17-5 三行二段のごまだれポエム
「これってそのまま手に取っちゃっていいんですか? 面倒なイベントとか、近付いたらガーディアン出現とか」
「ないない。未実装だから」
「そですか。では遠慮無く」
明らかに祭壇を戦闘背景にボス戦が起こりそうな広いスペースを何事もなく抜け、低い階段を昇るとすぐそこに杖がある。
別にロックがかかっていたりするわけでもなく、祭壇にそっと捧げ置かれただけのそれは、手を伸ばせば簡単に持ち上げることができた。
――あ、大層な見た目なのに結構軽い……
質感を確かめるように軽く揺すった、その時だった。
がらんどうのダンジョンに、アップテンポで高揚感のあるジングルが響き渡った。
さらにアルテミシアの身体は勝手に動き出す。物理法則を無視してキラキラと光る杖を振りながらアルテミシアは一回転し、最終的にはその杖を高々と掲げた。
『
星の魔杖・少女の智慧を手に入れた!
星の瞬きは閃きの光なり。
その智によりて迷える者を導かん。
構えて防御で魔法を吸収。
も一度使えば魔法を放出。
溜めておけるのは一回分。
』
「……なに!? 今のナレーション、何!?」
どこからともなく聞こえた説明文の読み上げ。頭の中に直接響いてきたかのようで、思い出そうとしてもどんな声だったのか思い出せない。
辺りを見回す仲間たち(アルテミシアの決めポーズを見てうっとりしてるレベッカを除く)の姿を見るに、アルテミシアひとりに聞こえた幻聴というわけではなさそうだ。
「システムメッセージと、重要アイテム入手の演出だな」
エドワードはしかつめらしい顔で重々しく言う。
「俺の時もこうだった」
「……分かってて黙ってやがりましたねコンチクショー」
つまり、この世界がゲームだった頃の名残だ。
アルテミシアは何度か杖を素振りする。魔法少女ポイントの高い謎の杖は、アルテミシアの体格からすればちょうど片手剣くらいのバランスだ。
星の魔杖・少女の智慧。『八人の主人公』のひとり『行き倒れの少女』に用意された専用アイテム。
その能力はシステムメッセージさんが語ったように、自分に向けられた魔法を吸収してストック、さらに放出して反撃に使えるというもの。いろんな法則を無視した奇跡を実現する紛うことなきチートアイテムなのだが、非常にピーキーでもある。
ゲームのAIみたいなアホなら別として、吸収されると分かってて何度も魔法を撃ってくるような敵は少ないだろう。初見殺しで一気に決着を付けるか、でなければ相手の魔法が有用な状況下で割り込みをかけるという複雑な駆け引きを要することになる。それに全体攻撃魔法からみんなを庇おうと思ったら必然的に前に出ることになるから、それだけ物理攻撃に晒される危険も高まるわけで。
また破壊不能という特性を持つが軽量すぎて殴打用の武器としては頼りなく、また魔法触媒として非常に強力(ゲーム的に言うなら『魔法攻撃力が高い』)なのだが唯一の使い手である『行き倒れの少女』が魔力ゼロなので普通役に立たない。
総じて言うと、ひたすら評価に困るチートアイテムだった。
スーパープレイを嗜好する廃プレイヤーは喜びそうな設定だが、あくまで平穏無事に暮らしたいだけのアルテミシアとしてはもっと単純に強力なアイテムがよかった。
ともあれ、役に立たなければ立たないでオッケー。
重要なのはこれでエドワードが伝えに来た『バグ』の発生を防いだということだ。
――『死の影』の変化は……
ひとまずアルテミシアは同行者たちを見渡す。
すると、もともと『死の影』を纏っていたエドワードは相変わらず濃厚で芳醇な『死の影』に覆われていて。
他の全員(既に死んでいるカルロスを除く)は、ガスコンロのスパークプラグみたいにチラチラと『死の影』の火花を散らしていた。
「……え?」
「待ってアルテミシア何を見たのその顔とその声!」
