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1-17 アロマの薫る作戦会議

 ポーション工房の会議室に、統一感の無い一行が座る。

 楕円形の安っぽいテーブルと、椅子が置かれているだけの部屋。当然だがホワイトボードもプロジェクターもエアコンも無い。

 ガラス窓に掛かったカーテンは最初から閉めてあったので、これを幸いとこの部屋を使っているのだ。

 

「……現状を整理しよう」


 コルム村の村長であり、元領兵でもあるサイード老人。

 生き残った領兵たち(ちなみに下水道で転倒してしまったカルロスは、その辺に落ちていた作業着のズボンに着替えていた)。

 女冒険者レベッカ。

 村娘アリアンナ。

 そして……正体不明の自称薬師、アルテミシア(仮名)。

 

 成り行き上、サイードがまとめ役のような立場となって会議の音頭を取った。


「まず、我々の目的はこの街から無事脱出する事。

 そのためには監視網をかいくぐって逃げなければならない。

 ……監視の態勢は分かるか?」

 

 サイードに問われ、領兵たちが順々に答える。

 

「領城の見張り塔や、城壁の見張り場には、いつも魔物が立ってます。

 ……もちろん、街全体には目が届かないでしょうけど」

「街ん中を歩き回ってる魔物は監視のためって雰囲気じゃないですね」

「いちばん危険なのは家族を人質に取られて、従わされてる魔術師の監視でしょう。

 使い魔らしい鳥が空を飛んでるのを何度も見ました」

「第五の奴らはそれに見つかってやられました」


「数は?」


 矢継ぎ早の説明を横薙ぎに切り捨てるかのように、レベッカが言った。

 途端、領兵たちの言葉は歯切れが悪くなる。


「つ、使い魔は……2匹、いや3匹くらいは、少なくとも……」

「従わされてる魔術師は10人いるかどうかだと思いますが」

「見張りは普段、我々がやっている体勢よりは少ないかと……」


 実際の所、逃げ隠れするのに必死でそこまで確認する余裕は無かった、という雰囲気だ。

 

「少なくとも、あなた達が逃げ隠れできてたんだから、街のどこに誰が居るのか完璧に把握できてはいないわけよね。

 ……魔術師が2桁行かないなら、使い魔で監視するのがせいぜいかしら」

「だとしても、普通に街から出るのは危険だな。

 街の周囲は平原地帯だ。空からの監視があれば絶対に見つかってしまう」

 

 しかも、街から出ようとする者は旅人だろうが市民だろうが容赦しないとの噂。

 この状況下で街を脱出するには、魔法で透明にでもなるか、でなければ……

 

「こういうお城って、街の外へ出る抜け道が付きものじゃない?

 なんかそういうの知らない?」

 

 レベッカの質問は、まさにアルテミシアが考えていた事だったが、サイードは首を振る。

 

「ございますが、その場所を知る者はわずかです。ワシも残念ながら分かりませぬ。

 だいいち、そのためには敵の根城となってしまった領城へ忍び込まねばなりますまい」

 

 考えれば考えるほど八方塞がりじみた状況だ。

 ……少なくとも、表面的にはそうだ。

 

「このまま……ここに隠れてるって事はできんのですかね。

 ほら、報せも飛んでるはずですし……異常事態を察知して、救援が……」

 

 領兵のひとりが言う。

 もっともな意見ではあった。ヘタに動いたところでどうにもならないのなら、隠れ続けて状況が好転するのを祈るのも、立派な手だ。

 だが、その言葉を聞いたレベッカは、奇妙なものをテーブルの上に置いた。

 

 それはまるで、小さなビー玉。

 透き通った玉の中に、赤黒い光が揺らめいている。照明どころかサイリウムの代わりにもならないであろう光量だけれど、その光は時折、スパークしたように強くなる。

「これは?」

「……妨害符ジャマーか」


 領兵たちはよく分かっていない様子だったが、サイードはそれが何なのか知っていた。


「≪遠見水晶クリスタルアイ≫とか≪生命感知ライフサーチ≫みたいな、魔法による知覚を妨害できるアイテム。

 遠隔探知の魔法ってかなり不安定だから、こういうちょっとしたアイテムで横槍入れるだけで簡単に崩せるのよ。

 ただし、時間制限付き。

 さっき起動したから、もって半日ってとこ?

