17-8 必要な 奴だけ呼ぶのが 良い会議
「やった……か?」
魔法の炎が晴れた後、そこには何も残っていなかった。
ただ、真っ白だった床が煤けているだけだ。
「木っ端微塵かしら?」
「どうかな……この程度で跡形も無く消し飛ぶほどヤワな奴じゃねぇと思うんだが」
「それっぽい気配はしねーな。でもさ、死んだとしたら魂が浮いてるハズだぜ。それが見えねー」
再び静まりかえった空きテナントダンジョンを見渡し、三人は気配を探っていた。
エドワードは大剣を引き戻して背中に収め、借り物の刃物を指の間に挟みつつ苦い顔をする。
「あん畜生、転移の魔法も使うんだ。ヤバイ戦いがあると分かってる時は事前に出口になる転移陣を作っといて、ヤバくなったら逃げる。転移の魔法は消費がクソ重いからその分の魔力は血反吐を吐いても残す。
徹頭徹尾おかしいイカレ野郎のくせに狡猾でな」
「じゃあ食らい掛けて逃げた可能性……」
言いかけたところでアルテミシアは気が付く。
あいつは、何のチートを持っていただろうか?
「【ドレインハンド】……! 待ってください、もしあいつが地上に逃げてたら、街の人が!?」
もしも、あの『転生者狩り』が戦いの傷を癒すためにチートパワーを縦横に振るったとしたら、どうなるだろうか?
「で、でも! 見え始めたのって今日になってからだよね!?
アルテミシアの目で見えるギリギリ先ってことは、まだ数日先なんじゃ……」
絶望的な予測を打ち消すかのようにわたわたと手を動かすアリアンナ。
まるで街が燃え上がったかのように誰も彼もに死の影が見えていた、あのおぞましい景色は、おそらく数日後のことになるだろう。もしあれが今日起こることだとしたら、もっと早くから見えていなければおかしい。
だからアルテミシアは星の魔杖回収の件も、ちょっとばかり悠長に考えていた。だけど、あんなのが来るなら話は別だ。
「街中の人がやられるわけじゃなくても……わたしの目に付いてないところで、とっくに『死の影』にまかれてた人が居るかも知れない」
「早く地上に戻るぞ! ああいうヤベェ奴が来てるって事を、領兵団と冒険者ギルドに言わなきゃなんねえ!」
「分かりました!」
誰からともなく走り出し、一行は全速力で白一色の空間を駆け戻っていった。
* * *
地上には、良いニュースと悪いニュースが待っていた。
良い方は、それらしい犠牲者が見つからなかったこと。
悪い方は、『転生者狩り』の行方は分からなかったこと。そして、街中の人に見えた『死の影』は結局消えていなかったこと……
「で、なんだこの状況は。お前、本当に顔なんだなあ」
「言わないでください……」
呆れ気味にエドワードが嘆息し、アルテミシアは気まずく視線を逸らした。
そこは領城の作戦会議室。領主レグリスと領兵団の幹部が意見を交わす、領軍事の中枢だ。
四角く並んだテーブルにはそうそうたる面子が着座している。
最奥で領旗を背負ってどっしり構えているのは領主であるレグリス。
周囲を固めるのは領兵団長と、その下に付く部隊長たち。
領都ゲインズバーグシティの衛兵隊長らしき黒スーツの老人。
ギルドの支部長である竜鱗アイパッチの女、マリエーラ。
領内で実力トップと目されるパーティー"穿つ流星"のリーダー、砂漠の民っぽい巻き布装束を纏った双剣士ヨクト。
先日顔見知りになった"黎明の獣"現リーダー、ハーフエルフの射手カレン。
高位の冒険者であるレベッカもこの面子の中にあって見劣りしないし、立派な装備と筋肉が合わさり最強に見えるエドワードも同じく。
アルテミシアだけがモロにか弱く浮いていた。
しかし、この面子が集まったのはアルテミシアが呼びかけたからだ。正確にはアルテミシアがレグリスに話を付けたからだが……
窓から見える空は既に暗く、分厚い雲に遮られて星は見えない。
いつもと変わらないただの夜闇であるというのになんとなく圧迫感があり、不安を抱かせるような空だった。
出席者が集まると、ワゴンに乗せて茶と軽食が運ばれてくる。
それをメイドたちが手際よく配っていった。
「甘いものは話が終わるまで出さない方が良いわよ。みんなでアルテミシアの方見ちゃって仕事にならなくなるから」
「なんでよ。じゃあ顔隠して食べるし」
「そんな勿体ない!!」
いっそ仮面でも着けて生活してやろうかと、アルテミシアは少し考えた。
給仕が終わるとメイドたちは一切退室する。
普通の晩餐なら残るところだろうが、ここで交わされる会話はトップシークレットだ。
「皆、急に呼びつけたにも関わらず集まってくれたことに感謝したい」
茶を一口飲んで唇を湿すと、レグリスが型どおりの挨拶で口火を切った。
レンダール王国の制度はアルテミシアが知る封建制とは少しばかり違うようだが、領主たる諸侯が国王の騎士であり軍人であることは変わらない。
