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1-26 デカい奴が噛ませ犬とは限らない

「悪鬼よ……滅するがいい!」


 虹銀色の矢が放たれ、吸い込まれるように児島ログスを射貫く。

 

 それは一抹の希望。必殺の一撃。

 ……だが、その矢が無意味だと、タクトアルテミシアだけが知っている。


 レグリスが隠し持っていたそれは、いわゆる銀の弾丸シルバーバレット

 銀製の聖印を聖別し、その後溶かしてやじりに作り替える。まるっきり伝説通りの製法だ。地球では迷信の産物だったやも知れないが、魔法が存在するこの世界ベルシェイルにおいて、その力は本物だ。

 魔物や幽霊、悪魔などに極めて高い効果を発揮する。


 そう……『悪魔に対して』。

 悪魔とは人に対して害を為す悪性精神体の総称。

 直接的に破壊を行うこともあれば、人に取り憑いて力を振るうこともある。

 邪悪な存在ではあるが、それだけに浄化の力には弱い。

 聖なる力によって戒めれば、場合によっては祓い清め、取り憑かれた人を元に戻せるやも分からない。

 

 ――でも……でも、こいつは!


 児島雄一は、悪魔ではない。

 チートスキルを手に入れ、転生者の精神を宿した、人間だ。

 

「なんだこのヘナチョコ矢は!」

「ぬっ……!?」


 悪魔を浄化するはずだった銀の矢は、普通の矢としての威力すら発揮できず、児島ログスの身体に弾かれて落ちた。

 耐えたのではない。全くの無傷だ。


 レグリスは感情を抑えた。

 それをタクトアルテミシアが察してしまう程度には、レグリスは動揺していた。戦場の将は味方の精神的支柱となるため、いついかなる時も冷静でなければならず、それをレグリスは理解しているように見える。だがそれでもこらえきれぬほどの衝撃だったわけだ。

 

 隠し球であった必殺の矢は全く用を為さず。

 そして、あるいは悪魔のみを浄化してログスを元に戻せるのではないかという希望も打ち砕かれた。今ログスを救うために試していられるのは、せいぜいこの矢を使ってみるくらいのことで、これでダメなら被害が広がる前に、いよいよログスを殺さなければならない。

 

 その一瞬の動揺を『隙』と呼ぶのは酷であるかも知れない。

 しかしチート特盛りの人間兵器にとって……児島ログスにとって、それは十分すぎた。


「死刑だ!

 死ねやゴミがあああああああ!!」


 児島ログスは獲物を狩る獣のように、身ひとつでレグリスに襲いかかった。


 ――まずい……!


 催涙煙幕ティアガスポーション、そして矢を撃ち込むために、レベッカは僅かに距離を取っていた。ゆえに、レグリスへ襲いかかろうとするその動きを止めるのは、一瞬間に合わなかった。


 児島ログスの手がレグリスに届けば、それだけで十分だ。人体など、奴の力の前では豆腐に等しい。

 

 だが。


「ぎひえっ!?」


 レグリスを殺すかという刹那、児島ログスが悲鳴を上げて体勢を崩した。

 レグリスを狙った手は虚しく宙を掻き、勢い余って転倒。

 そこへレベッカが追いつき、

 

「ッシィィィィィィィッ!!」


 横薙ぎの大斧が児島ログスを直撃。小さな身体が吹き飛んで中庭を囲む石壁に叩き付けられ、壁をぶち抜いた。領城がちょっと揺れた。


 ――なんだ? 今、あいつ、怯んだ……?

 

 児島ログスに何が起きたのか。

 謎はすぐに解けた。


「どうして……っ、そんな風に勝手なことが……!!」


 怒りか悲しみか、その両方かに顔を歪めたアリアンナがそこに居た。

 誕生日プレゼントにグスタフから貰ったと言う手鏡を盾のように構えている。傾きかけた太陽を捉え、その光によって児島ログスを撃ったのだ。

 

 何故ここに、と思う間もなく、玄関側に居たはずの人質たちまでなだれ込んでくる。

 

「アリアさん……?