自身の胸部を抱きしめるかのようにアリアンナが竦み上がった。
「えっと、ごめん。
……見えちゃったの。全員にちらつくみたいに……エドワードさんもそのままで」
「それって、悪化してない?」
「忌憚なく述べさせていただけるなら『はい』。杖を取ったせい……? でなきゃ時間……」
それは、見えない糸が少しずつ足に絡まっていくような心地だった。
真綿で首を絞められるようと言うよりもさらに
「杖を取ったせい、は無いと思うんだがなあ。呪いのアイテムでも他のイベントトリガーでもないし……」
エドワードは相変わらず、自分の死の予測なんぞどうでもいい様子で首をひねる。
まさか重要アイテムを取ると帰り道に罠が湧いてくるインディ方式かとも思ったのだが、ダンジョンは静まりかえったまま。
入り口の扉は開いているはずなのに、下水の流れる音すら響いてこない。別次元に隔絶されたかのような不可思議な空間だ。
「と、とにかく早く地上に戻りましょう。まず、街の様子を確認します」
「だな」
アプデがいつ入るのかはエドワードにも大まかにしか分からないそうだが、もし街中の『死の影』が星の魔杖・少女の智慧のバグ暴走によるものだとしたら、これで払拭されているはず。
もし地上に戻って何も変わっていなかったとしたら……
引き続き、原因の調査を続けなければならない。街全体を皆殺しにするような何かが他に重なっているとは、あまり考えたくないことだが。
――自然災害系は無い、気がする。川の近くだけど大規模に氾濫するような川じゃないし、この街で地震が起こった記録はほぼ無いって話だった。まあこの世界は自然界にも物理法則が通用しなかったりするから分かんないけど。
あるいは、何かが来る……
地上への一歩を踏み出した時だった。
「っ!?」
息を呑む。視界を灼くような紫色の光に。
アルテミシア自身の全身が『死の影』に燃えていた。
それだけではない。レベッカ達にも火花のような『死の影』が散っていたわけだが、まるでそれが着火のための火花だったかのように、今は燃えている。
「ストップ、姉ちゃん!」
異常に気付いたアルテミシアが声を上げるより早く。マナが叫んでアルテミシアの歩みを止めた。紫水晶めいた彼女の目には、狩りに臨む猛獣のような鋭い光が宿る。
二百歳余りのエルフの巫女・サフィルアーナと、地球人の三歳児・滝口まなが融合した人格である彼女は、一日の中の限られた時間しか『大人モード』を保てない。
そんな彼女がアルテミシアの指示も無くモードチェンジする事態とは。
レベッカも何も言わず背中の大斧に手を掛け、エドワードも炎の大剣を抜いた。
魔力ゼロでクソ雑魚ナメクジ(ただし可愛い)のアルテミシアは、あからさまな気配すら読むことができない。
しかしレベッカやマナの反応を見れば、ある程度は察することができる。
『死の影』を視るというアルテミシアの能力は、アルテミシアの介入を度外視して死の確率を算定する。
近くに居る人は『死の影』の火力がコロコロ変わるし、四六時中一緒に居る仲間たちに至ってはいつでもアルテミシアが手を出せるせいか直近の死亡率しか視ることができない。
――じゃあ、これは……今まさに……
ひたり、ひたりと。
静まりかえっていた空っぽダンジョンに足音が響く。近付いてくる。
その足取りは千鳥足のようでもあり。
やがて、それは、姿を現した。
ボロボロの服を着ている、病的に細い男だった。黒い布を全身に巻き付けたような格好だったが、それはあちこち切り裂かれ、さらに焼け焦げてほどけかかっていた。
その手には奇怪にねじくれた刃物を携え、狂った三日月のような形に口を歪めて嗤っていた。
「あれってまさか……」
「ああ、あれが……」
堅い声でエドワードは応じる。
アルテミシアはそれについて、既にエドワードから概要だけは聞いていた。
「お前さんに迫る三つ目の危機。『転生者狩り』だ」