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16-8 ドイツの急降下爆撃機ではない

「どらあっ!」


 短槍を使う戦士ファイターの一撃がゴブリンの腹を貫いた。

 壁にもたれて居眠りしていたゴブリンは、そこでようやく目を覚ましたようだが、もはやどうしようもなく数回痙攣して動かなくなる。


「やっぱりゴブリンはアホだぜ。気が付きもしねえで居眠りしてた」

戦利品ドロップどうだ?」

「ゴミだな」


 ゴブリンが死ぬなり戦士ファイターの仲間たちは所持品を検める。

 刃こぼれした剣に、ボロ切れのような服。そして鍋のフタみたいな盾。どれもこれも碌な手入れがされておらず、薄汚れている。


「こんなもん、持って帰るだけ骨折り損だ」


 剣を放り出して盗賊シーフが言い捨てた。


 これだって駆け出しの冒険者にとっては、持ち帰って古道具屋に持ち込んで糊口をしのげる飯の種だ。だが今日ここに来るような冒険者たちにとって、こんなボロ装備を売って手に入るお金など端金。むしろ荷物が重くなったことで自分の動きが鈍りはしないかと考えるところだ。

 帰り道で余裕があれば拾っていくかも知れない、という程度だった。


 そんなダンジョン探索の一コマ。(ゴブリン以外にとっては)のどかな日常風景に、ちょっぴり非日常の闖入者が現れる。


「よう、英雄サマ」

「お邪魔だったかしら?」


 こちらに向かってくる足音を聞きつけてレベッカに気が付いたパーティー"天気雨"の面々は、なんとなくかしこまってレベッカの方に向き直った。

 そして野郎どもの視線は彼女の後ろから歩いてくる可憐な緑髪の少女(アルテミシア)に吸い寄せられ『違う俺はロリコンではない』『これだけ綺麗で可愛ければしょうがないだろ』『芸術品みたいなもんだ』とひとしきり自分に言い訳をしたところでレベッカに戻って来る。


「そっちは調子どうよ」

「だりーだりー。欠伸が出るぜ」


 戦士ファイターが槍の先で、今し方討ち取ったゴブリンをツンツンと突く。


 ここまでに"天気雨"が出くわしたのは、普通のゴブリンだけなのだ。第四等級ガードのパーティーにとっては目をつぶってても勝てる相手だ。


「気を引き締めろよ。第三等級エクスプローラーのパーティーが全滅する程度にはやべえんだ」

「分かってるけどよ……」


 やや年嵩の魔術師ウィザードが、調子に乗る戦士ファイターを戒めた。


「ガーディアンはまだ見てない?」

「一匹でブラついてるゴブリンだけだな。そっちはどうだ」

「私らも見てないわ。悪質な罠は見たけど」

「罠?」


 問い返す魔術師ウィザードに、レベッカは先程見たというブービートラップについて説明した。

 手が込んでいる、そして侵入者に心理戦を仕掛けるような罠だ。単細胞の通常種ゴブリンにはとても作り得ない。


 レベッカの話を聞いて"天気雨"の面々の顔が引き締まった。これは警戒に値する情報だ。


「お互い気をつけていきましょ」

「ああ」


 軽く会釈して、それで2つのグループは別れる。


 すれ違いざま、レベッカの後ろについて歩く緑髪の少女(アルテミシア)は、はにかんだ様子で控えめなお辞儀をした。目眩がするほど可愛い。

 次いで、弓を装備しているがちょっと冒険者には見えない少女が手を振る。兜よりも麦わら帽子が似合いそうな雰囲気だ。ミスリルの胸甲ブレストプレートが冗談みたいな曲線を描いている。

