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1-32 夕方五時には夕焼け小焼け

「この声……!」

「あのクソガキ、魔法で拡声してるわね」


 夜空に響いたその声は、聞き間違えようもない児島ログスのもの。

 役場からスピーカーで町内放送するサイレンみたいに、どこか遠くから声が降ってくるという感覚だ。


『ゲインズバーグの領主、ログスだ。

 これから俺は大切なことを言う。死にたくない奴はよく聞けよ。


 俺の兵隊を皆殺しにしたクソ野郎が城下町に潜んでいる。

 緑の髪のメスガキだ。

 そいつを生きたまま捕まえて、夜明けまでに城へ連れてこい。

 さもなくば俺は、城下に居る全ての人間を死刑にする。


 いいか、全員だぞ? 死刑だぞ?

 逃げても隠れても無駄だ、俺は本当に全員殺す。

 魔法で焼いて、首を切ってやる。誰も彼も全員殺す。

 それが嫌ならガキを連れてこい。

 これは領主としての命令だ。


 それから、反乱の動きがあれば、俺はこれを全員死刑にする。

 その後で城下の全員を死刑にする。

 これは俺の法律だ。おとなしく俺の言うことに従え。

 法律に従えない土人は俺の領民に必要ない。以上だ』


「なんとも……頭の悪そうな……」


 唐突に始まった放送は唐突に終わった。レベッカが呆れかえったような溜息をつく。

 語彙がいまひとつ貧弱で、言い回しは洗練されてなくて、おまけに領主ときたもんだ。


 少しして、どこか遠くからざわめきが聞こえてきた。

 児島ログスの言葉を恐れた人々が騒いでいるようだった。まさかこれでいきなり、アルテミシアを探して狩りが始まるとは思えないが、パニックくらいは発生しかねない状況だ。


「あん畜生、逃げなかったわね」


 夜空を睨んでレベッカが言った。


「はい。もう後先のことを考えないで、どうしても私を殺す気なんだと思います。それも、街の人たちを私に焚き付けるようなゲスいやり方で……」


 いかにもあいつの考えそうなことだ、とタクトアルテミシアは思った。


「とにかく、領主様の所へ相談しに行くべきね。今、こっち側の戦力を握ってるのはあの人だもの」

「城の状態についても、何か情報があるかも知れません」

「待って! アルテミシア!」


 さっそく動き出そうとしたタクトアルテミシアに、レベッカは、ずだ袋のようなフード付きコートを差しだした。


「頭、一応隠した方がいいわ」

「……そうですね」


 サイズが大きめのそれを目深に被った、髪どころか目元も見えないモブスタイルでタクトアルテミシアは駆け出した。


 * * *


 レグリスが暫定の居城としたのは、タクトアルテミシア達が城への侵入経路に使った、あの神殿だった。

 大理石っぽい謎の柱が天井でアーチを描く、広々とした礼拝堂は、野戦病院さながらの様相を呈している。毛布にくるまって床に寝ている人々の間を、魔術師や医者と思しき人々が走り回っていた。

 街が児島ログスに占領されてから、魔物に襲われたり、単純にそれと関係ない事故で怪我をしたり、人同士の諍いに巻き込まれた怪我人、そして治療を受けられなかった病人が一手に集められているのだ。


「あっ、アルテミシア! 無事!? 襲われたりしなかった!?」


 血の付いたエプロンと三角巾を身に着けた少女に声を掛けられ、タクトアルテミシアは一瞬、相手が誰か分からなかった。

 小麦色の瞳に、そばかすが散った素朴な顔立ち。三つ編みにした金髪。そして何より、自己主張激しい胸部。よく見れば、救護所を手伝っていたアリアンナだ。


「大丈夫です。と言うか、ここまで歩いてきましたけど、まだ街の中に全然人が居ませんよ」

「いくら領主様が戻ってきたとは言え、不要不急の外出ができる空気じゃないものね。……ほら、アルテミシアが作ったポーション」


 レベッカが担いできた箱を降ろす。

 中身はタクトアルテミシアが作ったポーションだ。


「ありがとう、助かる!」

「……なんか魔術師の人も結構居るみたいだけど、回復できなんですか?」

「私もさっき聞いて初めて知ったんだけど、パッと怪我を治す魔法って、すごく魔力を消費するんだって。だからそういうのは、本当に死にそうな人だけにかけて、無事な人はちょっとずつ怪我が治る魔法を使ってるらしいの」

