16-7 ダンジョンのブルース
ダンジョンの中は、天然の洞窟と石造りの建造物がキメラになったような有様だった。
壁・天井・床は極限までポリゴン数を節約した3Dゲーム黎明期の迷宮みたいにとっかかりが無く、時々、意味があるのか無いのか分からない石柱が壁際に立っている。
かと思うと石組みが途切れて、洞窟のようなゴツゴツした岩壁が露出しているところもあった。
見える限り道幅は、レベッカが大斧を振り回せるくらいには広い。
事前の偵察によって判明したのは、ダンジョンに住み着いたゴブリン達は見張りすらまともに立てていないという事。
ダンジョンの入り口付近には罠がいくつも仕掛けてあったが、何しろ敵の目が無かったので、3人の盗賊たちは悠々と罠を解除している。
仕掛けられた紐を別の場所に結び変え、タイルに偽装したスイッチはひっくり返して中のカラクリに楔を打ち込む。石柱の影に仕掛けられた仕掛け弓は念のため弦を切られた。
ひとまず目に見える場所の罠を解除しきると、盗賊たちは忍び足で奥の様子を見に行く。
そしてすぐに戻って来て、来いと手招きした。危険は無い。敵も居なければ罠も無いと言うのだ。
「よし……行くぞ!」
別に全体を仕切っているわけでもないのだが、オスカーの掛け声で"黎明の獣"が動き出したのを見るや、他のパーティーもそれに続いた。
そしてダンジョンに入ってすぐの十字路で、それぞれの道に分かれていく。同じ道を行ったところで戦利品の取り合いにしかならないからだ。
罠チェックもせず走り出すような馬鹿はさすがにいなかったが、皆心持ち早足だった。
ダンジョンで手に入る戦利品と言えば、まずは住み着いた魔物の群れのお宝。ダンジョンは彼らにとって理想的な宝物庫であり、時には貴重なマジックアイテムや、人から奪った金品を蓄えていることもある。
そしてもうひとつが魔法核だ。ダンジョンそのものによって生成される、術式を秘めた魔力の結晶であり、研磨精錬するとマジックアイテムの核として機能する。
完全に人の手で作ったマジックアイテムは、未だに魔法核を用いたマジックアイテムの足下にも及ばない。強力な一点物のマジックアイテムは、どれもこれもダンジョン生まれだった。
これはダンジョンによって生み出されるため、その辺の通路の隅に転がっていたりする事もあるので油断ならない。もっとも、ダンジョンに魔物が住み着いている場合は、彼らが拾い集めて宝箱に収めている場合もあるのだが。
いずれにせよ、冒険者たちには非常に魅力的な報酬だ。
我先に、と冒険者たちは乗り込んでいく。
その背中をアルテミシア達はのんびり見送っていた。
「ま、無理する事はないわ。みんなダンジョンは初めてなんだから、まず歩き方に慣れて、ガーディアンとの戦闘もこなせたらそれで充分な収穫ね」
ダンジョンで見つかる追加報酬はどうでもいい。
それよりも今は、経験を持ち帰る方が大事だ。
「冒険者講習で習ったダンジョンの歩き方の基本、覚えてる?」
「えっと、『道の真ん中を歩かない』『盗賊の前を歩かない』」
「そう。なんだかんだ言って、分かりやすく道の真ん中に仕掛けてある罠は多いのよ。まあ、それ以上に危険なのは道全体を巻き込むような範囲攻撃が飛んでくる可能性だけど。
盗賊の前を歩かないっていうのは言わずもがな。罠チェック要員に安全を確保させるのは当然よ。この場合は私と……」
「ふえ?」
レベッカの視線を受けてマナが首をかしげる。ややあって気付いたようで、マナは獣の骨を組み合わせて作った呪符を取り出した。
「オバケさん、おねがーい」
『ふうっ、やーっと出て来れたっす』
ぬるりと、圧縮して詰め込まれていたかのように呪符から『オバケさん』が這い出してきた。
この呪符は、カルロスを封じておくためにマナが作ったもの。有り体に言えばモ○スターボールだ。
死霊魔法は禁術ではないが、信心深い者は『輪廻への反逆』と考えいい顔をしない。そもそもスペクターは世間的にはアンデッドモンスターであり、周囲を意味も無く怖がらせてしまう。そのため集団行動中は収納していたのだ。
「さっそくで悪いけど偵察お願いね」
『了解っすよ』
カルロスが着地すると、霊体であるはずなのに着地の足音がした。そしてカルロスは散歩でもするような気楽さで通路の奥へ向かって歩き出す。
いくらでも替えが効く量産型使い魔や、そもそも最初から死んでるので生半可なことではダメージを受けないスペクターは、ダンジョンにおいて理想的な偵察役だ。
