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1-35 クソ上司にも五分の理

 真夜中のゲインズバーグ城前。

 黒々とした水が流れる堀の向こう、閉ざされた跳ね橋と、かがり火のように煌々と灯る魔力灯があった。

 風すらも静まりかえった凪の夜の中、タクトアルテミシアひとりだけが城門に向かって進んでいく。

 

 相手は、強大な魔人と化したクソ上司。

 領兵団を丸ごとぶっ潰すような怪物だ。

 恐ろしくないわけがない。だが、タクトアルテミシアの足は止まらなかった。

 戦うべきだと思ったから。

 

 ――……誰かのために戦うって、こういうことか!

   なるほど、こりゃ死ぬわ!

   

 生と死の境を容易く踏み越えてしまいそうな自分に、タクトアルテミシアは驚いていた。

 何かの弾みで、うっかり命懸けになってしまいそうだ。

 

 だがタクトアルテミシアには、出会って四日と言えど帰りを待つ人が居る。

 もし死んでしまったらレベッカも悲しむだろうし、何よりタクトアルテミシア自身が死にたくない。

 この戦いは自分自身の未来を守るためでもあるのだ。ここで死んでは何にもならない。

 

 ――死んで目的を遂げるなんて下策。目的すら果たせず死ぬなら下策未満だ。

   ちゃんと生きて帰ることを考えなきゃ。そして、そのための備えもしてきた。

   命を捧げた人がどれだけ尊くても、生きてる奴がそれを理想として、後に続いちゃいけないんだ……!

 

 黒々とそびえ立つ領城を見上げ、タクトアルテミシアは心を整えた。


 ――時間だ。魔法を解いてやるよ、支配者気取りの成り上がりシンデレラめ!


「来たぞ、開けろ!」


 城門の前で、タクトアルテミシアは声を張り上げた。

 『格好いい』より『可愛い』に近い声だったなと自分でも思うけれど、それはもう仕方ない。


 反応は無い、かと思われたが、城門から、鉄の歯車が噛み合うような音が聞こえ始めた。

 鎖によって巻き上げられていた城門の跳ね橋が、ゆっくりと降りてくる。

 街全体が息を潜めて、その音を聞いているかのようだった。


 そして、いよいよ跳ね橋が落ちきろうかという所だった。


「「≪風鳴鎌エアスラッシュ≫!」」


 ひゅるるるる、と風を巻き上げる音が、タクトアルテミシアの背後からふたつ、高速で接近してきた。

 そいつはタクトアルテミシアを追い抜いて跳ね橋を吊す鎖にぶつかった。


 跳ね橋を吊る二本の鎖が、澄んだ音を立てて断ち切られる。

 支えを失った跳ね橋は重力に身を任せ、ズン……と重い音を立てて、堀の上に身を横たえた。


「乗り込め!」


 タクトアルテミシアの合図で近場の建物から、レベッカと、魔術師三人を含む計十六人の領兵が姿を現した。あらかじめ潜んでいたのだ。

 合図と同時にタクトアルテミシアは、ポーチに入れていた膂力強化ストレングス耐久強化ストーンスキンの混合ポーションを飲み干す。 

 駆け寄ってきたレベッカが、ポーションと荷物・・を詰めた鞄をタクトアルテミシアの肩に掛けた。


「≪魔法障壁プロテクトスクリーン≫!」


 魔術師の魔法によって、密集した一団は、魔法の防護膜に包まれた。

 これは児島ログスが使っていた、魔力がある限り防御できる≪対抗魔法結界アンチマジックフィールド≫ のように強度はないが、一定の範囲を魔法攻撃から守れる、パーティーを組んで戦う魔術師向けの防御魔法だった。

