1-20 竹に雀、ファンタジーにメイド
お城には秘密の抜け道。ファンタジーの常道だ。
包囲された城からこっそり脱出したり、逆に忍び込む経路に使ったりとドラマの舞台として便利な一家に一台のやつ。
もしかしたら高官や領主一族だけの秘密で、一般兵には知らされていないかも、と思ったが、これはサイードが知っていた。
城から街中の神殿へと通じる抜け道がある。
そして神殿には下水道の出入り口がある。
上空や監視塔からの監視を避けて、ここまで来る事ができたのだ。
神殿地下倉庫から抜け道を通り、突き当たりの鉄扉を開けて出た先にあったのは、湿っぽい石造りの部屋だった。
その部屋は抜け道へ続く扉の周囲だけが掘り下げられたようになった半地下構造。階段上には石のブロックが積まれ、小さな魔法の杖らしきものが立てかけられていた。
「素人でも魔法が使えるアイテムね。石を繋げたり崩したりできる杖。たぶん、戦況によって抜け道を塞ぐためよ。辺り一面、石で埋め立てて繋げちゃえば、侵入側に魔術師が居てもしばらく時間を稼げるわ」
レベッカが説明してくれた。
こんな抜け穴があったのでは城に篭もるとき危ないと思っていたが、対策は用意してあるらしい。
……実行できなければ何の意味も無いのだが。
「これで城壁とか崩せるんですかね……」
「それは無理。城壁は魔法が通じにくい石材を使ってるから」
階段を上った先は、あまり広くない空間だった。一言で言うなら、そこは物置。
高いところにある細い窓から、かすかに明かりが差し込んでいて、古いバケツや、よく分からない鉄の箱など、狭い室内に置かれたいろいろな物のシルエットを浮かび上がらせている。
「埋められてもないし、監視されてもない……かえって不気味ね」
「ここはもうお城の中なんですよね?」
「そうだ。見張りは……無しか?」
「やっぱり、この状況で誰かが侵入してくるなんて考えてもいないんじゃないでしょうか」
タクトとサイードは、ささやき声で会話をした。
「近くに何かが居る様子は無いわね。本当に全戦力が出払っているのかしら」
レベッカは壁や床に耳を付けて物音を聞き、部屋から出る扉をうっすらと開けて向こうの様子をうかがっている。やたらと手慣れた印象だが、どうやって慣れたのかはもはや語るまでもないだろう。
「まずは予定通り、地下牢を目指すわ。
大人数で動くと気付かれるかも知れないから、まずはここで待機。私とアルテミシアが先行する」
「え!?」
自分も待機するものだと思っていたタクトは飛び上がりそうになる。
「ななな、なんでまた……」
「なにかあったらポーション使うかも知れないじゃない。だったらやっぱり専門家が居た方が良いわよ。
アルテミシアひとりなら背負ったままでも戦えるし、命に替えても守るから安心して」
「分かりました……」
アイテムなんて誰が使っても同じという気もするのだが、考えてみれば適任かも知れない。
領兵たちは隠密行動に備えて、甲冑の一部を外すなど軽装になっていたが、それでも戦闘を想定した装備での隠密行動は難しい。
サイードは言うに及ばず。老人である彼は、走るにしても忍び足をするにしてもタクト以上に向かない。
残るアリアンナは……非戦闘員という意味では同じだ。だったらポーションを自ら調合した実績があり、倉庫への潜入までこなしたタクトを連れて行くのは必然と言えた。
「人質を助けるまでは慎重に、そして迅速に。
最短距離で地下牢まで行くわよ」
タクトが調合を行っている間、サイードは城の中の大まかな地図を、工房に残された筆記具で描いていた。この場所は地下牢に近い。見張りさえ居ないならすぐだった。
* * *
しかし、居た。
外からの侵入者に対する見張りこそ居なかったが、そうではない見張りは居た。
所々に魔導ランプが掲げられているだけの、薄暗い石造りの地下の廊下を進み、牢まであと一歩という所、先行するレベッカが廊下の角で急停止した。
「……過剰戦力でしょ」
「えっ……?」
「静かに。オーガが居るわ……」
息をのむ気配が伝わってきた。
タクトはそっと角から覗き、廊下の先を見た。
四角く直線的な廊下に、巨大な人型の異物が存在した。
身長はおよそ二メートル半あり、直立したら天井に頭がぶつかりそうだ。
厚みのある体は美術室の石膏像みたいなパーフェクト筋肉。そして、大きく裂けた口から乱ぐい歯が覗く、獣のごとき異形の頭部。
これまでに見た魔物と違って、領兵の装備は胸当てだけを無理矢理縛り付けたような姿だ。サイズの合う防具が無かったからだろう。
傍らには、直撃したら三回くらい死ねそうな棍棒が置いてあって、壁に背中をもたせかけ、退屈そうに腹を掻いている。
