った。


 ――左右と天井に穴! 風が抜ける!

   そして、天井の崩落……!


 石組みの天井が爆弾で破壊され、落ちてくる。

 自分の頭と同じくらいのサイズの落石を、アルテミシアは慌てず片腕で受け流した。何よりまず、鞄を庇わなければならないのだ。

 重い衝撃が伝わり、骨が軋んで痛む。しかし、耐久強化ストーンスキンポーションと強化バフ魔法の力で、致命打は避けられた。


 ――ちょっと食らったか。楽するつもりだったのに、結局命張ってるし……

   でも、この場合ダメージ受けてちょうどよかったか。


 児島の動きを目で追いながら、アルテミシアはこれ見よがしに治癒ヒーリングポーションを飲んで回復する。翡翠色のポーションの輝きを、児島は憎々しげに睨み付けていた。


「あの鞄、空間圧縮とかしてるんでしょうか」


 見た目は小さくても中に大量に物を入れられる。そういうアイテムもあるのだとレベッカに聞いていたのだが、レベッカは首を振る。


「違うわ。突っ込んだ手の形がそのまま見えたし、あれ、ブラックドラゴンの革よ。とにかく頑丈。爆発物入れるわけだから堅いのを持ってきたのね」

「分かりました……レベッカさん、前衛お願いします!」

「言われなくても!」


 大斧を振るい、児島に跳びかかるレベッカ。児島もそれを剣で迎え撃った。

 その間にアルテミシアは、領兵団の被害を確認する。


 ――まずい、手が一本減った。


 魔術師がひとり、崩落してきた石の下敷きになっていた。ポーションで守りを固めているからそう簡単には死なないだろうが、歩兵のひとりが救助に当たっている。


 残りは児島に向かう。

 魔術師は弱体化デバフを待機しつつ、味方に強化バフを飛ばして牽制。

 兵士はレベッカの邪魔をしないよう、児島を取り囲んで、隙あらば打ちかかる。

 例えチートスキルで身体能力が強化されていても、これだけの人数を捌く技量は児島に無い。


 兵士のひとりが背後から斬りかかり、児島の背中に一撃を入れる。しかし、服が切り裂かれて、背中にひっかき跡のような傷が付いただけだった。


 ――浅い……やっぱり、普通にダメージを与えるには限界があるか。

   目的は数の暴力で取り押さえることだけど……

 

「っつ……てめぇ!」


 斬撃は、ろくにダメージを与えた様子はなく、児島を激怒させただけだ。


 児島は剣を振りかぶる。何故か、横薙ぎの方向に。

 その柄に嵌め込まれた宝石がギラリと光を放った。

 

「何か来ます、防御を!」

 

 その言葉と同時か、あるいは児島が早いか。

 

「全員死ねえええええ!!」

 

 轟、と風が唸りを上げた。

 児島はその場で一回転するように剣を薙ぎ払っただけだ。

 だが、まるで剣が巨大化したかのように巨大な剣閃が奔り、間合いの外に居た兵士まで殴り飛ばされた。

 

 ――あの剣、マジックアイテムだ……!

 

 アルテミシアは素早く状況を確認する。

 大雑把に薙ぎ払うだけの攻撃。鎧は抜けてない。手足を切られた者が計3名。死人は無し。包囲は解かれた。

 なぜ最初から剣を使わなかった? おそらく使用回数制限。

 この攻撃に踏みとどまったのはレベッカだけだ。

 ひとまずアルテミシアは、手近な場所に倒れた領兵のもとへ駆けつけた。

 

「このガキ……」

「食らえ!」

 

 さらに児島はレベッカに何か小さなものを投げつける。

 

「つっ!?」


 何かが宙で割れると同時、見えざる刃がレベッカに襲いかかった。

 先程の爆発に巻き上げられた粉塵が、レベッカに絡み付くカマイタチを可視化する。

 頬が裂け、真紅の髪が一房切り飛ばされた。

 

「こけおどしね!」


 だがレベッカは構わず前に出た。

 大斧を振りかぶる。懐に飛び込もうとする児島に対し、攻撃をキャンセルし前蹴りで応じる。

 

 児島が吹き飛ばされ、間合いが離れた!

