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16-3 見学者にも人権を

 大都市の冒険者ギルド支部は大抵そうなのだが、ここゲインズバーグシティの支部もギルド員向けの屋内訓練場を持っている。


 そこは床が無くて地面が剥き出しになっていることを除けば体育館に似ている。

 レンガ造りの倉庫のような建物は、内部が魔力灯の照明で照らされており、さらに埋設された魔動設備によって、地形の変更や擬似的な天候操作すら可能にしている。

 普段はギルド員向けに開放されており、今日も数組の冒険者たちが剣を交え、また魔法の訓練を行っていた。


 だが突然、拡声の魔法を使ったスピーカーから放送が入る。


『施設をご利用中の皆様。大変申し訳ありませんが、これより屋内訓練場を冒険者試験に利用します』


 新たに冒険者志望者が現れた時、この屋内訓練場は試験に使われるのだ。

 訓練場と言っても、あくまでギルドの組織としての利用が優先。その合間にギルド員たる冒険者たちに使わせてあげているだけだ。


「この声って支部長マスター?」

「だよね」


 訓練場を使っていた冒険者たちは、訓練の手を止め声を交わす。


 訓練の時間を潰されてしまうわけだが、これは楽しいイベントでもあった。新たな冒険者志望の最初の戦いを間近に見ることができるのだ。ちょうどいい実力の者が居れば、その場で試験官として抜擢され剣を交えることもある(些額だが謝礼も出る)。


 しかし彼らの希望は、続く支部長マスターの言葉によって叩き潰された。


『理由ありまして、今回の試験は秘密試験とさせていただきます。施設をご利用中の皆様は一旦退出し、試験の終了をお待ちください。皆様のご協力に感謝します』

「ええー!?」

「そりゃないよ!」


 問答無用で放送が打ち切られ、数人のブーイングが訓練場内に響いた。


 これでは丸損だ。いくらギルドが使わない時に貸してもらっているだけと分かっていても不公平感は残る。

 と、同時に理解する。わざわざ支部長マスター自ら、こんな事務的な放送を行った理由に。多少の不満があったとしても、支部長マスターに逆らえる冒険者など居やしないからだ。

 そして、この試験がどれだけワケありなのかというのも察しが付く。不承不承出て行く冒険者たちは、話の種が出来たとでも言うように、それはそれで楽しげであった。


 ……もっとも、別の理由で楽しそうな者も居たが。


「おい、やめとけよ……」

「うっせぇ! せっかく使ってたのに追い出されたんだ。俺たちは何が起こっているか知る権利がある。そうだろ?」


 訓練場の外。2mくらいの高さにある窓にとりつき、中をうかがう男がひとり。

 盗賊シーフ系の冒険者にとってはこの程度の壁を登るのも、気配を消して覗き見をするのもお手の物だ。

 すぐ下では相方の戦士ファイターがおろおろと狼狽えている。

 ふたりとも十代後半。冒険者としては若い方だが、この歳で冒険者になるのはそう珍しくもない。

 同じ村の出身で、農家の三男坊同士で、小さな頃からつるんで遊び回っていた悪ガキ仲間だ。もっとも今は、多少は年齢相応の分別を身につけた戦士ファイターが、未だにイタズラ小僧気質の盗賊シーフに振り回されている。


 覗けるなら覗く。それが彼の思考だった。

 何かあれば一緒に怒られるだろう相方はたまったものではない。


「知らねぇぞ」

「なんだよ連れないな。お前も覗いちまえ……よ……?」


 ふと目を離したのは一瞬。

 窓の向こうに視線を戻すと、唐突に、そこには人が居た。


 2mの高さの窓だというのに、やっと顔を出したという様子ではなく見下ろしている。踏み台か、空中に足場を作っている様子だ。

 特徴的なとんがり耳と長い緑色の髪で分かる。それはエルフの女性だった。

 白木のように美しく整った肌。切れ上がった紫水晶の目。年頃の男どもがぼーっと見とれるには充分な、冷たく儚い美貌の佳人だ。

 で、ありながら、意地を張る子どものような幼い表情。アンバランスな印象だった。


 女エルフは、ツタが絡まり合ったような形状の杖を窓越しに向けてくる。


「おねーちゃんをのぞいたら『めっ』なの。……≪集団誘眠カレスクレイドル≫」


 ふたりが目を覚ましたのは翌朝だった。


 * * *


 冒険者には『クラス』というものがある。

 これは言うなれば冒険中の役割を便宜的に分類したものだ。

 戦士ファイター盗賊シーフ魔術師ウィザードなどは分かりやすい。神聖魔法を専門とする僧侶プリースト魔術師ウィザードの亜種とも言える存在だが、成り立ちやコミュニティの分断から別クラスとされている。野伏レンジャー盗賊シーフと被る部分も多いが、特に野外探索を得意とするクラスであり区別されている。アリアンナは弓による戦闘を専門とする射手アーチャー。ちょっと珍しいクラスとしては、味方の守護に特化した前衛である盾手タンク、歌によって味方へ強化バフを掛ける詩人バードなど。


 クラスというのはあくまで便宜的な区分けなので、戦士ファイターが魔法を使ってもいいし、射手アーチャーが剣を振ってもいい。だがギルドとしてはあくまでもクラス分類に沿った評価を行い、試験もクラス毎に組まれている。必然的に、自らのクラスに沿った技術を身につけて活躍する必要が出てくるのだ。