 接敵するまでは、とにかく向こうの先制遠隔攻撃が怖い。最低限の防御を張って、突っ走るのが上策だった。



 そして、その突進はすぐに止まった。


「うっ……!?」


 誰が最初かも分からないが、とにかくその場に居た者達はうめき声を上げた。


 魔力灯の薄ぼんやりした明かりに照らされている、正視にたえないモノ・・が、城の前庭にあった。


 吸血鬼ドラキュラのモデルになったワラキア公国の王、串刺し候ヴラドは、攻め寄せるトルコ軍の戦意をくじくため、二万人のトルコ兵の死体を串刺しにしてトルコ軍の進軍ルートに飾り付けたとされる。

 その逸話を児島ログスが知っているかは分からないが、それと同じようなものが、そこにあった。


「……カルロスさん……」


 吐き気をこらえながらタクトアルテミシアは呟いた。

 それはタクトアルテミシアに未来を託した結果。精一杯の意地を見せて、絶対的強者に抗った者のなれの果て。


「止まったらダメ。悲しむくらいなら今は怒りなさい。もっといいのは冷静になる事よ。戦い、勝って、生き残らなければ、悲しむことすら許されないの」


 レベッカに背中を押されて、タクトアルテミシアは己を奮い立たせた。

 ここで立ち止まってはいけない。でなければ、タクトアルテミシアを生かしたカルロスの決意すら無駄になるのだ。


 そして、タクトアルテミシアが再び走り出そうとしたときだった。


『はは、ははははははは!』


 狂ったような哄笑が、空から降って来た。


「出たわね、クソガキ!」

『分かってた、分かってたさ! どうせお前のことだ、そうやって俺を騙すに決まってると思ってた! だがいいだろう、相手をしてやる! 全員まとめて、俺の部屋まで来やがれ!』


 頭にキンキン響く声は、言うだけ言って消えた。


 ――相手してやる、だって? 全員まとめて?


 違和感バリバリの台詞だ。

 強者の余裕、なわけがない。手勢を全て引き剥がされた児島ログスは、不安でしょうがないはず。しかもこちらには魔術師が三人も居るのだ。


「何か罠があるかも知れません」

「魔方陣が隠されてたみたいに? ありうるわね。みんな、気をつけて」

「「「はっ!」」」


 背後の領兵たちから力強い応答がある。

 うち歩兵四名・魔術師二名は、共に領城を脱出した者たっちだ。既にタクトアルテミシアを信頼しており、目の前で殺された仲間たちの仇討ちに燃えている。

 残りの者もレグリスに忠誠を誓っている。そのレグリスからの命令とあらば、レベッカのような外様や、タクトアルテミシアのような最早なんだか分からない存在にも従うのだ。


 ――この人たちも、無事で帰せるようにしないと。


 彼らを使い潰す度胸は無いし、何より、そんな勝ち方は嫌だった。


 * * *


 不気味に静まりかえった城の中を、一行は亀の歩みで進んでいた。明かりだけは灯っているのが尚更不気味だ。


 魔術師たちが、ただ魔力を固めて撃つだけの超初歩的な魔法攻撃で辺りの反応を探り、安全を確認してから進む。その繰り返しだった。

 分かりやすく言うなら、コウモリやイルカのエコーロケーションを、魔力によって行っているのだ。

 