普段は実体を持たないカルロスだが、攻撃時のように仮想的に質量を持つことで、人感式の罠やスイッチに引っかかって解除する事も可能。そして霊体特有の魔力知覚によって、目では見えない壁の向こう(すなわち、壁や床に埋め込まれた罠を含む)まで見ることができる。
ダンジョン探索においては存在自体がチート級だった。最大の懸念点はカルロスが罠を見落とす可能性だが。
『近場にゃ何も無ぇっす』
「ま、あったら他のパーティーが引っかかるか解除してるわよね。
さてアリア。一列に歩く時の心得は?」
「『前衛は最前列と最後尾に付く』です」
「よくできました。あくまで状況と人数が許す限りだけどね。……さ、幽霊A。先頭行きなさい」
『俺っすか!?』
「いいじゃないの、滅多な事じゃダメージ受けないんだから。私はバックアタックに警戒しなきゃなんないの」
アリアンナもマナも完全に後衛、アルテミシアに至っては基本的に戦力外(だと本人は思っている)。
そうなるとカルロスもレベッカと並ぶ重要な前衛役だったりする。この場合は前衛兼、罠チェックをする盗賊だ。
「おねがい、オバケさん」
『しゃーないっすね……返品されたくないから頑張るっすよ』
筋肉など無いだろうにグルグルと肩を回し、カルロスは先頭を切って歩き出した。
そして、歩き始めてすぐだった。
「なにあれー?」
石柱の影に、鮮やかに色が塗り分けられた木片が積んであった。
見て楽しい、触ったら面白そう、なんだかよく分からないから確かめたい。即ち幼児まっしぐら。
だがマナが走り出した瞬間、その身体には『死の影』たる紫炎がちらつく。
「マナちゃん、ストップ!」
「きゃう!」
アルテミシアはとっさにマナにタックルを決めた。
体格差があるのでマナは転倒さえしなかったが、腰にしがみつかれたマナは歩みを止める。
それとほぼ同時。謎の木片はふたりの前で燃え上がった。
轟音。
ダンジョンが遙か彼方まで震えたように感じた。
巻き上げられた木片の残骸がパラパラと降ってくる。
石柱にはヒビが入り、辺りは黒く焼け焦げていた。
「ブ……ブービートラップ……」
謎の木片が爆発したのだ。
人感式のセンサーみたいな何かが仕掛けてあったようだ。
中に込められていたらしい金属片が、マナの装備しているフォースガードが生み出す不可視の盾に弾かれて、カラリコロリと床に落ちる。背後のアルテミシアも無傷だった。
あのままマナが接近していたら至近距離で爆発を浴びていた。果たしてフォースガード込みでも無事だったかどうか。
もし宝箱がポンと置いてあれば、さすがに警戒するだろう。だが、こんな『何なのか分からないけど絶妙に気になる物』を置いて罠に掛けるというのは手が込んでいる。
まさか罠チェックの必要は無いだろうと迂闊に触れたら『ドカン』だ。
「……悪い、抑えるべきだった」
『大人モード』を引っ張り出して、思いっきり気まずそうにマナが言った。
地球から転生した三歳児・滝口まなは、エルフの巫女サフィルアーナとして200年以上を生きた経験と知性に関わるいくつかのチートスキルを持ち、元が三歳児とは思えない思慮分別を持つ良い子ではある。
が、時には本能が勝り、予測不能の行動を取ることもあった。
『大人モード』を続けると1時間ももたずに昏倒する。できればこれは戦闘時まで温存したい。
しかし注意力が続かない幼児モードだと、戦闘前に罠に引っかかる可能性も高いわけで……
――本人も気をつけてもらわなきゃだけど、わたし達もマナちゃんの扱い方に慣れなきゃ……
マナの名誉のために言うなら、彼女は足手まといではない。
補助さえアイテム頼りだったこのパーティーにとって、マナの魔法は重要な戦力だ。絶対数が少ない魔法職は貴重だが、魔法職が居るパーティーとそうでないパーティーでは、対応できる状況や生存率がぐっと変わってくるのだ。
「手、繋いでよっか」
「うん」
アリアンナがマナの手を取った。
手が塞がるのは余りよろしくないと思われるが、仕方ない。さっきのようなことが二度三度と起こらないようにしなければ。
――そう言えばマナちゃんの精神的な成長ってどうなるんだろ。そのうち『サフィルアーナ』と溶け合っていくのか、それとも中身だけ普通の子どもみたいに育っていくのか……
……っと、考え事してる場合じゃないや。わたしがマナちゃんの分まで周囲を警戒しなきゃ。
「結構エグイ罠考えるじゃない。知恵者が居るわ。魔法使える系の上位種ゴブリンが」
レベッカはトラップの残骸を拾い上げ、舌打ちする。
「気をつけて進みなさいよ。一筋縄じゃいかないのが住み着いてるわ」