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16-11 戦略的転進

 その場に居る全員が、我が目を疑っていた。


 ――庇った!? 冒険者を、ガーディアンが!


 まさかガーディアンが突然アメフトに目覚めてNFL優勝決定戦(スーパーボウル)を目指すべくタックルの練習を始めたわけではなかろう。

 その攻撃からは明確に『冒険者ザックを庇おう』という意思を感じた。


 組み付かれたホブゴブリンGはマウントを取られ顔面に籠手パンチを浴びせられる。それを見てHは助けに入った。

 レベルの問題なのか何なのか、見た目ほどの頑丈さは無いようで、竜牙の剣に腹部を貫かれたリビングメイルはあっさり消滅する。だがそれは冒険者たちが迎撃の態勢を整えるには充分な時間だった。


「≪閃光フラッシュ≫!」


 "天気雨"の魔術師ウィザードが、一行の背後に向かって光の球を飛ばした。

 それは、炸裂する。


 辺りが白と黒に染まった。

 アルテミシア達にとっては逆光であり、ホブゴブリン達にとっては順光だ。

 竜鱗の鎧には確かに魔法抵抗力がある。だが、こうして間接的に光を浴びせるなら何の問題も無い!


「ガアア!?」

「グオオオオ!!」


 視界を焼かれたホブゴブリン達が顔を覆って後ずさった。

 そしてその顔は、次の瞬間には永遠に胴体と泣き別れていた。


「ダメだわこの剣」


 ふたつの首を刈り飛ばしたレベッカが、返り血にまみれた竜牙の剣を見て舌打ちする。


「斬れ味は凄いけど、もうガタが来てる」


 ゴブリンの図工で作られたと思しき牙剣はチャチで、既に締め付けが緩んで牙が零れ始めていた。レベッカはそれを空間圧縮鞄に突っ込み、今し方斬り殺したホブゴブリンの牙剣を腰に手挟む。


「……で、アルテミシア。今の見たわよね」

「見た見た」


 こくこくとアルテミシアは頷く。


「ガーディアンがインターセプトしてた」

「何がどうなってんのよ、あれ……」


 さすがにレベッカもこんなものは見た事が無いらしい。


「それとも、この辺のダンジョンじゃああいうのが流行ってるのかしら」

「いや、知らんぞ……」

「ああ。あり得ない」


 他の冒険者たちも、何も分からない様子だった。


「一回戻ろう、お姉ちゃん。このダンジョンなんかおかしい」

「そうね……ベースキャンプに報告して体勢を立て直しましょう。マナ、帰り道の偵察お願い」

「わかったー。オバケさんおねがい」

『出ていいんすか? んじゃ、行ってくるっすよ』


 呪符タリスマンから飛び出したカルロスが滑るように飛んでいく。既にみんなが通った道なので罠チェックは抜きで、敵が居るかどうか見るだけのクリアリングだ。


「なんだありゃ」

霊体戦士スペクター……?」


 驚いたような声が上がったが、この状況で魔法のえり好みをするような人は居なかった。

 一番文句を付けてきそうだった僧侶プリーストさんは、先程ご臨終。生き残っているメンバーの間では嫌悪感よりも興味と関心が上回っているようだ。


死霊術士ネクロマンサーとは珍しいな。あの霊体戦士スペクターはちゃんと理性を保っているようだが、どうやって管理しているんだ? その呪符タリスマンは?」

「すごいでしょー! マナのおともだちなの!」

「そ、そうか……」


 学術的な魔術談義を期待して声を掛けたらしい"天気雨"の魔術師ウィザードは、得意満面の笑みと小学生並みの感想で切り替えされて、助けを求めるようにアルテミシアの方を見た。