 ちなみにスペアは無いわよ。こんな貴重品、1個あっただけで御の字だと思いなさい。

 それとね、なお悪い事にさっきから反応してるのよ、これ。街に対する広域監視じゃなく、私らを見つけるために別な魔法を打ってる」

「つまり、これの効果が切れたら」

「遅かれ早かれ全員見つかるわね」


 部屋の空気が一気に重くなった。

 頼りなげに輝く宝珠ひとつに全員の命が掛かっている。

 命のタイムリミットはレベッカ曰く半日。それまでに状況が好転する望みはあるのだろうか?


「じゃ、じゃあどうすれば……」

「それを決めねばならん」

 

 サイードは険しい顔だった。つるりと禿げ上がった頭に青筋が浮かぶほどだ。

 あんな化け物じみた相手+魔物の軍勢に対して、こちらはちょっと頭のネジが飛んだ押しかけお姉ちゃんひとり、怪獣映画で蹂躙される自衛隊じみた一般兵が11人、非戦闘員3人。

 絶望的と言うも生ぬるい。

 

 ……だが。

 

 ――もしかして……これ、行けるんじゃ?

 

 あろうことかタクトアルテミシアは、考えがまとまりかけていた。

 それをすぐさま口に出さなかったのは、自分のような素人の思いつきが上手く行くわけないと、自分自身を信用できなかったから。

 だが、考えれば考えるほどこれでいいような気がして……

 

「捕まっている、魔術師の家族を解放して……従わされている魔術師を味方に付けるというのはどうでしょうか?」


 タクトアルテミシアがそう言ったとき、サイードも、アリアンナも、領兵たちも呆然としていた。

 自分で言ってしまってから、タクトアルテミシアも、大きく出すぎたような気がした。

 しかし、レベッカだけは深く頷く。


「やっぱり気が合うわね、アルテミシア。私も同じ事を考えてたわ」

「できるのか? そんな事が」

「監視を止めさせると言うよりも……戦力の確保が主眼かしら。魔術師が集まれば、牽制しつつ撤退するのも十分可能よ。って言うか、そうでもしないと無事に逃げるのは無理よ」

「今、あいつは……私達が隠れ、逃げようとしていると思って、探し回ってるはずです。逆に城に攻めてこられるかもなんて、夢にも考えてないはず」


 腐れ縁だったとは言え、二年の付き合いだ。児島の性格はよく知っている。

 児島は攻撃を始めると止まらない性質だ。相手を攻撃している、という快感に流されてしまい、それで頭がいっぱいになる。

 同時に、タクトアルテミシア達に逃げられてしまった事ではらわたが煮えくりかえっているはず。

 今の児島ログスより、薬が切れたヤク中の方がまだ冷静だろう。


「人質の居場所は分かる?」

「移されていなければ、全員地下牢っす」


 カルロスが答えた。彼は外に出ていたのではなく、しっかり戦いに巻き込まれて逃げ出してきたのだ。多少は城の中の様子も理解していた。


「……まぁ、魔術師の人数を考えても家族くらい十分収まるわよね。魔術師の居場所は?」

「分かんねっす……」

「そこは出たとこ勝負になるわね……」

「待ってくれ。領城に忍び込むってなったら、ログス様の呼び集めた魔物どもの相手もしなきゃならないんだぞ。この人数で戦えるのか?」

「そうなる前に魔術師を救出して味方に付けられれば最高。

 でもね、意外と敵の手駒は少ないんじゃないかと思うのよ。

 宿に隠れてる間、ちょくちょく表を覗いてたけど、魔物の姿はそんなに見なかったから」

 

 さらに言うなら……これはタクトアルテミシアしか知り得ない事だが……児島がログスとして転生したのは、おそらくタクトと同じ時。

 つまり転生から3日しかないのだ。

 事前の準備など不可能なのだから、あの魔物は全て、この3日間でチートスキルを使って掻き集めたことになる。

 いくら有り余るほどの力があっても、どれだけ集められるだろうか?


