16-5 妹成って万骨枯る
そして2日後の午後には、アルテミシア達はダンジョンに来ていた。
「初仕事が速すぎる……」
落葉樹が秋色になり始めた山の中。
場違いにぽっかりと口を開けているのは、いかにも『俺がダンジョンだ』と言わんばかりの四角い入り口。壁と天井を石で固められた下り階段だ。
それをアルテミシアは、崖の反対側に張られたベースキャンプから魔動双眼鏡(第二等級向けギルド貸与品)で観察していた。
一般に『ダンジョン』と言うと、魔物が住み着いている洞窟や建造物を指すものだが、そのほとんどは正確には『フィールド』と呼ぶべき場所だ。
本来『ダンジョン』とは、ダンジョンマスターによって生成され攻略後には消滅する、インスタント&使い捨て迷宮的な存在を指す。もっとも、あまりに混同されたもので、こちらは『天然ダンジョン』とか『狭義のダンジョン』とか呼ばれている始末だが。
いかなるダンジョンにも一体きりのダンジョンマスターが存在する。ダンジョンマスターとは即ちそのダンジョンのボスモンスターでもあり、『魔物である』という条件以外は種族も強さも不定だ。
彼らダンジョンマスターは平和に生きる(?)普通の魔物であったはずが、ある日突然ダンジョン作りをする力を得て本能的にダンジョンを生み出すのである。
なぜ、どうやってダンジョンマスターが生まれるか、正確なメカニズムは解明されていない。
確かなのは、ダンジョンが危険であること。冒険者たちにとって魅力的な探索領域であること。そして放っておいたら魔物の活動拠点となり周辺住民や領主が頭を抱えることだった。
……というのが、昨日の冒険者講習で習った内容だ。
ベースキャンプには簡易テントがいくつか張られ、20人ほどの冒険者がたむろしている。
鎧を着た戦士、鍵開けや罠チェックの道具を念入りに確認している盗賊、黒ローブにとんがり帽子で杖を持った魔術師。皆、いっぱしの冒険者という雰囲気だ。
キャンプは地形の凹凸によって隠され、仮にダンジョンの入り口まで見張りが出てきても分からない位置だ。≪消音≫の魔法によって物音は消されているが、念のため、皆静かに行動している。最初のアタックまでは火も熾さない。
「では、此度の作戦について再度確認する」
検分役および後方支援員として随行しているギルド事務員が、指令書を広げて読み上げ始めた。
ここで領兵団なら全員気をつけ整列するところだが、冒険者たちは目と耳を向けただけで、準備を続けるなり、何かを飲むなりし続けている。
「ダンジョン・0211-01079号は二週間前、依頼から帰還途中のパーティー"突撃肉球連隊"によって発見された」
「なんつーパーティー名」
仏頂面で読み上げられたアレなパーティー名を聞いて、数人が吹き出すのをこらえた。
たぶん獣人中心のパーティーなのだと思われるがネーミングセンスがいかんともしがたい。
「4日前に第三等級のパーティー"ケンタウロスの蹄"がこのダンジョンを探索に向かい消息を絶った。
また『ダンジョンアタック届』を出していないが、一週間前に消息を絶った同等級のパーティー"暴風ブラザーズ"も、このダンジョンを探索しに向かった可能性が高い。
都合ふたつの第三等級パーティーがダンジョン内で全滅したとみられている。
生存者が居るとしても、救出までの猶予は少ない」
ダンジョンの大きな特徴として、ダンジョンで死ぬことは大抵の場合『即死』ではない。
内部で倒れた者はダンジョンに食われ、生と死の狭間にある状態で数日間掛けてゆっくりとダンジョンに消化吸収され、エネルギーにされていく。
それまでに別の誰かがダンジョンを攻略して助け出し、しかるべき処置を施すことができれば、(たとえギロチントラップで首をはねられた後だとしても)命が助かるのだ。
何故、ダンジョンがこのような性質を持っているのか学者の間でも結論は出ていないが、冒険者たちにとっては『死んでも助かるかも知れない』という便利な事実が全てだった。そのせいで無謀な難易度のダンジョンに挑み、結局救助が間に合わずに命を落とす冒険者も少なくないのだが……
「事前調査で、内部には既に、ダンジョン由来のものではない生身の魔物が住み着いていることも確認された。ゴブリンの部族と目されている。ガーディアンとの連係攻撃に注意せよ」
ダンジョンで出遭うザコ敵は2種類。
ダンジョンマスターが生み出した幻影のような『ガーディアン』と、後から迷宮に入ってきて住み着いた魔物である。
普通、ガーディアンと後発の魔物は共存している。単純にダンジョン内の戦力が増えるので、注意する必要があった。
そしてガーディアンはダンジョンから出てこないが、後から住み着いた魔物は当然別だ。
