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17-4 それはもうテナントが撤退したショッピングモールのように

 白。

 ただ白一色の壁と床、そして異様に高い天井。

 そこは、定規で引いた線だけで構成されたかのような奇妙なダンジョン(正確にはフィールド)だった。


「すっごーい!」

「ひろーい!」


 目の前に広がる奇妙な景色に、アリアンナとマナが楽しげな声を上げた。


「下水道の下にこんな場所があったなんてね」


 さすがのレベッカも驚きを隠しきれない様子。

 いつぞや潜った、ゲインズバーグシティ地下の下水道。その片隅の壁にアルテミシアが近づくと、自動ドアのように開いてここへ迎え入れたのだ。


 ぐるりと首を回すように振り返り、レベッカはエドワードを睨め付けた。


「で、ここにアルテミシアのための……何かアイテムがあるって話でいいのね?」

「ああ」


 エドワードは重々しく頷く。


「やがて人魔の命運をわかつ戦いがあるだろう。そのために、古の昔に八賢人が遺したアイテムのひとつ。

 ……『星の魔杖・少女の智慧(ザ・リトルリドル)』。

 彼女にはそれを使う資格がある。今この時にこの街を訪れたこと、そしてこの場所に入れたことが何よりの証拠。

 私は『伝承者』としてアルテミシアを目覚めさせるためにやってきたのだ」

「ふーん。ま、まずは実物を見てからね」


 レベッカは辺りを見回し、罠チェック用のマジックアイテムを振り回して様子を探りはじめた。


「……今の、没になったRPGの設定ですか」

「半分はな。要は、あのおっかない姉ちゃんが納得してくれりゃいいんだよ」


 アルテミシアがひっそりと問いかけると、エドワードは苦笑交じりの声で言った。


「にしても隠し場所が街の地下なんて……」

「ヒーローズ・アイテムは使用者のスタート地点近くにあるんだよ。

 力を付けてから原点に戻って最強装備手に入れるとかさ……好きだろ? そういう演出」

「良いとは思いますけど!」


 エドワードによると『八人の主人公(エイトヒーローズ)』には、各々ひとつ専用装備が用意されている、らしい。彼が持っている大剣『炎の大剣・豪傑の蛮勇(ライジングサン)』もそうなのだとか。

 それら専用装備は世界中、『八人の主人公(エイトヒーローズ)』のみに開かれる扉の向こうに隠されている。


「で、具体的にどういうことなんですか? それを回収しないと街が吹っ飛ぶかも知れないっていうのは」


 エドワードがアルテミシアに伝えに来た三つの危機。

 その二番目は、この場所だった。

 納められたヒーローズ・アイテムを回収しなければ街が吹っ飛ぶかもしれない、と。


「えーっとな、ヒーローズ・アイテムが保管されてる遺跡は、アイテムに連動したギミックがあるんだよ。

 『星の魔杖・少女の智慧(ザ・リトルリドル)』は遺跡内部で使われた魔法に反応して、山彦のようにそれを返すものだったはずなんだが、後から確認したら新魔法の実装に際して魔法データへの参照がおかしくなり、回収するまで永遠に暴発し続けるというクソみたいな不具合が発見された。

 遺跡だけならまだいいが、ヘタすりゃ周囲を破壊し尽くす。『転生屋』としちゃ、その程度は誤差なんだろうけどな」

「えええ……? どういうエクストリーム安普請なんですか、この世界」


 ああ。きっと世界のシステムなんていうのはどこかの銀行の基幹システムみたいにとんでもなく複雑怪奇で膨大なシステムで大勢のプログラマーが多重下請けを介して関わっていて、原因どころか責任の所在すら不明なバグが山ほど埋まっていたりするのだろう……と、転生前の自分の仕事を思い出してアルテミシアは理非善悪を超え無為自然なる悟りの境地から無常観を抱いた(混乱中)。

 いやしかし、今まで世界がバグっているという感覚はなかったからこれで案外この世界の完成度は高いのかも知れない。問題はそれでも致命的なバグがあるということと、死人が出るようなバグを気にしない運営のクソッぷりだ。