 だけじゃない、なんで他の、みんな……」

「領主様!」


 非戦闘員の群れを掻き分けるようにすっ飛んできたのは領兵カルロスだ。


「表にデカイのが! オーガです! いきなり……」

 

 血相を変えて叫ぶカルロスの言葉に、中庭で戦っていた者たちは状況を理解する。

 防衛線が決壊したのだ。

 人質たちに続いて魔術師たちも姿を見せる。

 

「なぜ魔術師を下げている?」

「魔法が効きません!」

「何……」


 レグリスが絶句する。

 

 オーガはあくまでも力押しの魔物。

 牛が飛ぶような暴力は脅威でこそあるが、搦め手を使えれば全く恐るるに足らない。

 遠距離攻撃にはほぼ対応できないし、弱体デバフ状態異常バッドステートを駆使する魔術師さえ居れば、兵士ひとりで討ち取ることも可能……であるはずだった。

 

 領城の壁が、内側から爆発した。

 既に壁に開いていた穴を拡げ、オーガが自らの通り道を作ったのだ。

 もうもうと立ちこめる土煙を破り、巨体が姿を現す。

 

 今まさにご入場なさろうとする、招かれざる客。

 オーガだ。巨大な棍棒を引きずり、明らかにサイズが合っていない鎧を鎖で体に巻き付けている。

 プレートアーマーをバラして、パーツを一枚一枚縛り付けたような状態で、あちこちの隙間から灰色の地肌が見えていた。

 その防御は、一見すると隙だらけだ。しかし鎧に刻まれた複雑で幾何学的な紋様は、見ているだけで何とはなしに不安になるような威圧感がある。

 

「≪爆炎火球ファイアーボール≫!」

 

 鎧のオーガに向かって魔法が放たれる。

 しかし、飛来した火球が着弾爆発しても、オーガはちょっとよろめいただけだ。焦げてすらいない。

 

「あれは……私の鎧か!」

「何アレ、抗魔力鎧マナプルーフ

 さすが辺境伯ともなるといいもの着てるのね。この領城より高いんじゃないかしら」

 

 つまり魔法を防ぐ鎧だ。

 そもそも表の防衛は魔術師頼み。魔法を防がれてはどうしようもなくなる。

 

 ――これは……レベッカにアレと戦ってもらう他に、ない!

   でもそれってつまり、領兵ズのみなさんに児島ログスと戦ってもらうしかないわけで……

   

「……こっち保たせられる? 領主様」

「そうするより他になかろう」


 レベッカもレグリスも同じ判断をしたようだった。

 だが、レベッカがオーガと戦う間、こちらを維持する戦力が足りない。

 

「てめえええええらああああああ!!」


 モヒカン度の高い怒声が響いた。

 児島ログスが復帰したのだ。どこか手近な部屋まで代わりの武器を探しに行っていたらしく、いかにも壁に飾られていそうな装飾過多の剣を手にしている。

 

「はぁっ!!」


 レベッカが大斧を振り抜く。児島ログスはこれを迂闊に剣では受けず、一歩下がって回避した。

 あの異様に頑丈な剣は偽乳アーマーに絡め取られ、レベッカがいつの間にか腰のベルトに挟んでいる。飾り物の剣であんな大斧と打ち合えばすぐに折れてしまう……そう考えるだけの冷静さと保身能力はあるようだ。

 

 戦闘が再開された。だがもう激しい剣戟の音はせず、お互いに攻撃を避け合うだけの消極的戦闘だ。児島ログスの方から距離を取っているのだ。

 児島ログスとしてはそれでいいのだろう。レベッカさえ釘付けにしていれば、後はオーガが片付けてくれるのだから。


「カルロス、他の領兵は?」

「俺がこっちへ来たときはまだ戦ってた……はずです」


 レグリスに問われるも、カルロスの言葉は尻すぼみになった。

 他の者を逃がすための殿として戦ったのだろう。

 だが、今ここに領兵は居らず、オーガが居る。全員が同じ事を……最悪の事態を考えているのは想像に難くない。

 

「やむをえん。

 ……レベッカ殿、剣を!」

「あいよ」

 

 レベッカは児島ログスから奪った剣を抜き、後ろ手に放る。適当にぶん投げただけにも見えるそれは、狙い違わずレグリスの足下に突き刺さった。

 

「私が出よう」

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