ダンジョンを拠点に好き勝手されてはたまらないので、魔物が住み着いたダンジョンは早めに潰す必要があるのだった。
「住み着いた魔物による周辺地域への脅威。また、内部で全滅したと思われるパーティーの救出の可能性。
ギルドはこれを大事とみて、集団探索による攻略を決断した」
普通、ギルドはダンジョンの存在を冒険者に告知するだけで、後は冒険者がそれを潰しに行くに任せている。
しかし探索に向かったパーティーが全滅したと思われる場合や、周辺地域の脅威となっているダンジョン、攻略任意度が高いダンジョンなどは人手を募り、数の暴力で迅速に潰すという手段を取る場合もある。
つまり、今回はそのパターンだった。
ダンジョンで金目の物を見つけても分け前は少なくなりがちだが、ギルドから報酬が出るし、何より味方がすぐ近くに居るというのは非常にありがたい。
しかも、死んだとしてもコンティニューのチャンスがある。
ダンジョンの集団探索は比較的安全な依頼だった。アルテミシアとマナの初仕事に、レベッカがこの依頼を選んだ理由だ。
「以上。何か質問がある者は」
「戦利品は取ったもん勝ちでいいんだな?」
鍵開け道具の手入れをしていた盗賊が小さく挙手して尋ねる。
「今回はその形態で行く。だが、もし戦利品を狙って争うようなことがあれば懲罰の対象となる」
「分かってんよ」
仲間割れのリスクを小さくするなら、見つけたアイテムをギルドが買い上げて分配する形式になる。が、これは冒険者たちからの評判がすこぶる悪い。自分が頑張った分は自分が欲しい、と思うのは人情だ。
そのため、本当に危険な状況でもなければ、『取った者勝ち』にすることが多いのだった。こうすれば皆が競い合って奥へ進むので速く片が付くというのもある。
キャンプを守る冒険者には多めに報酬を払うことでバランスを取っているようだ。
次いで挙手したのは、地べたにどっかり座り込んでいる戦士だ。いかにも重そうな鈍色の鎧を着込んでいる。
「内部での行動はパーティー毎にバラバラか?」
「特にこちらで集団行動を強制することは無い。気の合う者同士で行動してくれ」
「分かった」
「他、あるか!」
事務員の声に応じて控えめに手を上げたのは軽装の戦士だ。妙にスタイリッシュな印象なのがなんとなく胡散臭い。
「これは質問ではなく提案なのですが、我々は然るべき実力を持つ方の下で統一行動を取るべきではないでしょうか。この場に居る皆を指揮するに足る方が、いらっしゃるとおもうのですがねぇ」
誰がとは言わなかったが、男の提案がなんなのかその場に居る全員が理解していた。
視線が提案者の男ではなくレベッカに集まる。
今日、この場に集められたパーティーは第四等級中心だ。第六等級のレベッカは頭ひとつ抜けた実力者という事になる。
ましてレベッカは英雄と呼ぶに相応しい働きをした冒険者。
レベッカが指揮を執ると言うなら誰も文句は言わないだろう……
という男の考えが透けて見えるようで、なんとなくアルテミシアは不愉快だった。レベッカに対しておべんちゃらを言っているつもりなのだろう。
「私はリーダーって柄じゃないし、指揮を執れって言われても困るわよ?」
やれやれと肩をすくめつつ、レベッカはきっぱりと拒絶する。
ともに死線をくぐったアルテミシアはなんとなく察していたのだが……レベッカのスタイルはあくまで『一匹狼の冒険者』だ。
少人数の集団を引率したり、戦闘で陣頭指揮を執ることはできても、それはあくまで単独行の延長でしかない。これだけの人数でのダンジョンアタックの指揮を執れなんて言われても、他所のパーティーを(主にアルテミシアのために)使い潰す結果になるだけという気がする。
「リーダー適格者は居るけど、たぶんみんな従わないでしょうし」
誰のことを言っているのか3秒かけて理解したアルテミシアは、レベッカに向かって必死で首を振って否定した。
従うとか従わないとか以前に絶対無理だ。
「てなわけで、各自頑張ってちょうだい」
提案者を含む何人かが残念そうな顔をしたが、それ以上文句を言う者は居なかった。……レベッカに文句を言えるはずがない。
「……もう居ないか? では10分後、一斉に突入する」
その宣言とともにブリーフィングは終わり、冒険者たちは各々、最終確認に入った。
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『ポーションドランカー』だとやりにくい話なんかも詰め込んでます。こっちと違って主人公が強かったり凶悪だったり可哀想だったりします。結局ロリですけどね!
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