17-6 馬ーサー鹿ー
「あああああああーっ!!」
『転生者狩り』は支えの棒に絡まって伸びるアサガオのように身をよじって、狂笑した。
「い、いっぱいだーっ! いっぱいいるーっ! ウヒヤハハハハアハハハーッ! 全部俺が殺すんだーっ!」
その、およそ人のものとは思えぬほどにねじ曲がった笑顔に、エドワードの大剣が回転しながら叩き付けられた。
「アヒッ!」
火だるまになって蹴鞠のように跳ね飛んだ『転生者狩り』は、地面に壁にバウンドし、起き上がりこぼしのようにぬるりと立ち上がる。頬が割け、顔が若干歪んでいた。
それを、炎の大剣が追いかけた。炎を吹きながら回転する大剣が宙を舞い、ガリガリと壁を削りながら連続バク転する『転生者狩り』を追いかける。
だが、手にしていた刃物が突如として地面に張り付いたようになり、『転生者狩り』はそれに引っぱられるようにしてずっこけた。そこに回転する大剣が再度叩き込まれる。
「ぴぎい!」
「……なにそれ!?」
「ははは! 【磁性体質】ってやつだ! 魔法がある世界への転生だとほぼ買われない、異能系のチートさ! これがまたなかなか便利なんだぜ!」
筋肉満面の笑みを浮かべたエドワードが軽く指を動かすだけで、彼の意思の通りに大剣が動く。
さらに、ただの全身鎧に見えた彼の鎧がパカパカと組み木細工を分解するように展開された。
残ったのは胸甲と鎖帷子だけの軽装鎧。その周りに付着していた分厚い装甲は宙に浮き、エドワードの周囲を衛星のようにゆるやかに回転している。
「あぁ!? な、なんだこの力はっ! 危険だあ!! 死ね死ね死ね死ねぇーっ!!」
『転生者狩り』はアクロバティックに逃げながら咆えるように呪文を紡いだ。
そして。
「≪破断剣舞≫!」
彼は掌をアルテミシアの方に向け、攻撃魔法を発動した。
「アルテミシアっ!」
レベッカが悲鳴を上げる。
――エドワードさんに『死ね』っていいながらこっち狙うの!?
これは確か……螺旋状に前方へ飛ぶ斬撃を放つ、物理攻撃魔法!
ミキサーの刃が光るみたいに、歪で規則的な螺旋を描きながら魔法が迫る!
「バリアッ!」
「うひ?」
星の魔杖をアルテミシアが構えると、銀の光はアルテミシアの前で吸い込まれるように収束。
星形の飾りがぼんやりと輝いた。
間髪入れず、アルテミシアは杖を振る。
「お返しするよ!」
吸い込まれて消えた螺旋の斬撃が、さっきとは全く逆方向、『転生者狩り』目がけて吹き飛んでいった。
「ぽぺらっ!!」
刃の嵐に巻き込まれ、『転生者狩り』の身体が切り刻まれる。
既にボロボロの服がさらに千切れ飛び、病的に細い体がズタズタになって血を吹いた。
「アルテミシア、無事!?」
「大丈夫。杖ちゃんと効果あったから」
「にしたって、もう! ぶっつけでよく上手くいったわ!」
射殺すような目線でレベッカが睨む先。
自分が放った魔法でダメージを受けた『転生者狩り』が立ち上がるところだった。
「こ、ここここれはぁーっ! 危険な力だぁーっ! その力で何人殺したぁーっ!
お前みたいな殺人者は、ぶ、ぶ、ぶち殺死刑だあああああ!!」
「ひっ……」
喉も裂けよとばかりの絶叫が、空き部屋ダンジョンにガンガン響く。
アリアンナが怖じ気づいた様子で後ずさった。
支離滅裂だが、しかし『転生者狩り』の目には紛うことなき本気の光があった。
「筋肉男A、あの不審者はなんなの?」
「頭のおかしい殺人鬼だ。以前この街に現れた『悪魔憑き』みたいなもんだと思ってくれ」
「理解したわ。殺す」
レベッカは大斧ではなく、腰に提げていた剣を抜いた。
回転ノコギリみたいにギザギザの刃を持つ奇妙な剣を。
龍牙剣……
ゴブリンの部族から奪ったレイの牙を、工房でちゃんと剣として作り直したものだ。
要するに原始的な黒曜石の剣と同じようなものなのだが、小学生の工作レベルだったゴブリン製と違い、ちゃんと形にされて武器としての耐久度は別次元に高まっている。
炎の大剣が縦回転し、『転生者狩り』を狙う。
『転生者狩り』はふらつくように回避し、大剣は彼の代わりに床を叩き割った。
その回避の隙を突くように、レベッカは龍牙剣を抱いて駆け寄る。
「そいつの『手』には気を付けろ! 掴まったら死ぬぞ!」
人が手で持っていたら絶対にできないような振り方をされ自在に飛ぶ大剣と、レベッカの握る龍牙剣が絶妙の連携で破城攻撃を仕掛けた。
『転生者狩り』はぐねぐねと攻撃を回避しつつ、間隙を縫って手を伸ばそうとする。
「そこです!」
アリアンナが矢を放った。
狙いは目。だが咄嗟の判断で『転生者狩り』は攻撃を諦め、顔面目がけての攻撃を手の平で止めた。
「あっ……」
「うふっ。き、効かない」
その矢は全くダメージを与えられず、矢羽根が砂のように散って矢軸は崩れ、矢尻は踏まれたポテチのように砕けた。
「何あれ!?」
「“獣”が出した霧みたいに……」
