16-4 依然最弱、だがしかし
アルテミシアは頭の上に薬染爪剣の刃を交差させて盾とし、思いっきり姿勢を低くして駆けた。
ただでさえ小さな身体。さらに姿勢を低くすれば、大柄なロランには戦いにくいだろうと考えての事だ。
ロランは動かない。手加減すると言った通りで、まずアルテミシアに打ち込ませる気でいるようだ。
強化を受けた力によって加速し、一気に肉薄。そして、下からの籠手打ちを狙って掬い上げるように薬染爪剣を振るった。
右、そして時間差を付けて左!
「ふっ!」
ロランが反応した。火花が散った。
片手に三本ずつある薬染爪剣の刃の隙間に、それぞれ武器をねじ込んでいた。剣とダガーは薬染爪剣の根元、籠手部分に達し、ふたつの鍔迫り合いが発生する。
力の強さはほぼ拮抗。無理に押し切るのは悪手だ。アルテミシアは手首を返し、ロランの武器を巻き取るようにして両手で身体を支えた。
「んおっ!?」
ロランが驚いた声を上げる。
鎧の前面をアルテミシアは駆け上がり、逆上がりのようにサマーソルトキックを放って兜の顎を蹴飛ばした。
勢い余ってアルテミシアは自ら飛び離れ、ロランもたたらを踏んで後ずさる。
間髪入れず、再びアルテミシアが突っ込む。
牽制するように剣を振るロラン。それを弾くように攻撃を打ち込むと、2合3合と切り結び、ロランはそれを捌きつつ後ずさった。
これはロランが押されているのではない。間合いを保っているのだ。格闘武器と言ってもいい薬染爪剣に対して、ロランの剣はまだリーチがある。懐に入られない限りロランが有利だ。
アルテミシアはロランの剣をかち上げつつ思い切ってそれをくぐり、飛び込むように間合いを詰めた。
だが、迫るアルテミシアめがけ脚部鎧が持ち上がった。キックだ。体格差があるのだから、蹴りやすいのも道理だ。
金属を纏った足を叩き付けるのだから、キックも立派な武器だ。ポーションで防御力を上げていなければ、そしてロランが全力で攻撃してきたなら、これだけで内臓破裂の危険がある。
だがそれを恐れて突進を止めるようなことはしなかった。アルテミシアは突っ込んだ勢いそのままに、キックが来ない方の足めがけて飛び込む。
両足で別々にキックを放つことは普通できない。蹴り上げる足がある時、それを支える軸足があるのだ。
ロランの足下に飛び込んだアルテミシアは転がりつつ薬染爪剣を振るい、脚部鎧を留めているベルトを断ち切った。
「おおっと!」
ロランの片足から防具が剥がれ落ちる。だがその間にロランはサイドステップを踏み距離を離す。瞬時に体勢を立て直し、ロランはアルテミシアの肩口めがけ剣を突き込んだ。
突き降ろしの一撃をさらに転がって躱したアルテミシアは上体のバネだけで跳ね起きる。と同時に、突き出されたロランの剣を両手の薬染爪剣で組み伏せた。そのまま、踏んだ。
「はっ!」
ロランの剣を踏み台に飛びかかるアルテミシア。腕の先から肩まで迫る、その時間は刹那。
肩を踏んだ。踏み切った。アルテミシアは体操選手ばりに空中で縦回転する。ロランの頭を飛び越える。両手の薬染爪剣を揃え、振り下ろす。
ミスリルの6刃が、兜の側頭部に強か叩き付けられた。
「おわっ!」
ガイィィィィン……と、鍋を打ち鳴らしたようないい音が響いた。
「そこまで!!」
アルテミシアが空中で更に一回転して着地するのと、マリエーラが叫んだのは同時だった。
「合格、ですね!」
動きを止めた途端、汗が噴き出した。
息を切らしながら振り向いたアルテミシアを見ているマリエーラの表情は……
まるで、七色に輝きながら宙に浮く猫でも見てしまったかのような名状しがたいものだった。
「それ以上ですね。完全に一本取っていました」
「…………へ?」
「今、ロランさんは本気を出していましたね?」
「はい……途中から余裕なくなって」
「え、あの、ちょ」
ダメだこりゃ、と言わんばかりの悔しげなロラン。
想像を超えた事態にアルテミシアは、救いを求めるようにレベッカの方を見るが、レベッカはレベッカで完全に面白がっている。
「おかしいじゃないですか。ロランさんが本気なら、わたしが勝てるわけ……」
ロランは手加減をすると言っていた。だから手加減しているものだと思って戦っていた。