 ――あいつが罠を張ってるとしたら、転移の魔方陣で俺を飛ばしたみたいに、魔法の罠だ。

   大規模な罠を普通に仕掛けるには、時間も技術も足りないはず。街や宝物庫から奪った魔法のアイテムを使うにしても、魔力反応があるらしいし、こうして進んでいけば……


 罠を警戒して魔力の反応を探りながら進んでいるわけなのだが、それらしいものは全く見当たらない。

 そして、城に入ってからそれなりに時間が経っているのに、児島ログスが動く様子も無かった。


「あいつ、本気でずっと部屋で待ってる気かしら?」

「どうでしょう……ただ自分の所に来させるのが目的ってわけはないと思います。何か隠された狙いがあるはずで……あ、障壁は大丈夫ですか?」

「張り続けています。問題ありません」


 もし罠を仕掛けたわけじゃないのなら、どこか、地形の都合でこちらが不利になる場所を選び、攻撃を仕掛けてくるとタクトアルテミシアは睨んでいた。


 広々とした大回廊まで辿り着いた一行は、前後を注意しつつ進む。

 児島ログスが居ると思われる寝室までは、あと僅かだ。

 突然の襲撃があるかも知れないと、タクトアルテミシアは気合いを入れていた。


 そんなタクトアルテミシアの足下が、突然消失した。


「え」


 踏み出した足が空を掻いて、周囲の景色が、周りに居た人々が上へ流れていく。

 タクトアルテミシアの声に気付いて、前を行くレベッカが振り返ったが、その時にはもう遅かった。


「えええええええええ―――――!?」


 突然、足下に穴が開いたのだ。


 ――これは……! 遠隔で魔法を使って崩した!?

   

 落ちていく先は2階の廊下。

 そこには、もはや隠すことなく光を放つ転移の魔方陣が組まれていた。

 

 ――まずい! まさかこんな手で分断を……!


 着地する、と思った瞬間、タクトアルテミシアの視界は光に包まれた。


 急に視界が開けた。

 そこはおそらく、城の一階にある広間だ。


 豪華絢爛な装飾が施された広間は、魔力灯のシャンデリアによって照らされている。窓や扉は、一切が石によって塗り固められ、この部屋は通常の手段で出入り不能な石の箱と化していた。

 

 ――これ……カルロスが使ってた石を操作する杖で工事をしたのか!?

 

 石棺。

 あるいは、出口の無いデスマッチのフィールド。

 

 そのど真ん中に、児島ログスが立っていた。


「よう。どうせひとりで来るはずねぇと思ってたから、出迎えの準備をしといてやったぜ」

「……児島」


 子どもの体にはふさわしくない、歪みきった笑みだった。


 タクトアルテミシアは素早く、児島ログスの武装を確認する。

 服はそのまま。腰には剣。そして、鞄。


 ――鞄の中身は、工房から奪ったポーションか……?

   いや、何か魔法のアイテムを隠しているのかも知れない。


 お互いに出たとこ勝負。向こうにも策があるなら、策のぶつけ合いになる。

 そのためには、まずレベッカ達と合流しなければならない。


 ――またも分断。だが、それは一度食らった手だ。こっちにも備えはある……!


 もはや口上は無用、早くも戦闘態勢を取ったタクトアルテミシアだが……

 意外なことに、児島ログスがそれを制した。


「待て。お前は相変わらず考えが浅くていけない。俺は、お前と取引をするために呼んだんだ」

「取引ぃ?」

「だってよ、放送で、生きたまま連れて来いって言ったろ」


 それはそうなのだが、自分の手で酷たらしく殺したいから生きたまま連れて来るよう命令したのだとしか思っていなかった。

 だいたい、自分から児島ログスに与えられる利益があるなんてタクトアルテミシアは思っていない。取引とは、あくまで利益を求めてすることだ。ポーション作りができるからと言って、その程度で取引の対象と見なされるとは思わなかった。


「時間が無ぇ、お前のお友達が来ちまう。……単刀直入に言うぜ、俺と手を組まないか?」

「は? ……そしたら世界の半分をくれるとでも言うのか?」

「ほう。いいな、それ。俺が世界を全部取ったら、半分くらいくれてやってもいい」


 ――なんだ? 何を考えている?