「【ドレインハンド】……掴んだ相手の生命力を奪う能力。物を掴んでも回復できないが、ああやってぶっ壊すことはできる。生き物が掴まったらどうなるかは分かるよな?」
あまり愉快ではない解説がエドワードからもたらされた。
あの異様に頑丈な身体からも分かるが、『転生者狩り』は、チート持ちなのだ。
「とにかく射ち続けるんだ! 相手の行動を制限できればそれでいい!」
「分かりました!」
文字通りの矢継ぎ早にアリアンナの矢が飛んだ。
狙いが異常に正確で、しかも目を狙っていると察した『転生者狩り』は片手で顔を庇いながら逃げ回る。彼は不規則で狂気的な動きをして、矢の雨と2本の剣を躱した。
「ならこいつでどうだ。……≪金縛り≫!」
『はーい、ちょっと失礼するっすよ』
「うひっ!?」
マナの魔法で、ぞわりと男の影が泡立つ。
少し流体に近づいた姿のカルロスが地から湧くように纏わり付いた。
途端、男の動きが鈍る。
「うひ、ウヒッ! ウヒヒッ!?」
数本の矢が立て続けに男の顔面に叩き込まれ、続いて炎の大剣がクリーンヒットした。
「はあっ!」
隙を見て取ったレベッカが即座に大斧に手を掛け、背中からそのまま渾身の抜き打ちを仕掛ける。
それを『転生者狩り』は辛うじて手をかざし、受け止めようとした。
「おっと、避けるぜ」
エドワードが指で招くと、大斧は速度そのままにガクンと軌跡を曲げ、死の手を逸れて男の肩口に叩き込まれた。
「ぽぎゃ!」
崩れ落ちる、かに見せかけて男はゴロゴロと転がって距離を取った。
床には血の軌跡が刻まれる。
「こいつも硬いのね! 見た目はヒョロいのに!」
信じられないという顔でレベッカは『転生者狩り』を睨む。
大斧で斬り付けられて生々しい傷が穿たれていたが、しかし男はまだ絶叫する元気があった。
「ああああーっ!! 痛い痛いイタイ痛いいたいイタイーッ!」
「そうかよ、じゃあ死ね」
炎の大剣。
『転生者狩り』が持ってきた変な刃物。
サブウエポンらしい剣。
宙に浮いた3つの切っ先が『転生者狩り』に向けられていた。
突き降ろされる。
割れる床。
突き立った剣。
揺らめいて消える男の姿。
「……囮か!?」
「上!」
がらんとして高い天井。
白一色の天井にヒビを入れ、『転生者狩り』は指を突っ込んで身体を保持していた。
天井から染み出すように、ぞわりと炎が立つ。
炎が立つ。炎が立つ。炎が立つ。炎が立つ。炎が炎が炎が。
「んなっ……」
「≪崩天崩陽≫ィィィィ!!」
生み出された炎が流星雨となって降り注いだ。
「お姉ちゃん、肩車!」
「あいよ!」
跳躍し、レベッカの肩の上にアルテミシアは乗って星の魔杖を構えた。
「私の後ろに!」
振り返っている余裕はないが、とにかくアルテミシアは自分に向かってくる火弾目がけ杖を突きつける。
膨大な熱量を持つ魔法弾が次々呑み込まれていった。
近場で次々炸裂する火炎弾が、荒れ狂う熱風となってアルテミシアの髪を噴き上げる。
「うひ」
「……っ!」
炎に紛れるように『転生者狩り』が降ってきた。ビーチフラッグでももぎ取るように腕を伸ばして。
「支えて、お姉ちゃん!」
男の手をアルテミシアは思いっきり魔杖で突いた。
魔杖は、朽ちなかった。
「こ、壊れ……壊れなーい!」
「そうか、破壊不能特性!」
アルテミシアに大した力はない。
だがポーションによる強化と、不安定すぎる空中という状況もあって『転生者狩り』はバランスを崩す。
アルテミシアがレベッカの肩を蹴ってバク転で飛び降りるのと、レベッカが男に龍牙剣を叩き込むのはほぼ同時だった。
「死っねえええええ!!」
「ぐごぴ!」
腕を交差させて男はその一撃を受けた。
両腕が切り飛ばされて吹き飛び、しかしそのせいで胴部の傷は浅く、クルクルと回転するように彼は飛んでいく。
「うぎっ! うぎやはぁー!」
両腕を失った男は、しかし。
「……ふ、ふふ」
ふらりと立ち上がる。
すると、ちぎられて転がった腕が吸い寄せられるように飛んで男の肩に繋がった。
「ふわははははははははは!!」
勝ち誇ったように男は哄笑する。繋がったばかりの細い腕に血が通い、指はゴキブリの足のようにわさわさと蠢いた。
「おい!? 腕、生えちまったぞ!?」
「効いてはいるはずだ! あいつの魔力も無限じゃない!」
「こんな反則ヤロー、どうすりゃいいんだよ!」
危険なチート能力、異常な頑丈さ、そして反則級の魔力。
ここまでは拮抗している。だが、拮抗が破られれば容易く死人が出る。そういう戦いだった。
「……エドワードさん。あれ、使えますか?」
「あれって……」
アルテミシアは一計を案じた。
ゆらゆらと揺れながら様子をうかがう男にバレないよう、杖の石突きをちょっと動かして、その作戦の要を指し示す。
エドワードは間を置いて、アルテミシアの意図するところを呑み込んだ様子だった。
「おい。使えるが……使おうってのか」
「ネタが割れてない一度だけなら隙を作れます。……みんな、わたしが言う通り動いて。どうにかなるかも知れない」