「諸事情あって中身が三歳児なのでご容赦ください」

「そ、そうか……」


 魔術師ウィザードはこめかみを揉みほぐすような仕草をしていた。


 それでもう諦めたようだったが、彼が口火であったかのように、他の冒険者たちもぽつぽつと話を始める。引き上げモードになったことで緊張が少し緩んだようだった。


「な、なあおい! レベル19って本当だったのか!? なあ!」

「ちょっと!」

「痛ぁ!?」


 がっつき気味にアルテミシアに質問するザックに、再びレベッカのデコピンが突き刺さった。


「その汚い口でアルテミシアに話しかけるの止めなさい! アルテミシアの可愛いお耳が腐るわ!」

「お姉ちゃん人間の耳そんな簡単に腐らないから」


 ともあれこれでザックはしおれて、それ以上話しかけてこなかったのでアルテミシアは黙秘した。

 肯定しても否定しても面倒な気がする。


「……そう言えば、あなた私たちの後を付いて来てたわよね」

「え……」


 『やばい、覚えてたのか』という顔をするザック。あの騒ぎでうやむやになったと思っていたようだ。


「あれって何だったの? 不正確な事やくだらない事を言ったらあなたは子孫を残せないと思いなさい」

「なななな何をする気なんだあっ!?」

「いいからキリキリ吐きなさい!」


 襟首を掴まれたザックは観念した様子で供述を開始。


「た、助けに入ろうと思ってたんだよ……それで取り入ろうと……」

「助け? いつどこで?」

第六等級エリートひとりに第二等級トレイニー3人なんてアンバランスなパーティー、絶対どこかで躓くかと……」


 レベッカもアルテミシアも生暖かい笑みを浮かべる以外に何もできなかった。

 それはそれで常識的な予想なのかも知れないが、生憎、常識が通用しないパーティーだ。

 それ以上何も言わずにレベッカはザックを解放した。自分の目論見がどれだけ馬鹿で見当外れだったか、本人が一番よく分かっているだろう。


 共に歩きながらオスカーは、生き残った“黎明の獣”の魔術師ウィザードにぐちぐちと愚痴り続けていた。


「くそっ……! なんて失態だ。これじゃ全体リーダーをカレンに取られちまう……」

「全体リーダー?」

「うわっ。い、いや何でも……」


 レベッカがくちばしを挟むとオスカーはしどろもどろに誤魔化そうとしたが、すかさず“天気雨”の戦士ファイターと“トレジャーイーターズ”(地下二階で助けたパーティーだ)の盗賊シーフが補足した。


「"黎明の獣"って、普段は『月チーム』と『星チーム』に分けて仕事してんだよ」

「2パーティー分の人数で2パーティー分の依頼クエスト請けてるんだ」

「に、人数が多いんだからそれだけ依頼クエストこなさなきゃなんねぇんだよ! 悪いか!」


 オスカーは開き直った。

 “黎明の獣”の、支部1位の依頼クエスト達成数という実績は、そうして生まれたようだ。


「別に悪くはないでしょ。それで1位取るのが問題なんだとしたら、悪いのはギルドの評価基準だもの」


 レベッカは本当に興味無さそうだった。


「1位を取ると何かいい事があるんですか?」

「何も無いって言えば無いんだ。でも何より名誉だよ」

「そう! 数多の冒険者ひしめく、このゲインズバーグの支部で1番になったとなればね。

 名も上がるし、いい指名依頼が来るかも知れない」


 アリアンナの疑問にはレベッカが答えるより早く野郎どもが説明する。

 モロに普通の女の子っぽいアリアンナには、野郎どもの態度がちょっと甘かった。アルテミシアに対しては甘いを通り越して腰が引けている感もあるが。


 冒険者にとってパーティーの評判は死活問題だ。評判の悪い冒険者はギルドから昇格を止められるというのもあるが、何より指名依頼が入るか否かで収入が結構変わってくる。特に上位冒険者向けの依頼は指名率が高い。等級ランク制限を付けて『誰でもいいからやってくれ』と出しておくのでなく、ギルドと相談の上で依頼先を決めるのだ。

 そして依頼者というのは、同業である冒険者たちよりも冒険者情報に疎い。どうしても目立つ所に依頼が集中するのだった。

 そう考えると“黎明の獣”のやり方は強かだ。


 だがそれはレベッカのみならずアルテミシア達には本当にどうでもいいことだったりする。

 レベッカはアルテミシアと一緒に居ることが何よりも大切なので、一緒に行けるような依頼クエスト以外は日帰りで終わる仕事くらいしか請けていない。おそらく指名依頼の打診は山ほど来ているだろうが、そのほとんどを断っていると思われる。

 アリアンナはまだ指名がどうのという段階ではないし、そもそも冒険者をやる動機は『人助け』と『自立』だ。名を上げようという意識は特に無い。

 マナは『みんなと一緒に居て面白ければOK』くらいのノリだし、アルテミシアに至っては冒険者として仕事をすればするほど赤字になりかねない。と言うか冒険者としての名声なんて要らない。


 そして人は、自分にとってどうでも良いことはあんまり『ズルイ』とか思ったりしないものだった。


「一般論ですけど、人数が多ければそれだけトラブルも増えますし、管理も大変になりますし。分割できるくらい大規模なパーティーを動かして結果出せてるなら、それも実力だと思いますよ」