 彼女と手を繋いでいるのは、何故だか外見と裏腹に妙に幼い印象を受けるエルフの魔術師ウィザード。何が珍しいのか目を輝かせて、無遠慮に"天気雨"の方を見ていた。

 総じて、一癖も二癖もありそうなパーティーだった。


「なんつーか……変わってるよな」


 声が聞こえない距離になってから盗賊シーフが言う。


「俺らも冒険者かわりものなのに、それを言うかね」

「でも実際ありゃ冒険者としてもかなり変わってるクチだろ」


 溜息交じりに3人は苦笑を交わす。感服したようでもあった。

 いかにも冒険者らしい堅実な冒険者というのは、実は高位のパーティーだと少なかったりする。

 世間からの『外れ者』であるはずの冒険者という枠にすら収まりきらない、型破りな連中が上へ行くのだ。第六等級エリートであるレベッカの連れとして、彼女らは似つかわしいという気もする。


第六エリートかぁー。俺引退までに行けるのかなあ」

「別に高等級ランクだけが冒険者じゃ無ぇさ。今の俺らもなかなかのもんだ」

「ああそうさ。第四等級ガードだって儲けのチャンスは転がってる。早く先へ進もうぜ」

「そうだ、お宝を探さにゃあ」


 カラカラと笑う彼らの顔に負け惜しみの色は無い。

 "天気雨"の面々は人並みに向上心も持っているが、気の合う仲間と面白おかしく冒険を続ける現状に満足してもいた。第四等級ガードの冒険者だって彼らが言う通り、『なかなかのもの』だ。現役時代に一生分稼ぐというのはさすがに厳しいが、一財産築いて引退し別の商売を始めるというのも十分可能だった。


「……ところで、あいつらは何やってんでしょう」

「さあ……」


 探索に戻ろうとした“天気雨”の野郎どもは、妙なものを見て首をかしげる。


 そこには、こそこそとレベッカ達の後を尾ける冒険者の姿があった。


 * * *


「ゴブリンもガーディアンも全然居ないね」

「ゴブリンだけならダンジョンの奥の方に引きこもってるのかも知れないけど、ガーディアンまで見ないのは変よね」


 奇妙に静まりかえった迷宮をアルテミシア達は進んでいく。

 他のパーティーがゴブリンを倒しているのは見たが、それだけだ。ダンジョンがバグったか、それともイベントが終わってエンカウント停止になったかのように敵の影が見当たらない。拍子抜けもいい所だ。

 罠だけはある、というのが何とはなしに不気味だった。それもほとんどは先行する冒険者が解除してしまっていたが。


「あ、カルロスさん。そっちダメ」

「『「え?」』」


 隊列の後ろから二番目にいたアルテミシアは、すぐ前にいたアリアンナとマナに『死の影』がちらついたのを見て取り声を上げた。

 足を止められた前方の3人(あるいはふたりと1匹)が振り返る。


「……見えたのね?」

「うん。アリアとマナちゃんに。でもわたしが声掛けた瞬間に消えた」

「じゃあこの先、普通に進んでたら見落としただろう何かがあるんだわ」

『えぇー……俺のせいっすか?』


 霊体なのだから痒くはないだろうに、カルロスは気まずげにボリボリ頭を掻いた。


 チート級の探索力を持つオバケさんだが、カルロス自身には大した技術が無いという弱点もある。

 カルロスが見落とした分はレベッカが気付けば良いのだが、最後尾にいる以上、先んじて前方の危険に気付ける可能性はちょっと下がるはず。

 今見た『死の影』の勢力だと死亡率、つまりレベッカが見落としたうえ受けるダメージが致命傷となる率は数%だろうか。


 レベッカは一旦後方を確認した後、隊列を追い抜いて先頭に出る。


「魔力知覚で見落としそうな罠って言ったら、魔力を動力にしてなくて、分かりやすく壁や床に埋め込んでるわけでもなくて……」


 忍び足で進みながらレベッカは周囲を確認する。

 艶やかな天井。足跡の無い床。立ち並ぶ石柱。

 進行方向に対して右側は石壁が剥げて岩が剥き出しになっている。赤ん坊の頭くらいの岩が壁から崩れ落ちて転がっていた。


 ……()()()()()()()()


