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1-22 台所は肉を斬る場所

「領主様、よくぞご無事で……」

「いや、君たちこそ、よくぞ無事でいてくれた」


 牢の前にはサイードと領兵たちが跪いて礼の姿勢を取っていた。元領兵と現役領兵だけあって、その所作は堂に入ったものだ。

 アリアンナとタクトアルテミシアもなんとなく空気に流されてそれに習う。レベッカは立ったままだった。


 未だ状況は厳しいはずなのだが、領兵たちの顔に絶望の色は無い。レグリスを助け出した、ただそれだけで全てが好転すると信じているかのように。

 それだけレグリスが慕われ、信頼されていると言う事だろう。


「はいはい皆さん、感動の再会もいいけど、まず出したげなさいよ。ほら、道開けて」


 レベッカは居並ぶ鎧の山を掻き分けて、ゲジゲジの足みたいに細かい凹凸の付いた金の鍵を取り出した。

 金の鍵を牢の扉に突き刺すと、ガチリ、と小気味のいい音を立て、扉はあっけなく開いた。


「妹捜しの必需品、魔法の万能鍵。魔法的にロックされた鍵じゃなければ、ほとんど開くわ」

「……妹って、普通そんな風にして捜すものなの?」


 ――こいつさては、妹だと思った女の子を牢屋から勝手に連れ出した前科もあるな。


「私は本職の盗賊シーフじゃないから、道具頼みだけど。これでダメなら力尽くでぶっ壊すしかないからよかったわ」

「なんと。この場合は助かるが、牢のセキュリティを見直さなければなるまいな」

「鍵なんて開くときには開くんだから、仕事熱心な牢番の方が大切よ、領主様」


 牢に囚われていたのは、レグリスとルウィスを別にすれば、ちょうど八人。働かされているという魔術師の数と同じだ。

 牢から出て来たレグリスは、大きな手でタクトアルテミシアの手を包み込むように握手をしてきた。

 ゴツゴツとした剣ダコの存在を感じた。


「感謝する。やがてこのゲインズバーグを治める、私の後継者を救ってくれて、ありがとう。君たちが助けに来てくれなかったら、私はともかく、ルウィスの命は早晩、燃え尽きていただろう。感謝の言葉も無い」

「いえ、私はポーションを渡しただけで……え、後継者?」


 タクトアルテミシアより先にサイードが気付き、絶句していた。


「第三子のルウィス様が後継者、ですか? すると、嫡子のアルムス様は……」

「あぁ。ログスの手を逃れ、身を潜めて機をうかがっていたようだが……ログスに挑んで殺されたそうだ。ログス自身が、アルムスの首を見せに来たよ。

 ……優しすぎたのだ、アルムスは。我ら、人の上に立つ者は、生きるべき時と、死ぬるべき時があると言うのに。そのまま身を潜めていればよかったところ、アルムスは……民が殺されていくのを見ていられなかったのだろう」


 レグリスの顔に、はじめて苦悩の色がよぎった。

 長男のアルムスを馬鹿だと思っている……わけではないだろう。こうなることが初めから分かっていて、それでも口惜しいのだという様子だった。


 タクトアルテミシアは首でも締められたような気分だった。

 ここにもヒロイックな奴が居る。民のためを思い、敵わぬと知りながら強大な敵に挑む。なんたる英雄的行為か。

 結果が犬死にと言うのは流石にいただけないが、それでも捨ててきたはずの憧憬が脳裏をよぎり、古傷のように心が痛む。

 幼き日の自分が問いかけてくるようでもあった。『こんな風に、誰かの希望になりたかったんじゃないの?』と。

 

 ――無理だな、俺には。

   大人になるとね、もう夢なんて見てらんないんだよ。特に、自分を生かすだけで精一杯の無能はね……

 

 ふと気付けば、元領兵であるサイードや領兵たちだけでなく、一領民に過ぎないアリアンナまでもが沈痛な様子で目を伏せている。

 タクトアルテミシアはそれをどこか遠い世界の出来事のように眺めていた。

 

 ――ほら見ろ、英雄譚の主人公ってのは、こんな風に物事の帳尻が合ってなくちゃならない。

   立ち上がれば期待される。成功すれば賞賛される。死ねば悼まれる……

   俺には無理だ。どんなに頑張っても、いいように使われてるパシリにしかなれなかった。

   七転八倒してるだけの喜劇役者なんか、お呼びじゃねぇんだよ。

 