「街に出入りする魔物の数とか、数えてませんでした?」

「つっても、出入りを全部見てたわけじゃないし、出かけてく奴も居たっすから。帰ってきた奴と、新しく来た奴の区別なんて……」


 当然そうなるわけだが、タクトアルテミシアにはもうひとつ考えがある。


「新しく入ってきた魔物は、まだ装備を受け取っていないんじゃないかと思うんです。領兵の鎧を装備しないで街に入ってきた魔物について、何か分かります?」

「あ、そっか。だったら俺が見たのは、一昨日のレッサーオーガばっかり二十匹ぐらいの集団と、昨日見たインプやゴブリンで十匹ぐらい。ただ、これで全部じゃないはずっす」

「そいつらの移動手段はどうだったの?」

「へ? あ、歩きっすけど……」


 レベッカの質問を聞いて、タクトアルテミシアも彼女の言わんとすることが分かった。

 この世界で移動にかかるコストがどんなものかは馬車で体感したばかりだ。


「歩いて来れる場所からしか来てない!」

移動手段アシが特になかったって事は、近場ね。近場から集めてるわ。魔族領からはるばる行軍してきたわけじゃない。

 たとえ本人が飛べたとしてもそんな遠くから連れて来れる時間は無い。本人もそれが分かってるから、近くでしか集めていないはずのよ」

「しかし、討伐が行き届いている領都付近となると、それだけの数を探すのも大変では……いや待て。領兵団で討伐を予定し、情報を整理していた魔物の巣はあるか。おそらく、そういう場所を狙っているはずだ。特に人型魔物、俗に言う『魔族』の巣だ」

「大規模な討伐の話はなかったはずです」

「隊長ならもうちょっと詳しく知ってたはずですが……」

「いや、十分だ。

 だとしたら普段の討伐範囲で、近隣の……号令を掛けてすぐ集まるようなのを全部集めても、百はおらんだろう。

 その中からさらに、うちの村へ来たように『徴収』に出ている連中が居るなら、実際の戦力は推して知るべし」

「おぉー……」

 

 タクトアルテミシアは感嘆した。

 偵察に行ったわけでもないのに、これでおおまかな敵の数を把握できたわけだ。


「ついでに言うと、今なら街で私らを探してるのも居るでしょうから、守りは手薄じゃないかしら」

「だとしても……正面から戦える数ではないだろうがな」

「はい。だから基本、戦っちゃダメだと思います」


 意見を述べながらもタクトアルテミシアは、宿題をやらずに登校しているような後ろめたさと居心地の悪さを禁じ得なかった。

 正しいと思った事だから主張しているわけだが、戦うのはおそらくレベッカと領兵たちだ。タクトアルテミシアはポーション無しでは肉盾にすらなれない。

 付け加えるなら、今のタクトアルテミシアはこんな子どもの身体だ。言う通りにするとしても、果たして自分の提案に納得してくれるかどうか……

 

「で、問題はどうやって忍び込むか。入った後にどうするか、ね」

「城から街へ逃げる道ならワシも知っております。

 埋められたり、罠が仕掛けてある可能性もありますが、調べてみる価値はありましょう」

「結局、出たとこ勝負ね。

 一応、こっちにも手札が無いことは無いんだけど……」


 レベッカは言いながら、ベルトの物入れから一本の小瓶を取り出した。

 中にはヌメるように光る、無色透明のポーションが入っている。


「一本飲んだらスケスケ透明。覗き・立ち聞き・不法侵入、なんでもござれの透明インビジブルポーション。イザってときのために一本だけ持っておいたの」

「その邪悪なキャッチコピー誰が考えたんですか」

「問題はこれ、飲んだ人の身体しか透けないってとこよ。

 吹き付けて装備ごと消せる迷彩ステルスポーションとは違うから、裸で使うしかない。

 ……上手い使い道、なんか思いつく?」

 

 レベッカは誰にともなく問う。

 

 タクトアルテミシアは、一瞬で思いついてしまった。稲妻が閃いたように、次に指すべき一手が頭に浮かぶ。

 起死回生の一手が。

 タクトアルテミシア自身が命を賭けねばならない一手が。

 

「……私に考えがあります」


 他の者に向かって『命を賭けろ』と言っているのに、自分ひとり、そこから逃れられるだろうか?

 義心からではなく保身のために、タクトアルテミシアは決断した。

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