オーガ。暴力と破壊の権化として恐れられる、巨人系の魔物。
単に力が強く凶暴な魔物なら他にも居るのだが、オーガは繁殖力に劣る巨人系の魔物の中では、比較的数が多く、魔物が大規模に侵攻する際、しばしば尖兵となるために知名度がある。
巨人系の魔物の中では小型な方だが、それでも人間では全く敵わないほど力が強い。魔法を使うわけでも、厄介な能力があるわけでもなく、ただただ圧倒的な怪力によって恐れられている魔物だ。
「あれがオーガ……」
「オーガなんて、一匹でも発見されたら討伐隊が組まれるレベルの大物よ。
この辺じゃ、南の魔族領から偶然迷い込んでくるくらいのはず……
なんであんなのが牢番なんかしてるのかしら? 切り札になるレベルじゃないのよ」
「私、分かるかも知れません」
ちょっとうんざりしながらタクトは言った。
児島のことなんか理解したくもなかったのだが、残念ながらこの世界で児島の思考を一番よく知っているのはタクトなのだ。
「あいつは他人を『支配する』か『こびへつらう』か、どっちかしかしない奴です。……だと思います。
人は信じられないって言って、わざわざ領兵を皆殺しにして魔物を使うまでしてます。
そんなあいつが、人である魔術師を使っている。きっと、裏切られないか気が気じゃなくて、人質を放り込んだ牢の番に最大戦力を突っ込んだんだと思います」
「他者不信……いや、ただの小心者か。
そんなどうしようもない奴にここまでやられちゃうなんてね」
「同感です」
だいたい『転生屋』のせいだった。
「レベッカさん、勝てますか?」
タクトに聞かれたレベッカは、ベルトに挟んだポーションの瓶をちらりと見る。
彼女に頼まれたポーションは全部作ることができた。目玉は膂力強化と耐久強化。これを飲めば戦闘能力は跳ね上がるはずだが、レベッカの表情は険しい。
「ポーション込みでも力比べなら負け、一発食らえば大怪我ね。こんな狭いところで棍棒を振り回すのは難しいかも知れないから、その隙を突いてどうにかすれば……っ!?」
レベッカがはっと息をのんだ瞬間、タクトも気がついた。
カン、カン、と反響して聞こえる足音が、背後、どこか遠くから伝わってくる。
――誰か来た!?
一気に緊張が高まった。
このままではオーガと、何者かの挟み撃ちだ。
レベッカが手振りだけで、近場の扉へ誘導する。タクトは何とか足音を立てないように部屋へ滑り込んだ。
部屋の中は明かりが付いていないので真っ暗だったが、どうやら牢番と看守の休憩室だったらしい。
部屋の真ん中に簡素な机が置かれているのが、廊下から差し込むわずかな光で確認できる。
壁に背を付けるように、ふたりは息を潜めた。
足音は徐々に近づいてくる。
やがて、扉の外を伺っていたレベッカが、小さな声でつぶやいた。
「……メイドだわ。籠にたくさんの食べ物を持ってる」
「メイド? 魔物でも、ログスでもなく?」
「くたびれた様子だけど、ただの人間よ。生肉の塊が見えるんだけど……あれ、オーガの食事かしら」
「そっか、魔物だって、ものを食べなきゃ生きていけないんだから、世話係が必要なのか……」
とはいえ、たとえ非戦闘員でも人間を使っているのは、児島にとって苦肉の策だろう。
もし、魔物の世話を魔物にやらせられるくらいの大軍勢になれば、世話係は全員、文字通りの首切りをされそうだ。
「……ん? だとしたら、あそこにはオーガが食べるものが……」
部屋が暗くて良かったとタクトは思った。
きっと、すごく悪い顔をしているに違いなかったから。
「レベッカさん……あのメイドさん、捕まえて話を聞けるでしょうか。戻ってくる時じゃなくて、できれば今」
「できると思うけど……あぁ、もしかして?
分かった、あなたの合図で飛び出すから、籠を落として音が立たないようにお願い。私は身柄を確保するわ」
レベッカも、差し込む明かりだけで分かるくらい悪い顔をしていた。
廊下から見えない位置まで全員を下がらせたレベッカは、そっと扉を押した。
暗かった室内に、一気に明かりが入ってくる。
「あら?」
声が聞こえた。
廊下を歩いているメイドからすれば、急に扉が開いて廊下をふさいだように見えるはずだ。
「な、何かしら。風も無いのに……」
少しだけ彼女は立ち止まっている様子だったが、すぐにまた近づいてきた。
足音がすぐそこまで来た、と思ったところで、タクトはレベッカの背中を押した。
ふたりは足音を殺したまま、部屋から一気に飛び出した。
「きゃ…………!?」
悲鳴を上げる暇もあらばこそ。
メイドの背後に回り込んで、口をふさいで拘束したレベッカは、暴れられないように抱え上げる。同時に、彼女の手放した大きな籠をタクトは受け止めた。
――うわ!? なんだこれ、重っ!