今のレグリスは勇猛果断な軍人の顔をしていた。
「現在、さる危険人物がこの街に侵入しているとの報告を受けた。
……詳しい話は、彼から」
レグリスに促され、エドワードが立ち上がる。
ただでさえ身長が高いので隣に座っているアルテミシアからは見上げるほどだった。
「エドワードと申します。北隣のフィー・ア・レハ王国にて主に活動している第七等級冒険者です」
エドワードはまず自己紹介をする。
レンダールの隣国フィー・ア・レハは、彼の『スタート地点』だったそうだ。
彼の過去についてはアルテミシアもまだ詳しく聞いていないが、戦闘に向いたチート持ちの彼が破竹の勢いで等級を駆け上がったのは想像に難くない。
この街でも少ない第七等級を名乗るエドワードに、幾人かが目を見張った。
「現在、私は大神殿からの依頼を請け、とある賞金首を追っています。
……出自・本名不詳につき、大神殿では"グール"と呼ばれている男です。
彼奴がゲインズバーグシティに向かったとの情報を得て、私はここに来ました。そして今日の昼に街の地下で一戦交えましたが取り逃がしました。
この男は狂人です。自らの目的のためであれば、その過程で何万人を殺したところで気にしない。そして、それができるだけの力も持っている」
微妙に嘘を混ぜた説明だった。
大神殿には『異世界転生者』の存在を認め魔族との戦いのため結託しようという一派が存在する。そしてエドワードは既にそこと接触していた。
『転生者狩り』……即ち"グール"と呼ばれる男は、エドワードにとっても『転生者容認派』にとっても敵だ。そのため、大神殿はエドワードに指名依頼を出す形で共同戦線を張っていた。
あくまで実態は共同戦線だが、大神殿からの依頼という形式を取ることでエドワードは自分の行動に社会的信用を付与することができる。
「似たような話を最近聞いたわね。ひとりで何万人も殺せるサイコ野郎って」
腕を組んで話を聞いていたカレンが、皮肉っぽく挑戦的な笑みを浮かべながら言った。
それは街の人々にとっても記憶に新しい事件だ。
「この街に出たのよ、そういうのが。ご存知?」
「ええ、話に聞いた程度ですが」
控えめな言い方をしたエドワードだが、大神殿に上がっている情報くらいは把握しているだろう。
何にせよ、チートスキルで暴れているという観点で言えば『悪魔』も『転生者狩り』も同じだ。
「話は一旦脇道に逸れますが……皆さん、魔法にあらざる奇跡の如き『才能』をご存知でしょうか」
唐突なエドワードの問いかけに訝しむような空気が流れる。
"グール"の目的は異世界転生者を殺すこと。
だが、異世界転生というものの存在はこの世界で一般的ではない。
そのため、彼の行動理念について説明する上でちょっとばかり方便を差し挟むことになっていた。
これはエドワードとアルテミシアがあらかじめ相談して決めていたことだ。
異世界転生者なんてものは存在を証明できないが、目の前にあるチートスキルは否定しようがない。
だとしたら"グール"の目的はチートスキル持ちを殺すことだとすり替えて説明してしまえば良い。
実際、異世界転生者は大なり小なりチートスキルを持っているので間違いとも言えない説明だ。
アリアンナのように転生者でなくても生来のチートスキルを持つ物も居るので例外は出てしまうけれど、そこはまあ狂人のすることなのだから、奇妙な点が多少あっても見過ごされるだろう。
「知っているとも。
積み重ねた経験、積み重ねた出会いこそが冒険者の力。故に私はほんの少しだけ、秘された世界の姿を知っている」
口を開いたのは、覆面のように顔に布を巻いた剣士ヨクトだった。
枯れ寂びた荒野の風みたいな声だった。
「奇跡とは言い得て妙だ。あの力は『原因』を必要としない。
全てのものに因果があるわけではないし、良くも悪くも帳尻が合わないものさ、人というのはね」
「……あいつ何言ってんの?」
「文学って難しいね、お姉ちゃん」
隣席のレベッカがアルテミシアに顔を寄せて胡乱げに囁いた。
正気度を高くしてヨクトが述べたことを言い直すなら『冒険者としてのキャリアが長いので自分はそういう不思議な力のことを知っている。あれは凄いものだ』といったところだろうか。
「異様に頑丈な身体、あり得ない怪力、魔法では再現し得ない異能……
そういった特別な『才能』がこの世界には存在します」
言葉を句切り、エドワードはふと目つきを険しくする。
「"グール"は、それを食い、奪い、己の力とする。それだけが"グール"の目的です。
『才能』の持ち主を殺して、『才能』を奪う『才能』。肥え太り続ける『才能』の化け物。
【スキルイーター】の"グール"。屍肉を食い自らの力と為すが故……神官たちは皮肉を込め、彼を"グール"と呼んでいるのです」