「そっか。もうちょっと治癒ヒーリングポーション、多い方が良かったかな?」


 どうせ怪我は魔法で治るんだろうと思って、病気に効く系のポーションを多めにしていたのだが、むしろ魔術師は病気っぽい人にも魔法を使っていた。

 そう言えばルウィスにポーションを渡したとき、魔法で病気を治すみたいな話をレベッカがしていたのを思いだした。病気を治す魔法もあるようだ。


「ううん、何だって助かる。もう、何もかも足りない状態だから」

「……ところで領主様は?」

「それだったら、あっちの扉を入って二階に上がったところに居るみたいだけど……」


 アリアンナの顔が不安に曇った。


「……さっきの放送の話?」

「うん」

「どうするの……?」

「それを決めるためにも、領主様から話を聞かなきゃ」

「そう……だね」


 無力さを噛みしめるように、アリアンナは力なく頷いて、それから急に不思議そうな顔でタクトアルテミシアの方を見た。

 

「ねぇ、アルテミシア……なんだか急に、背、伸びた?」


 * * *


「まずは戦力の話からしよう」


 神殿の一室を利用した、臨時の執務室。腕組みしたレグリスが、難しい顔をしていた。

 レグリスは大きな机をひとつ占領しており、この短時間でよくこれだけ、と驚くほどに大量の紙束を積み上げていた。壁には周辺の地図が貼られ、文字や矢印が書き込まれているのだが、残念ながらタクトアルテミシアには読めない。

 元は会議室か何かなのだろうか。部屋に似つかわしくない豪華な革張りの椅子は、おそらく神殿長の部屋から引っ張り出してきたものだろう。部下か誰かが勝手に。


「共に脱出したのが領兵四名、領兵魔術師二名。

 また、報せを受けてこちらへ急行した近隣の守備隊が……兵士九名と魔術師一名。

 捕らえられていた民間の魔術師をこれ以上使うのは厳しいだろう。

 退役領兵が十人ほど居るが、これも戦力としては厳しいな。治安維持のため、ひとまず武器を持たせて見回らせているだけだ。

 ほとんどの冒険者がギルドの手引きで脱出してしまっていたのが痛いが、城下で息を潜めていた冒険者は意外と多かった。後払いで掻き集めて城の監視に当たらせているのだが、中には名のある冒険者もちらほら居る。集まったのは魔術師が確か五名、そうでない者が二十ほどだ」

「率直に聞くけれど、領主様。今の戦力であれを倒すのはできると思う?」

「可能だ。奴がノコノコと街へ出て来たところを倒すだけならな。問題は、こちらにも少なからず犠牲が出るだろうという事。戦いに出る者はもちろん、市民にもな。だいいち、城から遠隔攻撃でもされたらお手上げだ」


 確かに、それは道理だろう。

 ふん捕まえて弱体化デバフ魔法を山盛り叩き込むなり、先程の戦いでタクトアルテミシア達がしたように魔法で牽制しながらタコ殴りにするなり、こちらの戦力が揃っていればできる事は多い。


 しかし、もし児島ログスが『ひとりでも多く道連れにする』という一点のみを目的としてヤケクソで襲いかかってきたら、児島ログスを倒すまでにどれだけの犠牲者が出るか分からない。