籠の重さを受け止めて、タクトはひやりとした。
重い。重すぎる。
籠の中に入っているのは、バゲットのようなパンがまるまる二本、シチューが小鍋ごと、生肉の塊、そしてワインが一本だ。
確かにこれはタクトの感覚からしても重い荷物だが、それ以上に、今の体は腕力が無かった。
支えきれず、重さに引っ張られるようによろめく。
――こ、これを落としたら、音がして全部台無しにっ……!
「よっと」
急に籠が軽くなったと思ったら、籠の取っ手の片方に、レベッカが足を突っ込んでいた。
メイドを両腕で抱え上げたままだというのに、すごいバランス感覚と力だ。
バランスを立て直して籠をしっかり抱え、タクトはほっと一息ついた。
「あ、ありがとうございます……」
「いーのよ、重い物を持てなくてよろめくアルテミシアはすっごく可愛かったから」
慈母を通り越して、小動物を慈しむような、とろけきった笑顔だった。
タクトとしては、この状況でそんなことが言える根性にもう感服するしかない。曖昧に微笑み返したが多分表情が引きつっていた。
「さて、メイドちゃん、お静かに。助けに来たわよん?」
突然現れた変な連中に拘束されて、驚きのあまり固まっていたメイド。レベッカにささやきかけられて、はっとした様子だった。
彼女はおよそ15歳ほど。黒髪ロングヘアの彼女は、黒のロングワンピースに白いフリルエプロン、そして白いキャップという、典型的なメイドスタイルだ。
「ごめんなさい、急にこんなことして。すぐそこにオーガが居る……のは分かってますよね。気づかれたくないので、静かにお願いします」
口を封じられたまま必死で頷くメイド。
レベッカに開放されると、彼女は興奮した様子だった。
「あなたたちは誰ですか?」
「街から出たいだけの善良な行き倒れでーす」
「貴女はこの城のメイドよね? 状況を教えて欲しいのだけど……」
「ちょっと待って、違います」
メイドは質問しようとしたレベッカを遮る。
「違うって、何がよ?」
「わたしはメイドじゃなくって、本当は屋台の食べ物売りです。でも、お父さんが領兵団で魔術師をしているからって捕まって、働かされてるんです。お父さんも、ログス様に命令されて無理矢理働かされてるみたいで」
「えぇ? 魔術師は、家族を牢屋に捕まえられて従わされてるって聞きましたけど」
「末の弟が牢屋に捕まってるんです。ちゃんと働かないと殺すって言われました」
「……! なるほど、全員人質にする必要は無いわよね。家族のうちひとりだけ捕まえておいて、残りは全員働かせているってことね」
――あぁ、実にあいつらしいじゃないか。
人間を最大限に有効活用して使い潰すやり方をよく知ってるよ。それでこそお前だ、クソ上司。
胃の辺りがムカつくような気分だった。
人質はひとりで十分。ならば、それ以上遊ばせておく必要は無い。いかにも児島が考えそうなことだった。おまけにこれなら、元から居る使用人と違い、人質を取って裏切りを抑止できる。
領兵ですらない使用人に何ができるか、とも思うのだが、万が一の用心すら怠らないのは慎重……いや、小心極まる。
「じゃ、元から居た城のメイドは……?」
「使用人はみんな殺されて、魔物の餌にされたそうです。男も女も、みんな。……わたしが着ている服だって、本当は誰か別の子が使ってたはずのものです」
「むごい……」
この城を維持するため、何十人が働いていたのだろう。
それを、『ただ邪魔だから』という理由で児島は皆殺しにした。領兵は、児島を止めようと戦いを挑んだのだから分からないでもないが、使用人は無抵抗の非戦闘員だ。
「今の、城内の様子を聞きたいんだけど……」
レベッカはメイドに言いかけて、すぐそこにある曲がり角の方をちらっと気にした。
向こうにはオーガが居る。ここまでの話も声量を抑えてのひそひそ話だ。
「……あいつを気にしながら話をするのも窮屈ね。排除しちゃいたいんだけど、手伝ってくれるかしら」
「は、排除……?」
「この籠って、オーガに食わせるためのものでしょ?」
「そう、です、けど……」
いつの間にか、レベッカはメイドの両肩をがっちり掴んでいて、メイドはちょっと引いていた。
なんかどうも荒っぽい事に協力させられそうだ、と察したようだった。
今回の投稿で10万字越えました。
第一部はもっと短く済むつもりだったんですが気付けば10万字……
読者の皆様、お付き合いいただきましてありがとうございます。
PVブクマ評価感想、全てを励みにして頑張っております。
皆様にお楽しみいただけましたら、それこそが無上の喜びです。
【2018/8/4追記】改稿に伴って文字数もだいぶ変わりましたがお礼の言葉ですので残しておきます。