「それで、その新魔法実装があるんですか」

「ああ……実はそれもお前さん絡みだったりするんだ」

「えっ? わたし?」

「まあ聞いてくれ。久々に世界改変アップデートが行われる。エルフたちが“歪みの獣”と呼ぶモノ……あれをどうにかするためにな」


 アルテミシアは思わず身を固くする。

 あのままだと一地方、下手すれば一国を滅ぼしていた凶大なる災厄。とあるエルフの妄執の化身。

 “歪みの獣”。

 数多くの幸運が重なって、アルテミシアは奇跡的にあの化け物を倒すことができた。


「あれが兵器として有用すぎることには気付いていたか?」


 端的なエドワードの言葉でアルテミシアは理解する。

 薄々は感づいていたことだ。ファンタジー世界のパワーを信じたかったのだが、やはり“獣”には勝てないということか。


「……一国を滅ぼしうる力。ほとんど特攻みたいなものだけど人の魂を乗せれば制御できる。"獣"自体の原産地が限られるとしても、強化の材料は魂を掻き集めるだけでいい。

 最大の問題点として、対抗手段が乏しすぎる。さらに手元には副産物としてエキストラライフアイテムが残る。考えれば考えるほど至れり尽くせりですね」

「たぶん、自然発生分は許容する気だったと思うんだ。それが人工的な"獣"の強化法が発見されたことで、強い"獣"も『森の秘宝』もいくらでも生み出せるようになっちまった。

 ハッキリ言ってこれはマズイ。最初にこれに気付いて、使うことを思いついた奴が天下を取っちまうかも知れん。

 それじゃダメなんだ。『転生屋』のお望みは、延々戦乱が続く世界なんだからさ」


 エドワードは皮肉めかした口調だった。

 この世界の脅威となり得る要素が取り除かれるならそれはそれでいいのかも知れないが、理由を考えればあまり素直に喜べない。 


「じゃああれですか、"獣"強化が不可能になるとかですか?」

「既にあるものを無かったことにするのはリアリティへの影響がでかすぎる。だから別の要素を突っ込んでバランスを取るんだ。

 ……具体的には、まず『森の秘宝』と同じような復活予約魔法。加えて死者蘇生の条件緩和。これで『森の秘宝』を量産・独占する価値は薄れる。正確に言うと、そういうことをする奴が居てもそこまでアドバンテージを得られなくなる」

「わお」

「実は『RPG用』にデータだけ作って利用不能にしてただけの魔法だから、実装に際してのリアリティ影響も少ない」


 筋肉まみれの指を順番に立て、数えるようにエドワードは説明する。


 なるほど、とアルテミシアは苦い納得を呑み込んだ。

 限られた主人公が簡単に死んではゲームにならない。蘇生魔法でもなんでもいいが救済措置が必要だ。

 対して、運営方針が変わった現在のこの世界は『質より量』でリアリティを回収する設計になっている。たぶん、悲劇を回避する手段は少ない方がよかったのだろう。『転生屋』にとって。


「さらに"獣"への対抗手段も追加だ。例のエルフが遺したという"獣"研究書に、"獣"に対抗しうる魔術の仮説がいくつかあった。

 中には正解の仮説もあるが、そいつが実現するまで待ってはいられない。

 そこで別の仮説……手っ取り早く対抗手段が見つかるかも知れないっつー誤った仮説を現実にしちまうことになった。巫女以外にも使用可能な"獣"特効の神聖魔法が近く編み出されるはずだ。

 こいつは急を要するんで、世界のリアリティに響くのを承知で付け足されたっぽいな」

「……エドワードさんはどうしてアプデの予定を知ってるんですか?」


 ふと、気になってアルテミシアは聞いてみた。

 どう考えてもそれは、常人どころか転生者ですら知り得ないはずのことだ。


「それに……表向きではわたしが関わったことなんて知られてない、あの戦いについてまで知ってるなんて」

「ぶっちゃけそういうチートスキルを持ってるからだ。アプデ予告を受け取れるつーか、『転生屋』の動きを知ることができるつーか。お前さんの戦いを知ったのもそこからでな」