 

「今!」


 アルテミシアが叫ぶと同時、児島の動きがおかしくなった。

 

「な、なんだ!? なんだこりゃあ!」

 

 漂うワカメのように身体を揺する児島。

 透明化した領兵が背後から組み付き、拘束しているのだ。アルテミシアは倒れた領兵に治療を施すと見せかけ、その姿を消していた。ポーションによる強化があれば、一時的に児島を拘束する程度はできる。

 

 それだけではない。パキン、と乾いた音がして、同時に煙が立ちのぼる。

 

「あああっ!? ゲホ、ゲホッ! てめ、ぉうぇっ……」

 

 むせかえる児島。至近距離から領兵が催涙煙幕ティアガスを使用した。

 当然ながら、その強度は味方が耐えられて児島には効果があるものに調整されている。

 悶絶しながらも辛うじて領兵を振り払うが、この隙を見逃すレベッカではない。

 

「はあああああっ!!」


 渾身の力で振り下ろされた大斧が、ガラ空きの頭にクリーンヒットした。

 メゴッ……と嫌な音を立て、児島の足が床に沈む。クレーター状のひび割れが出来ていた。

 

「ぐ、おっ……!」


 恐ろしいことに、この攻撃を受けても尚、児島は立っていた。

 だがさすがに幾ばくかのダメージを負った様子で、頭部から吹き出た血が顔面を流れ伝う。


「今だ、かかれっ!!」

 

 領兵のうち誰かが叫び、再び攻勢に転じた。

 床から足を引き抜いた児島はむせかえりながらも、矢継ぎ早に繰り出される攻撃を避けて後退、そして。

 

「なめ……んなよ!」

 

 その身体を、光が取り巻いた。

 

「回復! てことは……」


 毒に耐えかねて回復魔法を使ったのだ。すなわち、≪対抗魔法結界アンチマジックフィールド≫に向けられていた魔力が回復に割かれることを意味する。いや、それどころか完全にバリアが解けている。同時に複数の魔法を使うことはできていない。

 

弱体デバフを!」


 領兵魔術師たちが即座に杖を向け、前衛も殺到する。

 

 しかし。

 

「効きが悪い!」

「跳ね返……される!」

「え!?」


 切迫した声。

 

 児島が服の中から、金属片めいたものを取り出し、忌々しげに投げ捨てた。

 元は金ピカだったと思しき装飾品だ。黒ずんで白煙を立てている。

 

 ――あれは……魔法への抵抗力を上げる護符!?

 

 使い捨ての対魔法防壁となる護符。高価ではあるが、比較的一般的なアイテムだ。まだ持っているに違いない。

 

 ――略奪品の中にあっただろうし、やっぱり目を付けたのね。だとしたら、あれを削りきるよりも、むしろ……

 

「ちっ……小癪な!」

 

 レベッカが大斧を素早く背中に収め、腰の剣を抜いて児島に斬りかかった。

 応戦する児島。だが3合も切り結ばぬうちにレベッカは圧倒し始め、

 

「はっ!」


 鋭く抉るような斬撃で、児島の着ていた服を切り裂いた。

 

「あ、てめぇクソアマ!」


 服の下に仕込んでいた護符がざらざらと流れ出し、床に散らばった。

 レベッカは掬い上げるように児島へ斬り付けつつ、抜かりなく落ちた護符をひとつ拾い上げている。


 後衛からはさらに弱体デバフが飛ぶ。

 児島のズボンのポケットの中で何かがはじけ飛び白煙を上げた。ここにも護符が仕込んであったらしい。

 

 だがここで児島が回復を終えた。


 児島は逃げつつ、言葉ならざる言葉をブツブツと呟いた。詠唱だ。

 

 ――防御を捨てた! 護符が残ってるうちに勝負を決める気!?

