16-15 負け冒険者の晩餐
有史以来、人類と酒は悪友であり続けてきた。
夕刻、歓楽街の酒場は徐々に賑わい始める。
浮かれた照明光が夕闇を払い、呼び込みの声と漏れ出す音楽が渾然となって、独特の空気を作り上げていく。
『デュオニュソスの杯・ゲインズバーグシティ店』。異国情緒溢れる装飾の店内には、今日も客が満員だ。入り口のカウンター前には順番待ちの列さえできている。
そんな店内に、鎧を身につけていたり剣を提げていたり、いかにも冒険者という出で立ちの者たちばかり座ったテーブルがひとつ。
ほとんどは、あのダンジョンアタックに参加した冒険者だった。
「ご注文は何になさいますか?」
「「「とりあえずビール!!」」」
杯を打ち合わせ、めいめい適当に一口目を流し込む。
「ひっさしぶりだな、カレン。今日オスカーはどうしてんだ?」
問われた女は、既に杯を空にしていた。
“黎明の獣”を率いるふたりのリーダーの片割れ、カレンだ。
ハーフエルフであるカレンは特徴的なとんがり耳を父から受け継いでいるが、肌は浅黒く、髪はカラスの濡れ羽を思わせる漆黒だった。
ギルドには戦士として登録しているが魔法の心得もあり、剣に魔法をまとわせる『魔法剣』の使い手として名をはせている。
「あ? なんか鍛え直すために山にこもるとか言い出して、今街に居ないよ」
「ぶはっ。マジか」
「しょーがないから代わりに来てやったんだ。こないだの依頼の話、聞かせて頂戴な」
カレンはもちろん“黎明の獣”の生き残りから状況を聞き取っているが、せっかくだからと慰労会に参加したのであった。
「“フレスヴェルグ”のはどうしたか知らないか?」
「ああ、ザック? ベッコベコにヘコんでるらしいよ。それで今日も昼間っから飲んだくれてたって。まああと1週間もすりゃ元に戻るっしょ。そういう奴だし」
充分すぎるほどの戦力を集めたはずだったダンジョンアタックは壊滅的な敗北に終わった。
場所がダンジョンだったおかげで死人は全員蘇生できたが、それでもこの場に集まった歯抜けだらけのメンツを見るだけで悲惨である。
「お前らみんな臨時パーティー組んでんだっけ?」
「そうだよ。どこも死人を出して治療中だもんよ」
「生き残ってる同士集まってやってんだよ。仲間の入院費もあるわけだしな」
「ちくしょー、“天気雨”だけ全員生き残りやがって」
「おかげさまでな!」
“天気雨”の槍使いがドヤ顔で拳を握る。
「戦利品のドラゴン鎧も貰ってたよな、お前……」
「鋲革鎧みたいなやつと、牙を束ねた剣だけだぜ? リーダーの≪閃光≫の分だっつって、牙剣もう1本貰ったけどさ。
んなこと言ったら“トレジャーイーターズ”は鱗どっさりの鎧ガメてたじゃねぇか」
「おうよ、うちの連中が文字通り命懸けでもぎ取った戦利品だ。金はみんなの治療費に充てたけどな!」
死にものぐるいで鎧を確保した野伏の男は、豪快に笑って戦果を誇った。
セコかろうとみっともなかろうと、稼ぎを逃さないこともまた冒険者の実力だ。
「まあ戦利品は大半、レベッカさんが持ってっちまったわけだけど」
「でもさ。ゴブリンの集落で見つけたドラゴンの角。あれ買い取るっつって鎧2着分俺らに還元されたじゃん」
「そうそれ! 助かった」
「あの角、ご本人に返したんだよな?」
「そだよ。要するにレベッカさんの自腹。大牙の槍も返したらしいし……」
「じゃあそこまで儲かってないのな」
「ドラゴンの恩を買うと思えば安いんじゃないか」
「つーかそれでも竜鱗鎧3着分は持ってってるはず……」
「やべーな。桁が違う」
そして会話がちょっと途切れたところで、“トレジャーイーターズ”の野伏がぽつりと言う。
「でもさあ、死んだのがダンジョンの中で良かったよな」
「……だよな」
「不幸中の幸いか」
冒険者たちはしみじみ溜息をつく。
死と隣り合わせの稼業だ。
何かひとつ歯車が狂えば一瞬で何もかも終わってしまうと分かっていたはず。
そんな当たり前の事実を、皆が思い知らされた。
「今回の依頼、反省あるとしたら何だと思う?」
カレンが葉巻の煙を細く噴きながら水を向ける。
皆がちょっと気まずげな顔をする中、“天気雨”の魔術師が代表するように答えた。
「俺らは半端に冒険慣れして『これでいける』と思っちまってた。かな。
『ホブゴブリンなら倒せる』『ゴブリン相手なら魔法でいける』って……」
彼が苦い言葉で口火を切ると、他の者らもやいのやいのと口を出し始める。
「だな。なんか変なもん装備してるなーって時点で、怪しんで対処すべきだった」
「仮に戦うとしても足止めの手段はいくつかあるわけでさ」
