17-9 ミディアムレアであの世逝き
エドワードの説明を聞いて、あまりのことに会議室は静まりかえった。
尋常の存在という埒を越えた『才能』の持ち主……
それだけでも脅威であるというのに、『才能』を食らって更に力を付ける化け物が存在するというのだから。
「"グール"の目的が……ああ、つまり目下のところ誰を狙っているのかという意味ですが、それは不明です。
ただ、おそらく皆様ご存知のことと思われますが、彼女・アルテミシアも"グール"に狙われるやも知れない特別な才能を持っております。奴が我々を追って来たことも含めて考えれば、彼女は仮想標的と考えられる。
そして皆様が把握しているといないとに関わらず、これだけの都市です。才能を持つ者は他にも居ることでしょう」
何人かが心当たりのありそうな顔をした。
アルテミシアも、マナやアリアンナが『それ』だと知っているし、農地に寝泊まりしているドラゴンさんも何かチートを持っていそうだ。
あとレベッカが度々訪れては怪しい衣装を大量調達してくる服屋なんかも怪しい。
「ここからはわたしが。
……ええと、皆さんわたしの『眼』についてはもう聞いていますよね?」
アルテミシアは、椅子から立ち上がっても高さがあまり変わらないので座ったまま軽く手を上げ、エドワードの話を引き継いだ。
一同を見回しても、『何の話か分からない』という顔をしている者は居ない。
まあカレンやヨクトは先程聞いたばかりだろうけれど。
「それ、そっちのお兄さんが言う『才能』なの?」
カレンはエキゾチックな黒髪を弄びながら問う。
これにはエドワードが答えた。
「いえ。おそらくは別です。
詳しく説明するには時間が掛かりすぎますのでひとまず結論のみ述べますが、彼女が持つ『才能』はポーション作りくらいのものです」
実際、アルテミシアのこれはチートとして実装されたものではないらしい。
極めてチートスキル的な能力ではあるが、あくまでも世界の内側の力だ。
「ふぅん。まあつまり、占術みたいなものだものね」
「だが占術とは曖昧なものが多い。対して彼女の力は見るものが明瞭で、精度も異常なほどだ」
レグリス自ら口を挟んで裏付けをした。
既にアルテミシアの通報を受けて領兵団が事件や事故を阻止したケースは両手の指で足りない回数になっていた。
領主様自らこんなことを言って下さるのは少々こそばゆいが、何はともあれ悲劇を阻止できているのは喜ばしいことだ。
「今日の朝、わたしは街中のほとんどの人に『死の影』を見ました。まるで街中が燃えているみたいに、道行く人のほとんどに。
わたしの力は、数日後までの死の運命を見通します。運命って言っても、あくまで可能性とか確率の話になるんですけど……
昨日の夕方には何も見えませんでしたから、今日の朝か、もしくは夜中に射程に入った時間帯。丁度わたしが見える限界ギリギリの場所に破滅的な『事件』があるんだと思います」
「推測の段階ではありますが、これは災害や魔物の襲撃でなく"グール"によるもの思われます。
何故なら彼女は、この私に誰よりも濃く『死の影』を見ているためです」
街中の『死の影』と言うと雲を掴むように曖昧な話だが、エドワードが自らの死の可能性に言及すると一同がちょっとざわめく。
まさに筋肉そのものと言うべき隆々たる肉体を持つ、目の前の一流冒険者が、数日内にほぼ死ぬのだと聞けばただ事ならざる事態を想像しやすいのだろう。
「奴を倒すことは単に仕事という領分を越え、自らの使命と考えております。
もし奴が現れるのであれば、私は先頭に立って戦いましょう。それは最も大きな危険に身を晒すという事です」
エドワードは自らの死について、特に感情を差し挟むことなく語っていた。
その動機に関しては、未だアルテミシアもよく分かっていない。
「"グール"はこれまでも周囲の被害や巻き添えを顧みず戦っております。
おそらく"グール"は数日後にこの街を襲い、数人の転生……いえ、『才能』を摘み取るため、千人万人の人々を巻き込むような戦いを展開するでしょう」
