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1-25 甘い嘘(防護点上昇)

「放てぇ!」


 今まさに大きな扉をくぐり、城内に押し寄せようとしていた、領兵姿の魔物の群れ。

 そこへレグリスの号令一下、複数の魔法が打ち込まれた。


「≪飛礫弾フラジルバレット≫!」

「≪爆炎火球ファイアーボール≫!」

「≪連鎖招雷チェインライトニング≫!」


 高速で飛来した石弾が、先頭に立っていたレッサーオーガの頭を兜ごとぶち抜き、空いた隙間にねじ込まれた魔法が、第一陣のど真ん中で炸裂した。

 紅蓮の炎と爆散する雷に焼かれ、焦げ朽ちた魔物がばたばた倒れる。

 辛うじて命を残し、前進しようとする者もあったが、動きの鈍った魔物は領兵たちに容易く切り倒された。


 入り口に死体の山が築かれ突進の歩みが遅滞する。

 乗り越えようとする魔物には、さらに魔法が打ち込まれ、死体の山を高くした。


 しかし、その上を飛行して越える影もある。

 鎧のまま背中の翼で飛翔する、痩せた魔物が。


「インプか。あれを狙うのは、素人には厳しいな。……≪誘導火球チェイスファイア≫を!」

「はっ、では改良型を!」


 魔法を使うため呪文を唱え始めたインプに、領兵魔術師の放った火球が迫る。

 これをインプはひとつ羽ばたき、高度を上げてひらりと躱すが、避けたはずの火球は急激に角度を変えて直撃し、炎色の花火を咲かせた。黒焦げになったインプが黒煙を上げながら墜落する。


「ぶっつけで出したにしては上手く行きました。かなり術式を省略して効率化していますが、追尾性が確保されています。これは次回の征伐で使えましょう」

「うむ。そのためにも容易く死んでくれるなよ!」

「了解致しました!」

「次はそっちの君だ、よく狙え。外れても次が居るぞ、気負うな!」


 レグリスが肩に手を置いたので、詠唱中の魔術師はそのまま頷いた。

 レグリスは自分の前に七人の魔術師を並べ、タイミングを見て攻撃の合図を出していた。詠唱がある以上、魔術師は攻撃までの遅延ラグが発生する。そのため、攻撃が途絶える事の無いよう、魔法を使う順番を考えているのだ。


 非戦闘員の群れを挟んで向こう側から見ていて、見事すぎる戦いぶりにタクトアルテミシアは舌を巻いた。

 前衛を務めている領兵たちは、一騎当千の英雄というわけではなく、人並みに訓練を積んだ一般兵でしかないはずなのに、ほとんど怪我も無く戦っている。それというのもレグリスが見事な采配をして、前衛と元気な敵が戦わずに済むよう魔法攻撃をさせているからだ。

 魔術師七人のうち、領兵はひとりだけ。中には、攻撃魔法など魔法の練習のために覚えただけで、一度も戦ったことが無い者すら混じっているらしい。それでも戦えているのは、レグリスがうまく指揮しているからだ。


 ――それで、こっちは……

 

 レベッカと児島ログスの戦いに目を移した丁度その時、轟、とうなりを上げて大斧が振るわれ、児島ログスに命中した。

 先程の戦いに続いて見事なライナー性の打球となった児島ログスは、自分が開けた穴から中庭の方へ吹き飛んでいく。


「やったか!?」

「フラグ立てんなし、魔術師さん!」

「まだよ! 明らかにさっきより堅い! ……向こうもポーション飲んでるわね」

「あ……! そっか、工房から奪ったポーション使ってるのか!」

「効くまで殴るしかないわ」


 そしてレベッカはすぐさま児島ログスを追いかけ、自分も中庭へ出て行った。


「追いますよ! 魔術師さんの射程外に出たら、あいつは多分、防御を解いて魔法攻撃してきます!」

「分かってる!」


 タクトアルテミシア児島ログスを監視する魔術師と共に、レベッカを追いかけた。

 どうにかレベッカが戦えているとは言っても、それは児島ログスが魔法抜きの戦いを強いられているからだ。

 この均衡が破られればレベッカと言えど苦しいだろう。


 中庭では既に戦いの続きが始まっていた。

 レベッカが振るう大斧で、美しく剪定された植木が輪切りにされ、児島ログスの踏み込みによって、色とりどりの花が地面ごと抉れ飛ぶ。大斧を受け止めた剣が火花を散らした。


 武器だけ見るなら、大斧vs片手剣。打ち合えば片手剣は折れるか吹き飛ばされ、大斧は躱されれば隙を突かれるだろう。……これが普通の戦いなら。


 しかし児島ログスの片手剣は大斧の一撃を食らっても、折れるどころか刃こぼれすらしない。オリハルコンとかクラゲの骨とか、何か特殊な材質なのだろう。そしてその剣を持つ児島ログス自身も、チートスキルの力によって大斧の一撃をしのいでいる。


 対してレベッカも、大斧の隙を突いて飛び込んできた児島ログスを、籠手による拳打と脚部鎧グリーブによる蹴撃で幾度となく撃退していた。


 ――このまま拮抗する、か? いや、レベッカは数分でポーションを飲み直さないといけない。

   その隙を児島ログスは確実に突いてくる。勝負を急がないと……


「レベッカさん、なんとか隙を作ってください! 隙あらば、これを使います」


 聞こえよがしにタクトアルテミシアは叫び、鞄からガチャガチャカプセルのようなものを取り出した。

 透明で薄っぺらなカプセル状の球体の中に、乳白色の液体が入っている。

 催涙煙幕ティアガスポーションを詰めた『薬玉』だ。

 これは要するにポーションを使った手投げ弾であり、安全装置である爪を折った後に何かに叩き付けると、砕けて中身を散布するものだ。


「了解、なんとかするわ!」

「ふん……やってみやがれ」


 余裕を持って見下すような口調の児島ログスだが、少なくともタクトアルテミシアを気にしている様子はあった。

 それで十分だった。


 児島ログスは一度、催涙煙幕ティアガスポーションで痛い目を見ている。隙を作れば催涙煙幕ティアガスポーションが飛ぶというプレッシャーは、判断を誤らせる種になり、慎重にならざるをえなくする。