 そして、次期領主の立場となったルウィスはなんとなく所在なげだった。

 レグリスがタクトアルテミシアにそっと耳打ちする。


「君には済まない。

 ルウィスは……上にふたり居ると思って生きてきたのに、突然こんな事になってしまった。まだ心構えができていないのだ。

 そのせいか、変に気負ってしまっているようでな……」

「いえ、大丈夫です。お気になさらないでください」


 ――この子も……まあ、そうだな。俺なんかとは違う世界の住人だ。

 

 今はまだクソ生意気なガキンチョかも知れないが、この存在感ある領主様の息子には違いない。

 具体的に何がどうとは言えないが……『華がある』とはこういう事か、という気がする。


「……ところで、牢屋から連れて行かれた人質達はどうしている? 皆、そのように城の仕事をさせられているのか」


 レグリスが声をかけたのは、人質として囚われた後、メイドの仕事をさせられていた少女だ。


「私たちも、ちょうどそれを聞くところだったのよ。牢番を倒した勢いでこっちまで来ちゃったけど。聞かせてくれる?」

「は、はい! 食事の支度と、ログス様のお部屋の掃除だけをさせられています。今、この城で使われているのは、魔術師が集まっている作戦会議室と、ログス様のお部屋、魔物が寝起きしている兵舎だけです」

「……人数的にもそれが精一杯だろうな」

「それじゃ、城中に散らばっているわけじゃないのね」


 レベッカが言う通りで、人質を捜して城中歩き回る必要は無さそうだ。


「人質を救出して、魔術師を味方に付けるはずだったんですが……使用人全員に、一気にメッセージを届ける方法ってあります?」

「非常事態には鐘を鳴らすとか、魔法で拡声するなどの手段で城中に指示を出す手はずだが……

 今それをすれば、まずログスにも悟られるだろうな」

「ほとんどの時間、台所で働いていますので……台所へ行けば、おそらく全員居ると思います。ただ、見張りの魔物がいつも付いています」

「種類と数は?」

「種類は分かりませんけど、人間と同じくらいの大きさで、領兵の装備を着けているのが三匹ずつ。台所と作戦会議室にいます」

「……なんとかなりそうね」

「後は脱出経路が欲しいんです。大勢で安全に脱出できる抜け道はありませんか?」

「大勢となると……使用人居住区からの抜け道の方がいいか。地下を通じて東の森へ抜けられる」

「了解したわ。決まった以上、行動は迅速に。……非戦闘員を山ほど連れ歩く事になるから、途中で向こうに気付かれたら終わりよ」


 レベッカの一言で、タクトアルテミシアは気を引き締めた。

 ここまでは確かに上手くいった。しかし、まだまだ綱渡りの状況が続くのは同じなのだ。

 

「ところで、レベッカ殿。ひとついいだろうか。

 ……君は、弓を使えるかな」

「的当てくらいならできるけど?」

「なら私が使うべきだろうかな……」


 レグリスはズボンのベルトをいじる。すると、どこに隠されていたのか金属片のようなものがぽろりと落ちてきた。

 

「なにそれ」

「……こんな場所で領主なんてしてると、何かと用心深くなるものでね」


 レグリスはニヒルに、しかしどこか茶目っ気を漂わせて嗤った。


「もしログスと遭遇した場合、ひとつ試したいことがある。

 これでダメだったら……私はその時こそ決断しなければなるまいな」


 * * *


 城主一家のディナーから使用人の食事まで、全てを引き受けているゲインズバーグ城の台所は広い。少しばかり薄汚れた白灰色の漆喰の壁に、たくさんの肉や野菜が吊されている。

 部屋の中には複数の調理台が並び、壁際には、薪のかまどと魔導コンロが半々で据え付けられている。パン焼き釜も、かなり大きなものがあった。火を使う区画全体は、煙出しが覆い被さるような構造で、外の煙突へ通じていた。

 普段なら料理人達がせわしなく立ち働き、戦場のような慌ただしさと活況を見せる台所だが、今はまるで刑務作業所のごとき様相を呈していた。


 魔物達の食事が終わり、調理に使った道具や大量の食器を洗う音だけが台所に響き合う。話し声ひとつ立たず、作業をする者達は皆、暗い表情をしていた。全員、捕らえられている魔術師の家族だ。

