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1-28 デカい奴はやっぱり簡単に死ぬ

 その時。

 びゅるるる、としか表現しようのない極めて間抜けな音を立て、何かがオーガの顔めがけて飛来した。

 少し山なりに虹銀色のアーチを宙に描き、一本の矢が飛ぶ。それは兜の隙間を縫ってすとんと落ち、オーガの目に突き刺さった。


「ウガアアアアアア!」


 振りかぶった棍棒を取り落とし、オーガが顔を押さえて悲鳴を上げた。

 

 ――あれは……領主様が使った銀の矢!?

 

 それを射たのは、あまりにも意外な人物だった。


「あ……当たっちゃった」

「アリアさん!?」


 レグリスの落とした弓を拾ったらしいアリアンナが、むしろ自分で驚いたような顔でオーガを見ていた。


「グアアア! ゴアア! アガアアアアアア!!」


 オーガは悶え苦しんでいた。頭を抱えてぶんぶんと首を振っている。

 浄化の力は、普通の肉体を持つ魔物にもある程度の効果を発揮する。ましてそれが目に突き刺さったのだから、ダメージと苦痛は察するに余りあるものだ。

 

「あんた弓なんて使えたの!?」

「持つのも初めてです!」

「危ないから引っ込んでなさいよ! でも今のはよくやったわ!」

 

 そしてレベッカは思いっきり大斧を振りかぶり、鎧を剥がされガラ空きで隙だらけの腹部めがけて思いっきり打ち込んだ。

 刃が深々と食い込み、オーガの巨体が揺らめく。


 レベッカはそのまま引き抜いて二撃目を加えるのでなく、なんと跳躍し、突き刺さった斧の側面に飛び乗った。

 そしてそれを足がかりにオーガの方へとよじ登り、

 

「せいっ!」


 サブウェポンとして持参していた剣を抜くと、その腹で、銀の矢の矢筈を思いっきりぶっ叩いた。


「ピッ!?」


 オーガが奇妙な音を発した。

 頭の奥まで深々と矢を打ち込まれたのだ。

 

 浄化の矢がもたらす苦痛と破壊。並みの魔物であれば既に行動不能、あるいは絶命していただろう。

 だが、信じられないことにオーガはそれでも生きていた。メチャクチャに手を振り回してレベッカを振り払おうとして、レベッカはそれを躱し、身を沈める。

 同時に丸太のような首筋へ剣を叩き付けるが、まさしく丸太さながら。ポーションによって強化された力を以てしても、食い込ませるのが精一杯だった。


「ああもう! どんだけ丈夫なの! これ以上時間使ってらんないわよ!?」


 そしてレベッカは、オーガの頭に手を掛ける。2つに分解され、鎖で巻き付けられた兜に。


「いいっ加減に……」


 引きちぎるように鎖を毟り、兜を放り捨てると、まるでこれからキスでもするようにオーガの頭を両手で抱える。

 そしてレベッカの目が光った。

 比喩ではなしに、炎のように赤いレベッカの右目が、紅蓮の輝きを放った。


「しなさーいっ!!」


 レベッカの右目から太陽光線のような閃きが迸り、オーガの頭部を吹き飛ばした。

 反動衝撃で後方に吹き飛ばされたレベッカは、空中でひらりと回転し、体勢を整えて着地する。

 

「な、何が!? 魔法!?」

「この右目、実は義眼なの!」

「理由になってないです! ビームが出る義眼って何ですか!?」

「ドワーフの職人に作らせた、私のスペシャル義眼!

