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1-33 世界一重い21グラム

 児島ログスを倒すと聞いて、レグリスは特に驚いた様子を見せなかった。

 まるでその答えを最初から知っていたかのように。

 そして、ちょっと意地悪く、皮肉っぽく笑う。


「君は……生きるために戦っているだけだと言ったな。であれば、もう戦う理由は無い。逃げればよかっただけだ。何故、戦う?」


 決意を問うようなレグリスの言葉に、タクトアルテミシアは迷わず応じる。


「気が変わりました」

「ぷっ……あっはっはっはっはっは!」


 レグリスは悩ましげに頭を抱えて、とても愉快そうに笑った。


「そんなに笑わなくても……」

「いや、痛快だと思ったんだよ。それで、気が変わったのは何故だ? ……カルロスの魂を背負ったから、かい?」


 一流の剣豪が間合いの外から突然踏み込んで攻撃するように、ふいに鋭い言葉を投げつけてくるレグリス。

 笑いの余韻を残した笑顔でも、その目はタクトアルテミシアの全てを見通すように炯々と光っていた。


 タクトアルテミシアは、カルロスが命を捧げた結果として、今ここに生きている。そんなカルロスの献身に報いるために、戦いを決意したのかと、レグリスは聞いているのだ。


「カルロスさんは……はい、きっかけではありました。ですが、これはカルロスさんのためだけじゃありません」


 言って、タクトアルテミシアは部屋にある窓から外を見る。

 黒々とした中に局地的な夜景が浮かぶ。ゲインズバーグ城に明かりが灯っているのだ。

 城の中には児島ログスひとりしか居ないはずなのに、見事な無駄遣いっぷりである。過激派環境保護団体とかが、再生木材で武装した一個大隊でも派遣してくれないものだろうか。


「自分が生きるため、というのは同じです。確かにここで逃げれば、誰かが……たとえば王軍が、奴を倒してくれるかも知れない。ですが、奴は異常なくらい私に執着しています。ここで逃がしたら、かえって危ないかも知れない」


 このまま逃げてくれるかと思いきや、児島ログスは危険を冒してまでタクトアルテミシアに手を伸ばした。ここで逃げたからと言って、諦めるだろうか?

 しかも、だ。児島ログス自身が言っていたではないか、次は手下を増やしてから動き出すと。

 全ての手勢を失っている今が、児島ログスを倒す千載一遇のチャンスかも知れないのだ。


 だが、それだけだったらまだタクトアルテミシアは逃げる方を選んでいたかも知れない。


「それに、私が逃げたら怒り狂って街を破壊するなり、ヤケになって殺せるだけ殺してから死のうと考えるなり、悲惨な事態になるかも知れない。もしくはあいつを取り逃がしたら、他所でまた殺しまくるのかも知れない。そんな悲劇を……私が・・許せないんです」


 誰かに戦うよう期待されたからではない。そもそもカルロスすらそんな期待をしていたとは思えない。

 ただ、タクトアルテミシア自身の勝手な感情として、児島ログスを放ってはおけなかった。

 奴に誰かが殺されるのは悲しい。それが嫌だから止めるというだけ。


 児島ログスタクトアルテミシアに執着している。

 だからこそ……タクトアルテミシアはそこに付け入れる。

 さっきは気が変わったと言ったが、事情も変わった。やりようがあるはずだ。


「世の中は、ハッピーエンドが約束されたご都合主義の物語じゃないんです。だから私が行動して、少しでもマシなエンディングを目指したい。それが私の理由で……私に、そういう事ができるんだって自信をくれたのが、カルロスさんの言葉だった、というだけです。もちろんレベッカさんも」

「ふふ、それは光栄ね」


 タクトアルテミシアの言葉を聞いてレグリスは、痛みをこらえるようにニヒルに笑いかけた。


「命と魂の重さを、その肩で知るが故の言葉だな。君のような子どもには酷だが、背負ってしまったものは仕方あるまい」


 今さら言うまでもないがレグリスは領主だ。

 魔物や賊の討伐を命じる立場の彼が。

 戦いの場に出ることもあるという彼が。

 死んだ臣下の命を背負っていないわけがない。


 ――同病相憐れむ、か……いや、もうちょっとポジティブな感じ?