「カタログにありましたっけ、そんなスキル」

「無いぞ。一般の転生者に配るようなもんじゃないから」


 エドワードは眉間に皺を寄せていた。アルテミシアにはそれが力こぶのようにも見えた。


「そんなチートスキルがあること自体、世界が不完全であることの証明だからな。いやそりゃ、いくら地球より遙かに進んだ文明があるからって『転生屋』どもも神じゃないからな、世界を作ろうなんて大仕事バグが出て当然だ。

 しかし、あいつらそういう事情は転生者に隠したがってるからさ」

「なるほど」

()()俺は『転生屋』に命令されて動いてるわけじゃないが、知ってしまった以上は放っておけねえ。だからここに来たのさ」

「ありがとうございます」

「礼には及ばんさ。……及ばないんだ」


 どうしてエドワードがそんなチートを持っているのかは、聞きそびれてしまった。


 * * *


 明かりも見当たらないのにぼんやり明るい白一色の四角い通路は、いつ果てるともなく続いていた。

 足音だけが重なり合って反響し、虚しくこだまする。


『妙な場所っすね。罠が仕掛けられそうな窪みとか結構あるのに、罠自体は仕掛けられてないっす』


 先頭を行くカルロスが魔力知覚によって周囲の様子を探る。


「ガラッガラね。まるで新品の遺跡からモンスターと罠だけ引っこ抜いたみたいな……」

「レベッカさん、新品の遺跡ってワケ分かんないです」

『かと言ってゴーレムみたいなのも居ねえっすし……』


 どうなっているんだと言わんばかりのレベッカの胡乱げな視線に、エドワードは肩をすくめる。


「八賢人が何を考えていたのか、俺には分かりかねますが。たぶんダンジョンを作ったところで方針が変わったとか予算が尽きたとか、何かあったんでしょう」

「世の中のフィールドが全部そんな感じだったら私らは楽なんだけどね」


 いまいち腑に落ちない様子のレベッカだが、実際にここには何も居ないという厳然たる事実を前にしては納得するしかない。


「未実装なんだよ、遺跡の守護者が」

「まあ、楽なのは良いことですね」


 アルテミシアはエドワードの囁きに苦笑で返した。


 一見安全なようでもレベッカは警戒を怠らず、基本通りに罠チェックをしつつ進んでいく。

 カルロスは魔力探知で周囲を調べつつおとこ解除の態勢で先行し、アリアンナはレベッカの動きを見習う。マナはその後を気楽に付いていく。

 殿しんがりがエドワードということになる。見ず知らずの相手に背中を預けることになるわけだが、レベッカとしてはアルテミシアの『眼』を信用して任せた形だ。何かエドワードが怪しい動きをするとかしたら、アルテミシアはその未来を視るはずだから。