 視力は最大で、通常時の十倍まで調節可能。光量補正や体温の感知までできて、三日に一度はビームが撃てるおまけ付きよ! ちなみに超高感度・妹レーダー搭載!」

「何もかもすがすがしいくらいに意味不明です! あと最後のレーダー多分壊れてます!」


 意味不明だろうがビームはビーム。

 オーガの頭部はビームによって、もはや消し炭と化していた。


 巨体がバランスを失ってぐらりと崩れ落ち、地響きを立てて倒れ込んだ。

 そして、二度と起き上がらなかった。


「やった!」


 人質の誰かが言ったのを皮切りに、一気に歓声が上がった。


「すごい、倒したぞ!」

「もうダメかと思った!」

「助かりました!」


 不安げに見守るしかなかった人質たちが、手に手を取り合って無事を喜んでいる。

 絶望的とも思われた状況を打破できたのだ。


 サイードがタクトアルテミシアの手を取り(まだ透明なので手探りだった)、そして背中をバシバシ叩いた。


「いやはや、まったく寿命が縮んだわい! よく生きておった!」

「私も死ぬかと思いました……って言うか、あの矢が無かったら死んでました?」

「あ、えっと、あれは……」


 アリアンナは弓を抱いたまま所在なげにしている。

 にわかに注目を浴びて、自分がどれだけとんでもないことをやったのか気が付いたという様子だ。


「だ、だってアルテミシアが危なかったから、とっさに……当たるとは思わなかったんだけど、せ、せめて気を逸らせないかなって……」

「とんでもない幸運ね。兜の隙間から目をぶち抜くなんて、狙ったって当たるものじゃないわよ、あんなの」


 ほとんど呆れたようにレベッカが言う。


「でも、結果オーライ。あなたは勇気を出して戦い、アルテミシアを救った。何もできないって言ったのは撤回するわ」

「ありがとうございました。おかげで無事、生きてます」

「いえ、その、どういたしまして……」


 照れくさいのか、もじもじと身もだえしているアリアンナ。

 タクトアルテミシアとしては、おかげで命拾いしたのだから感謝の言葉も無い。また命の恩ができてしまった。


 最大の強敵を全て倒したことで、張り詰めていた空気は緩んでいく。

 だが、戦いはまだ終わっていない。


「みんな、すぐに城外へ避難してちょうだい! もう外にザコは居ないでしょ。

 ここに居るとクソガキとの戦いに巻き込まれるわ。だから……」


 レベッカが言いかけた時だった。

 意外なほどに近くから、何かが爆発するような音がした。

 

「急いで!」


 立ちすくんだ人々の尻を蹴飛ばすかのようにレベッカが檄を飛ばす。

 人質たちは気圧されたように動き始めた。

 

 一団が壁の穴を抜けて玄関ホールに来たところで、脇の廊下から児島ログスと戦っていた魔術師たちが、そしてレグリスが姿を現した。

 

「……抜かったわ」


 忌々しげに呟くレグリスは、利き腕である右腕がズタズタに切り裂かれ、左手で剣を持っていた。

 だがすぐに回復魔法が飛び、再生した右手に剣を持ち替える。


「こっちは片付いたわよ!」

「あれを倒したか!? よくやってくれた!」


 そう言いながらもレグリスは警戒を解かない。廊下の奥に向かって剣を向けたままじりじりと後退していく。


 ズン、ズン、と荒々しく床を踏みならし、児島ログスが姿を現した。

 手にしているのは、領兵の標準装備である数打ちやすものの剣。そこにはまだ酸素と反応しきっていない、鮮やかに赤い血がべっとりと付いていた。


 ――……丸腰だったはずのあいつが、剣を?


 しかも持っているのは領兵の剣だ。

 何があったかは明らかだった。


「こちらはひとり、失った。彼は勇敢に戦ってくれた」


 レグリスの言葉は淡々としていたが、それは決して、何の感慨も抱いていないというわけではない。

 

 タクトアルテミシア達が生きているのを見て、児島ログスは激昂していた。


「くそ……くそ、くそ、くそ、畜生っ!! よくも俺の兵隊を! よくも俺の野望を! 許さねえ許さねえ許さねえ絶対許さねーっ!」

「許さない、はこちらの台詞だ。これ以上、貴様に罪を重ねさせるわけには行かぬ」


 形勢逆転だ。もはや児島ログスは手勢を失い孤立無援。

 レグリスが合図をすると、魔術師たちが詠唱を開始する。

 魔法はおそらく通じないだろうが、防御させている限り向こうは攻撃魔法を使えない。

 そうなればレベッカが有利に戦える。これだけ人数が居れば、回復や強化バフによる支援も問題ない。


 ――でも、レベッカでも児島ログスを倒すのは厳しいはず。

   どうにかあいつを追っ払って、戻ってこないようにする方法はないだろうか……


 手勢を失ったのだから、いっそ児島ログスの方から退いてくれないだろうか、とも思う。例え勝てないまでも、拮抗できるのは証明済み。児島ログスに従う魔物が居なくなった以上、向こうの勝ちは更に厳しい。これ以上戦ったところで得るものより失うものの方が多いはず。


 そうタクトアルテミシアは考えたのだが、児島ログスが取った行動は、敗走でも徹底抗戦でもなかった。


「おらっ!」


 何かキラキラしたものを、児島ログスが地面に叩き付けた。

 澄んだ音がして、青い光が砕ける。


 次の瞬間、タクトアルテミシア達は足下から照らされていた。

 複雑な紋様が、玄関ホールの床いっぱいに浮かび上がっていた。先程まで何の変哲も無い石床だったはずなのに、ぼんやりと光る魔方陣がある。


「これは……転移魔方陣! 隠蔽してあったのか!?」

「どこに繋がってるやつだ!?」

「まずい、飛ばされ――」

「≪他者転移テレポートアザー≫!」


 児島ログスの叫びと同時に、タクトアルテミシアの視界は光に包まれた。

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