 そんな彼らの間を、領兵姿の魔物が三匹ほど練り歩き、監視している。手には抜き身の剣を携え、甲冑をガチャガチャと鳴らしながら歩くので、近くに魔物が来る度に、皆が震え上がっていた。


 そんな魔物の数が、突然、減った。


 何かに躓いたかのように、魔物が一匹倒れていく。

 仕事に集中している(と言うか、怪しい動きを少しでもしたら脅される)人質達は、それに気がつかない。つまらない見張りに退屈して注意散漫になっていた二匹の魔物は、一瞬の間を置いてから、ようやく仲間の異変に気付いた。


 しかし次の瞬間、残りの二匹は血を流して崩れ落ちていた。片方などは、胴体が腰から真っ二つになっていた。

 何が起こったか分からないという驚愕の表情を浮かべたまま床に倒れたのは、ほぼ三匹同時。

 その音でようやく、作業をしていた人質達は異常に気がついた。


「うっはー、緊張したっす……上手く行って良かった」

「どう? アルテミシア。見えてないけど、大丈夫よね?」

「だ、大丈夫です。うまく行きました……」


 突然、何も無い場所から声が聞こえて、驚きざわめく声が上がる。

 その声が高まってきたところで、半開きだった台所の扉が勢いよく押し開けられた。


「皆……助けに来たぞ」


 姿を現したのは誰あろう、城主であるレグリスその人だ。

 台所に歓声が満ちた。

 全員が作業を放り出してレグリスの所へ殺到する。


「静かに! 隠密行動中だ。あれ・・に気付かれてはいけない」


 注目を集めたところでレグリスが一喝し、一気に静かになった。

 しかしその静寂は消沈によるものではなく、働かされていた者達は、皆、希望に顔を輝かせていた。


「そこの者、代表して状況を聞かせてくれ」

「あの、その前に、領主様……何も無いところから声が聞こえたのですが」

「仲間だ。迷彩ステルスポーションを使ってる」


 レグリスの言葉で全員、納得した様子だった。

 迷彩ステルスポーションを使って姿を隠したタクトアルテミシア、レベッカ、そしてカルロスが三匹の見張りを仕留めたのだ。ポーションに限りがあるため領兵からはひとりだけ選抜することになったのだが、何か心境の変化があったのか、強く希望してカルロスが参加していた。


 タクトアルテミシアが暗殺係になってしまったのは、非常に不本意な経緯によるものだ。

 この後、魔術師の解放に動かなければならないわけだが、そのためには先程と同じようにレベッカとタクトアルテミシアだけで動くのがいい。しかし、そのための余分な迷彩ステルスポーションは無いのだ。

 食堂の見張りを排除した後、迷彩ステルスポーションの効果が切れる前に作戦会議室へ向かう……そのためにはタクトアルテミシアがここで戦うしかなかった。レベッカが持っていたサブウエポンのダガーを、膂力強化ストレングスポーションの力を借りてレッサーオーガの喉にねじ込んだのだ。


 ――ノーカン……こんなのノーカンだから……姿を消して不意打ちで殺すだけって……戦ったうちに入らないから……誰でもできるから……


 非戦闘員を主張した直後にこれだ。

 不本意だ。テトリスで4列分の穴に仕方なく『L』をぶち込んだ直後に待っていた長いのが出て来たくらい不本意だ。


「城内の魔物は見張りだけか?」

「はい。魔物はほとんど兵舎に留まっております。時折、ログス様に呼ばれたらしい魔物が入ってくるくらいですが……」

「分かった。……聞いていたな、三人とも。ポーションの効果が続いているうち、作戦会議室へ向かっている人質の確保と、作戦会議室の解放を頼みたい。カルロス、道は分かるな」

「はい! 了解いたしました!」


 姿が消えているもので様子はよく分からないが、領主様直々に命ぜられたとあって、カルロスはかなり恐縮した様子だ。おそらく緊張で右手と右足が同時に出ている。


「魔術師を救出するまでは、変に動かない方がいいだろうな。大勢が動けば気付かれる危険が高まる」

「向こうへは私達三人だけで行って来るわ」

「頼んだ。こちらは脱出の準備を整えておく」


 短い相談を終えて台所を出て行こうとすると、足音で動きを把握したらしい人質の皆さんから、声援が投げかけられる。


「がんばれよ!」

「助けてくれてありがとう!」

「気をつけて!」


 声を低めてこそいたけれど、そこには抑えきれない歓喜と期待の色がにじんでいた。

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