「個性豊かで、いい仲間たちだな」


 エドワードは感慨深げだった。


「仲間って言うよりも家族な感じです。

 ……不思議ですよね。成り行きで集まって、まだ数ヶ月ってとこなのに」

「家族か……」


 エドワードは何事か考え込む素振りを見せる。


「なあ、なんだっけその、『死の影』が見えるって話」

「……はい」


 前の話と繋がっているような、いないような。

 エドワードの中では繋がっているのだろう。きっと。


 アルテミシアは自分の力についてエドワードに伝えてある。

 人の死を予見する謎の力。“獣”との戦いで偶発的に手に入れたものだ。

 街中に死の影を見たアルテミシアは、そのことをレグリスに伝えてきた。今頃、領城では緊急対策会議が開かれていることだろう。原因究明と、その原因の排除のために。

 そしてエドワードにも伝えてあった。ひときわ濃い『死の影』が、彼に纏わり付いていることを。


「しかし、俺はともかく街中に『死の影』が出るってのはな……やっぱりヒーローズ・アイテムのせいだろうか?」

「どうでしょうか……わたしが回収に行くって決めても街中の『死の影』が消えなかったので違うかも知れません。でなきゃ既に手遅れでわたしたちが間に合わないとか……」

「そんなことはない、はずなんだがな。新魔法実装はまだ先の予定だ」


 それでも街が吹っ飛ぶと聞かされては放っておけない。

 ひとまずはヒーローズ・アイテムを回収し、もう一度街の様子をチェックしようというのが当座の方針だった。


「……ごめんなさい」

「何故謝る?」

「エドワードさんに『死の影』が見えているのに、どうすればいいか分からなくて……」

「気にしなさんな。お前さんが俺を殺すわけじゃないんだろ?」

「それは……やりませんし無理だと思います」


 相手の力量なんかろくに計れないアルテミシアだが、エドワードは少なくとも、あの爽やか筋肉お兄さんロランよりはパワーがありそうだ。下手したらレベッカとも張り合えるかも知れない。

 そんなエドワードをアルテミシアが殺せるわけが……


「……やりようはあるかな。油断してるところをさっくり麻痺させるとか、食事に一服盛るとか。

 あ、でも状態異常無効のチートとかあったりしたらダメだからそこは密室で催涙煙幕ティアガス漬け、あるいはオプションで爆殺サービスとか」

「おい」

「やりませんよ」


 謎の『閃き癖』はこんなところでも発揮された。

 だが思い浮かべることと実行することの間には、マリアナより深くサハラより広い溝があるのだ……とアルテミシアは主張したい。


「それに俺は、誰かに心配してもらえるような大層なやつじゃない。野垂れ死んで鳥の餌にでもなるのがお似合いの男だ。俺が死のうが生きようが、お前さんが気にすることじゃないさ」

「そんなことはありません」


 特に重い口調でもなく、今日の気温か紅葉の具合でも語るようなエドワードに、アルテミシアは即座に反駁した。


「わたしはエドワードさんに会ったばっかりで、どんな人なのか全然分からないですけど、それでも。死んでいい人なんていません。それだけは言えます」


 そう言い切って、むっとエドワードを見上げてやると、彼は渓流の大岩みたいな顔をほころばせた。


「人ったらしめ。その顔でそういうこと言われたら老若男女関係なく惚れるぜ、おい」

「それはよかった。わたしが励ますだけで生きる気力が湧いてくるならスマイル0円精神で激励しますよ」

「参ったな、こりゃ」


 そして前方に視線を戻したふたりは、目の前でレベッカが腕を組んで仁王立ちしていることに気付き急ブレーキを掛けた。


「……怪しい気配を感じたわ」

「フラグは立ってないから!」


 アルテミシアは慌ててぶんぶん首を振った。


 * * *


 エドワードが言う通り、本当にここは地形と最奥部のアイテム以外は未実装であるらしく、一行はマジックミサイルの一本もゴブリンの一匹を見ることもなく、あっさり最深部に辿り着いた。


「見ろ、あれだ」


 いかにも神殿のご神体みたいな感じで、マヤ文明ピラミット状にせり上がった台座の上。

 そこに、そのアイテムはあった。


 捧げ持つような形状の台座に、斜め30°の見栄えがする角度で嵌められた杖。

 艶やかな桜色の柄を取りまくように、銀砂をイメージさせる帯が重力を無視して浮かぶ。渦巻く波濤のような、あるいは星雲のような、もしくは翼のような意匠があり、そして杖の先端には煌びやかな黄金の星。


 『星の魔杖・少女の智慧(ザ・リトルリドル)』。

 『行き倒れの少女』のために用意された『ヒーローズ・アイテム』。


「……言ってもいいですか。この、絶妙な……キュートと厨二病が調和した……それでいてダサピンク堕ちしていないギリギリの一線で控えめになるデザイン……

 悪くはないけど……悪くはないけど……そう! 大きいお友だち向け(婉曲表現)の魔法少女アニメに出てきそうな!」

「奇遇だな。俺も同じことを考えていた」

「そこは嘘でもお世辞でも否定してくださいよ!?」


 そのデザインは、とても、ある種の人々に対して訴求力のありそうなものだった。

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