1-30 ※そっちのフラグは立ちません
「まぁ、手があるっつっても、取られた武器の代わりを見つけたってだけなんすけど……ポーションがあれば、貰っていいっすか?」
「もちろん。全部持って行ってください。えっと、これが……って、見えないか。ちょっと手を借ります」
鞄に手を突っ込んで、タクトは気づく。
自分は鞄の配置でどのポーションか分かるが、真っ暗闇で手渡したらどれがどれか分からなくなってしまう。
手探りでカルロスの手を掴むと、タクトはその手を鞄の中に並んだ瓶の所へ持ってきた。
「これが膂力強化。こっちが耐久強化です。それから――」
「……手ぇ柔らけっすね」
いきなりそんなことを言われてタクトは心臓が口から飛び出すかと思った。
恋とか愛とかそういう方向のドキドキじゃなくて、単に、空からキャベツが降るレベルで想定外のセリフを言われた、という理由で。
「ここここここんな時に何を!? って言うか、おあつらえ向きに暗闇だし襲う気ですか!?」
「いや、俺が彼女居ない歴イコール年齢のモテない魔神だからって、さすがにこんだけ年下の子に手は出さねっすよ!?」
――なんてこった、まさかご同類とは……転生前の話だけど。
自慢じゃないが、と言うかどう考えても自慢にならないが、転生前のタクトも彼女など出来た試しが無かった。急に親近感が湧いてくる。
何にせよ、カルロスはロリコンではないらしい。
「俺が知ってる『頼りになる人』って、手はでっかくて剣ダコでゴツゴツ、みたいな人ばっかりだったんで、ちっと新鮮だなって思っただけっす」
「……私は、そんなに頼りになりますか」
そう言いながら、タクトは、これをカルロスに聞いても仕方ないのだと、もう分かっていた。
カルロスはタクトのために命を賭けてもいいと言うほどに思っているのだから、何度聞いても答えは変わらないだろう。後はタクトが自分自身をどう思っているかと言うだけの問題だ。
カルロスが答えを返すより早く、ひときわ間近に爆音が響いた。児島の捜索が隣の部屋まで迫ってきたらしい。
「くどいっすよ。……もう時間が無ぇ、行くっすわ」
「……あなたは、腰抜けなんかじゃありません。カルロスさん、ご武運を! 勝っちゃっていいんですからね!」
――ぐぅぅ、フラグ臭いけどこれ以上いい励ましのセリフ、思いつかない……
「ははっ、了解っす。大金星取りに行っちまいますよ」
頼もしくそう言って、ポーションを飲んだらしい音の後、カルロスは部屋を飛び出した。
「てめぇっ……!? 死んだはずじゃ……」
「残念っすね! お前を止めるため、蘇ったっすよ!」
カルロスに気がついて驚いた児島の声が聞こえた。
暗闇に慣れた目には、廊下のほのかな照明さえ眩しい。
一瞬を目を細めたタクトが見たのは、武器を手に立つカルロスの姿。
彼が持っていた武器とは、隠し通路からの進入口においてあった、石をつなげたり崩したりするだけの、土木工事魔法用の杖だった。
――……『武器』だって!? あれは戦うための道具じゃなく、まるっきり足止めの道具じゃないか!
おそらく、あの杖を持ってきた本来の目的は、隙を見て逃げ出すこと。何故、彼が地下に居たのかと考えれば……本来使う予定だった、街の外へ通じる脱出路に逃げ込むためだろう。
だが、彼はそれを児島相手に使うべく、飛び出した。
カルロスは最初から、自身の生存など万に一つも考えず、『死ぬかも知れない』ではなく『100%死ぬ気』の覚悟で、向かっていったのだ。
カルロスが振った杖から光がほとばしり、児島の頭上で天井が崩れた。
もしや倒せるか、とも思ったが、あのレベッカの大斧すら耐えきった鋼鉄の体だ。児島が腕でガードしただけで、崩れた石は弾かれた。
しかし、カルロスの狙いはそこじゃない。周囲の壁、床、天井、またも壁、やたらめったらに崩して回り、自分と児島を中心に、石の山を築いていく。
「おらっ!」
ある程度、石が溜まったところで、カルロスは再び天井を崩した。天井に空いた穴が一階まで貫通し、暗い地下の廊下に太陽が差し込んだ。
カルロスと児島が一緒に生き埋めになる、と思った瞬間、カルロスはもう一度杖を振るう。
「カルロスさん……!」
タクトは崩れ落ちる岩の狭間に、微笑みかけるカルロスを見たような気がした。
崩れた石が隙間無く繋がった。
石のかまくら状態だった。継ぎ目も無く、出入り口も無い、完全に密閉された石の部屋。繋がりきらなかった石が、かまくらの表面からはがれ落ち、コンビニの蒸し器に入っている中華まんみたいに、つるりとした表面になっていく。
――そうか、これ、有効射程があるんだ。中に術者が入らないと、全周包囲の密閉空間は作れない……あるいは作れても、厚みが足りない……
どれだけ児島の足を止められるかは怪しい。きっとカルロスは閉じた空間の中で児島に襲いかかり、最後の時間稼ぎをしている。児島が魔法を使って、この石まんじゅうを破壊するのは、カルロスが叩き殺されてからだ。
この場で足を止めるような、愚かなことはしなかった。
まだ膂力強化の力が残っていたので、タクトは墳墓のような石まんじゅうを蹴飛ばし、一階まで跳躍する。そこはちょうど、どこかの廊下で、差し込む日差しの方向から方角を割り出して、タクトは玄関ホールへ駆けだした。
――生き延びた。生かされた。……俺が。
俺を……俺なんかを! このゲインズバーグの希望と……!