「……お姉ちゃん、あの岩怪しくない? あんな風に崩れてるところ今まであったっけ」

「無いわ。ダンジョンの壁とか床って、最初から崩れる仕掛けになってない限り簡単に崩れないし。

 幽霊A、行きなさい! おとこ解除!!」

『了解っす……』


 責任を感じているのか、嫌そうながらも文句を言わずカルロスは向かっていった。


 ちなみにおとこ解除とは、罠に引っかかって潰す探索法を指す俗語だ。単純なダメージ系の罠なら普通に解除させるより重装備の戦士ファイターにわざと踏ませた方が安全な場合もある……という言い訳でズボラをするために使われるヒヤリハット系の探索術である。

 だがカルロスの場合、そもそも並大抵の事ではダメージを受けない。


『しっかしこの辺、妙に埃が積もって……』


 カルロスが一歩踏み出した途端だった。

 パキリ、と不吉な音がして全員が凍り付く。


 視界が白濁した。


『おうわっ!』


 岩からドーム状に雷撃が放たれ周囲を薙ぎ払った。

 弾かれたカルロスがゴロゴロと床を転がって戻って来る。


『ひゅー……ビビったっす』


 一応無傷だったが、既に存在しないはずの肝が冷えた様子だ。


「岩に偽装した魔法のトラップ!? うわあ、こんな罠もあるんだ」

「あれが発射台で、埃の下にスイッチを埋めてたみたいね」

『済まねぇっす。目で見えないところまで見えるのは便利っすけど、だいたいの形と魔力の有無くらいしか分かんねえんすよ。中がみっちり詰まってたら普通の岩と区別付かねえっす』


 ここは『岩が落ちてる』こと自体を怪しまないとダメだったようだ。

 それはメンバー全員が経験を積んで身につけていくしかない『冒険者の勘』だ。

 カルロスは(失礼かも知れないが)当然として、レベッカでも何かを見落とすことはあるだろう。ひとりが見落としても他の誰かが気付けるようになるべきなのだ。

 今回、アルテミシアが『死の影』を見たお陰で察知できたように。


「おねーちゃんがいたからたすかったの」

「ガチでチートだこれ……」

「その能力、ダンジョン相手だと本当に効くわね」


 危険をあらかじめ察知する能力。レグリスはこれを戦略級で運用することを考えたようだが、冒険者にとっても喉から手が出るほど欲しい能力だ。魔物の奇襲も仕掛けられた罠も、事前に察知して備えることができる。


「でもこの力に甘えないようにしないと。ちゃんと自分の頭で考えて動けるようにしないと、どこかで足を掬われちゃいそうだし」

「それはもちろんそうね。良い心がけだわ」


 危険な状況を『迎え撃つ』というのはあまりよろしくないとアルテミシアは思っていた。もし『死の影』で事前に危険を察知できたとしても、実際に危険を回避するには、何が起こるか自分で判断し、どうすればいいか考えなければならないのだから。


 レベッカは発射台が沈黙している(こういう罠は一度の発動で燃料を使い果たすことが多い)のを確認してから、そっと床に息を吹きかけて埃を払った。

 ただの金属片にしか見えないプレートがその下に落ちていて、糸のようなコードが岩に向かって伸びていた。


 それを見てレベッカは首をかしげる。


「……ゴブリンが作れるレベルのものじゃないわね」

「もしこれ買ったらおいくら万円?」

「さーぁ……安くはないはずよ」


 魔物相手に商売をする人というのも、実は居る。

 魔物たちが奪ってきた金品との交換であり、大抵の場合は物々交換となる。

 そのせいで、鍛冶や錬金術の技術なんて持ってないだろうゴブリンの少数部族でも、装備やアイテムを揃えていることがままあった。


 おそらく罠の材料は、そういう無法商人から買い取ったものだろう。ダンジョン内で魔法核コアを見つけて売り払えばそのくらいの金は捻出できる。こういう罠があってもおかしくない。


