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1-36 コルムの森のアルテミシア

 小さな体を消し炭に変えてしまいそうな怒りが、タクトアルテミシアの胸に燃えていた。


「あの人は……俺のために戦って、俺のために死んだ! お前が滅茶苦茶にしたこのゲインズバーグを、俺が救うかも知れないと信じて! ただそれだけだ!

 あの決意を侮辱する事は、許さない!」

「嘘をつけ! 誰がお前なんかのために命を懸けるんだ!」

「……ああ、そうだ。そう思ってたよ、俺だって。

 でもさ、俺は弱かったから……生きていくために、全力で、この世界に向き合わなきゃならなかった」


 自分には、自分の面倒を見るだけですら手に余ると思っていた。

 自分のためだけに生きて行ければいいと思っていた。


「助けられたし、助けた。魔物と命懸けのやりとりをしたり、自分に何ができるかを考えたり……

 ほんの四日か五日の出来事だったけれど、一生分の経験を積んだかのような気さえする」


 流されるままにもがいて生きるのではなく、流れに抗う事ができる自分を知った。

 二度と人助けなどするものかと言いながら、結局のところ、正義感も優しさも捨てられない自分を知った。


「そんな俺を、俺自身より先に認めてくれた人たちが居た。だから俺は……戦う力すら無いのに、こうしてお前の前に立っているんだ」


 児島ログスは、理解できないという様子だった。

 タクトアルテミシアのことなど、領兵団やレベッカが城へ乗り込むため、エサにされたのだとしか思っていなかったのだろう。


 怒りの波が過ぎ去ると、もはや哀れみすら湧いてくる。

 うっかり、チートスキルを持って転生してしまったのが、児島の悲劇だったのかも知れない。

 力によって他者を虐げることが、できてしまった・・・・・・・のだ。

 

 もし同等のチートスキルを持って転生していたとしたら、タクトアルテミシアはどうしていただろうか?

 それを考えずにはいられない。


「なぁ、まだ分からないのか? ここは、前の人生の無念をまるっきりそのまんまやり直せる場所じゃないんだ。

 だって、人が生きて死んでいく世界なんだから、思い通りにならない事なんて山ほどあるに決まってるんだ。

 ……いくら貰い物チートスキルがあっても、まずは自分が変わらなきゃ、同じ失敗を繰り返すだけなんだよ。落ち着いて考えてみろ、お前は本当にこんな事がしたかったのか?」


 もしかしたら、そんな未来がタクトアルテミシアにもあり得たのかも知れない。

 自らの可能性を知らぬまま、ただ暴れ狂う災禍と化す未来が……


 ――そう。こっちの世界に来て、誰とも出会っていなかったら、何も変わらなかった。

   違う環境で、違う立場で、世界と向き合ってみなければ、何も変わらなかった。


「もういい、お前の話は分からん! これが最後だ、通野! 俺に協力する気はあるか!?」


 児島ログスが焦れたように、地団駄を踏みながら叫んだ。

 まだ、カルロスのことを信じていないらしい。


「知らないの? ミチノタクトは死んだよ」


 いたずらっぽく、言い返す。

 通野拓人は死に、その魂を受け継いだ少女だけが存在する。

 

「だから、()()()がここに居るの」


 通野拓人はここに眠る。

 忘却ではなく、死でもなく、新たな人生を輝かせる糧として。

 今の自分を作り上げた、自分ではない自分として。


 まるで大人が子ども時代を回想するように、彼女・・は、通野拓人という存在を振り返る。

 人は、折々に古い自分を脱ぎ捨てて心の奥にしまい込み、成長する。それがたまたま、『転生』という形だっただけのことだ。


「わたしの名前はアルテミシア!

 “コルムの森の”アルテミシア!

 運命の荒波をちょっとだけかき分けて進む……

 無力で小さな非戦闘員。正義を信じる、か弱い薬師だ!」


 アルテミシアが高らかに名乗りを上げたと同時。

 背後の壁が、外側から部屋の中へと崩れ落ちた。

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