 体も声もログスのものだが、話し方は聞き慣れたクソ上司のものなので、気前の良さがあまりに不気味だった。有給休暇や残業代すら出し渋るドケチなのに。


「まぁ聞けよ。

 ……俺は人間を二度と信じないと決めた。あのクソマ○コが俺に隠れて、顔だけのチャラ男に走った時からな。あげく、あの野郎とうとう俺からのDVをでっち上げて、慰謝料ぶんどっての離婚にこぎ着けようとしやがった!」


 児島ログスが吠えた。

 子どもの姿をした者の口から語られるには、ちょっと生々しすぎる話だった。

 妻に浮気され、DVをでっち上げられ、離婚話を有利に進めようとされた、と。

 会社で囁かれていた児島から妻へのDVの話、児島ログスに言わせれば真相はこうだったらしい。


 どこまで本当か疑問だと、タクトアルテミシアは思った。もし嘘偽り無く、児島ログスの視点からは妻が一方的な加害者に見えたとしても、会社での児島の振る舞いを知っているタクトアルテミシアにしてみれば、こいつにも何か問題があっただろうとしか思えない。


 そして、仮にこの告白が100%真実だったとしても、会社での部下への振る舞いが正当化されるわけではないし……まして、こちらの世界に来てからの大虐殺は、とうてい許されるものではなかった。


「……で、何が言いたいんだ?」


 タクトアルテミシアは、児島ログスが喋るままにしておいた。

 時間はタクトアルテミシアの味方だ。向こうが喋っている間に、レベッカ達がこの場所を探り当ててくれるに違いない。あのダストシュートを辿ればここまで来れるし、いくら石で入り口を塗り固めていても、魔術師が居れば破壊して部屋に入れるはず。


「人は、全然思う通りにならねぇ。信じれば裏切られる、そればっかりだ。愛した女には浮気され、部下に仕事を任せりゃ無能が滅茶苦茶にする……」


 無能はどっちだ、と言いたかったがタクトアルテミシアは言葉を飲み込んだ。


「だから俺は、こっちの世界に来るときに決めた! 俺は俺の力によって、全てを思い通りにするってな! ところが、だ……」


 児島ログスが大げさに溜息をついた。

 この世の全てを嘆く哲学者のように。


「人の心を操る方法ってのは、無かった。

 正確には、まぁあるにはあるんだが、そこらの魔法で実現するのは無理だったし、チートスキルでも魔物しか操れなかった。

 だからしょうがなく、俺は【魔物調伏】のチートスキルを買って、魔物を使うことにしたんだ。チートスキルで縛れない奴は、力と恐怖で従わせるっきゃねぇ」


 ――なるほど、魔物なら操れるから魔物を使っていただけで、別に魔物である必要は無かったんだ。


「ところが、だ。そこにお前が現れた」


 狂気に濁った目がタクトアルテミシアを射貫いた。


「なぁ、お前は何をどうやった? カタログは隅から隅まで見たはずだが、俺が見落としていたのか? それとも、秘密の魔法でもどこからか見つけ出したのか?」


 児島ログスが何を言っているのか、タクトアルテミシアは分からなかった。

 いつも居丈高で、見下したように喋っていた児島ログスが、少しだけ戸惑うように、へりくだるような態度になっている。児島ログスは真剣だった。


「ありゃあ、人の心を操る力だろう。どんなズルチートを使った? その力、俺のために使ってみる気はねぇか?」

「……っ!」


 児島ログスの言わんとすることを、やっとタクトアルテミシアは察した。


 カルロスだ。

 カルロスは己の命を張って児島ログスを止め、タクトアルテミシアが生き延びられるよう戦った。

 領兵団が児島ログスと戦ったときも恐れて逃げ出した彼が、タクトアルテミシア自身ですら信じていなかったタクトアルテミシアを信じ、そこに未来があると信じ、帰らざる戦いへ身を投じた。


 ――それを、あろうことかこの男は……俺が心を操って戦わせたのだと愚弄するのか!


「もちろん、厚遇するぜ? 俺が手に入れたお宝の半分、いや四割くらいはお前に……」

「ふっ…………っざけんなぁ――――――っ!」


 喉も裂けよとばかり、怒りのままにタクトアルテミシアは声を上げた。

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