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17-3 辟。譏主撫遲披促

 エウグバルドの見上げた先には、ぼんやりと光が浮かんでいた。

 まるで遠見の水晶みたいに虚無の暗闇に描き出されているのは、会話するふたりの人間。

 片方は暑苦しくむさ苦しい冒険者の男。

 相対するは……見間違えようもない。エウグバルドが積み重ねてきた全てを戯れのように容易く蹴散らし、しかしエウグバルドが望んだ全てを残していった少女。

 地球からの転生者、アルテミシア。


 この『画面』は『転生屋』が作り出したものだった。

 現在地上で起こっている()()()()()についてエウグバルドが問うと、『転生屋』はこれを見せた。


「……おい『転生屋』」

『どうかしましたか?』

「この、血管にまで筋肉が流れていそうな男が言っている『八人の主人公(エイトヒーローズ)』とは何だ?」

『ああ、それですか。そもそもこの世界が何の目的で創られたかはもうご存知ですよね?』

「理解しているさ」


 『転生屋』の世界が滅びを回避するため、定められた運命を掻き回す手段として用意された魂の箱庭。

 この世界に転生した魂たちは多くの事件に遭遇し、やがて『転生屋』の世界へ帰って行く。それによって運命の変化をもたらすのだという。

 だからこの世界は、滅ばない程度に荒れるよう創られている……

 この世界の住人たちは、つまり家畜だった。


『私どもの世界からの転生者は、今は世界中に多数散らばっています。ですが、この世界を創った当初はもっと別の形になるはずだったのですよ。

 ……ここは、この世界は、一度きりの冒険の舞台となる予定だったのです。

 魔王たちを束ねる『大魔王』の出現。滅びの軍勢を率いて人族を根絶やしにするべく攻め寄せる。それに対抗する八人の勇者。そんな筋書きの遊戯ゲーム……いえ、物語ですね』


 引きつりそうなこめかみを揉みほぐし、エウグバルドは『転生屋』の話を理解しようとした。


「つまり……何か? 子ども達が英雄ごっこをするのと同じようなことを、世界ひとつ使ってやろうとしていたわけか?」

『素晴らしい。電子ゲームの概念が無いのに、一度の説明で理解できるとは』


 『転生屋』は褒めていたようだが、別にエウグバルドは嬉しくなかった。


「『八人の主人公(エイトヒーローズ)』というのは、本来、貴様らの転生の依り代になるはずだった器というわけか」

『その通りです。ただ、別の世界を使った実験の結果、質より量を重視するべきだという結論が出ましてね。さらに地球からの転生者を使って状況を動かすという手に有用性が認められたので、こちらで物語を用意する必要は無くなったのです』

「……すると『八人の主人公(エイトヒーローズ)』は、どういう立場になった?」

『他の転生者と同じようなものですよ。違いがあるとするならば、『八人の主人公(エイトヒーローズ)』はこの世界に生きていた人ではなく、転生の場に忽然と現れるものだという点ですか。

 本来はプレイヤー……つまり魂として中に入る方ですが、その方の希望に添って家族や過去の経歴を後から()()()()はずだったところ、それを実装する必要が無くなりましたのでね。転生と言うより身体を変えて転移するようなものです』


 あり得ない言葉が次々降ってくる。

 転生者の好みに応じて……家族を生み出す? 過去を作る?

 エウグバルドは、まだ『転生屋』を甘く見ていたのだと思い知った。

 この世界は『転生屋』にとって、いくらでも作り替えられる粘土細工のようなものに過ぎないのだ。手を出さないのはあくまでも、世界のリアリティとやらを上げないようにするため。


『後は、一部のチートスキルの追加的付与と……ああ、大事なことを忘れていました』


 *


「……ここまでの話、理解できたか?」


 エドワードと名乗った男は、自分が頭のおかしい奴だと思われていないか心配するような顔でそう言った。

 アルテミシアはせっかく注文したケーキを食べるのも忘れて、いろんな意味でとんでもないエドワードの話を聞いていた。


「ええと、つまり……この世界はなんか『転生屋』さんが、リアリティ? を回収するために作ったんですね?」

「そうだ」

「で。わたし、って言うかわたしの身体が……没主人公?」

「そうだ。俺たちは共に『八人の主人公(エイトヒーローズ)』……この世界の主人公、プレイヤーの器になるはずだった身体を使っているのさ」


 意味も無くわきわきと手を動かしながらアルテミシアが確認すると、エドワードは満足げに頷いてコーヒーを啜った。


「悪かねぇが、地球のインスタントコーヒーが恋しいな」


 ここはアルテミシア行きつけのカフェ、ふくろうの巣。

 パラソル付きのオープン席でふたりは向かい合っていた。


 突然現れた転生者、エドワード。彼はアルテミシアにこの世界の真実を語った。

 遙か昔にうち捨てられた神殿で壁画を見るとか、神代の古文書を読み解くとか、そういう面倒なイベントは特に無くアルテミシアは世界の真実を知った。

 普通の人がこんな話を聞いても笑って信じないか、SAN値がぶっとんでイアイア言い始めるかだと思うのだが、アルテミシア自身も転生者だ。何か裏がありそうな『転生屋』も見ている。大して驚きもしなかった。