タクトは、自分が喜んでいるのか悲しんでいるのかも分からないままに涙が溢れ、それを拭いながら走った。
* * *
まもなくタクトは、石が崩れる音を聞きつけて駆けつけたレベッカと鉢合わせた。
既に透明化も解けている。
「アルテミシア! 無事!?」
「無事です。私は……無事です。ただ、カルロスさんが私を逃がすために……」
一言で全てを察したらしいレベッカは、すぐさまタクトを小脇に抱え上げた。
「って、何を!?」
「足が迷ってるわ! 私が抱えて走る!」
そしてそのまま走り出した。
それとほぼ同時、ふたりの背後で爆音が響き、大岩が砕けて崩れるような音が聞こえてきた。
「あいつが、復活した……」
「飛ばすわよ!」
来た道を覚えていたらしいレベッカは、一気に玄関まで駆け抜ける。
玄関ホールに残っていたのは、領兵魔術師のふたりだけだった。
魔物の死体をかき分けるようにして魔方陣を見ていたふたりは、タクトを見て安堵の表情を浮かべる。
「やはり城内に居ましたか!」
「つまり、あいつも居るって事! 逃げるわよ!」
スピードを緩めず玄関ホールを走り抜け、鎧オーガ&その他魑魅魍魎の死体を足蹴にして飛び越えたレベッカを追って、ふたりの魔術師も城を脱出する。
その背後から、明らかにふたりとは別の、荒々しく下品で野蛮な足音が迫っていた。
緑豊かな前庭を抜け、城を囲んだ掘の上に渡された跳ね橋を渡る。
その先に、脱出していたレグリスと人質ご一行様、そしてサイード達が待っていた。
オーガにやられていた領兵のうち3人ほどが、回復魔法で治療を受けていた。生存者も居たようだ。
「アルテミシア!」
心配していた様子のアリアンナが、抱えられたままのタクトの髪をもふもふして無事を喜んだ。いったいその行動にどういう意味があるのか。
「橋が!」
元・人質の誰かが叫んだのとほぼ同時。タクトも、重苦しい鎖の音に気がつく。
跳ね橋が上がり始めたのだ。
かと言って、別に城から逃げ出す四人を閉じ込められるようなタイミングでもなく、出遅れた魔術師たちも跳ね橋をゆうゆう渡りきった。その背後で跳ね橋は上がりきって、城門の入り口をふさぐ壁となる。
「……籠城する気?」
閉ざされたきり開く気配が無い跳ね橋を見て、レベッカが首をかしげる。
「そのようだな。てっきり逃げ去るものと思っていたが……何にせよ、アルテミシア君が無事でよかった」
「そんな……もったいないお言葉です、領主様」
「……どうした? 怪我でもあったか?」
ようやくレベッカに降ろしてもらえたタクト。
権力者相手なのでちゃんと丁寧な態度を取った……つもりだったのだけど、その実タクトは上の空で、レグリスにはしっかり見抜かれてしまった。
転移させられた先でカルロスに出会ったこと。彼が言ったことと、その顛末をタクトが語ると、レグリスは目を閉じて、長く息を吐いた。
「彼は……生きていたのか。そしてまた、命を……」
「はい……」
「そう、か。私は幸せ者だな。そうまでして、このゲインズバーグに尽くしてくれる兵を得られたか」
「私を生かすことが、ゲインズバーグのため……ですか?」
「まだ分からぬよ。だが彼の考えは妥当なものと思うがね」
横っ面を張り飛ばされた気分だった。加速装置付きのコークスクリュー・ブロウで。
レグリスさえも、カルロスの言葉に同意したのだ。
タクトが抱いている感情は、率直に、戸惑いと恐怖だった。よく知っているはずの自分という存在が、いつの間にか正体不明の化け物になってしまったかのようだ。
「そんな……だって私は、自分が生きるために戦っただけなのに……」
「……初めて、君の、子どもらしい顔を見た気がするな」
戸惑うタクトを見て、何故か感慨深げにレグリスは微笑んだ。
「領主様、私は……」
「すまない、君と話をするのも良いのだが、私はこの状況に対応しなければならない。城を見張らせつつ、城下の民の状況を把握し、支援があるまでの間まとめねばならん。
それを君が助けてくれるなら嬉しいことこの上ないのだが、元々、君は民間人だ。何も強制はしないから、自由に考えて自由に行動したまえ」
一息に言い切ったレグリスは、魔術師たちに短く指示をすると、騒ぎを聞きつけて集まり始めた市民達の方へ行ってしまった。
突き放したようなレグリスの言葉。
だけどそれは、タクトのことなどどうでも良いと思って言ったのではない。
見た目が子どもだからと侮らず、ひとりの人として尊重するが故に、自分の答えを何一つ押しつけなかったのだ。
そう、分かってしまって、タクトはただ項垂れるしかなかった。