 そしてそして、児島ログスが隙を晒せば、本当に催涙煙幕ティアガスポーションを叩き込んで動きを止める。


 ――これで少しは心理的に優勢になったはず……後は、向こうが魔物を片付けるまで粘れれば、残りの魔術師が応援に来る。そうすればこっちの勝ちか、せめて追い払うくらいはできる!


 そうやって考えを巡らせながらも、タクトアルテミシアは自分自身の機転に驚いていた。

 最初に魔物と戦ったときからしてそうだったが、窮地に陥ってもテンパる事なく、どうすればいいかという考えが次々浮かんでくる。

 命の危機に瀕して、秘めたる才能が目覚めたのだろうか。あるいは、もしかしたらこの体が持っている資質か何かか。

 どちらだとしても、生き延びるために使える"力"なら大歓迎だ。なにしろ肉体的には非力と貧弱の極致なのだから。


 ――ところで、これもノーカンでいいよな? 戦ってるうちに入らないよな? 自分でチャンバラしてるわけじゃないし……

   戦えないくせに後ろから指図するだけの小娘。うん、ぜんぜん格好良くない。オッケー!

   ……とは言え、無事生き延びたら、俺の活躍を他所で語ったりしないよう、関係者全員にお願いしなきゃ。話に尾ひれがついて泳ぎだしちまう。


 そんな、のんきな考えが吹き飛ぶ事態がタクトアルテミシアの目の前で起こった。


「あっ!?」


 思わずタクトアルテミシアは声を上げた。

 児島ログスの足を狙うように低く振り抜いたレベッカの大斧が、跳躍によって躱された。

 両手は斧で塞がり、その体勢からでは蹴りも打ちにくい。

 つまり、レベッカの頭部がガラ空きの隙だらけになっていて……そこへ児島ログスが跳びかかったのだ。


 胸を逸らすようにして、レベッカは頭を守った。だが、それは、鎧で守られているとは言え、胸部を無防備に晒す行動であって。

 驚いている暇すら無い、一瞬の出来事だった。

 児島ログスが持つ剣の切っ先が、レベッカの鎧の、優美な双丘を描く胸当てを貫いていた。


「レベッカさん!」

「だはははは! 討ち取っ……あれ?」

「引っかかったわね、クソガキ」


 児島ログスの顔色が変わった。

 押しても剣を押し込めず、引いても剣が抜けないらしい。

 その剣の長さからしたら、児島ログスの剣の切っ先は明らかに、レベッカの巨大な乳房を下から上へかち上げるように貫いているはず。なのに刺されているはずのレベッカは、口を新月に近い三日月型に歪め、ぞっとするような笑みを浮かべている。


「ごめんね、アルテミシア……お姉ちゃん、あなたにひとつ嘘ついてたわ。こんな時にバレるなんてね」

「そ、その鎧の中身、まさか……」

「そうよ、この場所に収まっているはずの脂肪玉は存在せず、代わりに追加の装甲を仕込んでるの。私はね……貧乳なのよ!」


 鎧の厚さと剣の強度を計算して、最も装甲を活かせる角度で剣を受ける。

 言葉にするのは簡単だが、相手が経験乏しい(と思われる)子どもである事を差し引いても神業だった。

 

 レベッカはログスの腕をたぐり寄せ、そして背負い投げの要領で……

 否、もっと原始的かつ暴力的に、子どもがぬいぐるみを振り回すかのように児島ログスを地面に叩き付けた。


「がっ……!」

「……今よ!」

「はい!」


 児島ログスが怯んだ隙に、タクトアルテミシアは薬玉を投げつけ、同時にレベッカは飛び離れた。

 薬玉は小気味のいい音を立てて割れ、気化したポーションが煙幕のように立ちのぼる。


 ……だが。

 

「効か……ねえよっ……!」


 白煙の中、幽鬼のごとく児島ログスが立ち上がった。

 ふらついているのは、別にポーションのせいじゃない。レベッカが地面に叩き付けたからだ。


 ――どうして……?

   いや、予想はできてたけどやっぱりこれは……


「ク、クク……驚いて声も出ねえって顔だなあ……

 目には目を! ポーションには……ポーションだ!」

 

 ご丁寧に説明してくれた児島ログスのおかげでタクトアルテミシアは察した。

 毒などに対する抵抗力を高めるポーション……抵抗強化レジストポーションを飲んでいるのだ。

 これもポーション工房で作られていたもの。当然略奪を受け、そして、先程の戦いで一杯食わされた児島ログスは対策を練ってきたのだろう。

 

「お前みたいなバカはひとつ覚えで来ると思ってたぜ!

 だが、同じ手に二度も引っかかるような俺では――」

 

 よろめきながらも児島ログスは不敵に笑っていたが、しかし、虚を突かれた様子で言葉が途切れた。

 

 いつの間にか姿を現したレグリスが、教本の挿絵のように綺麗な姿勢で弓を引き絞っていた。

 つがえられた矢の先端は、うっすらと虹の色彩を帯びた不思議な銀……

 レグリスがズボンのベルトに隠していたものだった。

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