ごくりと唾を飲む音が聞こえるかのようだった。
そんな事が起こるのだとしたら、まさに人の姿をした災害だ。
そしてこのゲインズバーグシティは、既に一度……人の姿をした災害に襲われている。
「失礼、質問を一つよろしいでしょうか」
「どうぞ」
領高官の一人が挙手をして発言権を求めた。
スーツスタイルで禿頭の彼は、なんとなく『私立高校の校長先生』とか自己紹介されたらギリギリ信じてしまいそうな雰囲気の男だった。
「その……我々も街の人々と同じように、『死の影』が?」
不安げに、すがるように彼はアルテミシアに聞いた。
口には出さずとも皆が思っていることだろう。自分は死ぬのかどうか、と。
死が迫っているかも知れないとなれば、誰だって冷静ではいられない。
アルテミシアは、視界を切り替える。
既に開いている目をもう一段階開くような奇妙な感覚だ。
視覚的に見えている映像に重なって、不気味な紫色の『死の影』の炎が踊っていた。
とは言え、その火勢は総じて小さい。隣に居るエドワードと比較すると尚のことだ。
「皆さんは……街の人たちよりも薄いです。
要職にある人は兵に守られて安全圏に居る可能性が高いでしょうし、"グール"が狙うような特別な才能も持っていないですから生き延びる可能性が高いんだと思います。
あと冒険者のお二人は、やっぱり強いから生存率が高いのかと」
「でも、ゼロじゃあないのね?」
「……はい」
アルテミシアとしては余命宣告のように言いにくい話だったのだが、カレンはむしろ望む所とばかりに挑戦的に笑った。
「上等じゃない。買うわよ、その喧嘩」
「冷酷な夜空に埋没している、幾許かの可能性という名の星々……
その輝きを摘み取らせてはならない。我ら、夢を繋ごうぞ」
ヨクトも(よく分からないがおそらく)同調した。
「……冒険者二人に先に言われてしまったか」
街で実力トップのパーティーと、こなした依頼数がトップのパーティー。
二人のリーダーの力強い言葉を聞いて、領旗を背負って座るレグリスは苦笑した。
「我が街を、我が民を脅かす者があらば、私はこれを排せねばならぬ。
そして、この街を守らなければならないという気持ちは皆が共有してくれるものと思っているよ。
……只今を以て、数日後に襲撃を行うと思われる"グール"に対する防衛作戦を開始する」
レグリスは、一軍を率いる将としての顔で宣言した。
空気が突然硬くなったかのようにアルテミシアは錯覚した。緊張感だ。決して重圧ではなく、ただ人々を目的へ邁進させる良性の緊張感。
一言で空気を変えたのはレグリスのカリスマの成せる業だった。
「領はこれを最優先対処事項とし、種々の備えを講じる。
……アルテミシア、君にも協力を願えるだろうか。『死の影』の勢力変化を見れば、個々の対応策の有効性を判断したり、"グール"の行動を予測することもできるかも知れない」
「もちろん協力します」
アルテミシアの能力を利用した、戦略・戦術の有効度予測。これは以前にもレグリスが言っていたことだ。
戦争の道具にされるのは気が進まないアルテミシアだったが、こんな状況であれば否やもない。
「"グール"の能力に関しては私にお任せください。過去数度の交戦を経て、能力と性質に関してはある程度掴んでおります」
「かたじけない」
「『才能』持ちのリストアップも必要じゃないの。それっぽい人を掻き集めて、本当に『才能』があるか筋肉に判定してもらった方がいいと思うわ」
「そうだな……一所に集めておけば守りやすく、戦いが起こる場所も限定できるかも知れない」
エドワードとレベッカの提案にレグリスは頷き、それから、皆を見回した。
目が合ったのは一瞬だけれど、稲妻が流れ込んだかのようにアルテミシアは感じた。
人を真に率いる者が持つ、『圧』だ。
「時間との勝負だ……皆、よろしく頼むぞ」
「「「はっ!」」」「「はい!」」「「了解!」」「全ては流るる命の赴くままに……」
異口同音どころか返事の文言さえ一致しなかったが、会議室中から力強い応えが返った。