16-16 辟。譏主撫遲披造
「特殊な能力を付与した、異世界からの転生者……
そんなものを世界に放り込まれては、真っ当に生きている者からしたら大迷惑だな」
エウグバルドは自分のそれが八つ当たりだと理解していた。
計算と準備を重ねて用意したはずの計画が、計算外の異分子によって破綻したのだ。恨み言のひとつも言いたくなろうというもの。
エウグバルドはこうして真実を知る機会を得たが、転生者と関わった人々のほとんどは何が何だか分からぬままに薙ぎ倒されていったことだろう。
ある者はエウグバルドのように計算を狂わされ、ある者は地位から蹴落とされ、ある者は手柄を奪われ、ある者は……きっと殺されている。
もちろん、逆に助けられたという人も居るのだろうけれど、いずれにせよこの世界に普通に生きている人々は、異世界からの転生者という強大な力によって、風に舞う木の葉の如く翻弄される運命なのだ。
『大迷惑。……まあ確かにそうですね。迷惑でなければいけないのです』
「公正である必要は無い、か。この世界は所詮、貴様らがリアリティとやらを回収するための箱庭。苦痛も悲嘆も貴様らの糧でしかないわけだからな」
『ええ、そうです。理解がお早いようで……』
当てこすりのようにエウグバルドが言っても、転生屋は堪えた様子もなかった。
この世界を滅ばない程度にメチャクチャにするというのが転生屋の目的だ。だとしたら理非を解いて糺したところで意味が無い。
この世界が残酷で不公平なものだということくらいエウグバルドは先刻承知だけれど、それが何者かの作為によるのだという事実は意外なほど衝撃だった。
神とか、それに類する上位存在がこの世界を本当に見ているのだとしたら、無能なりに世界を良い方向に導こうとしているはずだと思っていたのだ。根拠も無く。
甘い男だ、とエウグバルドは自嘲する。
黒一色の世界を眺め、エウグバルドは嘆息する。
世界から滑り落ちた今となっては何もかもどうでも良い。
気がかりなのはただひとつ。
狂った世界に残してきた想い人だった。
――今の俺は……彼女を守るために何ができる?
考えるまでもない。
エウグバルドにできることはただひとつ。
『転生屋と話す』だけだ。
肉体としては死を迎え、世界の外側に飛び出してしまったエウグバルドだが、何の因果か世界の管理者と言葉を交わせる状況になった。
だとしたら、これを利用しないわけにはいかない。
転生屋がこの世界の住人をゲームの駒のようにしか思っていないとしても。彼らの良心に期待することができないとしても。何かができるはずだ。
幸いにも、言葉だけの駆け引きや交渉はエウグバルドの得意分野。
話すことさえできるなら……諦めるには、まだ早い。
「転生屋。貴様の話を聞いていると、ずいぶんな無茶に思えてくるが……何が起きているか気がついている者は、どの程度だ?」
エウグバルドは探りを入れ始めた。
まずは、もっと詳しく状況を理解したい。幸いにも、転生屋は今のところエウグバルドに興味を持っている様子。その興味が続く間に引き出せるだけの情報を引き出しておきたい。
『そうですね。転生者本人や直接話を聞いた人は当然のこと、中央神殿の一派も状況を把握して利用しようとしていますね』
「利用……まあそうだろうな」
敵に回せば恐ろしいが、味方につければ頼もしい。利用したがるのも当然だ。
だがそれだけで済むだろうかとエウグバルドは考えた。
「では、抗おうとしている者は?」
推し量るような間があった。
「異世界転生者とかいうわけのわからん連中が、にわか雨の後のキノコのように湧いてくるのを知って、それを警戒……あるいは、そうだな、もっと直接的に対抗しようとしている動きは……」
『ああ』
合点がいった、という風に手を叩く音が聞こえた。
どうやら転生屋も人とかけ離れた姿ではないらしい。
『もちろん、ありますよ。おそらく、あなたの期待に添えるような形ではないと思いますが』
転生屋の言葉は、淡々と事実を述べる調子だった。
それだけにエウグバルドは嫌な予感がした。