 それは、最初に冒険者となるための試験でも同じだった。


 他の冒険者たちが追い出されてがらんとした訓練場に、アルテミシア達一行とマリエーラだけが居た。

 秘密試験にしてもらったのはアルテミシアのワガママだ。これくらいは許されるだろう。


「冒険者になるための最初の試験として、アルテミシアさんには戦うところを見せてもらいます」


 ギルドで冒険者になるための方法は、基本的にはふたつ。

 まずひとつ目が、既に公の機関などから依頼を受けて仕事をしている実績を示す方法。これは冒険者的な依頼クエストに限った話ではなく、例えば領兵はある程度の従軍実績があれば冒険者の資格を取ることができる。別の冒険者ギルドで資格を取ったレベッカもこのパターンだ。

 そしてふたつ目が、ギルドで試験を受ける方法だった。第一等級ノービスとなるための試験はまったく初歩の初歩。多少武器を使えるとか、攻撃か回復の魔法をひとつ使えれば突破できる程度のものだ。もちろん、それで受けられる最下級の依頼クエストは本当にお使いレベルのものだから問題無い。


 アルテミシアの功績は試験をパスするに充分なものではあるのだが、()()()()()()()()()()()事になっている。

 そして、折角だから実力のほどを測ってみたいというマリエーラの言葉もあって試験を受けることにしたのだ。


 ただ、問題がひとつ。


「……わたし、ポーション無しだと最低限の戦闘すらできないんですけど」

「問題ありません。アルテミシアさんは今回、道具師アイテムユーザーのクラスで申請しておりますので」


 道具師アイテムユーザー。それが、マリエーラがアルテミシアに提案したクラス。

 種々の冒険用アイテムを使い分けサポート主体で戦う……と言えば聞こえは良いが、つまりはアイテムを使うだけのクラスだ。


「もしかしなくても、ものすごいマイナーなクラスですか。これ」

「ええ……正直なところを申しますと、極めて申請者の少ないクラスです。

 一般的には、ありとあらゆる武器に適性が無く魔法も使えず、アイテムを使うくらいしか戦闘に参加する手段が無いけれどそれでも訳あって冒険者になりたいという人が仕方なく申請するクラスと見なされていますね。

 技を極めた道具師アイテムユーザーはアイテムの力を何倍にも引き出すと言いますが、そこまで訓練するモチベーションを持って道具師アイテムユーザーになる人は……」


 聞けば聞くほど悲惨、という印象だが、これはアルテミシアにしてみれば望む所だった。


 ――いかにも舐められそうなクラス。いいじゃん。多分、依頼先の冒険者を探す人は最初っから道具師アイテムユーザーのデータなんか見ないよ。これで等級ランクまで低けりゃ見向きもされないはず。最高!


 そして道具師アイテムユーザーの試験には、アイテムの持ち込みが認められている。こういう時は誰でも魔法を使えるマジックアイテムの杖が基本だが、ポーションで強化バフをかけて戦ってもいい。アルテミシアは見慣れないアイテムに手を出すよりは、多少は慣れたポーション戦闘を選ぶことにした。


 せっせと準備運動をするアルテミシアは、既に物騒な刃を籠手から展開している。


「手甲ですか? 変わった武器ですね」

「オーダーメイドです。薬染爪剣インジェクターって呼んでます。ポーションの瓶を装填して、刃に薬液を流せるようにしてるんです」

「なるほど。道具師アイテムユーザーの武装としては実に似つかわしい。そして、ひたすらポーションに偏重したスタイルですね。

 命に関わるようなものでなければ薬玉の使用も許可しますが」

「んー……やめときます」

「分かりました。では、そろそろ始めましょう。試験官、こちらへ」


 マリエーラが声を掛けると、訓練場の扉が開いてひとりの戦士ファイターが入場した。

 巨大なソードブレイカーみたいな大剣を背負った偉丈夫だ。

 傷ひとつ無いおろしたてのオリハルコン製アーマーは、天上の蒼を思わせる輝き。バイザー無しのフルフェイスヘルメットみたいな兜もまた同じ色。

 頼れる兄貴分。爽やか筋肉お兄さん。つい先日共闘したばかりの冒険者、ロランがそこに立っていた。


「よっ、アルテミシア」

「ロランさん!? え、ちょっと待って、ガチ前衛じゃないですか!」


 さすがにアルテミシア、慌てる。

 アルテミシアみたいによく分からない経緯で高レベルになったのではなく、ロランは2年間コツコツと訓練と依頼クエストをこなし、レベル11まで至った実力者。しかもガチガチの前衛だ。

 いくらポーションで強化バフしようとまともに戦える相手ではないはずだ。


「いや、最初の試験なんて『戦えるかどうか』しか見ないから相手の実力とか大して関係ねーよ。俺も手加減するし」

「半端な実力の者に試験官をさせると、むしろ手が滑って受験者に怪我をさせる危険がありますので。何より、あなたにまつわる事情を多少は承知している方です」

「そ、そういうことなら……お手柔らかにお願いします」


 アルテミシアが礼をすると、ロランも礼を返し、剣を抜いた。背中の大剣ではなくサブウェポンの剣を。

 片手用の剣とダガーナイフの二刀流。ドッペルゲンガーとの戦いでも見せたスタイルだ。ロランはこのダガーを盾のように使い立ち回る。


 ――かっちょいーなあ。


 堂に入った構えだ。圧がある、とアルテミシアは思った。

 使いもしない大剣を背負ったままなのは重そうだが……まあ、これくらいのハンデはあってもいいはずだ。

 常に携帯している膂力強化ストレングスポーションと耐久強化ストーンスキンポーションを飲み、アルテミシアも戦闘準備を整えた。


「では…………始め」


 マリエーラの合図で、アルテミシアは一陣の風となった。

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