 幼くして自分と同じ場所へ来てしまった、アルテミシアという少女に対する、複雑な感情が見えるようだった。


「それで、だ。手はあるのか?」


 短く聞いたレグリスに、タクトアルテミシアはうなずき返す。


「もちろんです。いくつか、通じそうな手を思いつきました。

 ただ、協力してくれる人の数と、この場で手に入る物次第です。

 なにしろ、私は戦えませんから。って言うか危ないのは嫌です。圧倒的優勢な陣容で攻め込みたいです」

「……正直だな」

「非戦闘員ですのでご了承ください。

 私は強大な敵としのぎを削って打ち倒すことに達成感を得られる戦闘民族じゃなく、命の危機を感じるだけで寿命が縮むウサギもしくはマンボウ的生物なんです。

 私は城へ攻め込むために自分をエサに使えるだけです」

「領兵団なら私の意志に従う。私が命じれば君に付いていく」


 レグリスの答えに、むしろタクトアルテミシアの方が驚いた。話が早すぎる。


「……いいんですか? そう簡単に、兵を預けて」

「よくはない。不安だ。私は人を見る目に自信を持っているが、君を手放しで信頼できるほど長く見てきたわけじゃない。

 だが、奴を倒す目算があるなら、民を守るためにも悪い話ではない。故に、まずは私を説得してみる事だね。妨害符ジャマーは効いているから安心して話したまえ」


 机に肘を突いて、手を組むレグリス。

 眼光はまさしく猛禽の鋭さ。空気が帯電して、辺り一面に謎のチリが飛びそうな威圧感だった。


 ――……なるほど。


 こいつは単なる作戦のプレゼンではないとタクトアルテミシアは直感した。

 兵を預けるに足る相手かどうか、その覚悟のほどと器を測ろうというのだ。

 ともすれば、児島ログス以上の難敵かも知れない。就活でもここまで緊張する面接は無かった。


 深呼吸して、タクトアルテミシアは話し始めた。


 * * *


「ふむ……」


 タクトアルテミシアの話を聞き終えて、レグリスは考え込んでいる様子だった。


「確実とは言いがたい、複数の策による乱れ打ち。悪く言うなら、『数打ちゃ当たる』戦法です」

「……いや、本来あれを倒すなら多勢を以て、さらに犠牲を覚悟して当たらなければならぬところ。そんな中で、少数で成せる策をよくこれだけひねり出したものだと思う」


 ――よし、好感触。内定もらったか?


 とにかく必死で手を考えた結果だ。

 まともな軍略なんて知らないけれど、パズルか謎解きのように、少数で児島ログスを倒せそうな策を組み上げた。


「直接戦った私が補足すると、あいつ、大して体力は無いわ。

 市街地での戦いも見たけど、魔力が凄いだけで技術はお粗末そのもの。飛びながら魔法を使うのさえできてなかったし、戦いながら詠唱するのもキツいレベルじゃないかしら。

 力が強くて恐ろしく堅いだけ。付け入る隙はあるわ」

「なるほど」


 じっと逡巡していたレグリスが、やがて、組んでいた手をほどいて膝を打つ。


「賭けようじゃないか、君に。協力は惜しまない。いずれにせよ、奴が動き出すというのなら、こちらも民を守るため動かざるをえんのだ」

「ありがとうございます!」


 深々と九十度に頭を下げる社畜式最敬礼でタクトアルテミシアは感謝の意を示した。

 いくらなんでもタクトアルテミシアとレベッカだけではどうしようもない、この戦いはレグリスの協力無くしては、なり立たないのだ。


「だが、私が良いと言っても、冒険者たちまで協力するかは別の話だ」


 レグリスの表情は厳しい。そこはタクトアルテミシアも同じ考えだ。


「そうなのよね。彼らは、相手がお偉いさんだからって命令を聞かなきゃならない立場じゃないし、『戦士ですらない女の子に付いていってあの化け物と戦え』なんて、どんなに金を積まれても、普通は請けないでしょうね」