「魔法に頼りすぎてた感はあるよ」
「リーダーの≪閃光≫は上手かったと思う」
「あれな。魔法抵抗力がある相手って話だから、もしかしたらと思ってやってみたんだ」
「魔法使うにしても選び方があるよな」
ちょっと持ち上げられた“天気雨”の魔術師だが、彼は無念そうに首を振る。
「俺が≪閃光≫使ったのは、あくまでも戦闘見た後だかんな。初見であれができなきゃ本来死ぬとこだ」
「レベッカさんとこは初見どうしてたんだ?」
「ショートボウで目をぶち抜いて、薬玉で寝かせたらしい」
「……完璧じゃん」
冒険者たちは、ごくりとツバを(もしくは酒を)飲む。
「あの弓の子やばいよね」
「攻撃の起点を潰すってのは射手の理想だよな。理想なんだけど……」
「理想と現実の間は溝が深いからなあー」
「そお? 父さんは普通にやってたよ」
「エルフの基準で語るなよ」
カレンの父親は、エルフの冒険者にはありがちな魔法を使える射手というスタイルで戦っていた。
接近戦でお荷物になりやすい射手は冒険者として比較的マイナーなクラスだが、それでも確固たる存在感を持っているのは、全射手の半数以上を占めるというエルフ達の奮戦によるところが大きいのだ。
だがそれは弓に並々ならぬ情熱を燃やし種族ぐるみで教育しているエルフだからこその芸当。
人間が、それもあんな少女が同じ事をするとなれば尋常ではない。
と、そこで“天気雨”の盗賊が首を傾げながら言う。
「さっきから気になってたんだけどよ……レベッカさんとこのパーティー名ってなんだ? 俺聞いてねえ」
「無いぞ」
端的な答えが返って、質問した盗賊は目を剥いていた。
「パーティー組んだばっかりだからまだ名前付けてないって本人が言ってた」
「……はあ?」
「ちょっと待て、本当かそれ! 信じらんねえ……」
「そうだよ、パーティー名考えるのなんて一番楽しいやつだろ!」
「じゃなくて、パーティー名無いんじゃ困るだろ」
冒険者としてあり得ない事態に、我が事のように皆が叫ぶ。
しかし、瞬間沸騰した彼らはすぐに冷却された。
「……いや、別に困らないか?」
「ああ……パーティー名知られてなくても、本人の名前が売れまくってるからな」
「むしろパーティー名付けても『レベッカのパーティー』としか覚えて貰えない可能性が……」
パーティー名はあくまでも存在を誇示するための看板だ。
大仰で格好良かったり、個性的で忘れがたいものだったり。
逆に言えば、存在を誇示する必要が無いなら不要とも言えた。
「あのパーティーってどういう集まりなんだ?」
そもそも、それが気になる顔ぶれだ。
冒険者がパーティーを組む理由なんて色々だけれど、レベッカのパーティーは他所と比べてもどんな理由で集まったのか想像しがたい。
「えっと、まずあの緑の髪の信じられないくらい可愛い子がレベッカさんの妹」
「……妹ぉ?」
「えー、それ意外ってか……レベッカさんも美人だと思うけどさあ、姉妹ってちょっと信じらんないな」
「姉妹にもいろいろあるでしょ。半分だけ血が繋がってるとか、義姉妹とか」
カレンがさらりと重いことを言って、何人かがぐっと言葉に詰まる。
冒険者なんかやるような奴は、いろいろと訳ありな事の方が多いものだ。
「でも、ドラゴン連れてくるような子だよ? レベッカさんの妹以外あり得なくない?」
「分かる」
「あれで第二等級とか悪い冗談だろ」
「それが依頼の2日前に資格取ったばっかりだったらしい」
「…………じゃあ飛び級かよ!!」
「うわ懐かしっ。“黎明の獣”でも私とオスカーだけだよ、飛び級なんて」
「実質第四くらいなんじゃないの? あの子」
「俺、道具師って初めて見た」
あのダンジョン攻略はレベッカのパーティーの独壇場だった。
そして、その中でもアルテミシアの存在は異質だった。
どう見ても人畜無害な可愛いだけの少女だったのに……そして実際、武器も魔法も使っていないのに、最後をしっかり締めて持って行ったうえにドラゴンまで連れてきたわけだ。
『只者ではない』、と思うには充分だった。
「しかもあの子レベル19なんだって」
「「「はあ!?」」」
カレンの爆弾発言に数人が驚きの声を上げる。
「ああそれ見た! データの誤表記かと思ったぞ」
「ちょっと待てよ、どうすりゃあの歳でそんなになれるんだ?」
「……お前ら、レベッカさんがレベル28なのも忘れんなよ」
重い沈黙がテーブルを支配した。
それは例えるなら、語彙力を低下させる範囲型弱体魔法が掛けられたかのようだった。
「納得した。姉妹だわ」
「うん」