でなければ、たとえポーションで差を埋めたとしても、戦いの経験を積んでいるロラン相手に太刀打ちできるはずがない。
そう思ったのだが、マリエーラは冗談を言っている様子ではない。
驚きの展開だが不思議ではない、とでも言うように。
「思うに、理由はふたつ。
まずアルテミシアさんは小さな身体ゆえに、固定値の強化が掛かった際に相対的に身体が軽くなる。単純に言うなら、体重50kgの人と100kgの人が完全に同じ力を持っていたら、前者は後者の倍動けるということになります。
そのため、小柄・軽装・低年齢と三拍子揃ったアルテミシアさんは、ポーションによる強化下で、大人には不可能な軽業を可能としている」
「それは知ってましたけど……」
「第二に、慣れです。
確かに戦い方は武術としての型がまったくできていないものでしたが、代わりにポーションを使った高速戦闘に慣れている。……なるほど、これが道具師としての戦い方かも知れません。
そして判断力が高く、相手の動きひとつひとつに冷静沈着に対応している。素人の動きではありません。実戦経験を積んだが故の、戦いに対する場慣れと言うべきでしょうね」
――……どうしてこうなった。
言われてみればごもっとも。ギルドの支部長から手放しで褒められたわけだが、状況が状況なので嬉しいよりも『やばい』が先に立つ。
「試験で優秀な成績を収めた方は第二等級からのスタートとする制度があります。私の見立てでは、アルテミシアさんは該当者とするに充分でしょうね」
「ま、待ってください。ご再考を。
例えばロランさん……じゃなくても、ええと、普通の第二等級冒険者がポーション使ってたらわたしよりずっと強いですよね?」
マリエーラの言う通りだとしても、依然としてアルテミシア単体がどうしようもなく弱いことは変わらないはず。
もし一時的にでも強く見えたとしたら、それはポーションのお陰だ。同じ事をすれば他の誰でも……例えば、後衛の代名詞みたいな魔術師でさえ同じように戦えるはず。
と思ったのだが、マリエーラは首を振った。
「強化系ポーションを常用する冒険者は、中堅まででは少ないんです。何故か分かりますか?」
「……お財布の問題?」
「その通り。駆け出し冒険者がオリハルコンの武具なんて買わないのと同じ理由ですね。ですが領立のポーション工房に勤めるアルテミシアさんは、ほとんどの下級冒険者をしのぐ財力を誇り、また自らポーションを作成する能力も有している。
道具師の難点は、他のクラス以上に、財力と補給が強さに直結するという点です。
ポーションを湯水の如く消費できるあなたの境遇は、『道具師として強い』と言えるでしょう。
……まあ出費が嵩んでろくに儲けが出ないという問題がありますので、冒険者として生計を立てるには向きませんけれど」
つまりは、境遇とクラスが噛み合っている。
もしアルテミシアに財力も調合能力も無ければ、ポーションは『とっておきの切り札』にしかならないところだ。
しかしアルテミシアは一般的なポーションくらいいくらでも使える。特に、本来は比較的高価な膂力強化ポーションをあり合わせの材料で調合できるのは大きな強みだった。
そして等級はあくまで依頼の遂行能力の指標であり、金が掛かるかどうかなんて部分は評価の埒外だった。
「まあ財力の問題を抜きにしても、これだけの戦いを見せられれば飛び級扱いせずにはいられませんよ」
「で、でもわたしの攻撃とか、当たってもせいぜい1ダメージがいいとこじゃないですか? いくら速くても……」
「その非力さを補うための薬染爪剣であるとお見受けしましたが。
武器に毒を塗るなどして追加効果を付与し非力さを補う戦い方は、軽量級前衛にとっても常套手段です。
もしこれが実戦であれば、足を切った時点で敵は行動不能になっていたはず」
自爆であった。
ベルトを切るにとどめたのは、あくまでもこれが試験だから。あのタイミングで深々と足に切りつけることもできた。そうしていれば行動を阻害できるだけでなく、同時にポーションが注入されていた。つまりロランに完勝できていたのだ。
「ともあれ、試験は合格です。冒険者ギルドへようこそ、アルテミシアさん。歓迎しますよ」
「はあ、どうも……」
満足げなマリエーラを見て、絶対にこれ以上等級を上げてなるものかとアルテミシアは固く誓った。