「私が指揮官として戦いに出るのなら、従う者もあるかも知れないが……この状況で、私がそこまでの危険は冒せない。生き延びて民を導かねばならん」


 戦いに出られないことを、レグリスは歯がゆく思っているようだった。

 きっと、レグリスは領民のためなら命など惜しまない質だろう。だけど、この状況でレグリスが最も領民に貢献するためには、むしろ生き延びなければならない。

 既に児島ログスの手を脱している以上、のるかそるかの大一番をするリスクは取れないのだ。


「冒険者の人たちに、打診だけでもしてみたいんですけれど……あれと戦えそうな強い人を、呼んでくれませんか?」

「うむ。それくらいならば造作も無い」


 * * *


 結果は散々だった。


『悪いけど、いくら金を積まれても死にに行くのは御免だ』


『できれば助けてあげたいんだけどねー。ごめんねぇ』


『はぁ? なんでこんなガキの言う事聞いて戦わなきゃなんねーんだよ?』


『せめて援軍の到着まで待てんのか?』


 ただでさえ危険な仕事、屈強な勇者と一緒ならともかく、タクトアルテミシアのような非戦闘員(しかも小さな女の子)を連れて、あの城へ乗り込もうという冒険者は居なかった。

 彼らが外に出れば、どこから魔法で話を聞かれるか分からない事もあって、作戦を全て説明するわけには行かない。それもまたマイナスに働いた。


「仕方ないわよね……冒険者は、自分で自分の身を守るのも仕事のうちだもの」

「あの、仕方ないと言いつつ毎回殺気を出されると私もちょっと怖いんですが……」


 ちなみに、タクトアルテミシアの頼みを断った冒険者はことごとくレベッカの殺気にあてられるように退散していった。


「どのみち、奴と戦いに行く者の他に、街へ残って備える者も必要だ。『神雷砲』の無力化もせねばならん。

 君が戦っている間に、そちらを冒険者に任せるとしよう」

「そうですね……」


 できればもう少し魔術師を連れて行きたかったが、いずれにせよ、戦力の集中は避けなければならないのだ。


「他に、何か必要な物は?」

「街で手に入る魔法のアイテムとか、あったら欲しいです」

「ふむ……その手の物は、ほとんど略奪されているようだから、まともな戦闘用の魔法のアイテムがあるかは怪しいな。先程君が言った作戦に使う、アレくらいはどこかにあるかも知れないが」

「戦闘用のアイテムなら冒険者個人が持ってるんじゃない?

 お金に糸目を付けなきゃ買い取れるはずよ」

「手配しよう。ただ、いくつ手に入るかは保証できんぞ」

「……それでなんとかするしかないですね。では、私は作戦で使うポーション作りにかかります。

 期限は夜明けまでですから……真夜中ぐらいには動きます。それで、よろしくお願いします」

「では、それまでにこちらも準備を整えさせ、必要な物品を調達する。……ああ、後少しいいかな」


 辞去しようとするタクトアルテミシアをレグリスが引き留めた。


「いかなる魔に憑かれようと、ログスあれは私の息子。本来なら私が始末を付けねばならない所だし、可能なら私自身もそうしたかった」


 感情の読めない、落ち着いた口調だった。


 タクトアルテミシアにしてみれば、今のログスは、こちらの世界の者の体を乗っ取った憎きクソ上司でしかない。しかし、彼と12年間を過ごしたレグリスにとってみれば、あくまでもあれは息子なのだ。


 殺したくないという思いもあるだろうし、殺すならこの手でという思いもあるだろう。


「だが、君に託す」

「……はい!」


 これもまた、重さがある言葉だった。

 しかしタクトアルテミシアはもうそれを、嫌だとは思わず、ただ己の為すべき事を果たすという責任感、心地よい緊張だけがあった。

(※マンボウの死にやすさ伝説はほとんどデマです。

 死の危険を感じたストレスで死んだりはしないそうです。)

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