冒険者たちは頷き合う。
その時、彼らはフライドポテトを食べる以外に何もできなかった。
「で、あとは……弓の子はレベッカさんのお弟子さんだってさ」
「お弟子? あの人、弓教えられんの?」
「違う。弟子に取った時には、既に弓の腕はあれだったらしい」
「…………えぇ?」
「だから冒険者としてのノウハウだけ教えてるって……」
「ど、どういう、ちょ、何それ!?」
「何それって言われても……」
「信じられないわ」
聞き捨てならない言葉にカレンが色めき立つ。
弓を扱うのがどれだけ難しいかカレンは分かっている。最終的に向いていないと判断して剣に転向したが、それまでは父から弓を習うこともあったのだから。
「それとエルフが居るって聞いて、私ちょっと気にしてたんだけど」
「四人目な。エルフの魔術師……いや死霊術師?」
「死霊術師は正式なクラスじゃないだろ」
「あれ禁術じゃないの?」
「アンデッドの使役だけならレンダールだと平気なはずだぞ。そりゃ神殿はいい顔しないだろうけど」
「で、そのエルフちゃんの実力は?」
カレンの質問には、“天気雨”の魔術師が答えた。
シラフで答えられるかとばかり、手元の酒を飲み干してから。
「≪烈氷剣山≫を使ったらしい」
「フロスト……」
「って?」
「水の元素魔法。レベル5」
「最低でもそれくらいは行ってるわけか」
「それでも一応、俺を超えてるんだが……」
魔術師はやけっぱち気味に、吐き捨てるように続きを言う。
「フォースガードを着けて、それをやった」
「はあ!?」
意味が分かったらしいカレンが驚愕の声を上げた。
実際、フォースガードは“天気雨”にとっても手が届かない防具ではない。にも関わらず導入していないのは、高い防御力と引き替えに魔法の出力を落とし、足手まといになるのが確実だからだ。
魔術師が使う多彩な魔法は探索・戦闘の要となる。まして彼はリーダーだ。自分の身の安全のために枷をはめては、仲間を危険に晒すことになる。
普通に使うなら欠陥装備と言ってもいいピーキーな逸品。使い時を選ぶべきものだ。それを普段使いの防具のように着けることがどれだけ非常識か。
「うっそだろ……? じゃあ素の状態でレベル7くらいじゃねーの?」
「やあ、でもエルフだぞ。凄い奴はそれくらい行くだろ」
「後はスペクターの使役だな」
「殴り合えるゴースト系か……パーティーのバランス考えたら、それで前衛補ってるんだろうね」
「本人のレベルは確か20なんだよな。高いっちゃ高いけど、魔法はそれ以上だな」
「エルフは現役長く続けられっから、あんま人間基準でレベル見られないぞ」
冒険者たちは盛り上がる。
なんだかんだ言って冒険者のほとんどは、未知のものを愛する人種なのだ。
未踏のダンジョンも、見たことのないモンスターも、規格外の同業者も。
だが、ふと、冒険者たちの会話が止まった。
「へぇ――――……? 面白そうな話してるじゃない」
燃える炎のように鮮烈で、艶やかで、ちょっぴりハスキーな声。
薄暗い店内でも映える、長い赤毛。
すらりとした印象ながら、ぎっしりと筋肉の付いた体。
どこかラインが不自然な、張り出した胸部。
この街に彼女を知らぬ者は居ない。
ゲインズバーグを救った猛女レベッカ。
洗いざらしのワンピースを着た町娘ルックでも、その迫力は変わらない。
皆の背後に立った彼女は……にこやかに微笑んでいた。
「皆さんお暇だったら、一緒に飲みましょ?」
「そりゃいい! 女同士、いろいろ聞きたいことがあったんだ」
レベッカが掲げたジョッキに、カレンが自分のジョッキをかち合わせる。
本人が居ないところであれやこれやと考察を重ねるくらいなら、直接話を聞いた方がいいに決まってる。
「お姉ちゃんどうかし……あれ、こないだの皆さん?」
アルテミシアもひょっこりと顔を出す。
彼女たちもまた、ごった返す店内のほぼ反対側で食事中だったのだ。
「なんだ、来てたのかよ」
「これなら最初から誘えばよかったんじゃないか?」
「だって子どもに酒飲ませらんねーだろ」
「ほら、そっちのお嬢ちゃんらも座れ」
「おいそこ皿どけろ」
酒場の夜は、ますます騒々しく更けていった。
ものすごく余談ですが、#16はだいたい全部↓のリンクにある別作品『怨獄の薔薇姫』を書き始める前に書き溜めていたものです。
書いたのはほんの4ヶ月前くらいなのに、見直してると今のものとは文体が違う気がする……
今は向こうメインで投稿してますが、ポーションドランカーもだらだら続けていきますのでよろしくお願いします。
次回からまた長い話スタートです。