 管理と言えば部下を怒鳴りつけることだった、どこかのクソ上司を思い出しながらアルテミシアは言う。

 たぶん冒険者のパーティーでそんなことをしたら死ぬ。でなくても、アウトロー気質の強い者が多い冒険者たちを纏め上げるのは大変だろう。


「え? ああ、そりゃそうなんだが、うん……」


 いきなり褒められてオスカーは反応がバグっていた。

 褒められたことを喜ぶべきか、アルテミシアのような子どもに本気発言で慰められたことに傷つくべきか。


 ぞろぞろと進む一行が地下一階への上り階段にさしかかろうとした時、はたとマナが立ち止まった。


「おねーちゃん、オバケさんがケガした」

「えっ、カルロスさんが?」


 一行が立ち止まってまもなく、前方からフラフラと飛んでカルロスが戻ってくる。

 まるで炎が風の前で揺らめくように、その姿が少々朧になっていた。


『……やべえ奴らが入り口に張ってるっす。なんか魔法使うゴブリンと……ドラゴン装備持ってるのが4匹』


 カルロスの報告によると、入り口を封鎖するように5匹のゴブリンが待ち受けていたそうだった。

 ホブゴブリン4匹は当たり前のように竜鱗の鎧を着て、剣が3本と槍が1本。

 そして問題の魔法ゴブリン。カルロスを見るなり何か妙な魔法を使ってきて()()()()()()()()という。


「それって神聖魔法?」

『じゃあないと思うっす。変な炎が飛んできたんすよ』


 カルロスの言葉に、魔術師ウィザード中心に数人が息をのんだ。


「≪浄炎クリナイズファイア≫……?」

「レベル5の魔法だぞ?」

「冗談じゃねぇぞ! ゴブリンキングかよ!」


 霊体系のアンデッドにダメージを与える手段は少ない。

 神の力を借りる僧侶プリーストが居ればあっさり片付くが、純粋に魔法の力だけで浄化しようとすると高位の魔法が必要になってくるのだ。

 それができたと言うことは、相応の実力の証明でもある。


「……マナちゃん、ゴブリンキングって?」

「すごくまほうがつよい」


 小学生並み(幼児並み?)の説明をした後で思い直したか、マナはぶんぶん首を振る。


「これじゃ分かんねえか。

 ゴブリンキングは魔法系ゴブリン上位種のひとつだ。強さは冒険者ギルドの判断だと第五等級アデプト相当。変わった能力は無ぇが生まれた時からかなりの魔力があって、元素魔法に高い適正を示す。

 特徴として、総じて支配欲と権力欲が強く、自分が群れのボスにならなきゃ気が済まねえタチだ。だからこそ『キング』って名前が付いたんだろうな。魔力だけじゃなく知恵もあるから、こいつに率いられた群れは実際強いぜ」


 紫水晶の目に、荒ぶる知性が宿る。

 どう見ても『身体だけ大きなお子様』だったマナの豹変に冒険者たちは目を見張っていた。


 マナは『世界中の知識を広く浅く知っている』というチートスキルを持つが、幼児モードだと頭の回転力が足りないのか、それとも語彙が不足するのか、うまく知識を引っ張り出して伝えられないようだった。フル活用しようと思うと大人モードになる必要があるのだ。


「ありがと、マナちゃん」

「どういたしまして。えへー」


 わざわざ頭を撫でてもらうために身をかがめたマナの髪を、アルテミシアはわしわし掻き乱した。


 マナの説明通りなら確かに強敵だ。

 ドラゴン装備のホブゴブリンを4匹も従えて、魔法による支援なんて飛ばされたりしたらどうしようもなく面倒な事になる。

 頭数ではこちらの勝ち。ゴブリンキングの魔法もマナには勝てないだろう。だがそれはこちらが圧勝できるという事ではない。万が一、もあり得る。


「どういう事? ここまで、ボスと擦れ違ったりはしなかったわよね?」


 レベッカはゴブリンキングの存在よりも、いかにも群れボスらしい奴がいつの間にか入り口で待ち構えているという事を気にしているようだった。


 ダンジョンに住み着く魔物は、ダンジョンマスターの居場所の近く、つまりボス部屋前に拠点を構えるのが普通だ。なにしろそこは、ボス部屋を除けばダンジョン内で最も到達が難しいのだから。

 地形などの問題から浅い層に住むことも無いではなかったが、このダンジョンを見る限り問題があるとは思えない。


 ゴブリン達はどこに居たのだろうか。

 深層から地下一階まで続く抜け道でもあって、そこからショートカットで回り込んできたのか。

 それとも誰も気がつかなかっただけで、わざわざ浅層に住み着いていたのか。

 その答えが、アルテミシアは分かるような気がした。


 ――でも、それよりもまずは脱出しなきゃ、だよね。


「カルロスさん、入り口で待ってる奴らの話、もうちょっと聞いていいですか」


 アルテミシアは階段に腰を下ろし、ポーション鞄に収納している調合機材を膝の上に出した。


「これ以上犠牲を出さずに脱出できるかも知れません」

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