 相手は空から魔法を撒き散らすこともできる、陸空両用人間戦車(ひょっとしたら海も行けるかも知れない)。

 城の監視は、あくまで監視。街に被害が出ないよう包囲しているわけではないのだ。


「現時点では、ひとまず避難の準備だけは指示をしている。増援が到着し次第、住人を避難させて戦う、というのが基本方針だった」

「その方針は、さっきのでどう変わったかしら?」


 レグリスの顔が少し険しくなった。


「……今のところ公表していないが、監視している魔術師から報告があった。

 領城の上部に『神雷砲』が据え付けられている。魔族軍との戦闘に用いるマジックウェポンだ。

 これは広範囲を破壊可能な兵器で、本来は使えるようになるまで1日ぐらい準備が必要なのだが……どうやら急速に魔力を蓄えている。

 おそらく夜明けまでには準備が整う。もしあれが街に向かって打ち込まれたら、街の三分の一ぐらいは焦土と化すだろう」

「めちゃくちゃヤバイじゃないですか」


 有言実行。

 レグリスの見立て通りなら皆殺しにするにはちょっと足りないが、かなりの広範囲を破壊し、多くの人を殺せる一手だ。

 最後っ屁としては悪くないと思ったのだろう。

 

 どれほど膨大な魔力を持っているとしても、広範囲を巻き込む魔法をホイホイ出せるわけではない……と、タクトアルテミシアは転生前に渡された資料で読んだ覚えがある。儀式が必要であったり、特殊な魔法のアイテムを使わなければならなかったり。

 自分の足で街を歩き、魔法で破壊して回るのはさすがに手間なのだ。


「あのクソガキ、自分の魔力でも突っ込んでるの?」

「それは性質上難しいかも知れんな。略奪したマジックアイテムを焚き付けにしているようだ」

「なんて贅沢な……」

「領城に置いているマジックアイテムは、軍の一部として運用してはじめて有効活用できるものが多い。

 今の奴には無用の長物なのだろう」

 

 レグリスはもっともらしい分析をしているが、真相はもうちょっと単純ではないかとタクトアルテミシアは睨んでいた。

 単にどうすれば有効活用できるのか分かっておらず、仕方なく大砲の電池にしたのではないだろうか。


「対応は?」

「詳細は伏せたまま避難を急がせている。当然、アルテミシア君を引き渡すのは無しだ。そんな事をしたところで、向こうが大人しくなるとは限らん」

「ですよね」


 まさか無いだろうとは思っていたが、ほっとしたタクトアルテミシアだった。


「ま、領主様がそう決めたとしても、個々人がどう判断するかは別だけどね」

「混乱が無いよう注意して欲しいと、見回りをしている者に伝えてはある。アルテミシア君もあまり出歩かない方が良いだろう。

 ただ、向こうは緑の髪の少女としか言っていない。君以外が人違いで襲われたりしないよう、該当者を事態が収拾するまでこちらで保護できないか、情報を集めている」

「なんだかすいません……」

「君が礼を言ったり、すまながる必要は無いさ。これはあくまで私の領民と、それを不当に傷つける侵略者の問題だ」


 力強くそう言ったタクトアルテミシアだったが、児島との因縁を地球から持ち込んでしまい、周囲を巻き込んでいるような微妙な後ろめたさは拭いがたい。

 まぁタクトアルテミシアが居なかったとしても、児島ログスはゲインズバーグに滅茶苦茶をしていたはずなので、気にする事ではないというのも確かだけど。

 

「何をどうするにしても、あの攻撃は止めなければ。

 ただ、そうすると絶対に戦闘が発生する」

「……でしょうね」

「それでだ、君はどうしたいのだ?」


 レグリスの目が鋭くタクトアルテミシアを射貫いた。

 事態に困惑して縋りに来たのではなく、自ら行動を起こすためにここに来たのだと、レグリスには分かっているかのようだった。


 状況は分かった。

 このまま放っておけば、児島ログスがいよいよ暴れ出したときには、少なからず被害が出るだろう。

 ならばもう、タクトアルテミシアの答えはひとつしか無い。


「……あいつを、倒します」

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