 ――でもこれ、要するにわたし天涯孤独確定かあ……過去も家族もなんにもなくて、あの日あの場所に突然現れて出行き倒れ(デオチ)したってことだもんね。


 それはそれでよろしくやっている現状があるから、今更身内に頼る必要は感じないけれど。


 ――あと、お姉ちゃんと血の繋がりが無いのもこれで確定、と。まあ分かってたけど。


 そこは別にどうでもよかった。


「でも、エドワードさんはどうしてこんなことを知っているんですか? 転生カタログにも書いてなかったと思いますが……」

理由ワケあって『転生屋』に協力していた。その縁でちょっとな。ま、その話は追々するさ」


 エドワードはあまりそのことを話したくなさそうだったので、アルテミシアはひとまず追及を止めた。


「……で、わたしを守りに来たとか、助けに来たとか言ってましたが」

「それだ」


 自分が注文したケーキを一口で瞬殺して、エドワードはゴボウのような指を三本立てる。


「君には三つの危機が迫っている。

 まずひとつ目は、我ら『八人の主人公(エイトヒーローズ)』全員に約束された貧乏くじ、この世界の運用方針が変わった時に削除されなかった『ストーリーイベント』」

「あー、やっぱりそういうのあったんですね。元々、RPGのための世界だったわけだから」

「そうだ。『転生屋』がそれを削除するだけでも世界のリアリティが上がっちまうからな。放っておいたら危ねえ最小限のイベントだけ削除して、残りは俺らが面倒を被るだけだからそれでよしって話だ」

「ひっどい」


 酷いが、納得しないでもない。

 それくらいでなければ釣り合わないだろうと思ったからだ。


 アルテミシアの身体は『転生屋』の指定する転生先の中でも、ワゴンセール級に安かった。

 何の力も無く、魔力も無く、死にかけの状態でのスタートなのだから妥当だという見方もあるかも知れないが、しかし、しかしだ。


 アルテミシアはあまりにも容姿に恵まれすぎている。

 もはやギャグの領域に片足突っ込んでいる、老若男女問わず魅了する非現実的な美貌。まさかこれが評定に反映されないわけがない。

 だとすると、何かがあったのだ。国が傾くレベルの美貌と釣り合うほどのマイナス要素が……


「まあこれは一番深刻だと思うが、まだ先の話になるから大丈夫だ。先に、より差し迫ったものの話をする」


 エドワードは気休めになるようなならないようなことを言った。


「第二に、『八人の主人公(エイトヒーローズ)』全員にそれぞれ用意されている……」


 次の話に移りかけた時だ。

 神殿の鐘が高く重く響き、ゲインズバーグシティに三時をお知らせした。


「あぁっ!? もうこんな時間!?」


 アルテミシアは思わず椅子を蹴るように立ち上がる。

 ……ものすごく、まずい予感がする。

 テスト終了1分前に裏面の存在に気が付いた時と同じような気分だ。


「エドワードさん……差し迫ったやばいイベントの話、わたしもしていいですか?」

「なに?」


 自然とアルテミシアの声は低まった。


「あの、わたし実は買い物に出て来たところだったんですけどね」

「うむ」

「歩く時間とか商品を見て悩む時間とか、そういうの全部頭の中でシミュレートしてですね」

「うむ」

「『明らかに帰りが遅い!』ってなった瞬間にですね」

「死ねええええええっ!!」


 裂帛の気合い。

 組み合わせた手がハンマーのように振り下ろされ、エドワードの座る椅子を粉砕した。


「遅かった……!」

「な、な、な!?」


 ギリギリで攻撃を躱したエドワードは石畳の上を転がって受身を取る。

 向かい合うのは……赤鬼、もとい長い赤毛を獅子舞のように振り乱したレベッカだ。

 帰りが遅いのを心配して飛び出してきたらしい。


「アァールテミシアにまとわりつく邪悪な虫は……っ、討伐っ、するわこのロリコンンン!!」

「どわっち!」


 神速の踏み込みからの拳打。

 鉄の鎧にすら痕を残しそうな一撃を、エドワードは間一髪で避ける。


 幸いにも、エドワードにちらつく『死の影』はレベッカではなかったようだ。『死の影』は強くも弱くもなっていない。死の原因を前にして、こういう反応はあり得ないはずだ。

 大斧を抜いていないだけ、レベッカも節度は守っている。だがこのままでは冗談にならなくなる。


 腰のポーチに手を突っ込んだアルテミシアは、薄紫色の液体を湛えた、球形の透明カプセルみたいなものを取り出した。

 護身用に持ち歩いているもの。誘眠スリープポーション入りの薬玉だ。


「これでっ……!」


 これ見よがしな音を立て、アルテミシアは薬玉にキスをした。

 そして。


「お姉ちゃーん!」


 レベッカの足下目がけて投じる。

 放り投げられた薬玉は割れ砕け、薄紫色の煙を立ち上らせた。


「逃がすかーっ!」


 そこに、レベッカは飛びついた。

 ほとんど覆い被さるような体勢で、粒子ひとつ逃すまいとするかのように恐ろしい肺活量で立ち上る煙を吸い上げた。


「うふふふふふふ……ぐー……」


 そして幸せそうな顔でレベッカは昏倒した。


「ふう。間接キッスに引っかかってくれて助かった」

「な、なんだったんだ今のはっ!」

「申し訳ありません、ただのお姉ちゃんですのであまりお気になさらないでください」


 憔悴した様子のエドワードに、アルテミシアは無の心で謝罪した。

ちょっと仕事が忙しい時期に差し掛かったので、週1ペースが一時的に崩れるかも知れません。

なるべく週間更新を維持しますが、少々遅れた場合は悪しからずご了承くださいませ……

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