 

「……≪渦雷ヴォーテクス・ボルト≫!」


 詠唱が結ばれたその瞬間、目も眩むような雷が辺りを満たした。

 児島を中心に奔る電光が辺りの全てを薙ぎ払い、それを突っ切ってレベッカは突撃した。

 

「はあ!?」


 児島が驚愕の声を上げた。これで片が付くと思っていたようだ。

 レベッカだけではない、他の領兵たちも一斉に突撃する。

 アルテミシアは鞄を抱え込んで守りつつそれに続いた。

 ポーチにしまっておいた護符が熱を帯び、白煙を上げている。

 高価ではあるが、比較的一般的なアイテムだ。冒険者の手持ちを買い取って、ある程度の数は揃えられた。

 

「クソッ!」

 

 再び児島の周囲には魔法を拒絶する結界が張り巡らされる。

 だが、その次に児島が取った行動には、今度はアルテミシアが驚く番だった。

 

 取り出した爆弾を、足下に投げ落としたのだ。


「な……」

「逃げてっ!」


 アルテミシアが叫ぶ暇もあらばこそ。

 児島を中心に爆発が発生した。


 素早く距離を取ったレベッカは煽りを食う程度で済んだが、兵士達が木っ端のように吹き飛び、床の上を転がる。鎧のガチャ付く音がそこかしこから聞こえた。

 至近で爆発を食らった児島も当然吹っ飛ばされ、壁に叩き付けられたが……服のぼろぼろ具合と裏腹に、表皮を軽く火傷した程度のようだ。

 鞄の方は煤けてすらいない。中にどれだけ爆弾が入っているか知らないが、誘爆されたらこっちまで死にかねないので、この場合ありがたいが。


 ――なんて強引な……! 体の頑丈さを武器に、魔法無しで多数を相手にするための爆弾!

 

「魔術師さん、弱体化デバフ係を残して、兵士さんの回復を!」

「どんだけ丈夫なのよ、あいつ……」


 呆れたようにレベッカが毒づく。


 ――周りに味方が居ない。今だ!


 アルテミシアは鞄の中に入れていた、ポーションではない物を引っ張り出す。

 何の変哲も無さそうな短い杖。それはカルロスが児島を閉じ込めるために使った、石を操作する杖と同じもの。街にあったものをレグリスに探してもらった。

 ちなみに、石を崩すか繋げるかは、スイッチ切り替えとかじゃなく、杖を振る側の意識で切り替わるらしい。さすが魔法、なんというファジーさ。


 アルテミシアが杖を振ると、先端から光が迸る。

 児島の頭上で天井に光が当たり、石が崩れた。


「こんな目くらましが……ん!?」


 降って来た石を軽く払いのける児島。

 しかし、その石が繋がって、児島の周りを取り巻いていく。

 児島を囲う石のかまくらが組み上がっていった。ちょうど、カルロスが作ったのと同じようなものだ。


 内側から作るわけではないので、完璧には組めないが、まぁ密閉した空間を作るくらいはどうにかなる。

 それができあがる寸前に、アルテミシアは、催涙煙幕ティアガスポーション入りの瓶を、児島の足下に転がした。


 ――これが効けば呪文も唱えられない。脱出不能な密閉空間で催涙ガスが充満すれば……


「うおおおおおおおおおおおっ!」


 完成しかけた石のかまくらが、内側から弾けて吹き飛んだ。

 完全に固められる前に、児島がまた爆弾を使ったのだ。おそらくは数個同時に。


「きゃあ!」


 かまくらそのものが薄めだった事もあって、飛んでくる石の塊はあまり大きくないが、瓦礫の嵐に圧されるようにアルテミシアは転倒する。

 その時、鞄の口から数本、翡翠色の薬液を入れた瓶が飛び出し、辺りに散らばった。

 偶然、児島の近くに転がった一本を、レアからミディアムに移りつつある児島が拾い上げる。


「間抜けが! 貰うぜ!」


 指で栓を弾き、一息で薬を飲み干す児島。

 焼けていた肌が、みるみるうちに白く戻っていった。



 ガシャン、と瓶の割れる音がした。


 児島の取り落としたポーションの瓶が、床に当たって割れる音だ。

 ポーションを飲み干した姿勢のまま、児島は硬直していた。


「……え?」


 つっかえたような、巧く喋れないような、そんな声を児島が上げた。


「ひっかかったね」


 アルテミシアは、静かにそう言った。

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