 だが、なんとなくアルテミシアは引っかかりを感じた。罠なんて、優先的にお金を使うべきところだろうか。

 ゴブリンは武装する種族だ。剣や鎧、戦闘用のマジックアイテムを買う方が先だろう。それとも、部族全員の装備を買っても余るほどの金になったから罠を豪華にしたのか……


『あんのー、ところでレベッカさん後ろの連中……』

「はいそこ、私がせっかく無視してあげてるのを指差さない!」


 カルロスが後方を指差し、レベッカに言われてすぐ指を引っ込める。


 アルテミシアが振り返ると、ちょっと離れたところに、慌てて物陰に身を隠す数人の姿があった。見覚えがある。


『"フレスヴェルグ"ですっけ?』

「名前覚えてないけど多分それだわ」


 馴れ馴れしくレベッカに擦り寄ってきたザックという男のパーティーだ。


「何、してるんでしょう」

「他所のパーティーの後を付いてく理由って言ったら……消耗を抑えといてどこかで追い抜かすためとか、疲れたところで襲いかかって金目の物を奪うためとかかしら」

「さすがに後者は無いと思いたいですが……」

「でなきゃ単に私らを観察するのが目的とか」


 何が目的なのかは判然としない。


 だが、付いてくる理由なんてアルテミシアにはどうでも良かった。

 ちらりと見えた"フレスヴェルグ"の面々に、もっと重大なものが見えていたのだから。


「ねぇお姉ちゃん。死ぬよ、後ろの人たち」


 余りにも濃すぎる『死の影』が。もはや火柱のように彼らを包んでいたのだ。

 今すぐに彼らの行動に介入しなければ遠からず確実に死ぬ。


「……それって、救出が間に合わなくって完全に死んじゃうってこと?」

「違うと思う。ダンジョン内で死んでから消化吸収されるまでって10日くらいかかるんでしょ? わたしの目、そんな遠くの死の可能性は見えないから」

「じゃあやっぱ、アルテミシアが見てるのはダンジョンに取り込まれるまでで、それは今って事に……」


 死。


 確かに危険な罠は見かけたが、ひとりやふたり罠に引っかかっても残りのメンバーが救護できそうな気がする。そして、それ以外はたまにゴブリンがうろついている程度だ。


「あれでも一応第四階級ガードのはずよね。それが全滅するって……」

「何が起こるんだろう」

「……ってアルテミシア、助けなくていいの?」


 思いっきり他人事っぽく言ったところ、アリアンナが慌てて聞いて来た。


「死んでもわたし達がダンジョンを攻略すれば生き返るなら大丈夫かなって……」

「本当に危険そうなら攻略断念して帰るわよ?

 ……でも、そこまでどうしようも無いダンジョンだったら、この後すぐ潰されるわね。近隣の支部から応援呼んででもギルドが高等級ランク冒険者の攻略隊を再編成するはず」

「じゃあ結局助かるね」

「そうね、忌々しいことに」


 むしろ死んでくれと思っているのが明白な口調でレベッカは言った。アルテミシアが足手まとい扱いされた事を根に持っているらしい。


 念のためを考えるなら助けるべきなのだろうが、ここは共倒れを避けた方が最終的に全員助かる可能性が高いのではないかとアルテミシアは判断していた。有り体に言えば"フレスヴェルグ"に『人柱』になってもらうのだ。

 何か未知の危険があるとするなら、まずはそれを明かさなければならない。仮にそれで"フレスヴェルグ"が壊滅したとしても、レベッカやマナが居れば攻略するなり引き上げるなり、その後の状況に対応できるはずだと。


 まあ、レベッカの考えはやっぱり別らしいが。


「自分たちの身も守れない冒険者に情けを掛けてやる謂われは無いわ」

「でも……」

「助けてくれーっ!!」


 見捨てるのは気が進まない様子のアリアンナの声を遮るように、後方からの絶叫が響き渡った。

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